姫と筋肉 海 1
「シャリーちゃーん」
僕はそこそこ大声を出す。んー、絶対聞こえるはず。て言うか、多分確信犯で逃げたな。今日はシャリーちゃんと依頼を受けたんだけど、なんか乗る気じゃ無かったもんな。今ごろシャリーちゃんは街で買い物してるか、カフェでゆっくりしてる事だろう。しょうがないなー。ミネアもお買い物って言ってたしなー。
僕の名前はラパン・グロー。日頃はカフェのメイド、週末は冒険者、そしてその正体は、魔道都市アウフの元お姫様だ。銀髪赤目で見目麗しく、火の目を使った幻覚を初めとする様々な魔法を操り、『最強の荷物持ち』由来の剛力体術で悪を倒す。と言うのが、こんど僕をモチーフにしたルル姉さんの小説の紹介文だ。こんど発売で僕にもお金が入るからドキドキだ。今、僕らのお店は休業して従業員総出で臨海都市シートルにバカンスに来ている。けど、今の時期のここは凄い。人、人、人。気をつけないとぶつかりそうになる。
今日受けた依頼はビーチでの人探し。依頼人の豪商がビーチで命を救ってくれた人物を探している。やたら報酬が良かったのと、探し人の種族がダークエルフの男性というこの臨海都市シートルでは目立つ風体なので引き受けた。なんか、何か思いだせず、嫌な感じで頭がモヤモヤしてるけど、ま、いっか。
けど、ビーチで1人で知らない人に声かけるのって勇気がいるな。いつもはそこまで注目されないんだけど、なんか水着だとやたらジロジロ見られる。みんな水着だから目立たないはずなのに。
「どうした、キョロキョロして。連れとはぐれたのか?」
後ろから聞き覚えがある声。振り返ると巨人。2メートルを超える巨躯に漆黒の肌にやり過ぎてる筋肉。レリーフ。王都最強パーティーの一員の馬鹿だ。クラスは死霊術士らしいけど、問答無用のグラップラーだと思う。
「別にそんなんじゃない。で、お前何してんだ? 筋トレしねーのか?」
コイツは何時いかなる時でもどこでもかしこでも筋トレしやがる。頭の中が筋肉と言うより、頭の中が筋肉の事しか無い。
「ほう、お前が私の筋肉に興味持つとは珍しいな。見たところお前の大殿筋は年の割には少したるんでいる。今から私と一緒にここでスクワットするか?」
「さらりと人をディスるな。人の尻がたるんでる? 余計なお世話だ。女の子は少しぽっちゃりしてた方がいいって、マリアさんも言ってたぞ」
「それは違うな。お前はぽっちゃりとは縁遠い。大胸筋も未発達だからな。むしろ痩せている。ただ瘠せてるのに尻だけ肉が多いだけだ」
「未発達……、お尻だけ肉が多い……、ぶっ殺す!」
僕は渾身のストレートをレリーフに放つ。




