海ドラゴン
「まーてー、アーン!」
僕は浮き輪にバタ足でアンを追っかける。追っかけて、何しよう。取り合えずどっかにタッチしたら僕の勝ちという事でいっか。
「さっすがご主人様。すごいスピードですね」
アンは器用に泳ぎながらこっちを振り返る。おかしいな。なんかやたらアンの泳ぎは滑らかだ。あいつこんなに泳ぎ上手かったか? 練習しまくったのか? いや、そんなはずは無い。あいつは基本引き篭もり。暑い時は氷にへばりついてて、寒い時は炬燵に潜り込んでる。努力という言葉の対極の生き物だからな。
「こっちですよー」
たまに振り返って挑発しながら、アンは泳ぐ。近づいたら逃げて、距離が空いたら止まって声をかけてくる。生意気な。
「負けんぞーーーー!」
僕は両足に集中する。交互に足をバタバタするのはどうしても力が分散する。力、更に力を込める。そうだ。シンプルだ。両足を一緒に動かせば力がもっと入る。バタフライ。僕が憧れる泳ぎの最高峰。あの足をイメージしろ!
バシュッ!
バシュッ!
バシュッ!
両足で水を蹴る度に僕の体は水面から浮き上がり高速移動する。まるでトビウオだ。多分トビウオはこう泳ぐ。見た事は無いけど。
「ポーターズ・フライングフィッシュ・スイミングスタイル!」
僕は泳法名を叫ぶ。浮き上がって着水するまでこの泳法は話す事が出来る。便利だ。やっぱり技名は西方語に限る。叫びながら何かする事は大事だ。より力が入る。けど、ポーターズって取り合えず叫んだけど、これって荷物持ちスキル何も使って無いなー。
「やりますね。さすがご主人様。けど、私には追い着けませんよ」
アンはそう言うと滑らかに泳ぎ始める。奴は蛇行しながら泳ぐけど、僕は蹴る時の微弱な力加減でそれについて行く。勝ったな。少しずつアンとの距離が縮まる。5メートル。3メートル。2メートル、1メートル。よし、アンの足を掴んでやれ!
チャポン。
アンが消えた。クソッ。奴め潜りやがった。僕も潜れないか試してみる。すげぇなこの浮き輪高性能過ぎる。見た目は救助用具なのに、全く水に沈まない。もしかして魔道具なのか? 浮き輪を収納に入れるか? いや、溺れる未来しか見えない。
チャポン。
遠くでアンが首を出す。
「お前、潜るは卑怯だろ」
「何言ってるんですか? これも含めての泳ぎの力です。そうだ。海では私の方が上だ。海に居る限り私を敬えザップ」
なんかマウントとって来やがった。けど、僕らの関係は力が全て。今の状況では奴に従うしかないな。つき合ってやるか。
「わかりました。アン様。水の中では俺が下です。水から上がったらおぼえてやがれです」
しばらくの我慢だ。泳げるようになるまでの。




