寒いときはマラソンに限る
「走ろう。そうすれば、体が温まる」
自分で言った事ながら、なんか頭があんまり良くないセリフだ。脳筋だよな。
出発した当初は、ゆっくり歩いて野に咲く草花などに目を奪われながら歩いて行くのもいいと思っていたのだが、すぐに飽きた。楽しいのは最初の三十分だけだった。それになんかしらんけど、めっちゃ寒いし、雪降ってて草なんか生えてないし。
次からは馬車に乗ろう。そして本でも読んでたがましだ。
マイと2人で朝の日課の素振りを今日は屋内でして、僕は切り出した。体が温まった今なら走れる。近くの都市まで全力で走って行こうと思う。
「ちょっと待った!」
妖精がなんか言ってる。
「ザップ、あんた本気で走る気でしょ、王国ならまだしも他で本気で走ったらあんたらめっちゃ目立つわよ。普通、馬よりも速く走れる人間なんて居ないから」
え、そうなのか?レベルアップしたら、結構難易度低いと思うのだが。
「じゃあ、どうすればいいんだ?歩くと寒いだろ?」
「まあ、あたしに任せなさい!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あたしがオッケーって言ったら走り出すのよ」
アンの角に捕まった妖精が偉そうに言う。
僕が先頭、次がアン、最後がマイという形で並んでいて、僕ら3人は右手にロープを掴んでいる。
妖精の作戦はこうだ。普通に僕ら3人が走れば、悪目立ちし過ぎるという事で、妖精が、不可視化の魔法をかけて僕らを見えなくしてくれるそうだ。これでいろんな人々からは見られる事が無いので心置きなく走れる。その魔法は普通だったら触れて居ないとその恩恵に与れないのだが、その代わりに特殊な紐で触れている事と同じ事に出来るそうだ。僕達はその紐を握っているという次第だ。
「オッケー!スタート!」
走り出すと僕の姿が紐を握っている手から消えていく。
おお、凄い!
これは男の夢の魔法だな、これを僕が使えたら、お風呂や着替えなど覗き放題なのに。妖精に今度習ってみるか。
そんな不埒な事を考えながら走る。けど、これって危なくないか?
気を抜くと、いろんなものに足を取られそうになる。足元が全く見えないので、なんかおかしな感じだ。けど、思いの他、僕達は上手く速く走る。
「行くぞ、荷物持ち走り!」
僕は注意を促すため、敢えて大声を出して空気抵抗を無くして走る。ひらひら舞い散る雪の中、僕達は紐を握って街道を走る。結構いいペースなのでは。街道が轍の凹凸が激しい所にさしかかる。もうじき街は近いのではないだろうか。
「うわっ!とっとっ!」
ズベシャー!
アンがなんか奇声を上げたとたん紐が引っ張られる。アンが大地を滑ってるのを、目の端に捉える。
「ウゴッ!」
紐が引っ張られたおかげで僕はつんのめる。
「キャアアアッ!」
マイの悲鳴が聞こえる。マイもバランスを崩している。
ごろごろごろっ!
僕は手を引かれたおかげで足をもつれさせて転び、びっくりするくらい長い距離を転がり続ける。不可視の効果もきれている。
やっと回転が止まったと思ったら、僕に転がって来たマイがぶちあたる。マイの膝がちょうど僕の股間に命中する。
「ハオッ!」
僕は激痛に顔を顰める。僕は大地をのたうちまわる。
「大丈夫?ザップ!」
うまく受け身をとって立ち上がったマイが僕に駆け寄る。
悲惨だ、冷たいと少しの擦り傷でも痛い。のみならず、下半身から息が止まるような痛みが…僕は股間をおさえながら、息を整える。
「ふぅはふはふぅつ」
僕はマイに心配させないように、自分的にはエレガントに立ち上がる。
「やはり、足元が見えないのは危ないな。皆でなんか良い方法を考えよう」
僕は脂汗をかきながら、まくし立てる。なんとか痛みが引いてきた。マイが膝を擦りむいていたので、エリクサーで回復させる。そのあとアンの擦り傷を治し、自分の怪我も治す。
「あのね、よく考えたんだけど、アンちゃんにドラゴンになって貰って、それに皆で乗って姿を隠してもよかったんじゃない?」
マイが提案する。走って温まる事に夢中で考えが及ばなかった。僕は馬鹿なのか……
マイのアイデアを実行し、僕達は進んだ。初めっからこうしとけば良かった。そしたら、無駄に痛い目に遭わなくて済んだのに。アンは街道の横を飛ぶように走り、程なくして僕達の目の前に遠く城壁が見えて来た。
国境を越えて道なりに進んだので、マイの地図から推し量ると東方連合諸国の都市国家の1つ、傭兵都市オリバンだと思われる。