番外編SS 荷物持ち走る
「ザップ、お前馬車より足速いか?」
カイゼル髭の濃い顔の領主が、いきなり部屋に入って来た。
「おっさん、きたねーな、唾飛んでるよ!」
僕達は今、ドラゴンの化身のアンの部屋の炬燵でゆっくりしていた所だ。部屋にいるのは部屋の主のアンと、魔法使いのルル、それと、今日は珍しくマイもいる。マイは何かしらしている事が多いのだが。
「それで、馬車がとうしたんだ?」
領主の姿が搔き消える。
「な、なにっ!どこに行った?」
「頼む、ザップ、私の頼みを聞いてくれ!」
声の方をみると、床で領主が土下座している。彼も一角の剣士、本気で土下座をすると消えたように見える事に呆気にとられてしまった。
「おい、頭を上げろよ、話だけでも聞いてやるよ」
「実は……」
内容はしょうもない事で、国の偉い人に出した手紙と娘に出した手紙の中身を間違えたらしく、それを積んだ馬車が王都につくまでに取り替えてほしいそうだ。こいつ娘いたのかよ、濃い顔の娘なんだろうな。
「嫌だね、アンに乗って行けよ」
「私も嫌ですよ、こんなドジヨウ髭乗っけるのは。臭そうですし」
アンは炬燵により潜り込む。動きたくないという意思表示だろう。
「おい、ドラゴン、言っていい事と悪い事があるだろ!私は仮にもこの町の領主!臭い訳あるか!嗅いでみるか?どこがいいか?」
領主はアンににじりよる。
「ご主人様、助けて下さい」
「冗談だドラゴン、それにあんまり目立つ事はしたくない。当然報酬ははずむ」
「ザップー、助けてあげたら、お友達でしょ」
マイがそういうなら仕方ない。こうなると、いつも押し切られる。
「友達ではないが、しゃあない引き受けてやるか、まあ暇だし」
かくして、王都目指してつっ走る事になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ザップー、遅いわよ」
「ご主人様、急いで下さい」
僕達は街道を走っているが、正直マイとアンの二人に追いつくだけでやっとだ。こと走る事に関しては、僕は二人に劣る。なんかいい方法はないか?
そうだ!走るうえでは、この速さになると風の抵抗が凄まじい。マイもアンも髪を風になびかせている。もしかして、僕の収納スキルで、目の前の空気を収納にいれて後ろから出したらもっと速く走れるのでは?
「よっしゃー!さあ、反撃の時間だ!」
僕の予想通り、空気の抵抗はなくなり、体がかるくなる。名付けて『スリップストリーム荷物持ちは走り』!
僕はみるみる追いつき二人を追い越す。
「どうした、急げよ、もしかして追いつけないのか?」
「な、何で急に?あ、もしかして、ザップの髪なびいてない!そういうことね」
マイはさすが頭がいい。
僕の後ろにマイ、その後ろにアンがぴったり張り付いている。そのまま、幾つもの馬車や旅人を追い越したりすれ違ったりしていく。なんか変な噂がたたないか心配だ。
そして、やっと領主のエンブレムのついた馬車に追いつく。
「そこの馬車、待ったー!」
無事に手紙を交換する事が出来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ありがとう、ザップ、助かった。もしかして中身を見たか?」
僕達は領主の屋敷で報酬をうけとった。
「ああ、見たよ、熱烈なラブレターだな。王都のお偉いさんにそのまま出せばよかったのに。娘っていうのは嘘だったんだな」
「いや、嘘じゃない、今入れ込んでる酒場の娘に出そうとしてた手紙だよ」
「そうかい、そうかい」
しょうもない事に付き合わされたけど、領主がホモじゃないと解っただけでもよしとしよう。