ローストビーフ丼
「なんじゃこりゃあ」
僕は目の前に饗されたものを見て、つい声を出す。
「ザップ、大袈裟よ。けど、会ったばっかの時は、『ああ』とか『そうか』とか言わなかったのに、それに比べると、まっ、ましかな?」
マイの声のトーンが高い。嬉しそうだ。やっぱり自分が作ったもののリアクションがいいと嬉しいんだろう。
けど、なんか謎な事を言ってるが、あの時は半分人間止めてたもんな、毎日毎日くっそ不味い生肉食いながら、延々と戦いづくしだったからな。そりゃ、軽く人間性などぶっ飛んじまうよ。
「マイ姉様、初めて見るお料理ですけど、これ、何なのですか?」
「ローストビーフ丼。少し前に王都で流行ったのよ。前に生肉を食べて亡くなった方がいて、王国全域に牛肉を生で食べないようにというお触れと、お店では生肉禁止の条例が出て、その後くらいに、牛肉の低温調理のローストビーフ丼が大人気になったのよ」
それは知ってる。けど、ローストビーフ丼が流行っても貧乏人の僕には手が届かないものだった。
「けど、生であたった人がいるのに、それは弱い人はお腹壊したりしないのか?」
流行したって言っても、そんなに赤くて大丈夫なのだろうか? まあ、僕とアンの胃袋は不死身で無敵ではあるのだが。
「それが、逆なのよ。ローストビーフって消化がいいから、子供やお年寄りでも安心なのよ。お魚のマグロが乗った丼の事を『鉄火丼』っていうけど、鉄火って鉄火場、ようはギャンブルする場所の所だけど、そう言う戦いの場でマグロ丼はすぐに消化されて力になるから好まれたので鉄火丼って言うそうよ。生に近いお肉もそんな感じで消化が良くてすぐに力が出るのよ」
そうなのか。マイが饒舌だ。ご機嫌だな。僕は収納にローストビーフをストックする事を決めた。
「そう言えば、私も火が入ったものより、生の方がすぐお腹すきますねー」
「おいおい、お前、それ関係なくいつも腹減ったばっか言ってるだろ」
「それより、そろそろ食べましょ。あたしもお腹すいてきたわ」
そうだな。まだ見ていたけど、僕もお腹が空いてきた。
今はお昼時、今から飯だ。黒竜王の化身オブは里帰りしてて、導師ジブルとハイエルフのノノは魔道都市でお仕事。今いるのは、僕、マイ、アン。アンが昼なのにがっつり肉を食べたいとか言ってて、マイが隣のお店で調理してきた。
僕達の目の前にあるのは、丼の上に積み上げられた肉の山。赤い色をしているが、生では無い。そしてその山頂には黄色い丸い物体。なんか見た目ちょっと『おっぱい』みたいだなと思ったけど、口には出さない。なぜなら、マイの前では下品禁止だ。軽く制裁されちまう。
「マイ姉様、これって2つ並べるとでっかいおっぱいみたいですね」
アンが僕の丼を寄せて2つ丼を並べる。やべっ、大丈夫か? それより、僕の思考回路はドラゴン程度なのか……
「アンちゃん、子供みたいな事言わないの。赤い胸の人なんか居ないでしょ」
「竜魔法。色彩変更!」
アンが一瞬光ったかと思ったら、そこには全身真っ赤なアンがいた。唇は黄色だ。けど、口には出さないけど、美少女は色が変わっても可愛いな。新しい魔法覚えたのか? それにしても竜魔法ってロクなもの無いな。
「ご主人様、私のローストビーフ丼見てみます。唇が黄色って事は……」
アンが服の襟元に指をかける。ちょっと見てみたい気もするけど、こりゃダメだな。マイがこめかみに指を当てている。
「アンちゃん、お腹空いてないのかなー。ローストビーフ丼美味しいのになー」
マイの乾いた声がする。アンの目の前の巨大ローストビーフ丼が消える。マイが収納にしまったのだろう。とたんにアンが挙動不審になる。
「スミマセン、マイ姉様。あ、そうだ、この魔法、範囲拡大も出来るんですよ。ほらっ。マイ姉様のローストビーフ丼の方がご主人様も喜ぶと思いますよ」
マイも赤くなる。赤いマイも可愛いな。けど、アンは何したいんだろう。
「プププッ。ザップー、赤鬼みたい」
マイがうつむいて笑い始める。え、僕も赤いのか?
「それなら、マイはレッドマイだな。なんかカクテルの名前みたいだな」
「え、あたしも真っ赤なの?」
マイは手鏡を出して自分をためつすがめつ観察する。
「アンちゃん、いつまで赤いの?」
「今回は10分で設定してます。一日までいけます」
「これって便利かも。仮装に使えそうね」
アンの前にローストビーフ丼が現れる。マイのご機嫌は治ったみたいだ。
「「「いただきまーす」」」
しっとりとしたお肉に濃い味のソースがかかっていて、その下には白ご飯が敷き詰めてある。うん、柔らかいし脂っぽくなくあっさりしていて、するする食べられる。これは美味しいな。
けど、どうしても、どんなになってるのかが気になって、目の前のマイの2個のローストビーフ丼にチラチラと目がいってしまう……男だからしようがないよね……