イカ墨スパゲッティー
「え、これ何? もしかしてコゲ? マイ失敗したのか?」
僕は目の前に出された料理に目を見張る。それは麺。汁が少ないからパスタだと思われるが、それよりも目を引くのはその色。真っ黒、真っ黒なのだ。いまだかつて、こんなに黒い料理を食べた事があるだろうか? あ、あるわ。昔、原始の迷宮で、ヘルハウンドの肉をなんとか焼いて食べようと思ってヘルハウンドのブレスで焼いたら、当然のごとく残ったものは真っ黒な物体。もったいなく口にしたら、苦くてシャリシャリしててそれでも数少ない食料だったので飲み込んだ記憶がある。黒いものだけに、黒歴史だ。けど、それはノーカンだな。あれは食べ物じゃない。そこらの泥とか食べるのと同じだ。
高速思考でそんな下らない事考えてたら、マイが口を開く。
ちなみに今リビングにいるのは僕とマイとアンの3人だ。
「これは、イカ墨スパゲッティーよ。臨海都市シートルから先に進んだ所にある、水上都市ベーアの名物料理よ」
水上都市ベーア。聞いた事がある。葦か何かの草を集めたものの上に作られた、海の上の都市。都市内は水路が張り巡らされていて移動はゴンドラですると言う。けど、僕らがそこを訪れなかったのは、僕が嫌がったからだ。何が悲しくてわざわざ海の上に行かないといけないのだ。僕は悲しいかな金槌だ。海の上にいるというだけで、ビビって眠れなさそうだ。けど、何故か船は別にどうって事無かった。気分の問題かもな。
「イカの墨って食えるのか? イカ食べる時には取るよな?」
「それは、生で食べると臭いからよ。火を通せばあんまり臭くなくなるわ」
「ご主人様、マイ姉様、そんな事よりも早く食べましょうよ。冷めちゃいますよ」
さすがアン。こんな真っ黒な食べ物を見ても微塵もブレない。まあ、ヤツは野生だった時には石を噛み砕いて歯磨きしてたようなヤツだからな。黒いくらい全く問題ないんだろう。こんど靴墨でも食べ物と偽って食べさせてみるか。多分美味いと言うはずだ。
「じゃ、食べましょう」
ごく自然に食事のイニシアチブはマイにある。まあ、美味しいもの作ってくれるからその流れだよな。
「「「いただきます!」」」
僕らは唱和してフォークを手にする。
アンはまるでそばでも食べるかのごとくフォークで麺を啜りこむ。これは変態的な肺活量を誇るドラゴンならではの食べ方だ。普通の生き物はそんなに瞬間に麺を吸えない。
マイは右手でフォーク、左手でスプーンを持ってスプーンの上で巻きながら食べている。パスタ食べる時はスプーンを使うのはマナー違反って聞いた事がある。けど、マイはマナーに詳しいはず。
「マイ、スプーン使うのか?」
「ん、別に使っても使わなくてもいいけど、お洋服が汚れるの嫌だから。まあ、フォーマルの時には使わないけど」
「本場じゃ、スプーン使うのは子供だけって聞いた事あるけど」
「んー、別にマナーが悪いって訳じゃないわよ」
そうなのか。けど、僕は面倒くさいからフォークだけで食べる事にする。
真っ黒、真っ黒だ。少しひるむけど、いい匂いがする。フォークで取って口に入れると、おお、素晴らしい。海の香りがしてニンニクとトマトの味がする。生臭さは全く無い。
「マイ、うまいな!」
「ご主人様、それもうネタですね。ハハハッ、ご主人様、口の中真っ黒ですよ」
「そう言うお前だって真っ黒だぞ」
可憐なアンの口の中は真っ黒だ。なんか吸血鬼みたいだ。ちょっと愉快になる。
「マイ、マイも口開けて見せろよ」
「ニーッ!」
マイが歯を見せる。けど、黒くない。何故だ? マイはパスタの隣のサラダを指差す。
「このドレッシングに酢がはいったサラダで、墨って溶けるのよ」
「うわ、マイずりーな。もう一回食べて黒い歯みせろよ」
「そうですよ。ずるいですよ」
「嫌でーす!」
イカ墨スパゲッティー。なかなかいい。
「イカ墨スパゲッティー、なかなかいかすみたいだな」
「ご主人様、ゴブリンいかっすみためもセンスも」
むむむむむ……