マイの黒歴史(前)
「何だと……強すぎる……」
2メートルを超える巨躯に犬のような頭の生き物。いや、狼、狼だろう。けど、どっちでもいい。
その両の手から伸びた爪をあたしに向かって振るうが遅すぎる。
「本当に人間なのか?」
良く喋る犬っころだ。弱い。弱いけど、見逃す訳にはいかない。コイツは人を殺しすぎた。
ヒュン!
あたしは飛び込み軽く鎌を薙ぐ。そして、犬っころの首を掴みその胴体を蹴飛ばす。コイツはやたら再生する。ちゃんと切り放しとかないとせっかく切った首がくっつきそうだ。昔トロールでやらかした事がある。掴んだ首から血が滴る。濁った瞳があたしを見る。
「さ、最後にお前の名前を教えてくれ。美しき死神よ……」
首だけになっても良く喋る犬っころだ。
「マイ。マイよ」
「マイマイか?」
カタツムリじゃないつーの。そういえば昔そういう自己紹介したような?
「いえ、マイよ」
あたしは首を放って鎌を振るう。地面に肉塊が落ちる。
白銀色の月が辺りを照らしている。
大鎌を振って血のりをきる。
「さすがっすね、お姉様」
あたしに向かって赤髪の少女が駆けてくる。アンジュ。あたしの弟子のうちの1人だ。
「他は終わったの?」
「残り1体で、あとの3人で追っかけてるっす。もうおわるっす」
「そう」
「けど、信じられないっすね。マイ姉様にも弱かった時があるなんて。私たちなんて、ザップ兄さんに助けて貰わなかったら、温泉でゴブリンに食われてましたからね。今思い出すだけで、顔から火が出そうっす」
「そう……」
「ん、なんかマイ姉様、顔が赤くないっすか?」
「気のせいよ……」
いや、気のせいじゃない。あなたたちはまだマシよ。あたしは、あの時なんであんな事したのか今でも思い出すと、顔から火が出るどころじゃなく、ここら辺をゴロゴロ転げまくりたくなる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あたしの名前はマイ。冒険者の荷物持ちをしてたけど、迷宮の奥であたしを雇ってたパーティーは全滅してめっちゃ強い野人さんに助けてもらった。
野人さんはついてくるあたしを追っ払おうとしたけど、なんとかついて行くのは許してもらえたみたい。しっかりついて行かないと、迷宮の中に置いてかれたら、間違い無くあたしは死んでしまう。心細くて、つい野人さんに話かける。
「ねえ、あなた、どこに行くの?」
野人さんは足が速い。あたしは小走りで追いかける。
「ザップだ……」
ザップって名前なのね。ザップさんって呼ぶべきだと思うけど、少しでも親しくなるためにザップって呼ぶ事にする。