ワンインチパンチ
「それでは、デル先生の格闘技講座始めます」
サラサラの金髪を後ろに束ねた、尖った耳のエルフの麗人デルが拱手する。前で合わせる服、道着に黒い帯。前々から思っていたが、華奢なデルにはあんまり似合ってないような。それにしても、なんか今日はテンションたけーな。自分で自分の事先生ゆーてるし。
「様々な事情で久しぶりの開催になりますが……」
「様々な事情って、暑すぎてみんな集まらなかっただけよね……」
マイがボソッとごちる。何回か開催しようとマイはしてたもんな。
「マイ姉様、それだけじゃないです。涼しい道場を借りようとは思ったんですけど、皆さん基本的に建物壊すから……」
今まで2度程道場を決壊させたけど、その原因は基本的にお前だろ。けど、それは口にしない。僕は大人だからな。
ここは街から少し離れた広野で、メンバーはデル先生と、僕、マイ、ドラゴン娘アンとマッスル黒エルフレリーフと、エロ子供族のパムだ。僕たちみんな白い道着に黒帯だ。懸案事項は、デル先生とアンが下着を着けているかだ。基本的に田舎育ちの多種族は下着つけたがらないからな。
そして、いつも通り、準備運動と基本練習を済ませる。確認した所、デル先生は下にシャツを着ている。残念。
「それでは、今日は有名な技、ワンインチパンチを練習しましょう」
デル先生が口を開く。有名? ワンインチパンチ?
「はいはい!」
パムが手を挙げる。また、マイにお仕置きされるのか?
「パム、どうぞ」
デルに促されてパムが話し始める。
「その、ワンインチパンティーて何ですか? めっちゃ布面積が、へぶしっ!」
デルがパムの目の前に高速移動したと思ったとたん、パムが吹っ飛ぶ。低空飛行で10メートルはいったんじゃ? その後には右手を前に突き出したデルが。今のはなんだ? デルは普通にパムの前に立って、そこからただ突きを放っただけなのにその威力。まるで魔法のようだ。
「今のがワンインチパンチです」
「わ、ワンインチパンティー。ウゴッ……」
デルの言葉にまだ戯言を言ってるパムにデルが何かを投げつけて黙らせた。これって徒手空拳の講座だよね?
そして何事も無かったかのようにデルが話し始める。
「今から約50年前、大陸ではカンフーと言う、東のチャイナという国の格闘技が流行りました。その騎手はドラゴン・リーと言う格闘家。傭兵都市のコロシアムを徒手空拳無敗で駆け抜けた伝説の人です。圧巻だったのはコロシアムの最終試合。鎧を纏った屈強な巨漢の挑戦者を予備動作なく、たった3センチくらいの間合いから突き出した拳で吹っ飛ばして勝利を得ました。しかも挑戦者は胸骨を折ってたそうです」
デル先生が目を輝かせて身振り手振りつきで話しまくる。あー、好きなんだね格闘。これがなかったらめっちゃ美人さんなのに、残念だ。
そして、デル先生はその場で突きを繰り出す。
「その突きの名前が『ワンインチパンチ』。全ての格闘家が憧れるものです。それを穢したパム殺す!」
「すみません、デル先生。オイラが悪かった。ところで、先生めっちゃ詳しいけど、そのリーさんの試合見てたの?」
「おい、見てる訳ねーだろ。私はババァじゃない」
あ、デル、キャラ変してる……ヤバい血の雨が降る。
「それよりも、その技詳しく知りたいわ」
マイが助け船を出す。デルはなんだかんだでマイに服従だからな。
「それでは、レリーフ前に」
何とかデルの機嫌は直ったかな。
「はい……」
レリーフが前に出る。明らかにビビってるな。そりゃ、さっきパムめっちゃ飛んでったからな。デルはレリーフの前に手を突きだし、少しの間を空けて止める。
「やり方はシンプル。全身の筋肉に瞬発的に力をいれて、普段の突きをなぞるだけです。突きから手を突きだすというアクションを抜いただけです」
ゴスッ!
デルの手が当たったと思うと、レリーフが吹っ飛ぶ。まじか! 熊のようなレリーフが1メートルは飛んだんじゃ?
それから僕たちはワンインチパンチを練習したが、当然そんな複雑なものは僕には出来なかった。逆に僕以外はみんなマスターしてた。アンでさえも。
「ザップさん、これで汗でも拭いて、気分直して下さいよ」
気が利いた事にパムがなんか布切れを僕に差し出す。広げてみると、3センチくらいの三角形から紐が伸びている。ちっちぇーよ。こんなんで汗拭けるか。けど、これなんなんだ?
もしかしてワンインチパン……
パムにも馬鹿にされてるのか。クソッ。絶対に出来るようになってやる。陰で特訓だ。
それにしても、誰のなんだ? 盗んだヤツか? しつこいからもうツッコまず、無かった事にして収納に隠した。またデルやマイがバーサークしたら面倒くさいからな。けど、誰のなのか後でコソッとパムに聞いてみよ。