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第七話「」

6


 砂丘近くの駐車場に菫が車を停車させる。


 駐車場には、多くの鯨の死体が転がっていた。車ではなく、既に鯨が停車している。綺麗に白線の中に収まっている鯨は奇妙な光景だった。


 「誰かが鯨を動かしたわけではないよな」


 僕はシートベルトを外しながら菫に問いかける。興味深そうに彼も笑っていた。というよりも、長い運転作業に疲労も何もないのか、子供のように笑っている。寝てないはずなのに。


 「真人、これも真実だよな」


 「お前が言う、真実っていう言葉の本質が僕には見えない」


 「それもまた真実だ」


 「……もう、何でも真実なんじゃないか?」


 彼に呆れながら車を降りる。波の音が近い。


 踊り続ける雪。寒い風が全身を痛めつけるように襲ってくるので、コートで身体を隠す。


 遠くの方で叫び声が波と混ざって聞こえてくる。恐怖から来るものではなく、どこか祭りのようにも聞こえてくる活気づいた声だが、言葉に楽しさというものは感じられない。風などで微かに聞こえる程度だが「殺せ!」なども聞こえてきていた。


 今の日本では鯨の座礁によって、恐怖心が伝染している。そうした恐怖心は時に殺人も厭わない。なので、僕的にはこうしてのらりくらり歩いている僕たちは狂人だと思っている。以前ではネット越しに人が人を言葉で殺す時代だったが、今では人が直接人を殺す時代だ。自身が抱える恐怖心という存在を緩和させるために人々は、憎い対象や弱き者を囲み、撲殺していく。恐怖という悪を排斥するための正当防衛だと抱えて、その行為を厭わない。


 「誰か殺されるのか」


 「どうしたんだ、急に」


 僕は立ち止まって、そう口にしていた。悲しみなどはなかった。他者の死を悲観できるほど、僕の心が正常なはずはない。


 「いや、殺せって声が」


 声の方へ指を向ける。


 菫は僕の指先の方へ首を向けた。そうして「ああ」と笑っていた。


 「あれは儀式みたいなもんだな」


 「儀式? 何か知っているのか」


 「行けばわかる」


 またその言葉か、と僕は肩を落とす。


 「行こうぜ。世界を切り取りに」


 はいはい、と僕はため息をつく。


 白息は天へと消えた。


―――


 雪が積もった砂丘に来るのは初めてだな、と想いながら菫の後ろをついてきた。砂に足跡の軌跡が描かれるのとは違い、雪の砂丘ではどこか奥床しさがある。


 風が強く、波が荒い。そんな中で僕たちは驚愕した。正確に言えば、僕だけが驚愕したのかもしれない。


 荒い波の中でサーフィンをしている人物がいた。それも海水パンツだけを着ている。


 海の中は冷え切っているだろう。真冬が近づいているこの季節に、サーフィンをする奴がいるとは、驚愕する。


 前方で止まっている菫は「これもまた真実だなあ」と言っていて、僕はもうその単語を聞きたくはないなあ、と思うしかなかった。


 荒波を巧みに操縦するかのように、まるでその動きは真冬の蝶にも感じられた。海面を舞う蝶には、腹筋がついているのだけれど。


 鮮やかなカーヴィング&カットバックに、どこか感嘆とし、息が零れる。


 鯨が降り、雪が舞っているのに、世界がこうも平和なものなのか、と静謐な砂丘で感じた。 


 だが、サーファーの顔をまじまじと見ていくとどこかで会ったことがあるように思えてきた。どこの記憶だったか、上手く手繰り寄せることができない。


 「あの人に会いにきた、わけではないよな?」


 僕は確認をする。菫は「砂の鯨に会いに来た」とも言っていたし「世界を切り取りに行く」と言っていたが、「サーファーに会いに行く」とは言っていない。どの言葉も、可笑しい事には変わらない。


 「じゃないな。でも楽しい奴だぜ、きっと」


 「お前とは気が合いそうだな。色んな意味合いで」


 「アイツの中には、きっと真実がある」


 気が付くとサーファーが波から降り、こちらに歩み寄ってきていた。


 偉丈夫だ。背が高く。若い。濡れた髪を掻き上げる。綺麗な肌に、男前だった。六等分されているくっきりとした腹筋は特に眼が行く。


 しかし、顔がちゃんと認識できる距離までくると「あっ」と僕の記憶がこの人物が誰なのかを想いだしていた。


 「あの時の」


 そしてサーファーの人も僕に気が付いたのか「あっ」と立ち止まる。


 「君は確か珈琲を飲みに行くと言っていた人だね。奇遇だ」


 僕が菫に会いに行く前、呼び止めてくれた警察官だった。若いが、物言いが達観している彼だ。

 「どうしたんですか、こんな所で」


 僕の癖で、菫以外の人物には気を遣って敬語になってしまう。だが、彼には精神的負担になってしまう気の使い方ではなく、奇遇ですねと聞けるような気さくさがあった。


 「偶然だね」


 「ええ」


 「何だよ、真人。知り合いか?」


 割り込んでくる菫に一瞥を向ける。


 「隣の彼は?」


 警察官でもあり、サーファーの彼が聞いてくる。


 「コイツは友人の霧端菫です」


 「よろしく、菫君。私は聖童唯だ」


 簡素に挨拶をする彼の白い歯が輝いていた。


 初めて聞いた彼の名前には、どこか彼らしさがあった。彼以外にその名前が正当性を持たないような、そんな奇妙で納得を与えてくれる。


 「おう、よろしく頼むぜ」


 何をよろしくするのか、僕にはわからないがやはり気が合うのだろう。菫はいつも通り、馴れ馴れしかった。


 「避難誘導は大丈夫なんですか?」


 彼と会った時に「自分の信じた正義を、そしてその正義が多くの人々を救ってくれるのなら、世界が終ろうとも私は信じた正義の道を歩き続けるだけなんだ」と言っていたのを想いだす。


 「大丈夫さ。全て自分の仕事は片付けてこっちに来たんだ。それにこれも仕事でね」


 「サーフィンをすることが?」


 彼は微笑みながら「違う違う」と手を振る。


 「調査をしているんだ」


 「調査?」


 「鯨殺人事件だ。知らないかい? 鯨殺人事件」


 いや、何ですかそれ。


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