第五話 「」
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鳥取まで、13時間ほど経過したらしい。
らしい、というのは僕が寝ていて気がつけばそのぐらい経過した、というのを隣で一睡もしていないであろう彼から聞いたから詳しくはわかっていない、という意味合いから来る「らしい」だ。
起きている時には高速だったが、今は下道を通っているらしく、がらんとしている。人気がない。あるのは、鯨の死体だけだ。
「そろそろどこかで休憩するか」
「寝てないんだろ」
僕は姿勢を正しながら聞く。寝心地が良かったので、今でも車内だという認識にズレがある。これが高級車というものか、と感嘆した。同時に、やはり自分には合っていない、とも思う。
「オレは寝なくても平気だぜ。ただ、そろそろガソリンもついでおかないとな」
「帰りに居眠りでもされたら困るから、寝てくれ。ガソリンも心配だが、お前の睡眠不足も心配だ」
そもそも、ガソリンスタンドがやっているのか?
景色が過ぎ去る中、鯨の死んだ眼と自分の眼が合った。
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「らっしゃい!」
来店一番、閑散とした空気を揺らしたのは男性の野太い声だった。
男性店員が「おーらい!」と掛け声で誘導をする。菫はそれに合わせてアクセルを緩めて、ブレーキを踏む。
「今日は、どうしましょう!」
その言葉が面白くて、思わずクスッと笑ってしまう。
鯨が降って人も死んだ。なのに、「今日はどうしましょう」ときた。この世界に何事もなかったかのように、彼はいつも通りに自分の責務を全うしているのだ。
「ハイオク満タンで頼む。店がやっててよかったよ」
菫はのんびりそう言いながら、給油口を開ける。
「俺がやらなくて誰がやるんだ! って精神ですよ!」
「いい精神だ。歳は?」
「21です!」
「若いなあ」
いや、お前も十分若いだろ。僕たちはまだ若いだろう。
「ハイオク入りまーす!」
誰もいない店内で彼だけの声が響く。この世界には、僕たちと彼だけが住んでいるのではないか、と思ってしまいそうな程の静寂だった。そんな中での彼の声はとても聞き取りやすく、男らしい。頼もしさがあった。
「アイツなら、空からの鯨でも受け止めそうだな」
菫がそう言うので、
「それは頼もし過ぎるだろ」
と応えてやった。
給油を終えると、彼は機敏に窓や車体を拭き始める。
僕たちは固まった身体を解すために降りて、首などを回す。
「何で鳥取なんだ」
今更僕はそんな事を聞いた。
「おいおい、今更過ぎるぜ。真人」
「お前が急すぎるんだよ。で、何でなんだよ」
「鯨だよ」
「鯨?」
「砂の鯨を探しに来たんだ」
「おい、世界を切り取りにきたんじゃないのか」
「真人」
「何だよ」
「世界の切り取り方何て、知っているのか?」
何なんだ、お前は。