第98話 見送り
「どうするつもりなのよ、グレイ。騎士なんかになっちゃって・・・。あんた魔導士が夢だったんじゃないの?」
アリシアが呆れたように言った。
「・・・今はそっとしておいてくれ。じゃないと泣きそうだ」
俺は答える。
一度は断った聖女の近衛騎士の職。
だがそれは過保護な大人たちの悪意によって、
無理やりに実現された。
「それにしても、『小鬼の騎士』か。ダサいわね」
アリシアが言う。
「・・・」
俺はそれに何も答えなかった。
あの後、ロロやバロンに教えて貰ったが、
称号の付く騎士と言うのは特別な騎士らしい。
バロンは『小鬼の騎士』と言う称号をかなり気に入ったようで、
しきりに名付け親のロロの事を褒めていた。
ロロも鼻高々と言った感じであったが、
俺は二人のセンスがどこかおかしいのだと確信していた。
新たな称号。
ヒナタにだけは絶対にバレたくない。
そう思った。
「・・・じゃあ、そろそろ行くわね」
「ああ」
ここは港町ボジョレ。
俺は南の大陸へと向かうアリシアを見送りに来ていた。
アリシアとの気軽なやりとりもしばらく出来なくなる。
「・・・寂しい?」
アリシアが意地悪な笑顔で言う。
胸中を言い当てられて、
俺は少し恥ずかしくなる。
「・・・、魔導士だからなこういう出会いと別れもあるだろ」
照れ隠しでそんな事を言ってしまう。
いつもならアリシアが食って掛かってくるところだが、
今日のアリシアはいつもと違った。
「ふうん、そう?私は寂しいわよ」
アリシアはそう言って俺を見つめる。
いつもとは違う素直な言葉に、
俺は戸惑った。
アリシアは分かっているのだ。
魔導士と言う職業をやっている以上、
いつ何時、命を失うかも分からない。
ましてや今回はあの『白蝶』絡みの任務。
俺とアリシアが再会できない可能性は、
十分にあると言うことだ。
「・・・また、会おう。気を付けろよ」
俺は言う。
振り絞って出てきたのはありきたりな言葉。
こういう時、
なんて言えばいいのか分からなかった。
「・・・うん。そうね」
アリシアも呟く。
その表情はどこか寂しそうだった。
「アリシア様!船が出ますよ!!」
先に出発の支度をしていたシオンが、
アリシアに声を掛ける。
「それじゃ、行くわ」
アリシアはそう言って笑うと、
荷物を持ち、船へと足を向けた。
俺は不意に、その背中に強烈な既視感を感じた。
誰かが居なくなってしまう。
俺の元から離れてしまう。
そんな不安が俺を襲う。
それはヒナタが居なくなった時と似たような感情であった。
このまま行かせるのか?
俺はとっさに遺文に問いかける。
だが今のアリシアに何を言えばいいのか分からない。
俺がそんな事を思った時、
かつてこのボジョレに到着する船の中で、
アリシアに言われた言葉を思い出した。
――――――――相手の顔色見て言う言葉選ぶんじゃなくて、まず自分自身が何を言いたいのか考えなさいよ。
俺は再び、
アリシアの言葉にガツンと頭を殴られたような気がした。
そして俺は、思わず走り出す。
「アリシア!!!」
俺は大声で叫び、
船に向かうアリシアの手を掴む。
「えっ!?」
アリシアが驚き、荷物を落とす。
「ちょ、ちょっと。なに・・・?」
アリシアが戸惑い、俺に尋ねた。
思わずアリシアの手を掴み引き留めてしまったが、
頭の中はぐしゃぐしゃだ。
どんな言葉が正解かも分からない。
どんな言葉をかけるべきかも分からない。
だから俺は、
かつてのアリシアに言われたように。
素直に自分の言いたい事だけを言う事にした。
「アリシア。行くな」
俺はアリシアの目を見て言う。
「・・・え、え?」
アリシアは訳が分からないと言う顔をしている。
当然だ。
俺も訳が分からない。
「俺は・・・お前ともっと冒険がしたいんだ。こんなところで、さよならなんて嫌だ」
だが構わない。
言わないで後悔するのはもう嫌だ。
俺は恥も外聞もプライドも体裁も捨てて、
ただ思いのままにアリシアを引き留めた。
しばらく見つめ合う俺とアリシア。
だがアリシアからは何の反応もない。
ただ、俺の顔を正面から見つめている。
くそ、顔が熱くなってきた。
やがて、アリシアが俯き、
ゆっくりと呟く。
「・・・それって・・・私が必要ってこと?」
アリシアが尋ねる。
「ああ」
俺は即答する。
「・・・私と一緒に居たいってこと?」
「ああ」
「私が居ないと寂しいってこと?」
「ああ、そうだ」
そしてアリシアは顔を上げ、
再び俺の顔を見た。
その表情に宿るのは期待と不安。
「・・・それは私の事が・・・・」
アリシアはそこまで言って言葉を止める。
俺の心臓がドクンと跳ね上がる。
だがアリシアはその先の言葉を口に出したりはしなかった。
代わりにいつもの、
あの悪戯っぽい笑顔で笑い、
俺に言った。
「・・・馬鹿。もっと早く言いなさいよ・・・」
「すまん」
俺は自らの無粋を謝罪する。
「・・・でもそんな事言われると思わなかったわ。成長したじゃない」
お前のお陰だ、
とは言わなかった。
「アリシア、その・・・」
「・・・でもグレイ。私には依頼と助けるべき人が待っているから、この船に乗らない訳には行かないわ。私は<紅の風>なんだから」
俺は頷く。
引き留めはしたが、
彼女がどう答えるかは初めから分かっていた。
彼女は一流の魔導士なのだ。
「・・・ああ」
俺は返事をした。
「・・・行かなくちゃ」
そう言って、アリシアは荷物を持つ。
だが再び船に向かおうとした彼女は、
一度立ち止まると、
くるりと身体を返して俺に近付いて来た。
そして、アリシアは俺に口づけをする。
突然の事で一切反応が出来なかった。
「え」
唇に触れる柔らかい感触。
俺は初めての体験に戸惑う。
そしてアリシアは身体を離し、
俺の目を見て言った。
「・・・絶対戻ってくるから。さっき訊かなかった事は、その時に訊かせて貰うわよ」
アリシアが言う。
その顔は真っ赤だ。
「・・・あ、ああ・・・」
俺は戸惑いながら返事をする。
「・・・じゃ、行ってくるわ!グレイも頑張りなさい!」
そしてアリシアは手を振ると、
船の中に乗り込んでいった。
俺はその姿を茫然と見送る。
それと同時に船から出航の掛け声が掛かり、
船はゆっくりと岸を離れていく。
俺はその船影が、水平線に到達するまで見つめていた。
俺はアリシアの事を考えていた。
かつての幼馴染テレシアの孫でSクラス魔導士。
奇妙な因果の相手ではあるが、
彼女の素直さ、明るさに何度救われた事だろう。
俺は自分の胸に生まれた、
どこか温かい感情に戸惑う。
「愛、か・・・」
俺は、俺が開ける事の出来なかった『白の箱』の事を思う。
それと同時にゼメウスに言われたことも。
もしもこの胸に生まれた温かさの正体を、
俺自身が理解できるようになったとしたら、
その時は『白の箱』を開ける事が出来るのだろうか。
俺はそんな事をいつまでも考えていた。
こちらで長かった第五章が完結となります!
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます。




