第96話 拉致
「う・・・」
俺は人の気配で目を覚ます。
「ここは・・・」
俺は呟く。
だが口元が上手く動かない。
どうやらまだ痺れが残っているようだ。
おそらく背後から受けたのは、
麻痺を引き起こす黒魔法だったのだろう。
気が付けば、
俺は全身が椅子に縛られ固定されていた。
そこで俺は、
意識を失う前に何が起きたかを思い出した。
「起きたか・・・?」
男の声がする。
その声には聞き覚えがあった。
さきほど俺を襲った男たちの一人だ。
「やけに無警戒じゃったの。こんな小僧で本当に大丈夫なのか?」
「いや我ら四人を同時に相手し、あれだけ攻撃を捌いたのだぞ。魔導士にしては上出来だろうが」
「こんな男が・・・まさか・・・」
周囲から同時に声が聞こえる。
どうやら部屋の中には複数の人間がいるようだ。
「すまなかったな・・・こんな事をして・・・」
最初の男が言う。
「お前ら・・・何が目的だ・・・俺を、どうするつもりだ・・・?」
俺は尋ねる。
大聖堂のど真ん中に侵入し、
俺を拉致するなど、ただの賊には不可能だ。
それに四人とはいえ、俺が手も足も出なかった。
あの鮮やかな連携、ただ者ではない。
俺は警戒心を高める。
「・・・少し勘違いをしているようだな」
男が言う。
「どういう、ことだ・・・」
俺は尋ねた。
勘違いとはどういうことだろうか。
男の言葉の意味が分からず俺が戸惑っていると、
部屋の中から別の声が聞こえた。
「無理もありません、穏便にと言ったではありませんか」
聞こえたのは女性の声。
気のせいでなければ、
俺はその声に聞き覚えがあった。
俺は驚き顔を上げる。
そして声の主を追って、
部屋の端に視線を向けた。
「・・・なっ!」
「グレイ殿、手荒な真似になってしまい、申し訳ありませんでした」
そこに居たのは、
キリカであった。
・・・
・・
・
「キリカ、どういうことだ・・・何故、こんな?この縄を解いてくれ・・・」
俺は言う。
状況が全く掴めていなかった。
なぜ俺はキリカに拉致されているのだろうか。
「すみませんが、それは出来ません・・・」
キリカが冷静に言う。
「それは・・・」
「・・・その縄を解いて欲しければ、まずはグレイ殿が真摯に我々に協力していただく事が大事です」
そう言ってキリカはこちらを向いた。
その表情は、
なぜか俺の知っているキリカとは別人のように思えた。
「どういう・・・ことだ・・・?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「どういうことか、だと!それはこっちの台詞だ!!」
黒づくめの男の一人が声を荒げる。
「落ち着け、話が前に進まん」
これまで話していた、
最初の男がそれを窘める。
どういうことだ。
まったく状況が掴めないぞ。
「どういうことか、か。我々も貴方に同じことを聞きたいのですよ・・・グレイ殿・・・」
キリカがゆっくりとこちらに近付いて来る。
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
これは、殺気―――――――
「・・・なぜ、ロロ様の騎士になることを拒んだのですか?」
キリカが血走った眼で俺に尋ねた。
「は?」
俺は訳が分からず、間の抜けた声を上げる。
「このガキ!!!!!!ふざけた返事しやがって!」
「なんでこんなやつにロロちゃんが!!」
「ロロちゃん・・」
周囲の男たちが好き勝手なことを言いだした。
待て待て。
ちょっと気持ち悪いぞ、おっさんたち。
俺は狼狽える。
「ま、待て。騎士ってもしかしてさっきの話か?た、確かに俺はロロの誘いを断ったけど・・・それがなんでこんな事に・・・」
俺は尋ねる。
その言葉にキリカがピクリと反応する。
「・・・なんで?なんでか、と仰いました?グレイ殿・・・」
冷たく尖った声。
俺はそこで確信する。
これは俺の知っているキリカじゃない。
「ロロ様がどんな気持ちで、貴方に声を掛けたかご存じですか?これまで誰を推しても頑なに騎士を登用しなかったロロ様が初めてご自分からそれを言い出したお気持ちがわかりますか?貴女に断られるんじゃないかと、私や侍女に相談を持ち掛けるあの方の表情を見たことが?グレイ殿が騎士になった時の為に、忙しい仕事の合間を縫って手作りの革手袋を作った彼女の気持ちは?」
キリカがまくし立てる。
俺は思わず声を失った。
「それは・・・」
「・・・一つ言えることは、残念ながらグレイ殿がとんでもない甲斐性なしと言う事です・・・」
キリカが悲しそうに言う。
「・・・いや、しかしロロは・・・」
大丈夫と言っていたではないか。
俺は反論しようとする。
「・・・ロロ様が貴女にどれだけ気を遣っているか、分かってますか?負担になりたくないと身を引いたのですよ?」
「ぐ・・・、しかし俺は魔導士で・・・」
「・・・人の為に何かをしたい、と言うのであれば本質的には騎士も魔導士も同じではないですか?」
「・・・だがそれでも。俺はカッコいい魔導士に・・・憧れて・・・」
「ほう。グレイ殿のカッコいいとは、目の前の少女の願いを断り、見ず知らずの誰かに称賛されることですか?随分ご立派な志ですね・・・」
キリカの言葉の刃が次々と俺の心を切り裂いていく。
ダメだ、口ではまるで勝ち目がない。
俺のライフはゼロだ。
「・・・それにグレイ殿。ロロ様に約束していたではないですか?何か一つ願いを聞くと。彼女はその約束をしっかりと覚えている。にも関らず、貴方を騎士に誘った時にはその約束を口にも出さなかったのですよ?何故だかわかりますか?信じていたからですよ、貴方を」
キリカが言う。
たしかにロロから告白された時、
そんな約束をしたような気がする。
まずい完全に忘れていた。
だが、なぜそのことをキリカが知っているのだろうか。
「それ、は・・・」
俺は呟くように声を出した。
もう言い返す言葉もない。
俺が悪かったのだろうか。
そんな気持ちになってくる。
「キリカ、そいつはもうダメだ」
「やはり彼女を守れるのは俺たちだけだ」
「どっちにしろロロちゃんを悲しませた事は絶対に許さん。絶対にだ」
周囲の男たちが好き勝手な事を言う。
彼らはなぜこんなに猛っているのだろうか。
俺は、一体どうなってしまうのだろう。
そしてキリカに代わり、
最初の男が俺の正面に立った。
そしておもむろに覆面を脱ぎ、
胸元から眼鏡を取り出し、
それをかけた。
「・・・グレイ殿。我々はロロ様が、あの子が聖女見習いの時から彼女を知っています」
眼鏡の男が優しい笑顔を浮かべる。
「誰にでも優しく、一生懸命で・・・我々にとっては娘か、孫のような存在、いや、天使だな」
その言葉には慈愛が満ちており、
本当にロロの事を想っているのだと言う事が分かる。
眼鏡の男の言葉に、周囲の男たちがうんうんと力強く頷く。
どうやらこの眼鏡の男は話の出来る男の様だ。
俺はなんとか彼を説得出来ないか、と考える。
だがそこで、眼鏡の男の雰囲気が変わった。
「・・・本来ならばあの子を貴様のような青二才に任せるなど許せるはずがない。だが我々はそれを受け入れよう。なぜか?あの子の笑顔の為だ。グレイ殿、君に残された選択肢は二つだ」
眼鏡の男はこめかみを痙攣させながら言う。
その笑顔の裏に隠されているのは、
激しい怒り。
「・・・選択肢・・・?」
「そうだ、ここで選べ。あの子の騎士になるか、それともこの東の大陸を守護する騎士団を丸ごと敵にするか、だ」
眼鏡の男が張り付けたような笑顔で言う。
あ、これ一番ヤバいタイプの人だ。
俺はそう思った。
周囲の男たちはそうだそうだとか、
ロロ様を泣かせるなとか好き勝手なことを言っていた。
キリカもなんとも言えない視線で俺を見ている。
俺はそこで確信する。
ここに俺の味方は居ない。
居るのは、ロロに心酔したヤバい奴らだけだ、と。
「・・・俺は・・・」
俺が答えに躊躇していると、
眼鏡の男が俺に顔を近付けてきた。
「・・・そうそう。君が正しい選択を出来るように、もう一つ伝えたい言葉があったんだよ・・・」
眼鏡の男の言葉に、
俺は顔を上げる。
これ以上、
何があると言うのだろうか。
「・・・若くして、莫大な借金を背負ったそうじゃないか。大変だね?君が騎士になれば、我々が色々と助けになれると思うんだ・・・」
眼鏡の男が笑う。
俺の情報は、どこまでも彼らに筒抜けだ。
俺に彼らの提案を受け入れる以外の選択肢は残されていなかった。
遂にブックマークが400件を越えました!
300→400がすごく早かった・・・感動です。
モンハンやる時間を割いてでも、
頑張って更新したいと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。




