第91話 酒と男と女
「どうだったの・・・」
部屋に戻った俺をアリシアが捕まえた。
「どうだったって・・・」
俺の反応にアリシアはため息をつく。
「・・・その反応じゃ予想通りって感じね」
そう言うアリシアは、
どこか安心した様子だ。
「あ、ああ。ロロと箱について話してきたぞ。どうやら箱について、しばらくは公表はしない方針で行くらしい。それから―――――」
「それから?」
アリシアが尋ねる。
「ロロに・・・好きだと、言われた」
「・・・なっ!なんですって」
アリシアが驚き立ち上がる。
「そうだよな。俺も同じ気持ちだ。まさか俺の事を好きと言ってくれる人が現れるとは思ってなかったから・・・その・・・」
「そ、そう言うことじゃなくて・・・。さ、先を越されたか・・・やるわね、ロロ・・・」
アリシアが悔しそうに呟く。
「ん?どういうことだ?」
「何でもないわよ!」
アリシアが声を荒げた。
そしてアリシアはばつが悪そうに椅子に座り直した。
「・・・で、好きだと言われてどうしたのよ、貴方は」
アリシアが尋ねる。
俺は先ほどの出来事を素直にアリシアに話した。
「いや、ロロも聖女って立場だし、まだ答えは求められないって。でも聖女を辞めたら答えを貰いに行くからって言われた。なぁ、アリシア・・・俺はどうしたら良い?」
俺はアリシアに助けを求めた。
こんな体験初めてだ。
「くっ・・・しっかり意識してるじゃない。鈍感にはこの方法が正解だったのね・・・ロロ、恐ろしい子・・・」
アリシアは何かをブツブツと言っていた。
「なぁアリシア・・・人を好きになるって・・・どういうことなんだろうか・・・」
俺は構わずアリシアに尋ねた。
そんな俺に、アリシアは苛ついている様子だった。
「・・・行くわよ?」
アリシアはそう言って立ち上がる。
「え、どこに?」
俺は尋ねた。
「決まってるでしょ。こんな話、素面でなんか聞けるわけ無いわ!飲みに行くのよ!」
「いや、でも今の俺は人目には・・・」
「良いから着替えなさい!」
アリシアの剣幕に負け、
俺は身支度を整える。
そして同じく支度を終えたアリシアと合流し、
静かに街へと繰り出すのであった。
・・・
・・
・
俺とアリシアは街の端にある酒場へと入る。
飲食街の外れではあるが、
掃除の行き届いた店だ。
それなりに繁盛している様で、
中には魔導士やら騎士やら商人やら、
色々な客が居た。
俺たちは席に案内され、
料理と酒を注文する。
「今日はとことん飲むわよ・・・」
アリシアが言う。
「待て、あまり遅くなると・・・」
「なに?」
「なんでもありません」
俺はアリシアの殺気に負けて、
何も言えなかった。
だが、まぁいい。
なんだか今日は俺も飲みたい気分だ。
俺はこれまでアリシアに伝えていなかったことを話した。
ゼメウスの箱の事。
秘められた禁忌の魔法と、
時間魔法、
それから生命魔法に関する事。
時々アリシアの質問に答えながら、
一つ一つ説明していった。
だが唯一話せなかったのは、
俺がどのように『灰の箱』を見つけたのかと言う事だ。
それを話せば必然的にアリシアとの出会いについて触れる必要がある。
何故だか俺はそれを話す事を躊躇していた。
俺がウジウジしている内にアリシアの酒量はいつの間にか増え、
次第に『箱』の話から、
俺自身への話へと話題が移ってしまった。
つまりはダメ出しだ。
「大体ね!あんたは鈍感過ぎるのよ!ヒナタちゃんの話を聞いた時にも思ったけど、今はその時より強くそう思うわ!」
アリシアが言う。
その目は既に据わりきっていた。
アリシアの酒癖は悪い。
そして何故だか、
今日はいつもより当たりが強い。
先ほどからずっと俺へのダメ出しが止まらない。
だが、今日は俺も負けてはいない。
「そんな事言ったってな!こっちだって言われなきゃ分からない事もあるんだよ!」
そう言い返す俺。
今日は珍しく、
酒に酔っていた。
元々下戸ではない。
だがアリシアに付き合い、次から次へとワインを空ける。
これほど飲むのは人生でも初めてかも知れない。
すでに視界の先のアリシアはぼやけて二重に見えている。
「それが鈍感だって言うのよ!この甲斐性なし!」
アリシアが叫ぶ。
「だ、誰が甲斐性なしだ!誰が!」
酒場の中でも俺たちの声はどんどん大きくなり、
次第に周囲の注目を集めだした。
「・・・おいおい、あんたら大丈夫か?痴話喧嘩なら余所で・・・」
店主と思われる男性が、
心配して声を掛けて来てくれた。
だが、酔ったアリシアは店主にも絡む。
完全に危ない輩だ。
「なによ・・・私に説教するつもり?私が誰だか分かってるの・・・?」
「い、いや、知らないけどよ・・・他の客に迷惑だから・・・」
「今のアリシアに触れないほうがいいぞ・・・ククク、今のこいつは・・・燃え盛る火炎よりも危険だ」
そして俺もアリシアを援護する。
俺たちの様子に店主が戸惑っていると、
アリシアが席を立ちあがる。
そして鞄からおもむろに皮袋を取り出した。
「・・・店主さん?今夜の客は全員私の奢りよ!これなら迷惑じゃないでしょ!」
アリシアが叫ぶ。
その声が店中に響き、
他の客から歓声が上がる。
「覚えて起きなさい!私がSクラス魔導士<紅の風>よ!!みんな今日は好きなだけ飲んで!」
そう言ってアリシアは机の上に飛び乗った。
「おおお!あの有名な!」
「いいぞ!<紅の風>!!」
「ありがとな!お嬢ちゃん!!」
店中の客がアリシアを喝采する。
そしてアリシアは机の上から、
勝ち誇ったような表情で俺を見ていた。
「どうよ!これがSクラス魔導士の力よ。甲斐性なしのグレイには真似出来ないでしょ」
その言葉に、俺の中の何かが切れる。
「上等だ・・・」
俺もアリシアと同じように机の上に飛び乗った。
もはや平衡感覚を失い、フラフラとする。
だが構うものか。
「お前が酒を奢ると言うのであれば、俺はもっとだ!」
俺は店に響き渡る声で叫ぶ。
客たちは、
俺とアリシアのやりとりを楽しんで見ている様で、
いいぞいいぞと俺にも歓声を送る。
「・・・どうするつもり?すでにこの店の酒は私が買い占めたわよ!」
アリシアが答える。
「ククク、アリシア。あまり俺を舐めるなよ。俺が買うのはこの店そのものだっ!」
俺は叫んだ。
「・・・なっ!」
アリシアが目を見開き驚いている。
いい気味だ。
「店主!この店は俺が買うぞ!このゴブリン殺戮者グレイ様がな!!ハーハッハッハッハッ!!」
俺は身を倒して高笑いする。
「あ、あれが!あのゴブリン殺戮者か!」
「噂通り狂ってやがる!!」
「いいぞ、ゴブリン殺戮者!!!」
アリシアに負けないくらいの歓声が上がる。
フフフ、俺の名前もかなり売れてきたようだな。
最高の気分だ。
「なら、今日でこの店の酒を飲み干してあげるわ!勝負よ!」
アリシアが叫ぶ。
「望むところだ!!」
俺はアリシアの挑戦に応じる。
そして俺たちは周囲に囃し立てられながら、
酒を飲み続けた。
その日初めて知ったが、
俺は酔うと気が大きくなるタイプの人間らしい。
この酒場での一件は、
後に大きな波紋を呼ぶことになる。




