第85話 推理
ここはどこだ。
気が付けば、
俺は暗闇をただ歩き続けていた。
何も見えない。
何も感じない。
だが俺はこの場所を知っていた。
以前、
エシュゾ魔導学院跡で谷底に落ちた際に、
たどり着いた場所。
光のない、暗闇の空間。
どこまでも続く闇。
あの時の場所と同じだ。
俺は歩きながら考える。
あの時は『時の回廊』への扉を見つけ、
そこから中に入ることが出来た。
だが今回は行けども行けども暗闇が続き、
扉どころか明かり一つ見つけられない。
俺は時間の感覚を喪失し、
もはやどれくらい彷徨ったのかもわからなくなっていた。
寒い。
怖い。
次第にネガティブな感情が俺の心に満ちていく。
何もない暗闇の中でひとりきり。
俺は一人、震えていた。
陽の光、
人の話し声、
あのゴブリンの鳴き声ですら、
今はもう懐かしく思えた。
「ここはどこだ!俺はどうなってしまったんだ!」
必死で叫ぼうとしても自分が声を発しているか、
心の中で叫んでいるのかも認識できない。
「誰か!誰かいないのか!」
暗闇の世界で、
ただただ俺は歩き続けた。
・・・
・・
・
シルバとアリシアは、
ロロとバロンから話を聞くために部屋に集まっていた。
キリカとアン、
ダリルは他の仕事があるため席を外している。
「いったいどういう事でしょうか。私には到底理解が・・・」
シルバが言う。
無理もない、とアリシアは思った。
ロロとバロンから話を聞くに、
グレイと一緒に行動していたと言うのは間違いなさそうだ。
アリシアは二人の話を聞くのにわざわざ『真実の瞳』をフル稼働させてまで真偽を確かめた。
二人が嘘をついているとは考えにくい。
「・・・二人の語るグレイ殿のお人柄もこちらの認識と一致しております。それにまさかバロンがいて、人違いと言うこともないでしょう」
シルバが言う。
バロンは<ゴブリン殺戮者>の信奉者だ。
「頭がおかしくなりそうだわ。話を整理すると、グレイは谷底に落ちて死んだ後にふらふら歩き回って、ゴブリン達と戦ったと言うこと?そんなのって・・・」
あり得ないわ。
と言う言葉をアリシアは飲み込んだ。
その言葉を言えば、
せっかく掴んだ一縷の望みを自らが否定する事になる。
それだけは出来ないとアリシアは思った。
「・・・で、では私たちが一緒にいたグレイさんは、一体・・・」
ロロが口元を抑える。
彼女自身も混乱しているようだ。
アリシアは必死で考える。
アリシアの知る限りでは、
死者を甦らせるような魔法は存在しない。
何故ならばそれは『七つの禁忌』として、
当然に禁じられた行為だからだ。
普通の魔導士には、
その魔法の存在を発想できない。
だがアリシアには心当たりがあった。
「・・・あの白いゴブリン・・・」
アリシアは自分たちを救った、
白靄のゴブリンを思い出す。
彼らは明確な実体を持たず、
デビルゴブリンに倒されても、
何度でも生まれてはまた消えていった。
そして耳から離れないあの悲鳴にも似た鳴き声は、
まるで地の底から響くような叫び声だった。
それに加え、バロンの話によれば、
グレイが白靄のゴブリンを呼び出した時に、
ある言葉を呟いたという。
彼の耳が確かならば、その言葉は――――――――
「・・・死霊の軍団・・・?」
アリシアは呟く。
死霊。
それはまさにこの件を繋ぐ鍵であった。
アリシアの中では答えは殆ど出始めていた。
だが自分の中でたどり着いた答えを無意識に否定する。
なぜならば何度考えてもそれは、
常識では到底ありえない事なのだ。
「・・・ククク、何を迷うことがある」
そんな中、口を開いたのはバロンであった。
一同の注意が彼に向く。
「・・・もう答えは出ているではないか。我が主は死の世界から蔓延るゴブリンに鉄槌を与えるために死の世界から甦ったのだ。ククク、さすがは我が主だ。彼の御方は死すらも超越したのだ!」
バロンは片手で顔を押さえながら高笑いする。
「す、すみません・・・バロンはあの状態になると少し・・・あれでして・・・」
ロロが申し訳なさそうに、幼馴染を擁護する。
だがアリシアは気にしていなかった。
むしろ余計な制約なしにバロンが言った言葉に後押しされ、
自らが至った結論を確かなものとする。
バロンが言った言葉は、
アリシアがたどり着いていた答えとほぼほぼ一致していたからだ。
「私も・・・バロンの言う事が正しいと思うわ・・・」
「アリシア様!?」
アリシアがバロンの言葉を肯定したことに驚き、ロロが叫ぶ。
「・・・アリシア殿。いくらなんでもそれは・・・・」
シルバも言う。
「・・・有り得ないのはわかってるわ。でもそれしか考えられない」
アリシアは冷静に答えた。
「ですが・・・死者が甦るなど・・・そんな・・・」
シルバはいつもの冷静な彼ではなく、
明らかに狼狽していた。
「アリシア様、それは七つの禁忌です・・・そんな魔法存在するわけが・・・」
聖女ロロは誰よりも厳格な魔力の神の信奉者である。
教えに背く様な行為には特に敏感だ。
七つの禁忌と言えば背信の最たる行為とも言えた。
だがアリシアは一度口に出してしまえば、
自分の中で次々とピースが嵌っていくのを感じた。
「・・・普通ならそうかも知れない。でもそう考えるにはもう一つ理由があるの。・・・それはグレイが使う不思議な魔法よ」
アリシアは言った。
「・・・不思議な魔法、ですか?」
シルバが尋ねる。
「ええ。私とグレイはこちらの大陸に来る船から一緒だったのだけど、こちらに来てから何度も彼の戦いを見たわ。・・・そして彼と一緒に闘っていると時々不思議な事があるの」
それは、
この中で一番グレイと過ごした時間が長いアリシアだからこそ感じる違和感であった。
「・・・グレイは、彼は時々不思議な魔法を使う。それを使った時は有り得ないような量の魔法を同時展開したり、一瞬でとてつもない量の魔力を集束したり、避けられないタイミングの攻撃を躱したり。とにかく見たことも聞いたこともない魔法なのよ。・・・でも彼が魔法を使うとき、私は決まって同じ感覚に陥るわ」
アリシアは言う。
「・・・急に身動きが取れなくなって、色を失った世界に迷い込んだ感覚。そこでは意識も朦朧として、寒くて。一瞬の出来事のはずなのに、何十秒もそこに停滞しているような息苦しさを感じる。でもそんな世界で、グレイだけが動き回っているのが分かる。そこはまるで・・・」
「時間が止まったような世界」
アリシアの言葉の先を口に出したのは、
ロロであった。
「ロロ?」
アリシアが尋ねる。
「アリシア様。・・・私も、私も同じです。グレイ様が戦いになっている横で、私もアリシア様と同じような感覚を何度も感じました・・・」
ロロが震えている。
Sクラス魔道士と、聖女。
これは共に東西の大陸でも最高峰の魔力の持ち主同士だからこそ共有できることであった。
「時間・・・それもまた七つの禁忌ですな・・・」
シルバが言う。
二人に比べ魔力量が少ないシルバは、
そのような感覚を感じたことはなかった。
その表情は真剣だが、
未だに半信半疑と言ったところである。
「・・・グレイが前に言ったのよ、私に話したいことがあるって。結局何も話さないまま死んじゃったけど。もしかして彼は私にその事を話そうとしたんじゃないかしら」
アリシアが言う。
「・・・グレイ殿が七つの禁忌に触れる魔法が使える、と。そんな事あるのでしょうか。現代はおろか歴史上のすべての魔導士がたどり着けなかった魔法です・・・それこそあの大魔導ゼメウスですら・・・」
シルバが言う。
その言葉にアリシアはハッとする。
「ゼメウス・・・『ゼメウスの箱』・・・。そうよ、グレイはお師匠さんのお遣いで、東の大陸に『ゼメウスの箱』を探しに来たって言ってたわ!」
アリシアが叫ぶ。
「・・・た、確かに。あの日もグレイ殿は『箱』を探しに、エシュゾ魔導学院跡へ向かいました・・・ですが・・・まさか・・・」
シルバも動揺が隠せない様子だ。
彼もまたアリシアと同様の答えにたどり着き始めていた。
だが盛り上がるアリシアとシルバをよそに、
今度はロロとバロンが何かに気がついたような表情で押し黙る。
「・・・どうしたの?」
アリシアはロロに声をかけた。
「・・・」
ロロは心ここに在らずと言った感じで彼方を見つめ惚けている。
そんなロロに声を掛けたのはバロンであった。
「・・・ロロ、あれを出せるか」
その言葉にロロはゆっくりと頷き、
自らの荷物を探り始めた。
「なに・・・なんなの・・・?」
アリシアが尋ねる。
ロロは荷物の中から何かを見つけ、
意を決したようにアリシアに向き合った。
「実はエシュゾでの戦いで、究極ゴブリンの身体から、こんな物が出てきたんです・・・」
そう言って彼女が机の上に置いたのは、
正方形の物体。
窓から差し込む日光が当たり、
箱はキラキラと純白に輝いて見えた。
それは、見方によっては『箱』と思えるようなものであった。




