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第81話 破滅

 

 アリシアは、

 もはや意識を保つだけで精いっぱいであった。


 デビルゴブリンが強化され、

 一度は優勢に立ったはずの騎士たちが次々と倒れる。


 今立っているはずの騎士たちも満身創痍。

 彼らもまたいつ倒れてもおかしくない状況であった。




 加えてアリシアはとうに魔力切れの状態だった。


 もはや小さな火種を生み出すような魔力すら枯渇し、

 手足は痺れ、目が霞んでいた。



「アリシア様ッ!お気を確かに!!」

「うぉおお!アリシア様--!」



 朦朧としたアリシアを守ってくいるのは、

 キリカと一緒に救援に来てくれたアンとダリル。


 彼女たちは、膝を付いて立ち上がれないアリシアの周囲で、

 懸命にデビルゴブリンの猛攻からアリシアを守っていた。



 ――――私に構わず逃げなさい。



 アリシアは、

 彼らにそんな言葉すら掛けられないほどに疲弊していた。




 せめてもう一度だけ、彼に会いたかった。



 薄れゆく意識の中で、アリシアはそんなことを思う。

 アリシアの瞳からはいつのまにか炎が失われていた。




 だがこれが最後と思い、

 アリシアは戦場を一睨みする。


 限界を迎えた彼女の目に入ってきたのは、

 あろうことか新手のゴブリンが押し寄せる姿だった。



「・・・白い・・・ゴブリン・・・?」



 アリシアか呟く。



 アリシアは再び目を見開き、それをよく見ると、

 たしかにそれは白色のゴブリン達であった。


 白いゴブリンたちは大挙して村に迫る。


 折り重なり牙を剥き迫ってくる姿は、

 まるで迫りくる雪崩の様に見えた。



 その姿を見たアリシアや他の騎士たちに絶望が広がる。

 中には騎士の魂である剣を落とし、

 涙を浮かべる者も出てきた。



 だが、なぜだろう。

 アリシアはその白いゴブリンたちに恐怖を感じなかった。


 疲弊で感覚がおかしくなったのではない。

 ただ白いゴブリンたちから、

 どこかで感じたことのある様な魔力を感じたのだ。



 そして間もなく、

 荒れ狂う白いゴブリンたちは村へと至る。


 それでも騎士たちが逃げ出さなかったのは、

 すべてを悟っていたからだ。


 もう逃げるには遅すぎると。





 白いゴブリンたちは手に持つ剣や槍を掲げ、

 まるで悲鳴のような雄たけびをあげる。


 地獄の底から響くようなその恐ろしい叫びに、

 騎士たちは死を確信した。



 だが。

 騎士たちの絶望はすぐに杞憂へと変わることになる。




 彼らが襲い掛かったのは騎士たちではなく、

 その周りにいるデビルゴブリンたちであった。





 そして、

 戦場は一変する。




「グギャアアアアアアアアアア!!!!」

「キャアアアアアアアアアアアアア!!!」




 デビルゴブリンたちも白いゴブリンたちに応戦し、

 まとわりつく白いゴブリンたちを振りほどく。


 だが白いゴブリンはやられても、

 次から次へと湧き出る様にデビルゴブリンへ襲い掛かる。



 突如始まったゴブリン同士の戦いに、

 騎士たちは身を寄せ合い、

 ただ茫然と目の前の戦闘を眺める事しか出来なかった。



 デビルゴブリンの攻撃の度に、

 白いゴブリンたちはまるで白い靄の様に姿をかき消される。


 だが次の瞬間には、

 その倍の数のゴブリンが白い靄から生まれる。


 デビルゴブリンは強力な能力を有してはいたが、

 一匹のデビルゴブリンに対し、

 数十匹以上で襲い掛かる白いゴブリンに、

 次第に一匹、二匹と討ち取られていった。



 そしてやがて、

 あたりを埋め尽くしていたはずの黒いゴブリンは姿を消す。



 代わりに残ったのは一面を覆う白いゴブリン。


 まるで銀世界の様にも思えるその光景を見て、

 アリシアはようやく感じた魔力の正体に気が付く。




「・・・グレイ・・・?」




 根拠は何もない。

 だが恐ろしいはずの白いゴブリンたちから、

 アリシアはなぜかグレイの気配を感じ取ったのだった。




 ・・・

 ・・

 ・




『死生魔法』


 それが俺がゼメウスから教わった魔法であった。


 生と死の狭間から、

 魔法の力を媒介に、

 死霊を召喚する魔法だ。



 なんとも悪人っぽい。

 と言うか邪悪そのものと言える魔法ではあるが、

 たしかにゼメウスの言う通り効果は絶大だ。


 ゼメウスの魔力を使い、

 俺が生み出したゴブリンたちは数千匹以上。


 死を恐れぬ不滅の兵士たちを使役できる魔法など、

 どれだけ危険な魔法なのだろう。


 ちなみにこの魔法は、

 この世に深い未練のある魂を召喚する魔法だ。


 そのためには、

 俺がその魂の事を深く知っている必要がある。


 そう聞いてたまたま思い至ったのが、

 ゴブリンであった。





 俺は再び戦場に目を向ける。


 今や、デビルゴブリンたちは白靄ゴブリンたちの猛攻により壊滅状態。


 残っているのは戦闘能力が高いと思われる個体が数匹と、

 白靄ゴブリンたちをその剛腕で次々とかき消す究極(アルティメット)ゴブリンだけだ。



 やはり、あいつだけには直接止めを刺さなくてはならないようだ。

 俺は究極(アルティメット)ゴブリンに向け、一歩踏み出す。



 だがその時、俺は身体に違和感を感じる。

 魔力を使い過ぎたからだろうか。


 自分の身体が自分のものでないような感覚。

 何かが足元に絡みつくような、そんな感触。

 俺は不意に得体の知れない恐怖を感じ、

 思わず足を止めた。



 まずいぞ。

 すでに陽は落ち始めている。

 ゼメウスとの約束の時間まで、

 もう間もなくだ。



 俺が必死で恐怖を拭おうとしていると、

 不意に後ろから声を掛けられた。



「グ、グレイさん・・・」


 それは先ほどまで俺の後ろで震えていた、

 ロロの声であった。


 ロロは何かを迷いながら、

 意を決したように俺に語りかける。


「グレイさん・・・何かが、何かが呼んでいます・・・・私、私・・・」


 ロロは掠れた声で言う。



「ロロ・・・大丈夫だ・・・」


 俺がそう声を掛けるとロロは背後から俺に抱き着いた。


「・・・ッ!なにを」


 俺がそう言うと同時に、

 とてつもない威力の魔力が俺を包む。


 それは回復魔法。


 ロロの力により、

 全身の傷も、

 疲労感も、

 そして先ほどまで感じていた強い恐怖心も消え去っていた。



「これが、これで・・・最後です・・・どうか・・・勝ってください」



 ロロは辛そうに肩で呼吸をする。

 顔面が蒼白で、今にも倒れそうだ。


「・・・ありがとう」


 俺はロロに礼を言い、強く頷いた。

 全身に力と、僅かな勇気が戻ってくる。


 これで戦える。

 俺はそう思った。




 そして俺は再び前を向き、

 究極(アルティメット)ゴブリンに対峙した。


 究極(アルティメット)ゴブリンは俺の目の前で、

 白靄ゴブリンを薙ぎ払い続けていた。



<フレイムボム改>



 俺は究極(アルティメット)ゴブリンの背後から、

 その身体に向け魔法を放つ。



「キュアアアアアアアア!!!!!」

「グオオオオオオオオン!!!」


 究極(アルティメット)ゴブリンは怒りを露わにするように、

 俺に向け吠える。


「・・・さぁ、決着をつけよう」


 俺は究極(アルティメット)ゴブリンに向け呟いた。









「ギュルアアア!!!!!」

「グアアアオオ!!!」


 究極(アルティメット)ゴブリンは俺に襲い掛かる。

 もはや戦う知能も失ったのか、その動きはごく単調なものであった。


 俺は一撃一撃を回避し続ける。


 だがいくら攻撃が単調とは言え、

 余裕は一切なかった。


 究極(アルティメット)ゴブリンの攻撃は、

 俺の身体ぐらいは軽くへし折るくらいの力は備えていたからだ。


 俺は戦闘の中考える。


 あと破らなくてはいけないのは、

 究極(アルティメット)ゴブリンの超再生力。


 端的に言えばあの回復力を上回る威力の攻撃でなければ、

 やつに止めを刺すことは出来ない。


 かつての戦闘で、

 アリシアはそれを『龍の炎(ドラゴフレイム)』と言う

 高威力の魔法で突破した。


 少なくともそれと同等かそれ以上の攻撃でなければ、

 究極(アルティメット)ゴブリンの回復力を上回るのは不可能だ。


 だがここにアリシアは居ない。

 そして当然、俺はアリシアが放った魔法を使えない。



 どうすれば。

 俺は考える。



龍の炎(ドラゴフレイム)』と同じように、

 あの超再生を突破する方法。



 戦いながら苦しそうに悲鳴をあげ続ける究極(アルティメット)ゴブリンを見て、

 俺はふと、一つのアイディアが脳裏に閃いた。



 それはやはり、一度はやぶられたあの魔法のことであった。



 俺は究極(アルティメット)ゴブリンの隙を窺う。

 不慣れなこの魔法を使うには、一瞬以上の溜めが必要だ。



 俺はただひたすらに回避を続け、

 その隙を生み出す案を練った。



 だが戦いに集中したい俺を、

 ある違和感が邪魔をする。


 さきほどから再び身体の感覚がおかしい。


 一度はロロの魔法で持ち直したが、

 全身の悪寒が止まらない。

 

 俺の身体に何が起きているのかは分からないが、

 恐らく残されたチャンスはそう多くはないだろう。


 俺はその一度のチャンスをつかむために、

 究極(アルティメット)ゴブリンの隙を窺い続けた。





 そして、遂にその時は来る。





<フレイムボム改>


「キュアアアアアアアア!!!」


 俺の爆破魔法に対し、

 腹部から生えていたゴブリンの上半身が動きを止まる。

 ダメージの蓄積が限界を超えたようだ。


 それに動揺した究極(アルティメット)ゴブリンは、

 堪らずその場に膝を付いた。


 ここだ。

 俺は左手に魔力を集束し、

 一気に魔力の温度を下げる。


 すでにゼメウスの魔力は残されていない。

 補助輪無しの本番運転になるが、

 一度目の感覚はまだ残っている。


 今の俺の魔力でも、

 少しくらいであれば「死生魔法」を操ることが出来るはずだ。


 作り出す。

 一瞬以上の隙を。



<死よ>




 そして俺は地の底から再び死霊を召喚する。



 呼び出したのはゴブリンではない。



 かつて俺が命からがら倒し、

 今尚、脳裏にこびり付いているあの強力な魔物だ。



 白い靄は俺のイメージに合わせ形を変える。


 それはゼメウスの魔力が加わったときほど鮮明ではない、

 しかし次第に俺が呼び出した魔物の姿を形作っていった。



 ゴブリンよりも遥かに大きい身体、

 肉食獣を思わせる体躯と、

 背中に生えた一対の羽。



 それはかつて東の大陸で対峙し、

 俺を焼き殺した、

 炎龍カグラ=ロギアの姿であった。




「グギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」




 そうして甦った白い炎龍は、

 目の前の究極(アルティメット)ゴブリンに向け、

 雄たけびをあげる。



 究極(アルティメット)ゴブリンは突如目の前に現れた、

 最強種古龍に怯み、

 その動きを止める。


 究極(アルティメット)ゴブリンの注意が俺から外れる。

 俺は今度は右手に魔力を集束し始めた。



「グオオオオオオオオン!!!!!」



 究極(アルティメット)ゴブリンは目の前の古龍に対し、

 最大の警戒を露わにし、

 攻撃をせんと向き合う。



 そしてすでにこと切れたはずの上半身ゴブリンに魔力を集束させる。




「キュアアアアアアア!!!!」



 上半身ゴブリンは悲鳴にも似た鳴き声をあげる。


 集めた強大な魔力に耐えるだけの力が無い様で、

 全身をボロボロと崩壊させながら赤熱した魔法光線を放った。


 光線は一直線に白靄の炎龍へと伸びる。


 だが白靄の炎龍はそれを回避することもなく、

 ただ究極(アルティメット)ゴブリンの魔法に貫かれた。


 そして呆気なく霧散する。


 これでいい。

 俺の魔力で炎龍を甦らせることなど不可能。



 ただ一瞬でも注意を引ければそれでよかった。



 俺の思惑通りに事が進む。

 そしてその隙に、俺は右手の魔力の集束を完了していた。




「グオオオオオオオオン!!!!!」



 究極(アルティメット)ゴブリンは再び俺に向かう。


 だがもう遅い。

 俺はそれより一歩速く、

 究極(アルティメット)ゴブリンの肩口に飛び乗り、

 そのまま魔法を叩き付けていた。



<時よ>



 究極(アルティメット)ゴブリンの時間が加速する。



「グギアアアアアアアアア!!!!!」



 耳を引き裂くような究極(アルティメット)ゴブリンの悲鳴。

 究極(アルティメット)ゴブリンの肩口がひび割れ、朽ちていく。


 究極(アルティメット)ゴブリンは俺を振りほどこうとするが、

 俺はそこから離れない。



 そしてそのまま時を加速し続ける。



 やがて究極(アルティメット)ゴブリンの肩口から、

 全身に崩壊が波及し、再生と進化が始まる。



 肩を中心に全身の肉が波打ち、

 朽ちては生え、死んでは生まれ続ける。


 究極(アルティメット)ゴブリンは全身から魔力を放出しながら苦しみ、

 そして俺を振りほどこうともがく。



「こ、の・・・っ!」


 俺は究極(アルティメット)ゴブリンの手に鷲掴みにさらながらも、

 時間魔法を止めない。


 俺を引き剥がさんとする究極(アルティメット)ゴブリンの力も落ち始めていた。


 早く倒れてくれ。

 俺は心の中で願いながら時間を加速させ続ける。


 そして時間加速を受け続ける究極(アルティメット)ゴブリンは、

 身体を崩壊させ、姿形を変え続ける。



 羽が生え朽ち。

 目が生まれては落ち。

 角が皮膚を突き破り生える。


 それはもはや進化ではなく破滅。


 だがそれでも究極(アルティメット)ゴブリンが、

 倒れる事はなかった。


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