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第80話 軍勢

 

 キリカ達は聖女ロロが、

 北に向かったと言う情報を得て、

 秘密裏にその後を追った。


 ブルゴーに待機と言う教皇の命令。

 正面からそれに背いた事がバレぬよう、

 訓練と言う名目で街を出た。



 幸いにもキリカの声掛けに集まった者は多かった。



 信頼のおけるごく少数でブルゴーを後にしようと思っていたが、

 街を出る時には想定の倍以上の騎士が集まっていた。



 それは聖魔騎士団の中で、

 教皇への不信が募っている証でもあった。



 そうしてキリカ達はノワール村へとたどり着く。


 偶然にしてはタイミングが良すぎる到着ではあるが、

 それは騎士たちが飲まず食わず眠らず、

 北へと走り続けた結果だった。



 そしてノワール村に到着するやいなや、

 戦闘は開始された。



 キリカだけでなく騎士たちもまた状況をよく理解していた。



 仲間を助けに向かいたくても、

 そうすることの出来なかった騎士たちのストレスが、

 この場でようやく解放される。


 もはや彼らを止めることなど、

 誰にも出来ないはずであった。




 だが―――――。




「どういうことよ!」


 アリシアが叫ぶ。

 キリカ隊が来たことで形成は完全に逆転したはずであった。



 だが突如、デビルゴブリンたちが雄たけびを上げ、

 その凶暴性を増した。


 それだけではない。

 力、スピード、魔力。

 デビルゴブリンたちの能力が一気に向上した。


 それによりアリシアたちは再び窮地に陥る。


「アリシア殿!」


 キリカが叫ぶ。

 その表情にも既に余裕はない。


 見れば彼女が連れてきた聖魔騎士団の戦士たちも、

 次々と強化されたデビルゴブリンの攻撃により倒されていた。


「なんなのよ・・・一体・・・こんなのって・・・」


 アリシアは悔しそうに言う。


 ここまで騎士たちは幾度も立ちあがり、

 ゴブリンたちを退けてきた。


 神がかり的なタイミングで救援が到着した。



 だがここに来て、

 更に理不尽な事態が彼女たちを襲う。



 それはもはや、

 アリシアに自らの死を予感させるほどに絶望的な事態であった。




「・・・グレイ、早く助けに・・・来なさいよ・・・」




 アリシアは戦場の中心で、誰にも聞こえぬ声でそう呟いた。




 ・・・

 ・・

 ・



 嵐のような攻撃。

 俺たちはそれを避けるので精一杯だった。


 バロンもロロを守りながら、

 デビルゴブリンの攻撃から逃れている。

 だが、そんな状態が長く持つ訳もない。

 バロンはデビルゴブリンの魔法により右足を撃ち抜かれ、

 その場に倒れる。


 バロンを庇う様に覆い被さるロロ。

 俺はそんな二人を守るように、

 彼らの前に立った。


「・・・ここまで、か・・・」


 俺は全身から力が抜けそうになるのを必死でこらえる。

 もはや立っていることさえ苦しい。


 究極アルティメットゴブリンを倒すには、

 この埋め尽くすようなデビルゴブリンを突破しなくてはならない。


 それは到底不可能な事に思えた。




 どうすれば・・・。

 俺は必死で考える。



 その時、

 俺はゼメウスから授かった力の事が脳裏によぎった。



 ・・・

 ・・

 ・


「まさか僕の魔法を習得するのを断られる日が来るとは思わなかったよ」


 ゼメウスが言う。

 ゼメウスが俺に教えようとする白魔法の概要を聞いた俺は、

 その習得を拒否したのだ。


 その理由は――――。



「そんな悪者っぽい魔法はカッコ悪いだろ!」


 俺は叫んだ。


「い、良いから、師匠の言う事を聞けってば。面倒な弟子だな、君は・・・」



 ゼメウスがため息をつく。

 俺の意思に反してゼメウスは魔法の説明を始めた。



「いいかい?君は灰色の魔導士。残念だけど、『白の箱』に封じた白魔法の真髄を手に入れることは出来ない」


「・・・分かっているよ。それを手に入れるには白魔法の適性が必要なんだろ?」


「・・・そうだ。それに君は『箱』が求める人物像でもない。そこは諦めて欲しい」


『灰色の箱』を開く人物に求められたのは「夢」。

 夢を諦めず、大志を抱き続ける人物が箱に選ばれる。

 俺は魔導士になると言う夢を生涯諦めなかったことで箱に認められた。

『白の箱』にも同じような条件があると言う事か。


「その魔法は白魔法の真髄ではないのか?」


 俺は尋ねる。

 習得は拒否したが、説明を聞いただけでその魔法の凄さは分かる。


「むしろ正反対のモノと言えるかもしれないね。・・・これは僕が白魔法の真髄に至るまでに生み出した魔法。言わば劣化版だ。けどその力は保証するよ」


「・・・どういうことだ?」


「・・・フフフ、ここまで聞けば薄々気が付いている癖に。『白の箱』に残された力の事をさ。なんでも僕に聞きたがるのは君の悪い癖だ」


 ゼメウスが笑う。


「・・・そうやって回りくどく俺を試すのもゼメウスの悪い癖だな。」


 俺は言い返す。


「・・・フフ、そうやって10代の子供にムキにならないほうが良いよ。カッコ悪いから」


 ゼメウスは勝ち誇ったように笑う。


 ダメだ。

 この人に口で勝てる気はしない。

 俺は諦めて肩を落とした。



「・・・これは僕と僕の箱が起こしたことだ。責任は取るよ」


 ゼメウスが言う。


「どういうことだ?」


「・・・力を貸すと言っただろ?言葉通りの意味だ。今の僕はただの魔力の残り香だけど、それでも大魔導ゼメウスの魔力であることに変わりはない。その白魔法を行使する際には、今の僕の魔力をすべて上乗せしよう。ただしチャンスは一度だけだ」


 ゼメウスが言う。


「・・・そんな事したら、ここに居るゼメウスはどうなる?」


 俺は言う。


「フフ、当然消えてなくなる。でも大丈夫、『白の箱』を取り戻せばまた復活できるよ。・・・君が助けてくれるんだろ?」


 ゼメウスが笑う。

 俺はその言葉に胸が熱くなる。

 茶化してはいるが、

 師匠からの信頼の証だ。

 昂らないはずがない。



「・・・任せろ」


 俺は短く答えた。


 そしてゼメウスはその魔法の理論を、

 魔力の操り方を俺に話した。


 それはあまりにも高度な魔法理論ではあったが、

 ゼメウスの話は非常に分かりやすかった。

 さすがは大魔導ゼメウスだ。



「・・・使い方は以上だよ。と言っても、今話したのは原理、それから技術的な事だけだけどね。僕の魔力を渡せば使い方は自然に理解できるはずだ。時間魔法の時と同じように」



 そう言ってゼメウスは俺の身体に触れ、

 魔力を集束し始めた。


「・・・白魔法の真髄とは神が定めし生命への干渉だ」


「干渉・・・?」


「うん、すぐに理解できるよ。それに君ならば使い方を誤らないと言うことも確信している」


「ゼメウス・・・」


 その表情にはどこか安堵したような感情が見えた。


 そしてゼメウスの魔力が俺の中に入ってくる。

 その瞬間、俺はすべてを理解した。


「・・・絶対に使わないぞ」


「それは君の自由だ。でも・・・フフ、君は絶対に使うよ」


 そう言ってゼメウスは笑った。


 ・・・

 ・・

 ・



 これはあの少年ゼメウスの魔力を犠牲に放つ魔法。

 出来る事なら使いたくは無かった。


 だがもはやそんな事は言ってられない。

 ここで倒れれば『白の箱』を取り戻し、彼を救う事も出来なくなる。


 俺は左手をそっと前にかざすと、

 魔力を集束した。


「グ、グレイさん・・・?」

「主・・・」


 後ろで二人が声を漏らす。

 だが既に俺にはそれに答える余裕は無かった。


 時間魔法は魔力を動かす事で発動する。

 時間停止は魔力の動きを止め、

 時間加速は魔力を時計回りに加速させる。


 だがこの白魔法はそれとはまるで異なるコントロールを必要とする。


 イメージは、温度。


 魔力がただひたすらに冷たくなるように。


 水よりも、氷よりも。


 俺の左手の感覚が無くなるほどに、

 魔力の温度を下げていく。


 これはイメージだ。

 あくまで俺にしか感じる事が出来ない。


 だが俺は自身の生み出した、

 超低温の魔力により凍えるほど、

 身を冷やしていた。


 イメージを強くするたびに、

 俺の歯がカチカチと鳴り、

 唇が紫色へと変わっていく。

 身体が凍りそうだ。


 集まった魔力が強すぎる。

 そしてその中には俺のものとは思えないような、

 他の何かが混ざっているのを感じた。


 恐らく、

 これがゼメウスの貸してくれた力なのだろう。

 俺はその強すぎる魔力に恐怖を感じ始める。


 

 だが、大丈夫。

 そう言って自分を少しずつ落ち着かせる。


 信じるのだ、ゼメウスを。

 自分を。



 そして―――――



 俺はその魔力を大地へと零し、

 魔法を発動した。





<死よ>




 俺が呟いたのはそれだけ。

 それは魔法名では無く、命令。




 その瞬間、

 魔力は零れた地面を中心に波紋のように広がり、

 俺たちを、

 そしてエシュゾ魔導学院一帯を、

 すべてを包んだ。




 ・・・

 ・・

 ・






「主・・・?」


 バロンは呟いた。


 グレイは左手をかざしたまま動きを止めている。

 どうしてしまったのだろう。



 だがバロンは、

 すぐ隣から異変を察知し、

 そちらを見た。


 その視線の先で、

 ロロは顔面を蒼白にしながらガタガタと震え始めていた。



「ロロ・・・どうした・・・」


 バロンが呟く。

 だがロロは上の空だ。

 それどころか一人で何かを呟き続けている。



「これは・・・なに・・・上がってくる・・・たくさんの気配が・・・」



 ロロはうわごとのように繰り返す。



 もはや彼女にはバロンの声は届いておらず、

 ただ涙を流しながら恐怖を露わにしていた。



 一体どうしたのだろう。


 そう思ったバロンの目に、

 あり得ない光景が写る。




 始めはただの白い靄のようなものが、

 周囲に漂い始めただけであった。



 それは次第に辺りを包み、

 そして白い靄が段々と何かの形を成していった。


 白い靄は、

 大地から這い出る様にいくつもいくつも生み出され、

 自分たちの周りを埋め尽くしていく。


 バロンはそこでようやく、

 その靄が何なのかを理解した。



 それはゴブリン。

 これまで数多倒してきたハズのゴブリン達が、

 白い靄となり現れたのだ。


 よく見るとその白靄のゴブリンたちは剣や斧、

 そして杖を持って武装しているようだった。


 どういう事だ。

 ここに来てさらに新たなゴブリンが現れたと言うのだろうか。

 バロンは目の前の状況が理解できず、

 そして絶望する。



 だがおかしなことに、デビルゴブリンたちもその光景に動揺しているらしく、唸り声をあげながら警戒心を高めている事に気が付いた。




 どういうことだ。

 バロンはもう何も考えられなかった。





 だがその時、

 その状況を引き起こしたと思われるグレイが一歩前に出た。




 そしてバロンは自らが主と仰ぐ人物が、

 まるで命令するようにその白靄ゴブリンたちに言葉を掛けるのを耳にした。





「・・・根絶やしにしろ・・・死霊の軍勢どもよ」





 その瞬間、白靄ゴブリンたちは、

 悲鳴の様な鳴き声を上げながら、

 周囲のデビルゴブリンたちに襲い掛かった。




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