第77話 破滅へのカウントダウン
次に目を覚ましたのは洞窟の外であった。
「ぐっ・・・」
「主!」
「ゴブリン殺戮者様!」
聞き覚えのある言葉が聞こえた。
俺はゆっくりと目を開く。
辺りは真っ暗、
どうやら陽が落ちて夜になっていたようだ。
「こ、ここは・・・」
俺は呟く。
頭が痛い。
魔法を使い過ぎたようだ。
「・・・ここは洞窟の外です。主」
俺の事を主と呼ぶ男の顔を見た。
そこに居たのはバロンだった。
どうやら気を失った俺を彼が運んでくれたようだ。
「良かった・・・目を覚ましたのか・・・」
俺は彼に声を掛ける。
「・・はい、主・・・」
バロンは俺の手を握り、
熱い瞳でこちらを見つめる。
「ちょ、ちょっとバロン!」
横からロロが声を掛ける。
俺はそちらに顔を向けた。
「ロロ、無事だったか・・・」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「はい、ゴブリン殺戮者様のお陰です・・・」
ロロが頬を染めて答える。
あれ、なんで俺はロロにゴブリン殺戮者と呼ばれているのだろう。
「グレイさんが、ゴブリン殺戮者様だったなんて・・・私・・・私・・・・」
彼女はひとり感極まっている。
一体どういう事だろう。
「・・・ロロよ、主は深き眠りから目覚めたばかり。あまり負担を掛けるな」
バロンが言う。
そんなバロンを、ロロは凍てつくような視線で見た。
「・・・バロン、もう少し目を覚まさなければよかったのに・・・」
ん、何か言ったか?
今、ロロからとんでもないほどの殺気が放たれたような。
気が付くと、バロンが青白い顔をしていた。
「ゴブリン殺戮者様が動けるようになるまで、私がゆっくりと回復魔法を掛けて差し上げますね・・・」
ロロがこちらを見てにっこりと笑う。
「あ、ああ。でももう大丈夫だし、俺はゴブリンキングを――――」
<アスリプ>
言い切る前に、
ロロの右手が緑色に光った。
「え?」
<アスリプ>は対象を深い眠りに誘う白魔法。
俺はロロの魔法にかかり、
再び意識を失った。
「・・・ゆっくりお休みくださいね。私のゴブリン殺戮者様・・・」
眠りに落ちるその瞬間、
ロロの言葉が遠くに聞こえたような気がした。
・・・
・・
・
明け方。
まだ太陽が昇り切っていない時間に、
アリシアとシルバ、騎士たちは集まっていた。
今後の方針を決める会議の真っ最中である。
「撤退しましょう」
アリシアは言い切った。
騎士たちの間にざわざわと動揺が走る。
「・・・ノワールを破棄する、と?」
シルバが答えた。
「そうよ。戦力的にも不十分だし、次の攻撃には耐えられないわ。それは皆が一番よく分かっているはずでしょ」
アリシアは騎士たちを見回す。
だがアリシアの視線を正面から受け止める騎士は居なかった。
「確かに仰る通り。だが、この中にそれを承諾する者はおりません・・・」
シルバが言った。
「冷静になりなさい!」
アリシアが吠えた。
「・・・我々は冷静です。アリシア殿。たしかに仰る通り、次の攻撃には耐えられないかもしれない。それでも、今ここを破棄する選択は出来ません」
シルバが言った。
「シルバ・・・貴方、正気?くだらない騎士道精神で命を捨てさせるような馬鹿だとは思わなかったわ」
アリシアが言う。
シルバはため息をつく。
「残念ながら、そういう訳ではありません。ただ、我々は理解しているだけです」
「・・・どういうこと?」
「ノワールは地理的に東の大陸の中央と、北方の村々を繋ぐ中継点のような村です。それを破棄すると言う事は北方への経路を破棄するのと同じことです」
「それは・・・」
「ここから北方にもたくさんの村があります。そこの出身の者もこの中にはいるでしょう。今この村を破棄してしまえば、たとえ我々が生き永らえたとしても再度奪還するのは至難の業です。そのうちに、どれだけの北方の人々がゴブリンに蹂躙されるか・・・」
「その為に死ぬつもり?そんなことして・・・」
「意味はあるのです、アリシア殿。我々がここで一匹でも多くのゴブリンを倒す。一日でも長く村を守る。そうすれば援軍は必ず来るでしょう。幸か不幸か指揮官であるニクスは早々にブルゴーに逃げ帰りました」
シルバが言う。
「そんな・・・」
アリシアは再び周囲に視線を向ける。
今度は騎士たちはアリシアの視線から逃げず、
その誰もが覚悟の瞳でアリシアを見つめていた。
「アリシア殿、貴方はブルゴーに帰還を。ここからは命を賭ける戦いです」
シルバが言った。
だがアリシアは、
それを承諾するわけにはいかなかった。
「・・・私はSクラス魔導士よ。そう言われて引き下がるわけがないでしょ」
アリシアが言う。
「アリシア殿、しかし・・・」
シルバが言った。
「あんた達の覚悟は分かったわ。それなら私も残る。そして絶対にこの村を守ってみせる。それが<紅の風>たる私の使命よ」
アリシアは言い放つ。
シルバはため息を吐き、
それから笑った。
「我々に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
「いいのよ。それにここを離れる前に、探さなきゃいけない馬鹿もいるしね」
アリシアは答えた。
「それはもしや―――――」
シルバが尋ねようとした時、
遠くからゴブリンたちの甲高い鳴き声が聞こえた。
「来たわね。しかも今度は昨日みたいに甘っちょろい相手じゃないわよ」
「総員、戦闘準備。ここを守り切ります」
シルバの一言によって、騎士たちが一斉に外へと飛び出した。
東の大陸の命運を決める一日が始まった。
・・・
・・
・
「どういう事ですか!!」
教皇オーパスは目の前の騎士からの報告に声を荒げた。
「も、申し訳ありません。私一人逃げるのが精いっぱいで・・・」
そこで首を垂れていたのは、
ノワール村で討伐隊の指揮を執っていたはずのニクスだ。
「・・・あの村の重要性は分かっているでしょう?もしも、あそこを奪われでもしたら・・・」
教皇は青ざめる。
もしそうなれば、商人の利益どころの話ではない。
下手をすれば東の大陸が傾くような事態だ。
「たかがゴブリンを相手に何をしているのです・・・」
「申し訳ありません。ですが、ゴブリンは未だかつてないほど数が多く、加えてあの黒いゴブリンが――――」
「言い訳は結構です!」
教皇が声を張り上げた。
部屋の中に緊張が走る。
「貴方には然るべき処罰を受けていただきますよ、ニクス」
「そんな教皇様、私は貴方の指示で・・・」
言い終わる前に、ニクスは衛兵に連れていかれる。
「ちくしょーー!裏切りやがったな!!オーパス!!!」
その必死の叫びは、教皇に届くことは無かった。
「今すぐに援軍を」
教皇は騎士の一人に指示を出す。
「はっ!しかし今すぐ動ける部隊はここには・・・」
「キリカの部隊がいたでしょう?彼女を北へ」
「それが、キリカ隊は数日前より訓練のためブルゴーを離れております」
「・・・大事なときに・・・」
教皇は吐き捨てる様に言った。
「・・・しかたない。ラウンズを呼びなさい」
「・・・しかし!彼らは大陸の守備の要。それを呼び寄せては・・・」
「良いから私の言う通りにしなさい!」
教皇は叫ぶように言った。
その姿に、普段の好好爺の面影は感じられなかった。
「し、承知いたしました」
騎士は青ざめた表情で部屋を飛び出して行く。
そして部屋のなかには教皇が一人取り残される。
「どいつもこいつも・・・」
誰も居なくなった部屋で、
教皇は忌々しいと言った様子で歯軋りした。
その時。
「・・・怖いですね。それが貴方の本性なのですか」
誰もいないはずの部屋のなかに声が響く。
部屋の中の雰囲気が変わる。
「・・・貴女ですか」
教皇が落ち着いた様子で、
その声に応える。
いつの間にか部屋の隅に立っていたのは、
女であった。
白いローブに、
薄い灰色のベールの様なものを身にまとっている長身の女性。
透き通るような白い肌と、
同じくらい透明な雰囲気を持つ、
白づくめの女がそこに現れた。
「・・・なんの用事ですか?」
「あらあら、冷たいですね。」
白づくめの女はクスクスと笑う。
東の大陸の頂点とも言える教皇を前にして、
まるで動じる雰囲気がない。
それどころか、
どこか小馬鹿にしたような態度であった。
「さっさと要件を言いなさい!」
その女の態度に教皇の苛つきは限界に達する。
顔にはピクピクと青筋が浮いていた。
「・・・フフ。『白蝶』からの伝言です」
その言葉に教皇は表情を固くした。
「は、『白蝶』が遂に動くのか・・・」
教皇が呟く。
「ええ。貴方にも協力して貰いますよ。今まで散々に甘い汁を吸ってきたのだから」
「・・・遂に奪うのだな。『箱』を」
教皇が言う。
そう答えたとき、
白づくめの女の姿は既に部屋から消えていた。
教皇は静かに呼吸を整えながら、考える。
ついに時計の針が動き出したのだ。
破滅へ向かう後戻りの出来ぬカウントダウンが。
「く、くくく・・・」
そして教皇は笑みを浮かべた。
それは自らの欲にまみれた、
卑しいゴブリンのような笑みであった。




