第75話 予感
<時よ>
時間魔法を発動すると、
俺以外のすべての動きが止まる。
俺は制止した世界で、魔法を発動する。
<フレイムランス>
<フレイムランス>
<フレイムランス>
<フレイムランス>
そして時間停止を解除する。
――――バキン。
俺が魔法を解いた瞬間、
大地から幾つもの炎の槍が突き出した。
「グキャアァ!!」
ゴブリンたちはその槍に貫かれ、
そのまま炎上した。
その姿を見て、
他のゴブリン達が怖じ気づく。
よし、まずは先手必勝だ。
「ギャギャ!」
俺は飛び掛かってくるゴブリンを拳打で叩き落とす、
ゴブリンが呻き声をあげて地面に転がる。
俺はそのまま右足に体重を掛け、一気に踏み抜いた。
ぐちゃり。
鈍い音が響く。
「さぁ、こいよ」
俺はゴブリンたちに言う。
それをきっかけにその他のゴブリンが俺に一斉に襲い掛かった。
<フレイムボム>
右前方のゴブリンたちが爆ぜる。
<フレイムランス>
後方のゴブリンが串刺しになる。
周囲のゴブリンも炎の槍に触れ炎上する。
だがゴブリンたちは仲間の死など物ともせずに、
次から次へと俺に襲い掛かってくる。
それはまるで津波。
何層もの悪意が俺に覆いかぶさろうとしていた。
何匹ものゴブリンを焼き払うが、
その数は一向に減らなかった。
それどころか俺の周囲のゴブリンは次々に増えていく。
「ハァァァァァ!!!」
<フレイムストリーム>
俺はたまらず炎の渦を最大火力で展開し、
周囲のゴブリンをまとめて焼き払った。
魔力消費が激しい範囲魔法だが、
致し方ない。
これ以上囲まれてはこうした大型の魔法の発動は難しくなる。
「ハァハァ・・・」
俺は僅かな余裕が出来、肩で呼吸をした。
このままではマズイ。
なんとか突破口を見つけて早々に脱出しなければ。
俺はそう考える。
だがそこで。
聞きたくもない咆哮が周囲に響いた。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
この地響きにも似た鳴き声。
これを聞くのももう三度目だ。
忘れるハズもない。
そうして洞窟の奥に目を向けると、
そこに居たのは黒い肌のゴブリンであった。
しかも、それは――――
「二、二匹同時かよ・・・」
俺は自分の目を疑う。
黒肌で長身のゴブリンが、二匹。
こちらを見て唸り声を上げていた。
俺は頭がくらくらとするのを感じた。
現れたデビルゴブリンの一体が四肢を大地に付き、
まるで猫科の肉食獣のように俺目掛けて飛び込んできた。
「がっ!!」
あまりのスピードの反応が間に合わない。
デビルゴブリンは俺の肩口に噛み付き、
そのまま俺を押し倒した。
「グガガギャア」
デビルゴブリンは唸り声をあげ、
俺に絡みつく。
目の前におぞましいデビルゴブリンの顔が見える。
「ぐ、この・・・・」
俺は痛みに耐えながら、
必死でそれを引きはがす。
だがデビルゴブリンの力も相当なもので、
俺から離れようとしない。
その時、もみくちゃになりながら、
デビルゴブリンの肩口からもう一体のデビルゴブリンが見えた。
もう一体のデビルゴブリンが大岩を抱えながら、
ゆっくりとこちらに近付いてきていた。
まずい。
俺は咄嗟に危機を感じる。
俺に絡みついているデビルゴブリンの頭部を鷲掴みにし、
魔力を集中する。
<ファイアボール>
掴んだ掌の中に炎が発生する。
炎は火球にはならず、
そのままデビルゴブリンの頭部を焼いた。
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
デビルゴブリンが悲鳴をあげる。
俺はその一瞬を突き、
思い切りデビルゴブリンの腹部を蹴った。
俺とデビルゴブリンの身体が離れる。
そして俺はすぐにその場を飛びのいた。
その瞬間。
「グオオオオオオオオン!!!」
もう一体のデビルゴブリンが俺が居た場所目掛け、
大岩を振り下ろした。
あまりの衝撃に、岩盤と大岩が粉々になる。
俺はその光景を見て、
冷や汗をかく。
危ない所だった。
俺は体勢を整えデビルゴブリン二頭と、
再び対峙する。
肩口がズキズキと痛んだ。
どうやら先ほど俺に組みかかってきたデビルゴブリンはスピード型。
まるで肉食獣のようにしなやかな身体で、
恨めしそうに喉を鳴らしている。
そしてもう一体はパワー型。
全身が筋肉に覆われており、
防御力の高さが窺える。
どうやらこいつらは、そういう能力を保有する個体の様だ。
「バラエティに富んでるな・・・、空なんて飛ばないでくれよ?」
俺は呟いた。
「グギャアアアアアアアア!!!!」
「グオオオオオオオオン!!!」
パワー型とスピード型のデビルゴブリンが同時に咆哮し、
再び俺たちは交錯した。
・・・
・・
・
「どうやら、凌げたようね・・・」
アリシアが言う。
周囲を見渡すと山のようにゴブリンが死んでいる。
だがそこに動くような個体は居ない。
「途中から逃走を始めるゴブリンも見えました。ですが・・・」
シルバが答える。
「そうね。これは第一波に過ぎないわ。それで次が来れば・・・」
アリシアは再び周囲を見渡す。
そこには全身傷だらけの騎士達。
立っているのは、戦闘開始時の半数くらいだ。
「被害が・・・多すぎます」
シルバが悔しそうに言う。
「そんなこと無いわ。あなたが指揮を執ってくれなければ全滅もありえた」
アリシアが言う。
途中からシルバが全体を指揮することで形成は逆転した。
波のように押し寄せるゴブリンたちを見極め、
騎士を動かすことで戦況をコントロールしたのだ。
個々の戦いと異なり、戦争は数だけではない。
戦術を操る指揮官の能力が全体に大きく影響するのだ。
「私はもはや一線を退いた身。不相応な役目です」
シルバはそう呟いた。
それは謙遜ではなく、本心からの言葉のように思えた。
アリシアは不思議に思う。
実力も指揮能力も影響力もあるこの男が、
なぜ御者などをやっているのか。
「ねぇ、シルバ。あなた―――」
「さぁ、一度戻りましょう。まずは怪我人の治療をし、騎士たちの遺体も回収せねばなりません。誇り高く散った騎士たちの亡骸をゴブリンに蹂躙させるわけにはいきませんからな」
シルバはそう言って、周囲の騎士に声を掛けた。
「あ・・・」
アリシアは質問の機会を失った。
まぁいい、そのうち話を聞く機会もあるだろう。
アリシアはそう思った。
アリシアはふと戦場を振り返り遠くを見つめる。
「グレイ・・・」
アリシアは呟く。
谷底に落ちたと言うのシルバの言葉を疑う訳では無い。
だがアリシアにはグレイが生きているのではないかと言う思いが生まれ始めていた。
その理由は、
戦闘中に感じたあの不思議な感覚。
急に身体が動かなくなり、
意識がぼんやりとした。
世界が色を失い、寒く、孤独な世界。
かつてグレイと共に行動をする中で感じた、
あのなんとも言い難い感覚を再び味わったからだ。
グレイからは何も聞いていない。
だが、あれがグレイの魔法によるものだと言う事を、
アリシアは薄々と勘づいていた。
推測に過ぎないが、
あの感覚を再び味わったと言う事は
グレイはまだ生きているのではないか。
アリシアはそう思った。
「・・・もし生きてるなら早く戻ってきなさいよ・・・」
アリシアはそう文句を言ったが、
心の中はこの戦闘が始まる時とは比べ物にならないくらい穏やかであった。
もしも彼が生きているのであれば、
話したいことがたくさんあるのだ。
絶対に生き残ってみせる。
アリシアはそう決心し、
シルバや他の騎士たちと共にゴブリンの再びの攻撃に備えるのであった。




