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第74話 ゴブリン殺戮者


「えっと・・・ロロさん?」


俺は戸惑いながらも彼女を窺う。

ロロはごく真面目な顔をして、

俺を見つめていた。


あれ、この子こんなに濁った瞳をしていたかな。

俺は思わず自分の目を疑う。


「あ、いえ、その・・・グレイさんの事がもっと知りたくなってしまって。やだ、私こんな時に何を言ってるんでしょう。今のは、忘れてください!」


俺が戸惑っていると、

彼女はそれに気が付いたようで、

慌てて弁解を始めた。

そこで俺もようやく冷静さを取り戻す。


「・・・あ、ああ。そうか、そうだよな。」


俺は曖昧にそんな返事を返す。

良かった、今のは何かの間違いだったようだ。

俺はホッと胸を撫で下ろす。



「そうですよね。まだ私たちお互いの事も知らないし。まずはお互いの事を知るのが大事ですよね」



ロロがにっこりと微笑みながらこちらを見ている。


とても可愛らしい笑顔のはずだが、

なぜか俺はその微笑みを見て寒気を感じた。

うん、今はもう何も考えない様にしよう。

俺はそう心に誓った。



その時。


「ゲギャア!」


一匹のゴブリンが俺たちに襲いかかってきた。


「危ない!」


俺は咄嗟に拳を振るい、

そのゴブリンを叩き落とす。


<ファイアボール>


「グギャァ!!」


ゴブリンは俺の魔法で一瞬のうちに火だるまになる。

だが周囲に気を向けると、

数体のゴブリンが集まり、俺たちを囲みつつあった。


「追い付かれてしまいましたね」


ロロが言う。

お前のせいだぞ、とは言わなかった。


「出来るだけ出口まで近付こう。走れるか?」


俺は尋ねた。


「は、はい!」


ロロが答える。

人ひとり背負い、少女を連れていては逃げるのも限界がある。

足の速いゴブリンには追い付かれてしまうだろう。


俺はなるべく戦闘に適した場所を見つけるべく、

出口へと走った。



・・・

・・



「・・・ハァハァ」


アリシアは肩を上下させ、

呼吸する。

息が苦しい。


彼女の周囲には死屍累々と言える、

ゴブリンの死体が広がっていた。


だがそれでも、

ゴブリンの数は一向に減らず、

今なお大量のゴブリンが村に流入してきていた。


「なんて、数なのよ・・・」


疲労から冷静さを取り戻したアリシアが呟く。

彼女自身も魔力も、限界に近付きつつあった。


このような大規模戦闘においては、

本来魔導士は後方に位置取り、

範囲魔法で敵を殲滅する砲台の役割を果たすほうが戦術的に有効である。


だがアリシアは戦闘開始から今まで、

最前線でゴブリンを倒し続けていた。


それは決して彼女が感情に任せて暴走した結果と言うわけでは無い。

この戦場には彼女のスピードと思考に付いて来られる前衛が居なかったからだ。


魔導士にとって前衛役は自らの力を何倍にも引き出すことの出来る、

重要な存在なのだ。


「ここにグレイが居てくれたら・・・」


アリシアは呟く。

もしこの場で前衛を任せるとしたら、適役はグレイしかいなかった。

彼と一緒であれば、

この何倍ものゴブリンを殲滅出来ていただろう。

アリシアはそう考えていた。


だがグレイは死んでしまった。



魔導士と言う職についている以上、

仕事の仲間の死には何度も直面したことがある。

そのたびにアリシアは強い気持ちでそれを乗り越えてきた。


だが今は。


アリシアはグレイの死を受け入れることが出来ず、

ただ無我夢中で戦うことしか出来なかった。


それはグレイの死を現実のものとして直視できない自分からの逃避でもあった。


その証拠にゴブリンと戦うアリシアの瞳からは、

今なお涙が流れ続けている。


アリシアの『真実の瞳』には、

自身の本心を見抜くような力がある、

と言うわけではなかった。



「グギャギャ」

「グギャ」「グゲゲ」「グギャギャギャ」

「ギャア」「グギャ」


ゴブリンたちが気味の悪い笑みを浮かべながら、

アリシアの周囲に集まってくる。


これだけ仲間を倒されたと言うのに、

ゴブリンたちは自分たちの有利を確信している様子であった。


おぞましい。

アリシアは眉をひそめた。


その時―――――。



「やあああっ!」


若い騎士の一人が、

アリシアを取り囲むゴブリンに斬りかかった。


「大丈夫ですか!<紅の風>様!」


騎士がアリシアに声をかける。


「・・・え?」


アリシアは驚く。

そのまま数人の騎士がなだれ込んでくる。


「<紅の風>様を救え!」

「円形を組め!死角を作るな!」

「術士は下がれっ」


さきほどまで碌に連携が取れていなかった騎士たちが、

今は互いに声を掛け合い、集団として成り立っていた。


「<紅の風>様!頼りないかも知れませんが、我々が貴女の壁になります!どうかその内に魔法の準備をお願いいたします!」


騎士の一人が叫ぶ。


「・・・助かるわ。でも、どういう風の吹き回し?」


アリシアは答える。

壁役が居るのであれば魔法を詠唱する時間が稼げる。

それならば自分はもっと戦える。

アリシアはそう思った。


「あの方のご指示です」


別の騎士が後方を振り返り、アリシアに示す。

アリシアはその騎士の視線を追い、自らの背後に視線を向けた。


そこには馬に騎乗し、騎士たちを指揮するシルバの姿が見えた。

アリシアの視線に気が付いたシルバが、

爽やかな笑顔と共に剣を掲げ答えた。


「・・・ホントに。一体なにものなのよ、あの人」


堂に入り過ぎたその姿に、アリシアは思わず笑みを零した。


「く、<紅の風>様、ご存じないのですか?あの方は・・・」


騎士の一人がアリシアにシルバの正体を告げる。

アリシアはそれを聞き、驚愕した。


「た、ただ者じゃないとは思ってたけど・・・グレイが聞いたらどんな反応するかしら」


アリシアは呟く。


だが同時にグレイを失ったことを思い出し、

また涙腺が緩んだ。


ダメだ。

今は戦いに集中しよう。

アリシアは頬を叩き、自らを鼓舞する。

その突然の行動に周囲の騎士たちがざわめく。


自分はSクラス魔導士。

今は自分を守ってくれる彼らの期待に報いなければならない。


「さぁ行くわよ。ゴブリンたちに魔導士の力、見せてやるわ」


アリシアの言葉に、

騎士たちは雄たけびをあげ答えた。



・・・

・・




「・・・ッ!」


<フレイムボム>


俺の魔法により、

ゴブリンが爆発に巻き込まれる。


「ここまでのようだ、な」


俺は足を止め背負ったバロンを下ろした。

円形の広間の様な場所。

ここならば狭い洞窟よりもまともに戦えるだろう。


「ロロ、バロンを頼む。」


俺はロロに言う。


「は、はい。グ、グレイさん・・・大丈夫でしょうか」


ロロが答える。

そう言ったロロの表情には不安がにじみ出ていた。


無理もない。

ロロ一人ではバロンを担ぎ逃げることは難しい。

つまり俺がやられれば、彼らも死ぬことになる。


そして目の前には次から次へと沸いてくる、

大量のゴブリン。

その数はすでに百匹を越えている。



緊張で喉がカラカラになるのを感じ、

俺はゴクリと唾を飲む。


これは誰かを守る戦い。

懸かるのは俺の命だけではない。

いつもと勝手の違う重圧が、俺にのしかかる。

その俺をロロが心配そうに見ていた。


だが。


「大丈夫だ。ここは俺に任せろ」


俺はそう言ってロロに笑って見せた。


「・・・グ、グレイ・・さん」


そうだ、忘れていた。

魔導士はカッコよくなくちゃいけない。

不安がる人が居るのであれば、

逆にこうして笑ってやるのだ。



俺は自分に気合を入れ直し、

目の前に集まる大量のゴブリンに向き合った。


そして感触を確かめるように、

ゆっくりと右手に魔力を集束する。






「さぁ来やがれ、ゴブリン共。・・・この<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>が相手だ」





あれほど嫌ったはずの二つ名が、

この瞬間、俺を奮い立たせる力となった。



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