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第73話 激昂

 


 聖女とはただの信仰の対象ではない。

 それは二つ名と同じく、

 たった一人の魔導士に与えられる称号であった。


 聖女とは東の大陸最高の回復術士の事である。


 ロロを始めとする聖女見習いは、

 幼いころからその時代の聖女に師事し、

 回復魔法のすべてを教え込まれる。


 そしてある程度の歳になると、

 戦場に赴き騎士と共に戦い、

 時に死を間近に感じ、

 時に自分と他者の命の重さを感じることにより、

 真の信仰を試されるのだ。


 そうして厳しい試練に耐え残った者の中で、

 最高の資質を持つ者だけが、

 次代の聖女として任命される。


 ロロは歴代の聖女の中でも、

 最高の癒しの力を持つと言われる、

 才能の持ち主であった。



 ・・・

 ・・

 ・



「グレイさん、バロンが目を・・・覚ましません・・・私、どうしたら・・・」


 涙を浮かべ、バロンの身体を擦るロロ。


 だがバロンの身体は傷一つなく、

 ロロの回復魔法の威力が分かる。

 恐ろしいまでの魔力だった。

 白魔法ではあるが、

 感じた魔力はアリシアにすら匹敵するほどだ。


 一体彼女は何者なのだろう。

 俺はそう思った。


 ロロは目を覚まさないバロンに必死に声を掛けている。

 だが恐らくバロンはダメージを負い過ぎた。

 傷は治れど、すり減った精神はそう簡単には回復しない。

 しばらくは目を覚まさないだろう。


「・・・大丈夫だ。すぐに目を覚ますさ」


 俺は声を掛ける。

 気休めだが、それでも彼女に言葉を掛けないわけにはいかなかった。

 ロロはこちらを見て、ゆっくり頷いた。



 それよりも心配なのは俺たちの置かれた状況だ。



「・・・来たか」



 俺は呟き、洞窟の奥を注視する。

 洞穴の奥から、

 聞きなれたゴブリンの鳴き声が響いてくる。

 先ほどのロロの魔力を察知して集まってきたのだろう。



「ギャギャギャ」

「ギギャ」


 俺は立ち上がり、

 ロロをバロンの側からどかすと、

 彼の身体を担ぎ上げた。


「行くぞ。脱出だ」


 俺はロロに声を掛ける。

 ロロは涙を拭いて頷いた。


「・・・はい」


 俺たちは洞窟の出口に向け、走りだした。



 ・・・

 ・・

 ・



 ノワールの村はすでに戦火に包まれていた。


「あああああぁぁぁあぁぁ!!」


 大量のゴブリンの中を赤い閃光が駆けまわる。


<フレイムボム>

<フレイムランス>

<サンダーボルト>

<フレイムランス>

<フレイムボム>


 止むことの無い、魔法の連発。

 その火力の前に、ゴブリンたちは次々と倒れ、屍の山を築いていた。


「・・す、すげぇ・・・」


 近くで戦っていた騎士の一人が感嘆の声を漏らす。


 流れる様な体術、止まることの無い魔法。

 紛れもない<紅の風>の戦いであった。


「死ね!死ねエ!!」


 今はもう何も考えられない。

 アリシアは目の前のゴブリンに、

 感情をそのままぶつける事にした。

 アリシアの瞳が炎に揺れる。


「・・・アリシア殿」


 その痛々しい姿をシルバは見ていた。


 アリシアは普段から感情豊かではあるが、

 彼女がここまで怒りを露にするとは思ってもいなかった。

 

 グレイの存在が、

 彼女にとってどれほど大きかったのかが今さらながらに理解できた。


 押し寄せるゴブリンをアリシアは最前線で蹴散らしていた。

 Sクラス魔導士と呼ぶにふさわしい、

 まさに一騎当千の働きである。



「・・・だが」


 シルバが抜刀し、

 自らに襲いかかっていたゴブリン数頭を、

 一瞬のうちに切り捨てる。


「あれほど悲しげな少女に、この戦いをすべて押し付ける訳にはいきませんね」


 シルバは戦況をあらためて確認する。

 次から次へと雪崩れ込んでくるゴブリン。

 

 その総数は未知数だが、

 目に見える範囲だけでも、

 優に千は超えている。


 対する聖魔騎士団のうち、

 戦闘が出来るものは僅か100人ほど。


 いくら<紅の風>が獅子奮迅の働きをしようとも、

 それは絶望的な戦力差とも言えた。

 加えて騎士団は、

 一見まともに戦っているように見えるが、

 実は連携が取れていなかった。

 騎士同士は協力せず、

 個々にゴブリンを倒している状態だ。


「・・・やはり指揮系統が回復していない、か」


 シルバは悔しそうに言う。

 ゴブリンがこのままこの村に大挙するのであれば、

 それは大きな致命傷となるだろう。

 いくら聖魔騎士団とは言え個々の戦いでは限界がある。


「ニクス・・・何をしているのです」


 シルバは剣を振るいながら、

 知古の騎士隊長を思った。



 ・・・

 ・・

 ・


「大丈夫か?ロロ」


バロンを背負ったグレイが言う。


「は、はい。グレイさんこそ大丈夫ですか?バロンを背負っていただいて・・・」


 ロロは答えた。



 ロロは洞窟の中を必死に歩きながら、

 さきほどから隣にいるグレイの顔を何度も盗み見ていた。


 息も苦しく、

 そんな余裕もないはずなのに、

 なぜだか彼から目が離せなくなっていた。



 自分のピンチに颯爽と現れゴブリンを一蹴。

 そのまま殆ど見ず知らずの自分に協力し、

 こうしてバロンを救ってくれた。


 結局、彼には聖女とは名乗らなかったが、

 先ほどの回復魔法を見れば、

 正体に気が付かれていてもおかしくない。

 いやむしろ確実に気が付かれているだろう。


 だがグレイは聖女である自分に恩に着せるでもなく、自然体を崩さない。

 ロロにはグレイのそんなところがたまらなく謙虚に思えた。


 どうしよう。

 自分にはゴブリン殺戮者(スレイヤー)様という心に決めた人物が居るのに。

 自分がこんなに浮気性だとは思ってもみなかった。


 ロロは高鳴る自分の胸を恥じた。


 だがロロは自分の中にある好奇心を、

 溢れる感情を抑える事が出来なくなっていた。

 彼の事をもっと知りたい。

 ロロはそう思っていた。



 気が付くと、

 ロロは隣に歩くグレイの服の裾を掴み、

 彼を見つめていた。


「どうした?」


 グレイが尋ねる。

 彼の言葉に自分がした行動に気が付いたが、

 もう遅い。

 それどころか、その優し気な声にたまらなく心がときめき、

 思わず頬が紅潮する。


「あ、あの・・・こんな時に何を言っているんだろうと思われるかも知れませんが・・・」


 前置きをしながらも、

 喉元まで出かかった言葉を発することに躊躇する。


 だが大事なことだ。

 ロロは勇気を振り絞り、

 彼にそれを尋ねるための言葉を繋いだ。



 ・・・

 ・・

 ・



「大丈夫か?ロロ」


 俺は歩きながらロロに声をかける。

 呼吸が荒くなってはいるが、

 なんとか俺の速度に付いてきている。


「は、はい。グレイさんこそ大丈夫ですか?バロンを背負っていただいて・・・」


 ロロが言う。


「大丈夫だ。彼とはその、面識があるからな」


 俺は誤魔化すように呟いた。

 自分のファンだなんて、

 口が裂けても自分からは言いたくない。


「・・・そう、なのですか?」


 ロロは不思議そうに答えた。


 だが俺が気になっていたのは、

 ロロの事である。


 バロンは聖魔騎士団の一員だ。

 そして彼女自身も白魔導士である。


 それに先ほどの莫大な魔力を考えると、

 やはり騎士団員、

 もしくはその関係者なのだろうかという結論に達する。


 だが隣を歩く彼女からは、

 なんというか戦いの匂いのようなものはしなかった。

 魔導士や騎士、戦う者だけが放つ独特の気配。

 少女は戦いとは無縁の清廉な空気を纏っていた。



 ロロ。

 俺は当たり前に呼んでいた少女の名前を思い出す。


 そう言えば、どこかで聞いたことがあるような気もする。

 なんだっけ、全然思い出せないぞ。


 バロンを背負い歩きながらでは記憶を探るのに集中できず、

 なにやら気持ち悪い感覚を覚えた。



 その時、

 ロロが急に立ち止まり俺の服の裾を掴んだ。


 驚いて振り返ると、

 彼女は蒸気した顔でこちらを見ている。

 俺は一瞬、その潤んだ瞳にドキリとした。


「・・・ど、どうした?」


「あ、あの・・・こんな時に何を言っているんだろうと思われるかも知れませんが・・・」


 速いペースで移動した影響か、

 ロロは顔を紅潮させ、

 何かを言おうとしている。


 どうしたのだろう。

 ゴブリンの気配でも感じたのだろうか。

 俺は息を飲み彼女の言葉を待った。





「・・・グレイさんは、将来子供を作るとしたら上の子は男の子と女の子、どちらが理想でしょうか」


「・・・え?」




 ロロの質問が理解できず、

 俺は硬直した。


 一瞬、達の悪い冗談かと思ったが、

 彼女の真剣な表情を見てその可能性はないと気が付く。


 こんな時にこの子は何を言っているんだろう。

 俺は心の底からそう思った。


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