第71話 救出へ
「ロロ、大丈夫か?」
「ハァハァ、バロン、う、ん、ごめんね・・・」
「もう少しだ。頑張れ」
バロンとロロはエシュゾ近郊にいた。
ブルゴーを出て、
乗り合いの馬車に乗りここまで来たはいいが、
今は二人山中を歩いていた。
その理由は――――
「あんな街道のど真ん中でゴブリンが襲ってくるなんて・・・」
ロロが息を切らして言う。
「それだけゴブリンの大量発生が深刻だと言う事だ・・・聖魔騎士団は何をしてるんだ・・・」
バロンが悔しそうに答えた。
二人の乗っていた馬車は、
旅程の途中でゴブリンに襲われた。
あっという間の出来事であった。
戦うことも出来ず、
二人は自分の身を守り、
逃げ出すだけで精一杯だった。
通常ゴブリンが正面から馬車を襲うようなことはあり得ない。
彼らは貪欲なだけで、単体では気弱なのだ。
だがバロンとロロを襲ったゴブリンはとても凶暴だった。
この辺りがゴブリン大量発生の中心だとは聞いていたが、
まさかここまでの状況が悪化しているとは想像していなかった。
「・・・もうすぐノワール村だ。そこには聖魔騎士団の討伐隊がいるはずだ」
バロンはそう言ってロロを励ます。
聖女とはいえ体力的には同年代の少女となんら変わりは無い。
慣れない山道での移動はさぞ辛かろう。
バロンはロロの手を引き、
少しでも移動が楽になるよう、いつもより念入りに草木を踏みつぶし歩いた。
だが――――
「ギャ!!」
「ギャギャギャア!!」
背後から鳴き声が聞こえた。
「マズい、ゴブリンだ」
バロンが抜刀する。
「バ、バロン・・・」
ロロは心配そうにバロンを見た。
両手にダガーを構えたまま、
バロンは考える。
「・・・ロロ、ここは任せて先に行け」
「そんな・・・」
「フフ、今のセリフはカッコ良かったな。一度言うのが夢だったんだ。大丈夫だ、お前が居ると逆に全力を出せないだけだ」
「でも・・・」
「早くしろ。そしてノワール村から助けを呼んできてくれ。あそこに見える峰を越えたら目の前がノワール村だ。あそこまでなら今のロロの足でもすぐにたどり着けるだろ?」
そう言ってバロンが目の前の稜線を指す。
彼の言う通り、目と鼻の先だ。
たしかにバロンの言う通り、
あそこまでなら走れるかもしれない。
ロロはそう思った。
「バロン・・・私・・・」
「安心しろ。ここで俺が死ぬことは無い。我が死地は、我が主の元と既に決まっているからな」
そう言ってバロンはロロを突き放す。
「走れっ!!」
バロンの叫びと共にロロは走り出した。
「ギャギャア!!」
すぐ背後で、
ゴブリンの鳴き声と、
剣の音が鳴った。
だがロロは振り返らなかった。
自分が居てもバロンの足手まといになるだけだと、
分かっていたから。
ただバロンの言いつけを守り、全力で走った。
「ハァ、ハァ、ハァ」
ロロは荒くなる呼吸を抑えながら、
山道を全力で駆けあがった。
バロンの指示した峰まであと少し。
あそこまで行けば、助けを呼べる。
「バロン・・・待ってて・・・」
ロロは無我夢中で走り続けた。
そしてやがて、目指していた峰にたどり着く。
だがそこで彼女が見たのは、
予想とは異なる景色だった。
「・・・村なんて・・・ない・・・」
息を切らして駆け抜けた斜面を振り返る。
すでにバロンとゴブリンの姿は見えない。
そこで初めて、自分がバロンに逃がされたのだと言う事に気が付く。
「バ、ロン・・・」
ロロは自分の目から涙が溢れそうになる。
忘れていた。
幼い時から彼はこうなのだ。
対して強くもない癖に、
自分だって弱虫の癖に、
いつだってカッコ付けたがるのだ。
視界が涙で滲む。
だがロロはそれを必死で耐える。
強い意識に反して、歯がカチカチと音を立てる。
泣いている暇なんてない。
前に進まなくては。
ロロはそう思った。
だが。
「ギギャ!!」
「ギャギャア!!」
「ギャア!!」
斜面の下からゴブリンたちの鳴き声が聞こえてきた。
自分を追ってきたのだ。
ロロは戦慄し、今後は坂道を転げる様に下り始めた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
もはや肺が張り裂けそうなほど苦しい。
だが恐怖がその苦しさを上回る。
ゴブリンに捕まりでもしたら、
女の自分はどんな惨たらしい死を迎えるだろう。
自分を守ってくれるバロンは今は居ない。
助けて。
助けて。
心の中で少女は叫び続けた。
だが無情にもゴブリンたちはロロに迫り、
振り返るとゴブリンのおぞましい顔が見えるところまで来ていた。
恐怖のあまりロロは足をもつらせ転んでしまう。
「ギャギ!!」
「ギャギャギャギャ!!」
ゴブリンたちが気味の悪い笑みを浮かべ、
ロロを取り囲む。
「あ・・・あ・・・」
ロロは絶望の表情を浮かべた。
ゴブリンが一斉にロロに襲い掛かる。
「いやあああああああ!!!!」
その時―――――
<時よ>
声が聞こえた。
それと同時にゴブリンたちの頭部が爆ぜる。
「ギギャギャアー!!」
自分を取り囲んでいたゴブリンが、
叫び声をあげ、同時に倒れる。
ロロは状況が理解できなかった。
そのまま茫然としていると、
後ろから人の気配がした。
「大丈夫か、君・・・」
声を掛けられ振り向く。
「あ・・・え・・・?」
ロロの目の前に現れたのは、
先日ブルゴーの公園で出会った若い魔導士であった。
・・・
・・
・
「落ち着いたか?」
俺は少女に声を掛ける。
少女は俺の問いにこくりと頷いた。
「助けていただきありがとう、ございました・・・」
少女はかすれた声で答える。
ゴブリンに襲われた恐怖で、
声が枯れてしまっているのだろう。
その目元には涙の跡。
怖い思いはしただろうが、
間に合ってよかった。
俺はそう思った。
俺は『時の回廊』で、
ゼメウスに魔法を掛けられ、
目が覚めると川岸に倒れていた。
どうやって戻ってきたのかは覚えていない。
意識が混濁するまま山中を彷徨っていると、
少女の叫び声が聞こえた。
俺は無我夢中で時間魔法で彼女を助け、
今に至る。
助けた少女は、
先日聖地ブルゴーの公園で出会った少女だった。
名前は・・・そう言えばあの時は聞き忘れたな。
「どこに行くつもりだったんだ?」
「・・・ノワールです」
「一人で、か?」
「・・・途中までは幼馴染と一緒でした。けど彼は私を逃がそうとして・・・・」
「ゴブリンか?」
俺の問いに少女が頷く。
「あ、あの。助けていただいて大変申し訳ないのですが・・・その、幼馴染を一緒に探していただけませんでしょうか」
「君の幼馴染を?危険だ。ここはもうゴブリンたちの領域の中だ。それよりノワール村に早く向かったほうが良い」
俺は答える。
周囲には鬱蒼とした魔力が漂っている。
ここは既に危険な区域だ。
「・・・でも、彼は・・・私を・・・」
少女の目が潤む。
既に日は西に落ち始めている。
ゼメウスに言われた時限まで余裕はない。
だが目の前の憔悴した彼女を放っておくことはどうしても出来なかった。
俺は彼女に向かって、声を掛ける。
「・・・1時間だ。それ以上は探さない。」
これが最大の譲歩だ。
それ以上は、彼女の身が危険だ。
その言葉に、少女は顔を上げた。
「・・・ありがとうございます!」
涙で目が濡れているが、
満面の笑顔を俺に向ける。
俺はその表情を見てドキリとした。
あ、あかん。
これは可愛いやつ。
ちくしょう、そんな場合じゃないってのに。
「あの、私はロロと言います。あなたのお名前を・・・」
俺は赤面しながら答えた。
心臓の鼓動が早まるのを必死で抑える。
「グレイ。家名はない、ただのグレイだ」
俺は平静を装って彼女に名乗る。
俺たちはロロの幼馴染を探すため、
山を下ることにした。
・・・
・・
・
「ぐ・・・」
バロンは全身の痛みで目を覚ます。
「ここは・・・?」
目を開けると暗闇の中。
次第に目が慣れてくると周囲の状況が見えるようになった。
そこには大量のゴブリンが蠢くように集まっていた。
バロンは思わず、声を漏らす。
どうやら自分はやつらに捕まったようだ。
十数匹のゴブリンを倒したのは覚えている。
だが次から次へと沸いてくるゴブリンに、
剣主体の自分では対応しきれなくなった。
「ギャギャ?」
バロンに気が付いた一匹のゴブリンがこちらにやってくる。
そして気味の悪い笑みを浮かべながら、
倒れたままのバロンの顔を蹴り上げた。
「ぐはっ・・・」
「ギャギャギャ!」
吐血するバロンを見て、ゴブリンは嬉しそうに笑う。
やつらは獲物を蹂躙するためだけに、生かすことがある。
自分もその口だろうとバロンは思った。
ロロは無事だろうか。
自分が犠牲になり逃がした幼馴染の事が脳裏によぎる。
ゴブリンに捕まれば凄惨な未来が待っている。
なんとか逃げ切っていてくれ、とバロンは願った。
その時――――
ズシン。
バロンが倒れる地面が揺れた。
「ギャアギャア!!」
「ギギャア!!」「ギャア!!」
「ギャアギャア!!」「ギャギア!!」
その途端、ゴブリンが大歓声を上げる様に騒ぎ出した。
「な・・・んだ・・・?」
バロンは朦朧とする意識の中、
近付いて来る何かの気配を感じる。
ズシン。
ズシン。
そしてそこに現れたのは、
全身が黒い皮膚に覆われた巨大なゴブリンだった。
肩口から腕が生えた四本腕。
口元は大きく裂け犬歯が異様に発達している。
「あ・・・あ・・・」
それを見たバロンは絶望する。
目の前にいたゴブリンからは、
先日グレイとアリシアの手によって討伐されたデビルゴブリンよりも、
強大でさらに禍々しい魔力がにじみ出ていたからだ。
「グアアアアオオアアアアア!!!!」
巨大なゴブリンは、
咆哮をあげる。
それに呼応するようにゴブリンたちが一斉に雄たけびをあげた。
バロンは目の前の常軌を逸した存在に、再び気が遠のく。
「あ、るじ・・・」
そこで彼の意識は途絶えた。




