第70話 白魔法
「それで『白の箱』を取り返すのは良いが、ゴブリンキングの手がかりはあるのか?」
俺はゼメウスに尋ねた。
「いや無いね。箱を奪った後、やつは姿を消した。けどゴブリンの大量発生を追えば、必ずそこにゴブリンキングが居るはずだよ」
ゼメウスが答える。
「なるほどな。結局は草の根と言う訳か」
「それが一番早いと思う。けど・・・」
「けど?」
「問題はその後だ。ゴブリンキングは進化を繰り返し、個体としてはもはやゴブリンとしての範疇を超えた存在になりつつある。僕からみてもあれは異常だよ」
「・・・デビルゴブリンですら苦戦したからな。あれより強いなら正直勝てる気はしないな」
俺の脳裏に迫りくる黒いゴブリンが蘇る。
アリシアとの共闘によりようやく倒した相手だ。
それよりも強いとなると、ほとんど手が出ない気がする。
「・・・グレイは灰色の魔導士なんだよね?」
「そうだ」
「聞きたいんだけど、黒魔法と白魔法、どちらが得意?」
ゼメウスは尋ねる。
質問の意図は分からなかったが、
俺は素直に答えることにした。
「黒魔法だな。どちらかと言うと前衛で戦う事が多かったからな。」
「そうなんだね。白魔法はどれくらい使えるの?」
「簡単な回復魔法と、自己強化くらいか。正直、黒魔法に比べるとお粗末だ。灰色のゼメウスに鍛えて貰う時間も十分じゃなかったし」
「そうか、無理もないね。でもこれからは黒と白、バランスよく鍛えていくことをお勧めするよ」
ゼメウスが言う。
「なぜだ?」
「それが灰色の強みを最大限に活かすからだよ。僕もこの年の頃には既に黒魔法も白魔法も最上級魔法まで習得していた。その二つをバランスよく使う事で、君の力は更に上がるはずさ」
ゼメウスが笑う。
「分かった、意識してみる。だが最上級魔法まで習得していたとは、つくづく恐ろしい子供だな」
「そうかな?まぁ魔法が好きで夢中だったんだよ。魔導学院も最高の環境だったしね」
そう言ってゼメウスは笑った。
史上最高と呼ばれた魔導学院。
そこで学べることを俺は少し羨ましいと思ってしまった。
「それで俺の魔法のレベルを聞いてどうするつもりなんだ?」
「・・・うん、依頼をしたとは言え、さすがに丸腰で君をゴブリンキングの元に向かわせる事はしない。『白の箱』が手元にない僕じゃたかが知れているけど、グレイの役に立ちそうな魔法を教えてあげようかと思って」
ゼメウスが言う。
「ホントか?それはありがたい」
「うん、君には強くなってちゃんと僕を助けて貰わないとだからね。魔導士サマ?」
ゼメウスが面白がって笑う。
「・・・助かる。正直ゼメウスに相談したいことはたくさんあったんだ」
「フフ、君は本当に運が良いよ。長い歴史の中でも、二度も僕の弟子になった魔導士は存在しないからね」
こうして俺は再びゼメウスに師事する事になった。
・・・
・・
・
ロワール村の建物の中。
アリシアがそわそわと入り口の方を見ていた。
「・・・ただいま帰りました」
「おかえりなさい!どうだった?」
部屋に戻ってきたのはシルバ。
彼が戻ると、アリシアは飛び付くように尋ねた。
だがシルバは暗い顔で首を横に振る。
「そんな・・・」
グレイが行方不明になってから数日。
二人はグレイを捜索を続けていた。
アリシアの目元には隈がくっきりと浮かんでいる。
グレイを心配するあまり、よく眠れていないのだ。
「・・・いったいどこ行ったのよ。馬鹿グレイ。」
アリシアが苛立たしげに言う。
だがその表情にはグレイを、
心配する感情がにじみ出ていた。
シルバはそんなアリシアを見て、
手にした情報を彼女に伝えるべきかどうか躊躇する。
「・・・実はエシュゾ魔導学院跡で崩落したばかりと思われる橋を見つけました。近くには魔法の跡も。グレイ殿はそれに巻き込まれた可能性があります」
「・・・橋の崩落?」
「ええ。エシュゾ魔導学院の麓にある深い谷です。あの高さから落ちたとしたら助かるものは・・・」
「そんなことあるわけないわ!」
アリシアが叫ぶ。
冷静な彼女には珍しいほどの大声だ。
「・・・失礼いたしました」
アリシアは頭を抱える。
今となっては一人で行かせたことを後悔した。
こんな事になるならば、
無理にでも同行するべきであった。
「・・・もう少し、探してみましょう。あのグレイが、死ぬなんて・・・」
「・・・アリシア殿」
「・・・大丈夫、私ひとりでも探すわ」
アリシアはシルバに視線も向けずに言った。
「いえ、私も一緒に探します」
シルバが答える。
アリシアは無言で頷いた。
・・・
・・
・
「前に言ったけど、『白の箱』が無い今の僕は、魔力の残り香みたいなものだ。時間も力も圧倒的に不足している。」
俺は頷いた。
「だから君には一つだけ白魔法を教えたい。僕が生み出した魔法なんだけど、人に教える機会がなかったんだ。」
ゼメウスが言う。
「白魔法?それがゴブリンキングとの戦いに有効なのか?」
俺は尋ねる。
てっきりアリシアの『龍の炎』のような超威力の魔法を教えてくれるかと思ったが違うようだ。
「・・・ふふ、疑っているね。けど今回に限って言えばかなり役に立つと思うよ。それに僕も力を貸そう」
ゼメウスは意味深に笑う。
白魔法を軽視してはいないが、
治癒と自己強化だけでは相手を倒すことは出来ない。
デビルゴブリンを屠ったのも、
結局は魔力耐性を突破するほどの火力だった。
だがゼメウスがここまで言う魔法だ。
きっと何かあるのだろう。
大魔導とまで呼ばれた男の言葉を、
蔑ろにするような気はさらさらなかった。
何よりゼメウスが生み出したユニーク魔法と言うのが熱い。
俺は久しぶりに好奇心で胸の鼓動が早まるのを感じた。
「分かった。ぜひその白魔法を教えて欲しい」
俺はゼメウスの提案を了承した。
そして―――――
「絶対にヤダ」
ゼメウスから魔法の概要を説明された俺は、
その習得を全力で拒否した。
「ヤダって・・・、そんな子供みたいな事を・・・」
明らかに年下である少年ゼメウスから呆れられる。
我ながら大人げないとも思う。
だがなんと言われても嫌なものは嫌なのだ。
「絶対役に立つからさ。ね?」
ゼメウスに優しく諭される。
俺は何度も拒否したが、
そのたびにゼメウスに説得され、
嫌々ながらもそも魔法を教わり始めた。
ゼメウスの説明は非常に分かりやすく、
消極的な学習態度の俺でもすぐに習得することが出来た。
やはり大魔導の力は侮れない。
俺はそう思った。
「・・・絶対に使わないぞ」
俺は言った。
「それは君の自由だ。でも・・・フフ、君は絶対に使うよ」
そう言ってゼメウスは笑った。
こうなれば意地でも使うもんか。
この魔法は色々と問題がある。
こうして少年ゼメウスから白魔法を教えて貰い、
前回に比べて格段に短い修業は幕を閉じた。
「さて、とりあえずはここでお別れだ。次に会えるのは君が『白の箱』を取り戻した後、かな。だが最後にどうしてもやらなくちゃいけないことがある」
ゼメウスは言った。
「やらなくちゃいけないこと?なんだ?」
「うん、君にある魔法をかける。と言っても今の僕じゃ完全じゃない。もって二日、と言ったところかな。」
「なんの魔法だ?」
「それは・・・今は言えない。けどそれが無いと君はここから出られないだろうね」
ゼメウスは言った。
「確かにここにどうやって入ったのかも分からないしな。よし分かった、頼む」
そう言って俺は素直に頷いた。
「では目を瞑って・・・忘れないでね。タイムリミットは2日後の日没までだ。それまでに『白の箱』を取り戻して欲しい」
「・・・分かった」
そう言うと、ゼメウスは魔力を集束し始めた。
温かく、濃密な魔力。
<・・・、・・・>
やがてゼメウスが何かを唱えると、
俺の意識はゆっくりと薄れていった。




