第6話 常識外の魔導士
「フム。よく泣くやつじゃのう・・・」
ゼメウスは困ったような表情をしている。
僕は鼻をすすりながら、頬を伝う涙を拭った。
「・・・ずみばぜん」
僕が泣き止むのを待って、
ゼメウスは少し歩こうか、と言った。
僕とゼメウスは草原の中を、
歩き出した。
歩きながら、僕は気になっていることを尋ねた。
「ゼメウス、あなたは本当に亡くなったんですか?こうして話していると、まるで生きていてそこに確かに存在しているようにしか見えない」
ゼメウスは笑って答える。
「フム。もちろん死んでおるよ。ワシはこの「灰色の箱」に残した記憶と人格の一部に過ぎんからの。いつか箱を見つけ、箱を開けた者と話が出来るように魔法を仕込んでおいたのだ」
「魔法・・・。もしかしてここはあなたの魔法の中なのですか?」
僕は再び周囲にどこまでも広がる、大草原を見渡す。
「フム。無論そうじゃよ。ここはワシの空間魔法の中。ワシと君しかおらぬ空間じゃ。ほれ、見てみい」
そういうとゼメウスは、片手を掲げ何かを呟いた。
ゼメウスの掌が明るく輝く。
するとどうだろう。
真っ青だった草原の空は、一瞬のうちに燃えるような夕焼けに変化した。
そしてそのまま止まることなく空の色が変化する。、
赤から紫へ。
紫から群青へ。
やがてすべての色は、黒へと塗りつぶされた。
気が付くと周囲は夜になっていた。
美しかった草原は眠りにつき、
代わりにそこに現れたのは満点の星空であった。
僕はその空を見て、感嘆の声を漏らす。
これほどまでに美しい星空がかつてあっただろうか。
星々はまるで目の前に置かれた宝石のように光輝いていた。
「・・・すごい」
僕は大魔導ゼメウスの力に、
ただただ驚愕するばかりだった。
「フム。美しいと思ってくれるかね?ここはワシの故郷の景色に近いから嬉しいよ。幼い頃、この草原で陽が昇るまで星を見ていて母親に怒られたものじゃ」
ゼメウスはカッカッカッと笑い声をあげた。
僕とゼメウスはそのまましばらく星を眺めた。
いくつもの流れ星が僕の目の前を通り過ぎる。
しばらくすると、ゼメウスはさてそろそろかの、とつぶやき再び片手をかざした。
気が付くと周囲は再び明るくなり、さわやかな春の草原に戻っていた。
「空を見ているのは飽きないが、そろそろ本題に入ってもいいかの。」
ゼメウスが申し訳なさそうに言う。
僕は頷き、尋ねた。
「本題、ですか?」
「そう。君はこの箱の事はどれくらい知っているかの?」
そう言われて僕は考える。
「・・・大魔導ゼメウスの最後の秘宝。あなたはその箱に、魔法やそれにかかわる知識を残し各地に封じたと聞いています。箱を手に入れたものはあなたの魔法を手に入れることが出来ると」
「ほほ、ほぼ正解じゃ。」
ゼメウスは笑う。
「ワシには友はおったが、子供がおらんかった。そのため生涯のほとんどは魔法の研究と、魔力の研鑽に務めておった。ホホ。ワシにとって生み出した魔法の数々は我が子も同然。それを誰かに引き継いで貰いたいと願い、この箱を作ったのじゃよ」
僕は頷いた。
「しかしな、手前味噌じゃがワシの魔法は本当に強力なんじゃ。扱い方を間違えれば、危険な力となるだろう。周囲と術者を、下手をすれば世界をも亡ぼすやもしれん。だからこそワシは箱を隠し、ワシの力を受け継ぐに相応しい素養を持ったものだけが箱を見つけられるよう、細工をしたのじゃ」
「相応しい素養・・・それに細工、ですか?」
僕は尋ねる。
ゼメウスは髭を触りながら優しく頷いた。
「うむ。なに、ちょっとした心理テストのような簡単な魔法じゃ。箱には人の本質を判別する魔法を仕掛けてあっての。そのものが何に支配されているかをみておるのじゃよ。例えば憎しみ、妬み、怒り、そういった心を囚われている人間には箱が見つからないようにしておるのじゃ」
僕は洞窟での出来事を思い出す。
あの突き刺さるような視線、誰かに見られているような気配はそれだったのだろうか。
「フム。その通りじゃ、察しがいいの」
ゼメウスが答える。
僕は少し考えてから言った。
「・・・ゼメウス様の仰ることが確かなら、僕には素養があると言うことになる。自分のことながら、僕にはそうは思えません。僕は灰色であることに絶望し、色々なことから逃げ続けてきた」
ゼメウスは優しい瞳で僕の言葉を聞いている。
「フム。逃げることは悪ではないと思うがの。もちろんそうでない場面も多いが。たとえ君の言う通り自分からも世間からも逃げ続けてきたとしても、君はずっと失わなかったものがあるじゃろう?だから箱に選ばれた」
僕はゼメウスの言葉を考える。
「・・・失わなかった、僕にそんな大層なものは・・・」
ゼメウスはカッカッカと笑う。
「・・・灰色の箱は自分の色と言うこともあって、特別な想いがある。じゃからワシが生涯で最も大切にしたものを持つものに引き継いで貰いたかった。ワシが君を見て最初に驚いたのは、そのキーワードが君の、その、見てくれとかけ離れたものだったのでな。ホホ、失礼。それで驚いたと共に感嘆の声が思わず出てしまったと言うわけじゃ」
ゼメウスの魔法を引き継ぐに相応しいと言われるような力。
僕にはまったく思い当たらなかった。
「フム。自己肯定感が低いのう・・・。本当に不思議な男じゃ。教えてしんぜよう。箱が君の中に見つけた才能、それは捨てられぬ希望、未来への憧憬。分かりやすく言うと『夢』じゃな。君は灰色と呼ばれ世間から蔑まれても魔導士になる夢を捨てなかった。それこそそんな老人になるまでな。夢は若者だけの特権ではない。誰もが持つ未来への活力なのじゃ」
僕はそれを聞いて、ふと以前読んだゼメウスの物語を思い出す。
ゼメウスの偉業や冒険譚は数えきれないほど語り継がれているが、
その中でも僕が好きだったのが「空」に関する逸話だ。
ゼメウスは空が好きだったと言う。
深い青に染まる春の空、星々煌めく夏の空。
朱色に染まる晩秋の空、澄み切った冬の空。
彼はいつでも空を見上げ、空に興味を持ったという。
彼は晩年、突然に新しい魔法の研究を始めた。
何を研究しているのかと尋ねる弟子たちに、
彼は嬉々として答えた。
――――空の向こうには何があるのかワシは知りたいのじゃ。
それはゼメウスが亡くなるわずか1年前の事だったという。
彼は最期の瞬間まで、子供のような夢を持った人間だった。
「夢・・・ですか」
「・・・その通りじゃ。ワシは君に魔法を託したい。ワシが育て大事にしてきた子供たちを君に受け継いで欲しいのじゃ。ホホ、ほとんど一方的なお願いじゃの」
僕は一度ため息を吐く。
たしかにゼメウスの言う通り、
僕は魔導士になる夢を捨てきれていない。
この歳になっても魔導士試験を受け続けているし、
魔法に関する勉強をやめたことはない。
しかしどうしても、自分に偉大な魔導士ゼメウスの力を引き継ぐような
資格があるとは思えなかった。
その最たる理由は――――――
「・・・歳かね?自分が老人だから、ワシの力を引き継ぐのを辞退しようと君は考えている」
考えていたことを指摘されてギクリとする。
この世界では考えていたことが、相手に伝わってしまう、だったか。
「・・・仰る通りです。魔導士になる夢は捨てていませんが、僕はもはやただの老人。体力も、思考力も衰えを感じています。あなたのような偉大な魔導士の魔法を受け継ぐには僕は歳を取りすぎている。夢と希望と若さに溢れた前途ある若者に託したほうが幾分か世界のためになるでしょう。」
そう言って僕は笑った。
そんな僕をゼメウスは厳しい目で見つめていた。
「耳障りのいい言葉じゃのう。さすがは歳を重ねているだけはある。ホホ、では逆に聞くが君は老いてさえいなければ、力を引き継いでくれるのかね?」
ゼメウスが僕に質問する。
僕はため息をついて答える。
「・・・当たりまえじゃないですか。あなたは尊敬すべき偉人で、それに僕と同じ適性を持っていると仰る。何一つ持っていないと思っていた枯れ切った老人に、他者に誇れるものがあると教えてくれた。あなたの魔法を引き継げるのであればどんなに幸せか」
ゼメウスはニコニコと笑っている。
「・・・嬉しいのう。その言葉が聞きたかったのじゃ」
そう言ってゼメウスは片手をあげて、
何かを呟く。
次の瞬間、ゼメウスの掌が光を放った。
「君には悪いがワシは我儘なんじゃ。そのワシが君に受け継いで貰いたいと思ったら、ホホ。なんとしても君に貰ってもらうぞ」
「それはどういう――――」
そこまで言って僕は自分の変化に気が付く。
自分が発した声が、自分で認識している僕の声と違う。
声が高くなっている。
僕は慌てて自分の喉を触る。
そして触れた首の感触に再び驚く。
首元に刻まれた皺、
カサついた肌がなくなっている。
「え、どういう・・・」
僕は自分の手を、腕を、
身体を触り見て確かめる。
そこには元の老体ではなく、
若々しく力の溢れる身体があった。
老人であったはずの僕は、
一瞬にして若々しい青年の身体を取り戻していた。
ゼメウスはニコニコと笑っている。
「そんな・・・嘘だ。いくらなんでも・・・そんな事が・・・」
僕は自らに起きた変化に驚きを隠せなかった。
なぜなら魔法と言えどなんでも出来るというわけではないからだ。
「魔導学」という魔法に関する学問の中では、
『七つの禁忌』と言う魔法では決して干渉することの出来ない領域を明確に定義している。
その一つが『時間に関する魔法』だ。
一度進んだ時計の針を戻すことは魔法では出来ない。
それは魔法の世界の摂理だ。
だからこれは常識では考えられないことなのだ。
だがゼメウスは僕の戸惑いを明るく笑い飛ばす。
「ホホ。忘れたのかね?常識などワシの魔法には通用せんよ」
ゼメウスが僕の心の声に答えた。
「・・・信じられません」
「ホホ。たとえ信じられなくても、今起きたことは紛れもない事実。これで懸念はすっかりなくなったのう」
戸惑い、引きつった笑顔の僕を尻目に、
ゼメウスは嬉しそうに笑っている。
こうして僕は多少、いやかなり強引に伝説の大魔導の弟子となった。
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