第68話 助けられるのも悪くない
ゼメウスと名乗った少年は、
唖然とする俺を楽しそうに眺めていた。
「どうしたんだい、そんなに驚いて。君は僕を探しに来てくれたんだろ?」
少年が言う。
「あ、いや・・・」
戸惑いのあまり言葉が出てこない。
俺が知っている大魔導ゼメウスは、
白髪の老人なのだ。
目の前の少年は明らかに俺より年下。
全く違う。
俺は一切状況が飲み込めていなかった。
もしも少年の冗談だとしたら、
見事と言わざるを得ないほどに俺は狼狽していた。
少年はため息をつき、
会話を続けた。
「君の名前は?」
「名前?」
「そうさ。混乱してるみたいだけど、せめて名前くらい教えてくれよ」
少年は言った。
「・・・俺はグレイ。家名はないただのグレイだ」
「ハハ、それってもしかして僕の真似?グレイか、良い名前だね」
少年は俺に微笑む。
俺は指摘されて少し恥ずかしくなった。
すっかり忘れていたが、
この名乗り方は確かにゼメウスの影響だ。
「うん、時間魔法が使えるってことは、灰色の僕のところに行ったのかな?ごめんね。お互いの状況はある程度感知できるけど、君と出会った記憶は共有していないんだ。だから、グレイと僕は初めましてなんだよ」
少年が言う。
「・・・時間魔法のこと、知ってるんだな」
俺は尋ねる。
「だーかーら。僕がゼメウスなんだってば。いい加減信じてよね。自分で生み出した魔法くらい自分で感じられるよ。ホントはすぐに分かったけど、君がまさかの登場をしたのが悔しくて少しからかったのさ」
そう言って少年はぺろりと舌を出す。
この人を回りくどく、人を試すような物言い。
確かにゼメウスと会話しているような感覚だ。
にわかには信じられないが、
彼が嘘を吐いているとは思えなかった。
俺は深呼吸して、
少年ゼメウスにゆっくりと話し始めた。
「・・・ああ。そうだ。君の言う通り俺は老人のゼメウスに魔法を教えて貰った。時間魔法もその時に一緒に。箱に異常が起きたって言うから、彼の頼みでこの大陸まで『白の箱』を探しに来たんだ」
少年ゼメウスは頷きながら聞いていた。
「うんうん、だと思ったよ。流石は灰色の僕だ。グレイみたいなのを派遣してくれるとは気が利くね。伊達に一番歳取ってるわけじゃないや」
ゼメウスは嬉しそうに言う。
「・・・ホントにゼメウスなんだな」
「だから何度もそう言ってるじゃないか。ま、そりゃそうか。グレイにとっては灰色のあれがゼメウスだものね。それなら目の前にいるこの僕に違和感を感じても仕方ない。でも僕はゼメウスで間違いないよ。もちろん灰色のゼメウスと同じでこの僕は魔力によって生み出された姿。これは僕の13歳の時の姿を実体化した僕なんだ」
少年ゼメウスが言う。
「13歳・・・俺より年下か」
「うん、まだ毛も生えそろってない子供だよ」
「その割には言う事がおっさん臭いな」
「そうかなー?グレイの方こそなんか全体的に爺臭くない?」
そう言ってゼメウスが大笑いする。
そうか。
このゼメウスは俺が年老いた老人だったことは知らないのか。
俺は特に反論はせず、
あらためて今の状況について尋ねてみることにした。
もともとそのためにここに来たのだ。
「・・・『白の箱』がここにはない、って言ったのはどういうことだ?やはりそれがゼメウスの言っていた『白の箱』の異常の原因なのか?」
俺の問いにゼメウスは頷く。
「そう、その通りさ。元々この時の回廊は、白の箱を手に入れるための試練に使っていたんだ。この回廊を抜けた者にだけ白の箱の隠してある場所を教えてたんだけど、隠してあった白の箱の方が奪われてしまった」
ゼメウスが言う。
「奪われたって・・・どういうことだ?」
「うん。実はね、白の箱はとある建物の中にある秘密の部屋に隠してあったんだ。けどその秘密の部屋にたまたまゴブリンキングが現れ、あろうことか白の箱を飲み込んでしまったんだ」
ゼメウスが言う。
「ゴブリン、キング・・・?」
俺は絶句する。
「まさかこんな事になるとは思いもしなかったよ。ゴブリンがどこにでも沸くって言うのは本当だったんだね。それにまさかあんな金属の箱を飲み込むとは。」
ゴブリンに侵入できない場所は無い。
一匹見たら百匹居ると思え。
ゴブリンに関する格言は多い。
「・・・だから老人のゼメウスが感知できなかったのか」
「そう。いまや『白の箱』はゴブリンキングの体内にある。箱の魔力はゴブリンの厚い肉壁によって封じ込められていて、近くならともかく、大陸を隔てて感知できるほどの強さは発してないよ」
ゼメウスが言う。
「もしかして、このゴブリンの大量発生と、そのゴブリンキングは関係があるのか?」
俺は尋ねる。
ゼメウスは急に困った顔をした。
「それについては本当に申し訳ないと思ってる。大ありだ。ゴブリンキングは僕の『白の箱』を体内に取り込み別の存在に進化した。あれだけの魔力を体内に取り込んで、よく生きていられるものだよ・・・」
ゼメウスが悔しそうに答える。
「別の存在って・・・それが大量発生とどんな関係が?」
俺は続けて尋ねた。
ゼメウスの表情が曇る。
「・・・すでに『灰の箱』から時間魔法を授かった君だから言うけど、『白の箱』には白魔法の真髄とも言える魔法が封じられている」
「白魔法の真髄・・・?」
俺は尋ねる。
「あぁ、そうだ。もっとも奴が箱を開けられる訳も無いから、漏れ出した魔力が影響しているに過ぎないけど。それでもあのゴブリンキングとは最悪の相性になってしまったね・・・」
「それで、なぜゴブリンが大量に生まれる?白魔法の真髄とはなんだ?」
俺は尋ねる。
「・・・簡単さ。白魔法の真髄は命そのもの。やつは『白の箱』の影響で無限の生命力を手に入れ、交配を繰り返しているんだ。おぞましいことだ」
ゼメウスが言う。
「・・・あの黒いゴブリンは?」
「はっきりとは分からない。だが『白の箱』に込められた力は本当に危険なんだ。白魔法は自己や内部に大きな影響を与える魔法だから。その悪影響がああいった突然変異の化け物を生みだしているのだとしたら・・・」
ゼメウスは暗い顔で言った。
「俺は黒いゴブリンと戦った。あんなのが増えた、やばいことになるぞ?」
ゼメウスは頷く。
「・・・その通りだ。でも僕にはどうすることも出来ない。悔しいね、自分の作った魔法がこんな事になるなんて」
ゼメウスは悔しそうに顔をしかめた。
その表情を見て、俺は考える。
「・・・教えてくれ、ゼメウス。どうすればこの事件を終息出来る?」
「終息か、すでにゴブリンは大量にあふれている。だが、ゴブリンキングを見つけ『白の箱』を回収できればあるいは」
「そうか・・・」
俺は呟く。
灰色のゼメウスの依頼でここまで来たが、
話が思っていたよりも大きくなってきた。
いや、きっと灰色のゼメウスにも想像できなかったのだろう。
ゼメウスに義理はあるが、これは義務ではない。
危険はあるし、ここで止めると言う選択肢もある。
だが――――
俺は目の前で悲しそうな顔をしている少年を見つめる。
大魔導ゼメウス。
魔力の権化と言われた、最高の魔導士。
だが彼にも出来ないことはあるのだ。
「『白の箱』は俺が回収してくる」
俺の言葉に、ゼメウスは顔を上げる。
「ホントに?」
「・・・もともとそのつもりで来た。ちょっと達成難易度がバカみたい跳ね上がっただけだ」
俺は答えた。
「・・・ありがとう。でも、すごく危険だ。あの魔法は欲望のままに振るえば世界を滅ぼす力になる。正直、君がそこまでする義務は」
「わかってる。だが俺だけが事情を知ってるんだ。俺が動かないわけにはいかない。それに――――」
「それに?」
俺は一瞬、言葉を詰まらせる。
自然に頭に浮かんだ言葉だが、
この言葉を大魔導ゼメウスに言うのは少し変な気がした。
「・・・あんたは今、困ってるんだろ?困ってる人を助けるのが、魔導士の使命だ」
「え?」
ゼメウスは驚いた表情をしている。
彼は何かを言おうとし、途中で止めた。
そしてジッと俺の目を見る。
そして、小さな声で呟いた。
「・・・誰かが助けに来てくれるなんて初めてだ」
俺は笑う。
「あんたは大魔導ゼメウスだからな。いつでも皆の憧れ、助ける側の人間だ」
「そう、かな。でも―――」
「ん?」
「案外悪くない、助けられると言うのも」
そう言ってゼメウスは笑った。
安堵したような笑顔。
その笑顔は彼の見た目そのままの、
無邪気な笑顔であった。




