表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/213

第65話 遺跡


「事態は想定よりも深刻です」


シルバが言う。


「そのようね。もしもあの特殊なデビルゴブリンが一匹だけじゃないなら、私でも太刀打ちできないわ。いくらなんでも異常すぎるわね」


アリシアが答える。

俺もその言葉には同意だ。

あんなに強いゴブリンが大量に湧くなどありえない。


「・・・私は少し騎士たちに話を聞いてみます」


シルバが言う。


「私も行くわ。少し気になることもあるし」


アリシアが答える。

シルバもそれに頷いた。


俺も二人についていくべきか。

一瞬、そう考えた。


だが頭の中に一つの疑念が生まれ、

俺にはそれがどうしても重要な事のように思えた。



「・・・俺はエシュゾ魔導学院跡に行ってみようと思う」


俺が言うとアリシアが驚いてこちらを見た。


「こんな状況で?急ぐのは分かるけど、もう少し待てないものかしら。もしまたゴブリンが攻めてきたらグレイの力は必要よ?」


アリシアが言う。


「わかってる。けど確かめたいことが出来たんだ。それが済んだらすぐに戻るようにするよ」


俺は答えた。


俺の神妙な表情に何かを感じたのか、

アリシアはそれ以上何も追及しなかった。


「・・・わかったわ。でも気を付けてね。近くにゴブリンとデビルゴブリンが徘徊してるはずよ」


「あぁ、ヤバくなったら逃げるよ」


こうして俺はアリシアたちと分かれ、

ひとり山間のエシュゾ魔導学院跡地を目指すことにした。



・・・

・・


エシュゾ魔導学院跡はノワール村から更に北に進んだところにある。


シルバによるとエシュゾ魔導学院滅亡の際に、

街から逃れた人が集まり出来たのがノワール村の起源となったらしい。


俺は山間を、

なるべくゴブリンに見つからない様に身を隠して移動した。



アリシアに言った、確かめたいことと言うのは他でもない。

ゴブリンの大量発生、そして『ゼメウスの箱』に関する事だ。


ゴブリンは今や東の大陸を飲み込みかねない勢いで増殖している。


そしてその中にはデビルゴブリンと言う、

通常ではありえないような強化個体もいる。

これは明らかな異常事態だ。


本件についての原因究明はアリシアが依頼された任務ではあるが、

もはや他人ごとではなかった。


アリシアと共にゴブリン大量発生の原因を探り、

一刻も早く事件を解決する。


これが魔導士としての正しい選択だ。




だが俺はふと思いついた。

今までゴブリンの大量発生と『ゼメウスの箱』はまるで別の話だと思っていたが、

本当にそうなのだろうか。


もしかしてその二つには何か関係があるのではないだろうか。


根拠は何もない。

だが一度考え始めるとその仮説は俺の中で大きく膨らみ、

今や実際に確かめて見なければならない、

という思いにまで発展していた。


それが杞憂であればそれでいい。


しかしこのゴブリンの大量発生と言う異常事態の裏で、

『ゼメウスの箱』の消失と言うもう一つの異常事態が起きていることを、

俺だけが知っている。


そして俺には重なる二つの異常事態が無関係だとはどうしても思えなかった。



「こんなことなら、アリシアには先に説明しておくんだったな・・・」


俺は山中を走りながら呟く。


今からアリシアに全てを話し協力を要請しても、

理解と助力を得るには時間が掛かるだろう。



だから俺は一人で行く。

何もなければすぐに引き返そう。

俺はそう考えた。




・・・

・・



「・・・これがエシュゾ魔導学院の跡地、か」


山間の渓谷沿う様に突如現れた巨大な遺跡。

形からすると街の門の一部だろうか。


長年の雨風に晒され完全に風化したそれは、

かつて栄華を誇ったエシュゾ魔導学院の一部とは到底思えないほどに、

苔むしていた。


「大きいな」


だがこれでもまだ一部。

エシュゾ魔導学院は一つの街を形成していた学園都市だったのだ。


俺は門を過ぎ、エシュゾ魔導学院跡へと足を踏み入れる。

辺りには先ほどの門と同じような造りの建物が並び始めた。



ここが目的の地、エシュゾ魔導学院。

初めて訪れたはずなのに、どこか懐かしい様な気分になった。



「さて、とは言ったもののどこから調べるか」



俺は広い通りを右往左往する。

遺跡探索のスキルなど持ち合わせておらず、

調査の手がかりもつかめない。

自分の知識不足が恨めしかった。



以前、ゼメウスは一度箱を開けた者は、

箱の存在を感じる事が出来ると言った。


それがどういう事なのか以前の俺には理解できなかったが、

あのゼメウスの言葉だ、何か意図があるに違いない。



「何かあるなら、向こうから来る、か・・・?」



短絡的な思考で、俺は更にエシュゾ魔導学院跡の奥へと足を進めることにした。






街を中心部に進むにつれて、建物の数が増えてくる。


この辺りは古龍の攻撃を免れたのか、

ほとんど無傷な状態で残る建物もあった。


それらはどれも立派な建物であり、

エシュゾ魔導学院がどれだけ栄えていたのかを、

如実に表していた。



栄華を誇った魔法都市。

だが今はそこにかつての面影はない。






「ん?」



遠くからでは分からなかったが、

進路の先に大きな建物が見える。


その建物は周囲のどの建物よりも一回り以上も大きく、

雄大に聳えていた。


それがどのような建物かは分からなかったが、

おそらくあれがこの都市の中心地。


となると学舎である可能性が高いか。

俺はその学舎を目指し、歩き続けることにした。





「すごいな・・・これ」


俺は思わず呟く。

目指していた建物は谷を隔てた向こう側にあった。


底も見えぬほど深い谷。

そこには一本、石造りの橋が渡されていた。


「だ、大丈夫か、これ」


俺は足元を確かめながらその石橋を渡り始める。


一歩歩くたびに、石の軋む音がする。

もし崩れれば底の見えぬ谷底へ真っ逆さまだ。


俺は橋に無駄な衝撃を与えぬよう、

慎重に歩くことにした。




だが、その時。

俺の背後から聞きたくもない鳴き声が聞こえる。



「グギャアアアアアアアアアアアア!!!」



大地を震わせるような咆哮。

俺はもちろんその鳴き声に聞き覚えがあった。



「嘘だろ・・・」



最悪のタイミングで、最悪の相手が現れる。


振り向くとそこに居たのはゴブリンたち。

そしてその中には例の黒い肌のゴブリンが混じっていた。


一度見たら忘れられない、なんとも禍々しい容姿。

デビルゴブリンだ。



「ギャギャギャア!」


ゴブリンたちは俺を目掛け、

後を追う様に駆け出す。

デビルゴブリンもそれに続くように、

俺に向かって駆けて来る。


これはまずい。

俺は橋の強度の事も忘れ、走り出した。


「くっ!」


<ファイアボール>


俺は火球の弾幕を放ちながら走る。



だが、大量のゴブリンに弾幕の効果は薄く、

やつらの前進を止めることは出来ない。



石橋の半分は通過した。


あと少しで対岸だ。

俺は必死の思いで走り続けた。



「ギャギャギャア!」

「ギャギ!」



ゴブリンの鳴き声がすぐ後ろで聞こえる。


このままじゃ捕まる。


そう思った瞬間に、

俺は一つの案を閃いた。


走りながら右手に魔力を集束し、

同時にその魔力を時計回りに回転させた。


ゴブリンが俺の背中に迫る。


俺は右手に溜めた魔力を思い切り、

自らが走る石橋へと叩き付けた。




<時よ>




俺の新しい魔法、

時間の加速。


想像した通り、

魔法を撃ち込んだ場所が大きくひび割れ、

朽ちていく。


俺はそのまま魔法を撃ち込んだ場所を飛び越し、

対岸へと走る。


その間にも、

石橋の風化は次第に橋全体へと伝播する。


既に長い年月を重ねた石造りの橋は、

さらなる時間の重みに耐える事が出来ず、

遂にはパラパラと崩壊を始めた。


俺は橋が崩れる前に、

なんとか対岸へとたどり着けた。


すぐに振り返り後方を確認する。


「グギャ!」

「ギャギャギャ」


ゴブリン達も異変に気が付いたようだが、

もう遅い。


石橋は大きな音を立てて崩れ落ち、

ゴブリンと共に底も見えぬ谷へと吸い込まれていった。

助かった。

あの数のゴブリンとデビルゴブリンがいたのでは、

流石に一人では分が悪い。

俺は胸を撫で下ろす。


だが安堵した瞬間―――――



「グギャアアアアアアアアアアアア!!!」



聞き覚えのある咆哮が響き、

俺は何者かに足を掴まれた。


振り返り足元を見ると、

黒い腕ががっちりと俺の右足を掴んでいる。


デビルゴブリンが石橋の崩壊と同時に、

俺に対し自らの腕を伸ばしていたのだ。


まずい。

そう思った時にはもう遅かった。


俺は足を掴む手に引っ張られ、

奈落へと引きずり込まれた。



「・・・あ」


俺はそのまま、深く底の見えない谷の底へと落ちて行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ