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第64話 ノワール



「・・・だから、なんでこうなるんだよ」


俺はアリシアに言う。


「なんでよ!前よりは質素にしたわよ」


アリシアが顔を赤くして答える。


目の前には大きな馬車。

と言うよりもほぼ戦車と呼べるものがあった。



「質素って言うより完全に戦争用じゃないか。なんだよあの金属製の棘は。あんなの生えてるか、普通」



俺は馬車を指差す。

黒い金属で覆われた馬車には厳つい装飾が施されている。

それを引く馬たちも馬用の鎧に身を包んでいた。



「こ、ここからゴブリンとの戦闘が多くなるから、こっちのほうが良いと思ったのよ。豪華なのは前回グレイに怒られたし」



アリシアが狼狽える。

俺はため息をついた。


「これは楽しそうな馬車ですね。腕が鳴ります」


そんな中、シルバだけは嬉しそうにしている。


いや、たしかにシルバならこんな扱いにくそうな馬車でも問題なく操作出来そうだけど。

根本的に間違ってる気がするぞ。


「もういいじゃない!さっさと出発するわよ!」


半ばヤケになったアリシアが声を上げ、

シルバが馬車を準備する。


俺はため息をついた。


こうして俺たちはゴブリンの大量発生の中心地、エシュゾ地方に向け走り出す。

そしてそこにはゼメウスの母校でもある、

エシュゾ魔導学院の跡地もある。



なにか一つでも、『ゼメウスの箱』に関する手掛かりが掴めるだろうか。

俺はそんな思いを胸に、馬車に揺られるのであった。



・・・

・・



エシュゾ地方は、

ブルゴーよりも更に北方に位置する。


馬車を走らせること5日。

何度か魔物との戦闘はあったものの、

何事もなく行程は進んでいた。



シルバによると、

間もなくエシュゾ地方に入るそうだ。



「今はエシュゾ地方の中心であるノワール村に向かっております。そこはゴブリン討伐の最前線。そこには聖魔騎士団が結成する討伐隊がおりましょう」



シルバが言う。


「ノワール村、ね・・・」


アリシアが呟く。


「どうした?」


俺は尋ねた。



「いえ、エシュゾ地方のノワール村と言えば有名な『赤のロマネ』の出身地なのよ。同じ赤魔導士として気になっただけ」



アリシアが言う。


「なるほどな」


『赤のロマネ』は大魔導ゼメウスの弟子であり、

三原色と呼ばれる、現在の『色付き』の魔導士の礎を築いた人物だ。

赤魔導士であるアリシアが興味を持つのも自然な話だ。


「・・・私もかつて訪れた事がありますが、ノワールは山間に広がる美しい村です。派手さはありませんが古き良き東の大陸文化を詰め込んだような。グレイ殿の目的地であるエシュゾ魔導学院跡地もノワールのすぐ近くにあります」


シルバが言う。


「エシュゾ魔導学院。今はもう建物の跡が僅かに残るばかりと聞きましたが・・・」


「その通りです。エシュゾ魔導学院は巨大な学園都市だったそうです。それが滅びたことにより、魔法の研究が百年分は失われたと伝えられています。今ではそこにかつての建物の一部が残るだけとか」


「たしか古龍に滅ぼされたんだったかしら。それもすごい話よね」


アリシアの言葉に、シルバが頷く。


「ええ。滅ぼされた原因は魔導学院で禁忌に触れる研究が繰り返されていたからと言う者もおります。この世の理を狂わし、古龍の怒りに触れた、と。人間には決して手を出してはいけない領域もあると言う逸話ですな」


シルバが言う。


俺はその言葉に思わずギクリとした。

俺の中にはまさにその禁忌の魔法が宿っているのだ。


「さぁもうじきノワール村です。暗くなる前に到着出来そうですね」


そう言ってシルバは馬を走らせた。






だが到着した俺たちを待っていたのは、

驚くような光景であった。


「なによ、これ・・・」


アリシアが絶句する。

俺も同じ感想を抱く。


「これは、ひどい・・・」


シルバも思わず顔をしかめている。


俺たちが到着したノワール村は、


シルバが言ったような美しさの面影もなく、

ところどころ建物が壊れ、

中にはまだ黒煙が上がる民家もあった。


村人の姿も殆どなく、

騎士達がボロボロになりながら奔走し、

まさに戦場といった様相だった。



「・・・まさかこのような状態になっているとは」



シルバが悔しそうに言う。

俺たちの思っていた以上に事態は深刻なようだ。


俺たちが村の入り口で立ち止まっていると、

門番と思われる騎士の一人が話しかけてきた。


「なんだお前たち!ここは今、関係者以外立ち入り禁止だ!危険だから即刻立ち去りなさい!」


彼自身の鎧も傷だらけで、

いくつか装飾に欠けているところがある。

激しい戦闘の跡が窺えた。


一歩前に出て何か言おうとしているアリシアを、

シルバが制した。


「・・・ご心配をありがとうございます。貴方、大変失礼ですが、ここの指揮官にシルバ・シャンベルタンが来たとお伝えいただけますでしょうか?」


「な、なんだと・・・貴様・・・?」


シルバが言う。

その顔は笑っていたが、

かなりの圧を感じる。


シルバの凄みに騎士が気圧された。


「・・・わ、わかった。少し待て」


そう言って門番の騎士は村の内部へと駆けだした。



「・・・シ、シルバさん?」


俺は声を掛ける。

振り向いたシルバはいつものような笑顔に戻っていた。


「・・・失礼。この状況を見たら少しだけ熱くなってしまいました」


「無理ないわ」


アリシアが答える。


俺たちはしばらくそこで待った後、

慌てて戻ってきた門番の騎士に案内され、

指揮官のいる建物へと案内されるのであった。




・・・

・・




俺たちを待っていたのは、蛇の様な目つきをした男だった。

だが今はその眼力も弱々しく、明らかに憔悴しているのが分かる。


見れば同じ部屋の中に居るこの討伐隊の指揮官たちと思われる騎士も、

皆一様に疲弊した顔をしていた。


「・・・本当にシルバ・シャンベルタンが現れるとはな。過去の亡霊が今更どんな用だ?それともここはもうあの世か?」


蛇の目つきの男は吐き捨てる様に言った。


「・・・貴方がここの指揮官でしたか。ニクス」


シルバが答える。

どうやら二人は顔見知りのようであった。


「俺の名を呼ぶな。貴様などは知らん」


「・・・ニクス、教えてください。なぜノワール村がこんなことに?聖魔騎士団はここを拠点にしていたのではないのですか?」


シルバが言う。


「何度言わせる気だ?部外者に話すことなどない。さっさと帰れ」


ニクスと呼ばれた指揮官が言う。

こちらを鼻から小ばかにしたような表情。

人の神経を逆なでするような顔だ。


「お願いします。状況を教えていただければ力になれるかも知れません。」


シルバの後ろから、アリシアが言う。


「なんだ小娘。状況だと?そんなものは説明する必要はない。我々は間もなくゴブリンに襲われ壊滅するのだからな!」


ニクスが声を荒げた。

虚ろで深く沈んだ瞳。

ニクスの中には深い絶望が刻まれていた。



その言葉にシルバが反応する。


「貴方も、騎士たちもまだ生きている。戦いはまだ終わっていません。指揮官の貴方が折れては配下の騎士たちはどうするのですか」


「知るか!俺たちは捨て駒だ!ゴブリンに食われ、ここで全員朽ちるのだ!」


ニクスはシルバに食って掛かる。

他の指揮官たちは誰も止めず、悲痛な表情でその光景を眺めていた。


敗戦の将。

そんな表現がぴったりなほど、

ニクスと他の指揮官たちの心は折れていた。


だが――――





「いつまでも甘えたことを言うな、ニクス」



切り裂くようなシルバの声。

一瞬のうちに部屋の空気が凍り付き、

その場に居る全員の動きが止まる。


腕に鳥肌が立ち、俺とアリシアも思わず身構えた。


普段の穏やかなシルバからは想像も出来ないほど、

深い怒りがにじみ出ていた。


シルバの喝に、

ニクスの笑みが消える。


それどころか顔が強張り、

恐怖に引きつっている様子だ。


「それでも騎士か。魔力の神への誓いを忘れたか。信仰心と民への責任を放棄すれば、聖魔騎士などただの道化に過ぎぬと言う事を思いだせ。」


「う・・ひっ・・」


ニクスは呼吸が荒くなり額から脂汗を流す。

その間もシルバは鋭い視線でニクスを睨み続けていた。


やがてシルバから発せられた怒りが収まる。

それにより、ようやく全員の緊張が解ける。



「・・・ニクス、もう一度言います。何が起きているのかを教えてください。おそらく私たちの目的は同じです」


「く、は・・・おのれ・・・」




ニクスは息も絶え絶えと言う感じであるが、


シルバの圧に負け、話を始めた。

この場の空気は完全にシルバが掌握している。


「・・・と、とんでもない殺気だったわね」


アリシアが小声で囁いてくる。


うん。

シルバは絶対に怒らせない様にしよう。

俺は心にそう誓った。







ニクスの説明によると、

騎士団はここノワールに滞在し、

ゴブリン討伐を行っていた。


初めは騎士団の完全優勢であった戦況も、

次第に現れ始めたデビルゴブリンにより、

五分以上にまで押し返されていると言う。


「そして3日前だ。やつらがこの村に総攻撃を仕掛けてきたのは」


ニクスが言う。

その表情には怒りが滲んでいた。



その日、ノワール村にゴブリンの集団が押し寄せた。

その数は今までの大量発生の比ではなく、

騎士達も自分たちの身を守ることで精いっぱいだったらしい。


ノワール村には火が放たれ多くの村人と、騎士が犠牲になった。


シルバが顎に手を当てて考える。


「・・・しかし、この規模の騎士がいてここまでやられる訳が」


シルバが言う。


「ふんっ、貴様は知らんのだ。あの黒いゴブリンたちの強さを」


ニクスが苛立たし気に答えた。

その言葉に俺とアリシアが反応する。


「黒いゴブリン・・・それって・・・」


俺たちの脳裏にデビルゴブリンの姿がよぎる。


「黒いゴブリン、デビルゴブリン、なんて呼ばれ始めてる。やつらはゴブリンにはあり得ないような能力を持っているんだ。想像したことがあるか?腕を切っても再生し襲ってくるゴブリン、上位魔法並みの威力の魔法を放ってくるゴブリンを。最初は普通の個体より少し強いゴブリンくらいの認識だったんだ。だが今となってはそれは大間違いだった」


俺たちもそれと戦ってきた、とは言わなかった。

彼らの感じた恐怖はよく分かる。


俺もアリシアとの共闘でなければ、

倒せていたかも怪しい。


そして更に気になるのは。


「ちょっと待って。その特殊な能力を持つデビルゴブリンは一匹だけじゃないの?」


アリシアが尋ねる。


ニクスは黒いゴブリンたち、やつらと複数形で語った。

一匹でもあれだけ苦労したのに。

それが複数。

俺はデビルゴブリンの群れを想像し、

背中にじっとりと汗がにじむのを感じた。


「・・・もちろんだ。一匹や二匹じゃない。群れの中に何頭も黒いゴブリンが混じっていやがる。だが幸いにして奴らは何故か引き上げた。その理由もよく分からん。ただ一つ言えるのは、あのまま戦い続けていれば我々は死んでいたと言う事だ」


ニクスは吐き捨てる様に言った。

話が本当であれば、大変な事態だ。


「今すぐブルゴーに連絡し、増援を」


シルバが言う。


「・・・はっ!それは無理だ。やつらこれ以上、増援は送らないだろうさ。たとえここに居る騎士が全滅したとしても、な」


ニクスは言う。


「それはなぜ?」


アリシアが尋ねる。


「・・・所詮ゴブリン。まだそう思ってるんだよブルゴーのやつらは。だがそれが運の尽きだ。このままはブルゴーは、いや東の大陸はやがて破滅するだろうさ。他でもない最弱の魔物、ゴブリンに狩りつくされて、な」


ニクスは言った。

その言葉には、諦めが宿っているように思えた。


「・・・私からも連絡をしてみましょう。貴方は戦線の維持を。指揮官が折れれば現場は終わりです」


シルバが言う。


「無駄だ。あんたのかつてのお仲間ももう居ない。今の聖魔騎士団はただの傀儡さ」


ニクスは答えた。


「・・・それでもやるのです、貴方の心に少しでも騎士の誇りが残っているのならね。聖魔騎士団は最後まで民を守る剣である。かつて、そう教えたはずでしょう?」


シルバは優しく言う。



「・・・けっ、今更現れたって遅いんだよ」


そう言ってニクスは立ち上がり、

周囲の騎士に指示を出し始めた。


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