第63話 陰謀
それから数日間。
俺たちはブルゴーに留まり、情報収集をした。
魔導士、騎士、商人。
なるべく多くの人からゴブリンの大量発生に関する情報を集めた。
事件の発生は、およそ1年前から。
エシュゾ地方を中心にゴブリンの生息数が増えたのだと言う。
当時はまだ自然に増えたとも言えるような増加量で、
魔導士や騎士たちが精力的に討伐を行い、
大した被害も出ていなかったそうだ。
大きな変化があったのはおよそ3か月前。
ゴブリンの発生がさらに激増する。
大量発生が各地で起き、
魔導士や騎士たちの討伐の手が不足し始めた。
そして、その中にはあの黒い皮膚のゴブリン。
デビルゴブリンが目撃されるようになったのだ。
もちろん先日の個体が保有していたような不自然な能力は持たず、
通常のゴブリンより生命力と戦闘能力が高い位のものだったが、
この黒いゴブリンの出現により討伐隊に大きな被害が出ることになる。
聖魔騎士団は総力を持って討伐を繰り返すが、ゴブリンの数は減らず。
むしろエシュゾ地方から東の大陸全土にその勢力を拡げているのだと言う。
それが俺とアリシアのここ数日の調査により分かった、この事件の概要である。
「あとはシルバがどれだけ情報を持ってきてくれるかね。合流したらそろそろ出発しましょう」
アリシアが言う。
シルバとは別行動をしており、
彼は独自の調査ルートをあたってくれている。
この街で出来ることは殆ど終えた。
そろそろ北に向かい、旅立つ必要があるだろう。
俺たちは旅支度を整え、
シルバの帰還を待つことにした。
「私、ちょっとギルドに行ってくるわ」
アリシアが言う。
「どうした?」
俺は尋ねる。
「後からシオンが来ると思うから、伝言を。彼にはこの街で情報収集をしてもらうわ」
俺はそう言ってアリシアを見送り、
引き続き買い物を引き受けることにした。
「さて、食料も水も買ったし・・・こんなもんか」
買い物を終え街を歩いていると、公園が目に入った。
噴水が中心に置かれ、その周りが美しい庭園となっている。
細かく刈り込まれた植物たちに、俺は目を奪われた。
俺はその公園に入り、休憩をすることにした。
人通りも無くてとても静かだ。
「あー、疲れた。・・・アリシアめ、俺に買い物を押し付けやがって」
俺は三人分の荷物を降ろし、伸びをする。
そういえばこんな大荷物を運ぶのは久しぶりだな。
荷物持ちをやっていた頃は、これくらい日常茶飯事だったが。
俺は石造りのベンチに座り庭園を眺める。
色とりどりの花が咲いている。
噴水の水に午後の西日が反射し、
キラキラと輝いていた。
「綺麗だな・・・」
俺は思わず呟く。
「・・・ホントですね」
俺は思わず顔を上げる。
一つ隣のベンチに黒髪の少女が腰かけていた。
今の声は彼女だろうか。
まさか独り言に返事があるとは思ってもいなかった。
「え、あの・・?」
俺が驚き戸惑っていると、
彼女がこちらを向く。
「あ、す、すみません。私ったら」
少女が恥ずかしそうに頭を下げる。
「あ、いえ。驚いただけなので」
俺は答える。
「お、同じことを考えていたので思わず・・・。あの失礼ですが、旅の方ですか?」
少女が尋ねる。
失敗を取り繕うために無理やり会話を続けようとしているように見えた。
「えぇ、そうです」
俺は端的に答えた。
「そうですか、羨ましいです。私も以前は色々な街に行っていたのですが最近はそれも出来なくなってしまって」
少女は言った。
「そうなんですね。何か理由が?」
俺は尋ねる。
踏み込み過ぎた質問だっただろうか。
「え・・・その・・立場上、あまり自由にする訳にもいかなくてですね・・・」
少女は答える。
立場上、か。
どこかのお偉いさんのご令嬢なのだろうか。
「それは、大変ですね。俺には想像も出来ませんが。」
俺は答える。
「えぇ、だからこうしてたまにこちらに息抜きに来るんです。ここ、綺麗なのにあまり人通りが無くて静かなんですよ」
少女が言う。
「確かに綺麗だ。こんなに綺麗な庭園、西の大陸にはありそうもありません」
「西の大陸からいらしたんですか?」
「ええ、そうです」
「そうなんですね。西の大陸は音楽や絵画が有名ですが、こうした庭園のようなものは東の大陸独自の文化だと聞いています。芸術にはお詳しいんですか?」
少女が尋ねる。
「いや、からきしです。ただ・・・」
「ただ?」
「知識はないけど、この庭園が美しいと思うことは出来ます」
俺は答えた。
「・・・仰る通りです」
少女は笑顔で答えた。
それから俺と少女はほとんど会話をすることなく、
ただゆっくりと時間を共有した。
最近とても忙しかったから、
こういう風な穏やかな時間は久しぶりだ。
やがて西日は夕焼けへと変わり、
辺りを赤く染めて行った。
そろそろ帰らなくては。
俺はベンチから立ち上がる。
「どうもお邪魔しました」
俺は彼女に礼を言う。
「もう行ってしまうんですか?」
彼女が残念そうに尋ねる。
「ええ、仲間がそろそろ戻ってきますので」
俺は答える。
「そうですか。・・・なんだかこんなにゆったりとした時間は久しぶりでした。不思議です」
少女が言う。
俺も頷いた。
「一人の時間も良いですが、隣に誰かが居るって言うのも良いものですね」
少女が頷いた。
「・・・では、ありがとうございました」
俺は少女に挨拶をし、『清流のキンググリズリー亭』へと足を向ける。
そろそろアリシアが戻っている頃だろう。
「あの」
「はい?」
少女が声を掛ける。
俺は振り向き答えた。
その顔は何かを躊躇しているように見えた。
「・・・いえ、あなたの旅の無事を祈っております。魔力の神の御導きがあらんことを」
そう言って少女が祈りを捧げてくれた。
俺は手を振って歩き出した。
・・・
・・
・
「まさに混沌、と言った状況です」
その晩、帰還したシルバから話を聞く。
「まずはこのゴブリンの大量発生により利益を得ているものがおります」
「それは?」
俺が尋ねる。
「商人です。大規模な討伐には、武器も食料も様々な需要が生まれます。それに被害にあった村の再建。かなりの額の金が動いているようでした。」
「でもそれは当然なんじゃないかしら。それ自体は悪い事じゃないでしょ?」
アリシアが言う。
シルバも頷く。
「ええ。問題は一部の権力者の中にこの事件を長期化させたい者たちがいる事です。穏やかな戦争状態と言えばいいのでしょうか、損害と利益の天秤が完全に後者に傾いています。聖魔騎士団の動きを裏から妨害している輩も出る始末。まったく情けない事です・・・」
シルバが言う。
この事件の解決を望まないやつらが居るということか。
「でもそんな権力者がなんと言おうと、聖魔騎士団の力を振るえばすぐ解決するはずじゃないの?」
シルバは首を横に振る。
「・・・実は利益を得ている商人、聖魔騎士団の妨害をしている権力者は、教皇の支持団体とも関係があるのです」
「教皇の?それって・・・」
アリシアが言う。
「えぇ、教皇は聖魔騎士団にゴブリンの討伐を命じる一方で、支持団体からの要望を受け、聖魔騎士団が事件を解決しないように立ちまわっているのです。おぞましい事態です」
「そんな。そんなことしたら、どれだけの被害が出ると思ってるのよ・・・」
アリシアが悔しそうに言う。
「彼らの言い訳はひとつ。所詮、ゴブリン、です。他の魔物ならともかく弱いゴブリンならば被害は最小限で済みます」
「・・・欺瞞ね。たとえゴブリンでも被害者はゼロではないわ。それにあの黒いゴブリンもいる。」
「仰る通りです。それでも、事態の解決にはもう少し時間を掛ける方針のようです」
「なんてことなの」
アリシアが表情を曇らせた。
「聖女ロロ様は単身でそれをなんとかされようとしているようですな、味方も居ない中で」
シルバは言う。
「・・・だから私に直接依頼をしてきたって訳ね。合点がいったわ」
アリシアが頷く。
「どうするんだ?」
俺は尋ねた。
「決まってるわ。聖女ロロの依頼に基づき、この件は速やかに解決する。Sクラス魔導士<紅の風>の名に懸けて」
アリシアが力強く答えた。




