第62話 憧憬
午後になり、
大聖堂から戻ったアリシアと合流する。
「何見てるんだ?」
俺は尋ねる。
アリシアが睨むような目でこちらを見ていた。
「別に」
アリシアが答える。
大聖堂から戻って来てからやけに不機嫌である。
「何かあったのか?聖女と会ったんだろ?」
俺は尋ねる。
「会ったわよ」
「どんな人だった?」
「それは可愛・・・とんでもないお婆さんだったわ。さすが聖女、妖怪って感じね」
「よ、妖怪・・・それはすごいな」
俺は驚きの声を上げる。
「そうよ。だから聖女には近づかないほうが良いわ。絶対に」
「それが良さそうだな」
俺は答える。
アリシアはふんと鼻を鳴らした。
「依頼の内容は、ゴブリンの大量発生の原因究明だったわ」
「・・・やはりそうか」
俺は答える。
想像していた通りだ。
「うん、でも腑に落ちない点もかなり多かった。この依頼には裏がありそうね」
アリシアが言う。
「裏?」
俺は尋ねる。
「うん、気になるのは。何故、聖女ロロが私に直接依頼なんて出したのかってこと。」
「そんなに変か?アリシアはSクラス魔導士だろ?」
「それはそうなんだけど。東の大陸には聖魔騎士団が居るわ。ブルゴーの中枢にいる彼女からすれば、懐刀と言っても過言ではないはずなのに」
「そちらを通さず、アリシアに直接依頼をしてきたのか」
「うん。聖魔騎士団にだって面子があるだろうし、難しいことになりそう。政治の臭いがするわね」
「政治、か。難しい分野だな」
俺はため息を漏らす。
「同感よ。依頼に踊らされないためにも、まずは背景をよく理解する必要があるわ。こういう依頼にはシオンが居てくれると大変助かるのだけど」
「あの若い魔導士、か。助かると言うのはどういう意味だ?」
「シオンは諜報活動とか情報収集が得意なのよ。私がそういうの苦手だから、いつも助けて貰っているの」
「そういうことか、それは心強いな。彼は後から来るんだったか?」
「うん。おそらくは、あと数日は掛かると思うわ。それまで動けないんじゃ流石に時間がもったいないわね。どうしたらいいかしら・・・」
アリシアはそう言って悩みだす。
情報収集と言う面では、俺もまた素人だ。
アリシアも見ず知らずの土地では、
思う様には動けないだろう。
一体、どうすれば。
考える俺の脳裏に、
ある人物が思い浮かんだ。
「あ」
「あ」
俺とアリシアが同時に声を上げる。
どうやら彼女もまた同じ人物に思い当たったようだ。
・・・
・・
・
「お早い再会でしたな」
そう言ってシルバが笑う。
ギルド長のルシードに尋ね、
彼の滞在先を教えて貰ったのだ。
「そうね」
アリシアが答える。
「すみません、またシルバさんのお力をまた借りれたらと思いまして」
「力、ですか?私に出来ることがありますかな」
シルバが笑顔で答える。
「今日、聖女ロロに会ってきたわ」
シルバの表情がピクリと動く。
「ロロ様に・・・。お元気でしたか?」
「えぇ、元気そうにしていたわよ」
二人が頷く。
聖女は高齢らしいからな。
たしかに体調の変化には要注意だ。
「聖女からはゴブリン大量発生の原因究明を依頼されたわ」
「それは。・・・なんとも不可解ですね」
シルバが言う。
彼もまた俺たちと同じ考えに至ったようだ。
「同感よ。彼女が聖魔騎士団を動かせない理由が何かあるのかしら?」
「・・・そうですね。彼女は聖女になってまだ日が浅い。聖魔騎士団への影響力が弱くても不思議ではないですな。それに・・・」
なるほど。
高齢になってからの要職か。
それは確かに大変そうだ。
「それに?」
「現教皇のオーパスは、かなりの野心家です。今のブルゴー、そして聖魔騎士団は実質彼が支配していると言ってもいいでしょうな」
そう言ってシルバは少しだけ表情を歪めた。
「野心家の教皇と、新任の聖女。状況が簡単に想像出来るわね」
アリシアが言う。
「えぇ。教皇がブルゴーに留まり内政に精を出す一方、ロロ様は各地に赴き地道に信仰を説いています。そう言ったところからも不和が生まれている可能性がありますな」
「・・・不遇の聖女、か。今回の依頼の裏側が見えてきたわね」
アリシアが言う。
シルバもそれに頷いた。
「ロロ様の依頼とあれば、私もぜひお力添えをさせていただきたい」
シルバが言う。
「ホントに?あなたが居てくれたら本当に助かる」
アリシアが言う。
たしかに彼女の言う通りだ。
索敵、情報収集、現場指揮、戦闘までこなす御者なんて滅多に出会えない人材だ。
「そう言えば、グレイ。貴方はどうするの?私を手伝ってくれる気にはなったのかしら?」
アリシアが言う。
そう言えばアリシアの方の話に夢中で、
自分の方の話をするのを忘れていた。
俺も自分の目的地に関する、
情報を集める必要があるのだ。
「あぁ、俺はエシュゾ魔導学院跡に行ってみようと思うんだ。」
「・・・エシュゾ。たしかゼメウスが居た学校ね。でもあそこは・・・」
「分かってる。でも何も手掛かりが無いからな。そこから始めてみることにしたんだ」
俺の言葉を聞き、とシルバの表情が変わった。
「事情は分かりませんが、エシュゾですか。ふむ、そうなるとアリシア殿とグレイ殿の道はまだしばらくは重なりそうですね」
シルバが言う。
「どういうことです?」
俺は尋ねた。
「はい。私の得た情報によると、ゴブリンの大量発生は南方よりも北方に行くほど激しくなるとか。その中心とされているのが、まさエシュゾ地方なのです」
俺はため息をつく。
「と、言う事は」
「はい。ご同行されるのが一番効率的かと」
シルバが笑う。
たしかにSクラス魔導士と一緒に居れば何かと便利でもある。
「決まりね!!この街でもう少し情報収集をした後にエシュゾへ向かいましょう」
アリシアが拳を突き上げた。
・・・
・・
・
「ロロ様、失礼いたします」
「はい、オーパス様」
来訪した人物を見て、ロロが立ち上がる。
自室に現れたのは、現教皇のオーパスだ。
「聞きましたよ。Sクラス魔導士にゴブリンの件を依頼したとか。もう少し自重なさってください」
教皇がため息をつく。
「あら、いけなかったでしょうか?既に南方のゴブリンは殲滅していただいたそうです。民の事を思えば一刻も早くこの件を解決するのが必要かと・・・」
「それもそうですが。我々には聖魔騎士団がおります。彼らの顔も立ててあげなくてはいけません」
優しく諭すようにオーパスが言う。
ロロはその猫なで声に腹が立った。
明らかに自分を子ども扱いしている。
「聖魔騎士団の顔よりも、民が大事です!」
教皇の眉がピクリと動く。
「・・・もちろんですとも。私も同じ気持ちです」
そう言って笑顔を浮かべる教皇。
傍から見れば、好々爺。
だがロロはその内心がどす黒い感情に支配されているのを知っていた。
「とにかく今後は何かありましたら私にご相談を。教皇と聖女、我々はもっと協力せねばなりません」
「・・・承知いたしました」
教皇は扉に手を伸ばし、部屋から出ていく。
「ではロロ様。魔力の神の御導きがあらんことを」
教皇はそう言って扉を閉めた。
ロロはそれを笑顔で見送る。
「何よ!」
ロロはそう言って自分の枕を扉に投げつけた。
悔しい。
そう思った。
自分が聖女になってからと言うもの、
教皇はなにかと自分のやることに口を出してくる。
教皇と聖女は本来的には対等。
だが現在は教皇の庇護下にロロがいると言っても過言ではなかった。
自分は若く、力が無い。
ロロはそのことが悔しかった。
教皇が民のためと言いながら、
裏で貴族や商人に便宜を図っているのを知っている。
聖職者が汚職など、
ロロには到底容認出来るようなものではなかった。
聖魔騎士団も今や教皇の手足だ。
自分に力を貸してくれる者などほとんどいない。
だからこそロロは、
<紅の風>に依頼を出したのだ。
ロロはベッドに倒れこみ、
布団に顔をうずめる。
ロロは今日会った<紅の風>の事を思い出していた。
「すごいですね、あの方は。私と変わらない歳なのにあんなに強くて、凛とされていて」
ため息をつく。
初めて見た<紅の風>は魔力と自信にあふれていた。
「私もあの方のようになれるのでしょうか」
ロロは自室で一人呟いた。




