第51話 噂の証明
「ハッ!」
俺はゴブリンに対し、蹴りを放つ。
ゴリ、と鈍い感触がしてゴブリンが吹き飛ぶ。
<フレイムボム>
着地と同時に、魔法を展開。
正面に爆発が起き、2、3匹のゴブリンが吹き飛んだ。
「ギャギャ!」
「グギャガ」
途端に俺の周囲をゴブリンたちが取り囲む。
数えただけでも十数頭はいる。
これを倒すだけでも重労働だ。
そう思った途端、俺の背後に魔力の光が点る。
<サンダーボルト>
<フレイムランス>
俺を取り囲むゴブリンたちが、
雷と炎により吹き飛んだ。
取り囲んでいたゴブリンたちが一瞬で倒れる。
振り向くとそこには魔法を放ったアリシアが居た。
「さぁ、行くわよ!」
うん、やっぱり心強いな。
アリシアに背中を押され、
俺たちは更に村の中心部へと進む。
中心部はさらに多くのゴブリンが蠢いていた。
それは群れと言うにはあまりにも不自然なほどの数で、
悪意に支配された様は、
まるで何か別の生き物のようにも思えた。
「・・・思ったよりも上位種が多く混ざってるわね」
アリシアが呟く。
たしかにゴブリンの他に、
少し体格の大きいホブゴブリンや、
ホブゴブリンよりも巨体で、
全身を鎧に身を包むゴブリンジェネラルなどが散見する。
やつらはゴブリンの上位種で、
当然に単体のゴブリンより戦闘能力が高い。
「背中、任せるわよ?」
アリシアが言う。
「任せろ。頼むぞ、Sクラス魔導士」
俺は答えた。
俺とアリシアはその悪意の塊の中へと身を投じる。
思い返してみると、
「忘れ人の磐宿」での水竜戦も、
「海鳴きの洞窟」での白づくめの女との戦いも、
かなり切羽詰まった状況だった。
だから俺がアリシアの戦闘を間近で見たのはこれがほとんど初めてだ。
彼女がゴブリンたちを次々と屠る姿を見て俺が抱いたのは、
美しい、という感動にも似た感情であった。
戦闘ではなく、
まるで優雅に舞っているかのように戦うアリシア。
俺がそのような印象を抱いた理由は二つ。
ひとつは流れるように断続的に放たれる魔法。
赤魔導士のユニーク魔法でもある無詠唱魔法によるものだ。
彼女は通常の魔導士が必要とする魔力の集束、
つまりタメをほとんど必要としなかった。
俺も多用する<フレイムボム>にしろ、
<フレイムランス>にしろ、
彼女はほぼノーキャストで連発することが可能だった。
だから同じ魔法でも、
俺が使う時とはまるで違う魔法のように思えた。
この無詠唱魔法こそ『色付き』の赤魔導士が、
攻撃魔法に特化した魔導士と言われる由縁である。
だがそこまでは普通の赤魔導士と同じ。
彼女自身が若くしてSクラス魔導士にまで昇り詰めた要因は別にあった。
「やあぁああああ!!!」
叫びながら周囲のゴブリンをなぎ倒すアリシア。
その瞳には炎の揺らめきが宿っていた。
同じく赤魔導士のユニーク魔法である『真実の瞳』。
通常は嘘や真実を見抜く魔眼に過ぎないが、
彼女はそれを戦闘に応用しているらしい。
どのような原理かは分からないが、
彼女はその眼を使い他者よりも遥かに高精度に、
相手の動きを先読みすることが出来た。
彼女の圧倒的な火力と真実の瞳を前に、
その動きを阻害できるものは皆無。
その結果として繰り出されるアリシアの動きは、
流れる風のようにのように滑らかであった。
それこそがアリシアが<紅の風>と呼ばれる由縁である。
そして、その戦闘スタイルは――――
「・・・テレシアもこんなに強かった、のかね」
俺は戦闘中、アリシアにも聞こえない様に呟く。
彼女の戦闘スタイルは先代<紅の風>より受け継がれたものでもあった。
かつて逃げ出し、二度とテレシアと会う事ができなかった『僕』。
戦うアリシアの姿を見て、感慨深い気持ちになった。
なんか久しぶりに爺臭いな。
「グレイ!前!来てるわよ」
アリシアが叫び、我に返る。
正面を見ると、
槍を担いだゴブリンジェネラルがこちらに向かってきていた。
勢いのまま振り下ろされた槍を俺は必死に避ける。
「人が想い出に浸ってる時に邪魔するなよ」
俺は右手に魔力を集束する。
発生する火力に更に魔力を集束し、圧縮し、その温度と威力を高めていく。
十二分に魔力を凝縮したところで、俺はゴブリンジェネラルに魔法を放った。
<ファイアボール改>
「グギャアアア!!!!」
俺の魔法により、
ゴブリンジェネラルは閃光と共に身体を焼かれ、
一瞬で消し炭となった。
ゴブリンジェネラルの巨体がズシンと倒れる。
「・・・やるじゃない」
俺の魔法を見ていたアリシアが驚いたように呟く。
俺はアリシアに親指を上げて、答えた。
どや。
それからは、溢れかえるゴブリンをただひたすらに狩った。
村の中心に村民は残っておらず、俺たちは戦闘に集中することが出来た。
俺たちは互いの死角をカバーし合いながら、
次々とゴブリンたちを屠っていく。
次から次へまるで雪崩の様に俺たちに襲い掛かるゴブリンたち。
すでに倒したゴブリンは100匹以上、
いや下手をすると200匹を超えているかもしれない。
だがゴブリンたちはまだまだ尽きることなく、
それどころか村のあちこちからこの中心部に集まっているようにも思えた。
一瞬も気を抜けない状況ではある。
魔力の残存にも決して余裕はない。
だがこれは、何と言うか。
「なんだか調子が良いわ!楽しくなってきた!」
アリシアが頬を紅潮させ、叫ぶ。
彼女の舞うような戦闘は更にスピードを上げていた。
俺も彼女と同意見だった。
アリシアの動きが俺を、
俺の動きがアリシアを。
相互に補強し合った結果、
俺たちの動きはどんどん良くなっていく。
アリシアに刺激され、
俺は自分の力が、
実力以上に高まっていくのをひしひしと感じた。
「これがSクラス魔導士の戦いか・・・」
俺は強者たちの見ている世界を垣間見て、
胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
うん。これは、楽しい。
アリシアの動きについていくのに夢中になり、
俺はいつのまにか戦闘中に笑みを浮かべ始めていた。
・・・
・・
・
「ゴブリンたちが村の中心に集まってるだと?」
報告を聞いたキリカが顔を上げる。
たしかに彼女たちの周囲のゴブリンはほとんどが倒れ、
新手の姿は見えない。
「はい、どうやら他のゴブリンの雄たけびにより招集されているようです」
若い騎士が答える。
ゴブリンは危機を感じると、
味方のゴブリンを呼び寄せる雄たけびをあげるのだ。
「たしか先行していたのはグレイ殿達・・・?よし、我らも村の中心に急ぐぞ。彼らに加勢するのだ」
キリカ達は一斉に駆け出した。
中心部に近付くと、
先を走ってた騎士たちが次々と足を止める。
「おい、どうした!何故止まる!」
キリカが騎士たちに声を掛けた。
見ると騎士たちは怯えたような顔で、
村の中心部に目を向けていた。
「なんだ、まだゴブリンは残って・・・」
キリカは思わず声失う。
彼女の視線の先には戦い続けるグレイとアリシアの姿があった。
二人は魔法による爆炎と、
ゴブリンたちの地響きのような雄たけびの中、
ゴブリンが最も多かった村の中心部で、
ありえないほどの屍の山を築いていた。
だが騎士たちが足を止めた原因は、
たんにその戦果に驚いたというわけでは無い。
彼らの目に写っていたのは、
異様な笑みを浮かべながら、
ゴブリンたちを次々と薙ぎ払うグレイの姿だった。
楽しそうに、
嬉しそうに戦うその姿は、
はたから見れば戦闘に酔った、
狂人とも思える姿に見えた。
「こ、これがゴブリン殺戮者・・・」
騎士の一人が怯えたように呟く。
その言葉にその場にいた全員が息を飲む。
グレイ本人は明るく否定していたが、
噂に違わぬその異常性を実際に目の当たりにし、
キリカと騎士たちは戦慄するのであった。
彼女たちは動けない。
結局、戦闘が落ち着くまでグレイたちの戦いを見ていることしか出来なかった。




