第50話 襲われた村
「キリカさん!」
俺とアリシアは、
入り口付近で既に戦闘態勢のキリカに駆け寄る。
「グレイ殿、アリシア殿。注意してください。いつの間にか囲まれていたようです」
キリカは悔しそうな顔をする。
豪雨で見えないが、
森の中から確かに不穏な空気が流れてくる。
これは殺気だ。それもかなりの数が居る。
「雨で気が付くのが遅れました。やつら雨に紛れて我らを襲うつもりだったのです」
キリカが言う。
「数は?」
「不明です。斥候に出した者が戻らず、異変に気が付きました。ただこの気配から察するに・・・」
状況が悪いな。
俺はそう思った。
洞窟内は雨でかなり滑りやすくなっており、
戦闘には不向きだ。
たとえゴブリン相手と言えど、
長時間の戦闘ではかなり分が悪い。
そのうえ、
ゴブリンジェネラルなどの上位種が居る可能性もあるのだ。
「洞窟から脱出しますか?」
俺は尋ねる。
「いえ、森の中はやつらの領域。対してこちらはこの雨でお互いにカバーし合うことも難しいでしょう。ここから出るのは決して得策ではない」
キリカが答える。
どうすれば。
「キリカ」
その時、声を掛けてきたのはシルバだった。
「洞窟の奥へと続く道を見つけました」
「・・・奥、ですか」
キリカが心配そうな表情を浮かべる。
当然だ。
その道が別の出口に続いている保障はない。
「中に入れば、ここより戦闘に向いている場所があるかも知れません。ここに居れば多くの被害を出すだけです」
シルバが答えた。
キリカが躊躇していると、
突然シルバが叫ぶ。
「・・・っ!伏せてください」
俺はその声に従い、岩の後ろに身を隠す。
すると森の方から洞窟内に向け、矢が何本も飛んできた。
ゴブリンが矢を放ったのだ。
続けて拳くらいの石つぶても飛んでくる。
ゴブリンが行動を開始したようだ。
「・・・くっ、仕方ない。全員身を隠しながら、奥へ進め!」
キリカは他の騎士団員に指示を出した。
俺もその指示に従う。
奥への避難を始めると、不意にアリシアが立ち止まり、
外を眺めていた。
「おい、アリシア。どうしたんだ?はやく行くぞ」
俺は声を掛ける。
「待って」
アリシアは答えた。
気が付けば彼女は魔力を集束していた。
<ファイアウォール>
アリシアの右手から、炎が放たれる。
炎は濡れた地面も物ともせず、あっという間に炎上し、
洞窟の広い入り口を塞ぐように巨大な炎の壁を作り出した。
激しい熱波が洞窟内にも吹き戻される。
「おぉ・・・」
アリシアの魔法にキリカが感嘆の声を漏らす。
たしかにこれはすごい。
「魔力を多めに込めて、長く炎上するようにしてあるわ。これで少しは時間が稼げるはずよ」
アリシアが言う。
俺たちは炎の壁を背に、
洞窟の奥へと急いだ。
・・・
・・
・
「意外と広いですね」
俺は言う。
洞窟内を進み続けると、
道幅も広がりかなり歩きやすくなった。
「奥から新鮮な空気も流れて来ています。どうやら別の出口に続いているようですね」
シルバが答えた。
「このまま外を目指しましょう。そして体勢を整え攻撃に転じる必要があります。我々の任務はやつらの討伐ですから」
キリカが言う。
「ね、ゴブリンなら100頭くらいは私一人でもいけるわよ?」
アリシアが言う。
うん、俺も同じくらいは倒せるはずだ。
中規模くらいの群れならば、
正面戦闘でも潰すことが出来るのではないだろうか。
だがキリカは首を横に振った。
「・・・いえ、危険です。実は東の大陸の各地で討伐隊が苦戦しているのは、群れの一部に混在する特殊なゴブリンのせいなのです」
「特殊なゴブリン?」
アリシアが尋ねる。
「えぇ、通常の個体よりも遥かに生命力が高く、戦闘能力も段違いに高いやつらがいるのです。事前の情報なく挑んだ騎士たちが何人も犠牲になりました。聖魔騎士は決して弱くはない」
「そんなゴブリンが・・・」
アリシアが答える。
ゴブリンと言えば魔物の中でも最弱に近い。
だからゴブリンたちは群れで行動するのだ。
「今、聖地ブルゴーではその特殊個体の研究を急ピッチで進めているところです。くれぐれも黒い皮膚のゴブリンにはご注意ください。騎士団の間では独自にそのゴブリンを『デビルゴブリン』と呼んでいます」
「デ、デビルゴブリン・・・」
なんとも仰々しい名前だ。
騎士団の警戒が伝わってくるようでもある。
俺たちはその後、
シルバの先導に従い、黙々と洞窟内を進み続けた。
「・・・なんだかとんでも無い時に来ちゃったわね」
走りながらアリシアが俺にだけ伝わるような声で言った。
俺も同意見だった。
・・・
・・
・
「皆さん、どうやら出口です」
洞窟内を走り始めて一刻ほど。
今や斥候の様な役目を果たし、
一団を先導しているシルバが言った。
洞窟内にはここまで幾度も分岐路があったが、
ほとんど迷う事もなく出口に到達した。
この人は斥候としても優秀なのか、
とシルバのハイスペックぶりに驚愕する。
そういえばこの人が指示を出したりしてるが、
騎士たちも、キリカですらもそれに従ってる気がするな。
外に出ると、
先ほどまでの豪雨が嘘のように晴れ間が広がっていた。
既に曇天は消え、山間には晴れ間が見える。
山の天気は変わりやすいとはよく言ったものだ。
洞窟の外にはもちろんゴブリンの姿はなく、
後ろからの追っ手も居ない様子だ。
なんとか逃げられたか。
俺は思った。
だが先に出たキリカと、
その隣にいるシルバの顔を見ると、
なぜか二人とも険しい顔をしていた。
「どうしました?」
俺は二人に尋ねる。
「グレイ殿、感じませんか?雨上がりの風に微かに混じる、この臭いを・・・」
キリカが答えた。
言われて集中すると、確かに何か臭いがする。
太陽に照らされ湧き上がる、雨上がりの地面の臭い。
それに加えてどこかから運ばれてくる、
何かが焦げたような臭いと、独特の鉄分の臭い。
これはもしかして。
「血の臭いね」
俺が言葉にする前にアリシアが言った。
そうだ。
風に乗って血の臭いが運ばれてきている。
「これは・・・マズいですね。風上だ!」
そう言ってキリカは走り出した。
俺たちと騎士団も、その後を追って駆け出した。
・・・
・・
・
森の中を肉食獣のようにしなやかに走るキリカ。
剣を帯びているとは思えないような身軽さである。
「総員、戦闘準備!」
走りながら彼女が叫んだ。
それに呼応するように周囲を走る騎士たちが剣を抜く。
人と木々の合間から先を見ると、
黒煙が空に伸びているのが目に入った。
「村が襲われてるわ」
隣に居たアリシアが言う。
俺たちも戦闘の準備をした。
「出たぞ!」
先頭を走るキリカが叫んだ。
彼女の目の前にゴブリンが2匹。
「えやああああ!!!」
ゴブリンたちがこちらの接近に気が付く前に、
キリカは走りながらゴブリンに切りつけた。
「ハッ!!」
「ギャギャ!!」
ゴブリンがまともに反応する前に、
キリカはその二匹をあっと言う間に切り伏せた。
「止まるな!このまま、森を抜けます!」
キリカは再び走り出した。
俺たちもその後に続く。
やがて、木々が開けて、森を抜ける。
目の前にはゴブリンに襲われ、黒煙を上げる村があった。
「・・・なんて数だ」
俺はその光景を見て呟く。
目視できるだけでも数十、いや数百匹ものゴブリンが村を埋め尽くしていた。
以前、ボルドーニュで達成したゴブリン退治よりも遥かに密度が高い。
たしかにこれは異常事態だ。
これが東の大陸の各地で発生していると言うのだろうか。
「このまま戦闘に入ります!!村人を救いなさい!」
キリカが叫ぶ。
そして彼女はいの一番にゴブリンの群れの中に飛び込んでいった。
騎士たちも雄たけびをあげて、
キリカに続くように戦闘を始める。
「アリシア、いけるか?」
俺は尋ねる。
「当然。私を誰だと思ってるの?Sクラス魔導士<紅の風>よ?」
アリシアが自信満々に答える。
俺は口角を釣り上げることでそれに答えた。




