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第4話 忘れ人の巖宿




「忘れ人の巖宿」は5階構造のダンジョンだ。


中に入るとダンジョンの内部は一定の照度が確保されていた。


周囲の岩盤が光のを溜め込む性質の魔石が含んでいるようだ。


ダンジョン特有の湿気を含んだ空気に、一同の緊張感が増した。




「<紅の風>様、どうかお気を付けください」



「ありがとう、でも大丈夫よ」


お供の2人は<紅の風>をエスコートしながらダンジョンを進んでいく。

僕はそんな彼らの調査をなるべく邪魔しないよう、

足元に集中して歩いた。







ダンジョンに入ってから1時間ほど経過。

探索は順調と言えた。


はたから見ても彼らの探索の腕は一流で、

普通に探検していたら気が付かないような小部屋や罠を次々と発見し、

調査を進めていった。


先ほどから見つけるアイテムの数々は「忘れ人の巌宿」では到底手に入らないようなレアドロップばかりだ。


『ゼメウスの箱』を探す際には魔導士ギルドによって、

その依頼に相応しい魔導士が選ばれる。


それはどんなに小さな手掛かりでも見逃すことのないような、

責任感と能力を有した魔導士と言うことだ。


僕は素直に彼らを尊敬する。




ダンジョンを歩きながら僕は違和感を感じた。

何かに見られているような、そんな気配。



<紅の風>や、同行の魔導士たちはこの気配には気が付いていないのだろうか。

彼女たちの顔をチラリと見ても、

まるで意に介していない様子だった。

どうしよう、伝えたほうがいいだろうか。



そんな事を迷っているうちに、

突然の出来事が起きた。



とある曲がり角。

先の見渡せない細い道。


そこを曲がった瞬間、僕たちは魔物に鉢合わせしたのだ。


「ゴブリンだ!」


同行の女性魔導士が叫び、咄嗟に腰に差した剣を抜く。

緑の小鬼ゴブリンもこちらに気が付き、

ギャアギャアと鳴き声を上げた。



だが彼らの戦闘準備が整うよりも早く。

<紅の風>だけがいち早く反応し、

ゴブリンに向け手をかざした。



その瞬間、ゴブリン3頭は炎に包まれる。

ゴブリンは抵抗も出来ぬままその身を焼き付くされ、

そのまま絶命した。



一瞬の出来事であった。


「・・・ありがとうございます」


女性魔導士が抜刀した剣を腰に戻し、

紅の風に礼を述べた。



「いいのよ」



<紅の風>は何事もなかったように言う。


今のは赤魔導士の専売特許、無詠唱魔法だ。

それも魔力の集束が一切感じられぬほど早かった。


僕は彼女がとてつもないの実力を秘めた魔導士なのだと再認識する。




ゴブリンの死体の処理はお付きの二人に任せ、

<紅の風>は何やら周囲をキョロキョロと見まわし始めた。

岩壁を触り、何かを確かめるようにしている。

どうしたのだろう。



やがて壁を探る手が止まった。


「・・・待って、ここから不思議な魔力を感じる。とても微弱だけど」


<紅の風>が声を上げる。

そして入り口で同行の青年魔導士がやったのと同じように、

触れている岩壁の部分に自らの魔力を集中し始めた。


その途端、そこにあった岩壁にヒビが入り、

ガラガラと崩れ始める。


巻きあがった粉塵が晴れると、そこには別の通路が現れた。

こんな道、地図には存在しない。


一向は、息を飲んでその通路を伺った。

その通路はこれまでの道中とは異なり灯りがなく、

さらにジメジメとした古い空気が漂っていた。




「・・・いかがいたしますか」


お付きの青年が尋ねる。

進むか、戻るか。

たしかにこれは判断が難しいところだ。



「・・・行きましょう」



<紅の風>は魔法で炎を掲げ、

松明の代わりにする。

僕たちはその通路を進み始めた。

何かに見られているような気配は一層強くなった。







通路は暗かったが、

一本道で迷う心配は無かった。


僕が気が付いたのは、

この道は先ほどまでのダンジョンの通路より

遥かに歩きやすいと言うこと。


洞窟の通路と似せてはいるが、

明らかに人間が通るために整備されているようだった。


いつまでも続く、緩やかな下り坂。

その通路ははるか地底の底へと僕たちを誘っているようにも思えた。


突き刺さる視線の気配はさらに強くなる。





そうしてしばらく歩き続けると、

不意に僕たちの目の前に広々とした空間が現れる。



洞窟内とは思えないような高い天井。



それから中央に地底湖のような水源が一つ。

その場に満ちる洞窟の冷気が、

神聖で厳かな雰囲気を演出していた。



「・・・こ、これは」



同行の魔導士が声を漏らす。

驚きと共にわずかに上擦っている。


彼の緊張も当然だ。

これまで「忘れ人の磐宿」でこんな通路と小部屋の報告はない。


もしかしたらここには、

世紀の秘宝が眠っているかも知れない。




そこで僕はふと違和感に気が付く。

中央の水源、地底湖の中になにかがいるような気がする。


まるで僕を呼んでいるような、不思議な感覚。

一体、なんなのだろう。



僕がその感覚に釣られてフラフラと足を踏み出したとき、

不意に誰かに肩を掴まれる。


ハッと気が付き振り向くと、

そこには<紅の風>が驚いたような顔で僕を見つめていた。



「・・・気を付けてください。ここはとても危険ですよ?」



見ると僕の目の前の足元の岩場は脆くなっており、

もう少しで地底湖に落ちるところだった。


「あ、ありがとう・・・」


僕は彼女に礼を言う。

彼女はにこりと笑い、僕から視線を外した。


「・・・少し、ここを調査しましょう。いつもより念入りに」


<紅の風>が同行の魔導士に指示を出す。

二人は最敬礼でその命に応じた。

各々が動き出そうとしたその時―――――――――。




「グギャオオオオオオオオオオオン!!!」




洞窟内に大音量の咆哮が響いた。

僕を含めた4人の動きが止まる。


「今のは・・・」


「・・・まずいわ、この魔力。近づいてきている。全員この部屋からもど「グギャオオオオオオオオオオオオオオン!!!」




再びの咆哮と共に、地底湖から巨大な水柱が上がる。

水を滴らせて現れたのは数十メートルはあろうかと言う水竜であった。


僕は我が目を疑う。



荷物持ちをやって長くなるが、

竜種に出会ったのは初めてだ。



竜はこちらを品定めのするように一瞥すると、

グルルルと喉を鳴らして臨戦態勢となった。


竜種は縄張り意識が非常に高く、

自らの領域に入った生物を決して逃しはしないと言われている。



僕らはゆっくりと後ずさりをする。


その動作の一つ一つを水竜が見つめている。


ただの視線のはずなのに、

まるで数多の騎士に一度に剣を向けられたような重圧を感じた。


全身から冷や汗が噴き出るのが分かる。

最強の生物とも呼ばれる竜種。

そのプレッシャーたるや、並みの魔物とはケタが違う。



「い、いやああああああ!!」



同行の魔導士が出口に向かい急に駆け出してしまう。

完全に錯乱している様子で、水竜に気圧されたようだ。



「だ、ダメ!戻りなさい!」



<紅の風>が慌てて声を掛け、彼女を静止しようとするがもう遅い。


水竜は駆け出した魔導士に狙いを定めると、

口元に魔力を集束する。




「グギャオオオオオオオオオオオン!!!」

咆哮と同時に放たれたのは水のレーザー。

魔導士は一瞬のうちに背後から撃ち抜かれ、上半身が消し飛んだ。



「くっ!



それを見た<紅の風>は咄嗟に臨戦態勢に入る。

常人では考えらえないような速度で魔法が構築されていく。


そして両手を水竜にかざすと何かを呟き、魔法を放った。



<サンダーストーム>

<フレイムバリスタ>



詠唱と同時に<紅の風>の両手から、二つの魔法が放たれる。

共に、雷属性と炎属性の上級黒魔法。


並みの魔導士であればそれぞれ数秒以上の魔力のタメを必要とする魔法を、

彼女は2発同時に、ほぼノーモーションで放った。



「グギャオオオオオオオオオオオン!!!」



轟音が洞窟内に響く。

雷撃と爆炎を同時に受けた水竜は身を捩りもだえる。


効いている。

水竜の身体には、特に雷撃の効果が高いようだ。




「今よ!走って!」



<紅の風>の指示で、僕たちは出口に向かって一斉に駆け出した。


出口に一番近かったのは僕。

次に同行の青年魔導士、

最後尾が水竜と臨戦していた<紅の風>。



僕は死に物狂いで出口にたどり着くと、

後ろを振り返る。



―――――そして、僕は見てしまう。



まず目に入ったのは必死の形相で走る魔導士の青年の顔、

次に上級魔法を放ったばかりで呼吸もままならない<紅の風>の苦しそうな表情。



そしてその奥ですでに体制を立て直し、

魔力を集束し、

<紅の風>に狙いを定める水竜の姿を。




「テレシア!!!!」




僕は思わず叫び、

彼女を守るために駆け出した。


その瞬間、自分以外のすべての動きが

コマ送りのようにスローモーションに見える。



「グギャオオオオオオオオオオオン!!!」




僕が走り出すと同時に、

水竜が魔法を発動する。


僕はこちらに駆けて来る彼女に全力で体当たりをし、

水のレーザーの軌道上から突き飛ばした。


彼女は驚いたような顔がはっきりと見えた。


そして僕にゆっくりと迫る水のレーザー。

キラキラと輝く水がやけにきれいだ。


僕はそんな事を思いながら、

今度は僕自身の身体を投げ出す。


だがもちろん間に合わない。


すべてが緩慢に進む世界の中で、

僕の半身は水のレーザーにたやすく撃ち抜かれた。





「いやああああああ!!」


彼女が叫ぶ。

その声をきっかけに、時間の流れはもとに戻る。



「くっ! <エアブラスト>!!!」



出口付近に到達していた魔導士の青年が魔法を放つ。

<紅の風>には及ばないが、これも強力な魔法。

水竜の身体が、ガクンとブレる。

水竜の注意が一瞬、彼の方に向いた。






僕は自身の身体に走る強烈な痛みを認識する。

身体の自由が効かない。

僕はどうなったのだろうか。


「グッ、ガハッ・・・」


口から大量の血を吐く。

身体を見ると腹部が大きく抉れており、

そこから血があふれ出していた。



「大丈夫ですか!いったいなんで、こんな・・・」



僕の身体を<紅の風>が抱き起こす。

その瞳からは涙がこぼれていた。

僕は彼女の顔を見て、必死に口を動かす。



「・・・テ、テレシア・・・早く、逃げてくだ・い・・」



<紅の風>である彼女にはまだまだ成すべきことがたくさんある。

こんなところで死んではいけない人物だ。



僕の言葉に彼女は一瞬、困ったような表情を見せる。


「テレシア・・・、それは私の名前ではありません」



―――――分かっている。



そう伝えたかったが、もう声が出ない。


全部分かっているから。

早く逃げてください。

僕は必死で訴えた。


「それは私のお祖母様の、先代<紅の風>の名前・・・。あなたは、あなたはお祖母様の知り合いなのですか・・・?」



彼女は僕に尋ねた。

そして彼女は僕の白髪交じりの頭を撫でる。


だが僕には答えるような余裕はない。

もう声を発することも出来ない。




―――――早く逃げて。



声の代わりに僕の瞳から大粒の涙が溢れ、

僕の皺だらけの肌を伝い流れた。




・・・

・・



自分が灰色だと分かったあの日、

僕は村から逃げ出した。


山をいくつも越えて、

とにかく村から遠ざかりたかった。


流れ着いたどこかの街で、

僕は誰も僕のことを知らない場所で生活を始めた。


そこからはとても酷い日々であった。


魔法の使えない僕はまともな仕事にも就けず、

宿屋の下働きや、時には汚い仕事をしながら

暮らすしかなかった。


灰色と言うことがバレて迫害を受け、

街に居られなくなった時もあった。

その度に、すべてを捨てて次の街に逃げた。


そうして何年も何年も、

僕は自分と自分以外の全てから逃げて生きてきた。


人と関わりを持たず、

灰色の僕を蔑む目から逃れようとした。


気が付けば僕は青年になり、

大人になり、そしていつの間にか老人となった。


灰色の人生。

その言葉に相応しい無味乾燥な一生であった。


時折、風の噂でテレシアの話を聞いた。


彼女は赤魔導士となり、<紅の風>と言う二つ名を授かり、

数々の偉業を達成していた。

そして結婚し、子供も授かり、魔導士を引退したとも聞いた。


今は遠く、遥か昔の出来事。

僕は彼女と語った「魔導士」の夢を何度も何度も懐かしんだ。


僕は相変わらず、灰色だった。



・・・

・・





「グギャオオオオオオオオオオオン!!!」




「・・・アリシア様、もう持ちません!早く逃げましょう!」



魔導士の青年が再度魔法を放つ。

だがそれは水竜には届かず、避けられてしまう。



「だけど、この人が!この人を助けないと!」



アリシアと呼ばれた少女が魔導士の青年に叫ぶ。



「その老人はもう助かりません!!だが、あなたはまだこんな所で死んではいけない!」



僕は青年の言うとおりだと思う。

無理やりでもいい。

どうか早く彼女を連れて逃げてくれと、僕は願った。



「だけど・・・」



彼女はそれでも僕から離れようとしない。


テレシアの孫。

彼女によく似た少女。

きっと、きっと優しい性格に違いない。

彼女はこんな老人をおいてなんて逃げられないだろう。




どうすればいい。

僕は考えた。



そしてふと思い付く。

彼女を逃がす最良の道を。


つまりは彼女が僕のそばを、

離れればいいのだ。


10歳のあの日。

自分が『灰色』だと診断されたあの日。



それから毎晩、毎晩。

何度も唱え続けた。

魔導士になりたくて。

もう一度夢を見たくて。


気が付けば、こんな老人になるまで一日も欠かさず。

そして一度も成功することはなかった。


でも今日だけは上手くいくような気がする。

何の根拠もないけど。


こんな老人の、一生で一度の本当にちっぽけな願い。

それを叶えてくれないほど、

魔法を司る神様の心は狭くないはずだ。


そして僕は本当に最後の力を振り絞って、

口を動かした。




<ファイ・・・ア>




不意に僕の目の前に何か温かいものが生まれ、

そして徐々にその塊は熱を帯び、

どんどん高温になっていった。


そして生まれる小さな火球。


僕は自分の目を疑う。

まさか本当に成功するとは。


生まれて初めて使う魔法に胸が高鳴った。

奇跡は起きた。



―――――――良かった。



それと同時に僕は安堵する。

これで彼女を救うことが出来る。


僕のようなつまらぬ老人の為に、

彼女のような偉大な魔導士が犠牲になる必要はない。


生み出した火球はゆっくりと僕の胸の上に落ち、

僕の身体は炎に包まれた。


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