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第48話 噂の伝播

 


 キリカの話によると、

東の大陸は数か月前からゴブリンの大量発生(スタンピード)に悩まされているそうだ。



 東の大陸の各所でゴブリンや、ホブゴブリン、

ゴブリンジェネラルなどが大量に生まれ、

 すでに多くの被害が出ている。



 聖魔騎士団や魔導士ギルドでも討伐隊を結成し、

これを殲滅しているが、

 ゴブリンは一頭一頭は大したことが無くともとにかく数が多く、討伐が間に合っていないのが実情との事だ。



 キリカは、

 この南方面街道を中心とした討伐隊を指揮していたが、

 もとから派兵された騎士の数が少なく、

 思う様に成果が出せていないとのことだ。




 そんな状態ではや数か月。



 疲弊した討伐隊の耳入ったのは、

 たまたま西の大陸から流れてきた魔導士たちがもたらした、

 ある魔導士に関する噂であった。




 それが<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>。




 その魔導士たち曰く<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>は、

 これまで数千頭のゴブリンを倒してきたゴブリン殺しのプロフェッショナルで、

 多くの村や集落をゴブリンの手から救ってきた魔導士である。



 だが<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>はゴブリンに対し、

 とにかく異常な執着を見せ、

 ゴブリンを殺すことに快楽を覚える異常性欲者との話だ。



 ゴブリンをひたすらに崖に突き落したり、

 ゴブリンの身体から得られる魔石を眺めては笑みを浮かべる光景を、

 多くの魔導士が目撃しているのだと魔導士は言った。



 そこまで聞くと、

 どうやら西の大陸の魔導士たちは噂に尾ひれを付けて、

 面白半分に噂話をしたように思える。



 だが噂は瞬く間に討伐隊の間に広まった。


 騎士達の終わりの見えないゴブリン退治への不満や不安。

 そう言った目に見えない感情が、噂の電波を更に加速させていたのだった。



 そして終いには騎士団上層部からも、

 その<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>を東の大陸から招聘する案が浮上したとかしてないとか。


 だがその噂から滲む異常性に躊躇した上層部が、その判断を保留にしたとかしないとか。







 俺はその話を聞いて、白目を剥いていた。

 一部、事実もあるが、かなり立派なひれが付いていないか。



 隣でアリシアがプルプルと笑いを堪えて笑っていた。



「それでは、貴方があの<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>と言う事で間違いはないのですね?」



 キリカが希望に満ちた顔でこちらを見つめる。

 俺は少し躊躇して答える。

 この流れで黙っているのは不可能だ。




「・・・ええ、そうです。私がその<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>で間違いありません」




 おおっと周囲から歓声が上がる。

 アリシアが<紅の風>と名乗った時と同じか、それ以上の反応だ。


 キリカが立ち上がり、俺の手を力強く握りしめる。



「どうか、貴方の力を我々に貸していただきたい」



 真剣で熱い眼差し。

 俺はその目を正面から見ることが出来なかった。




「ええ、もちろんいいですよ。好きにしてください」




 俺は白目を剥いたまま、

 キリカの提案を快諾した。


 テントの中には今日一番の歓声が上がった。


 もうどうにでもなれ、と言う気持ちだった。




 ・・・

 ・・

 ・



「アッハッハッハハッ!!ひー、おなか痛い」


 宿に戻った後も、アリシアが大笑いしていた。


「グレイって有名な魔導士だったのね!<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>は、私も聞いたことがあったわ!ヤバい二つ名だからどんな人なんだろうって思ったのを覚えてるわ!」


「もう言わないでくれ」


 俺はアリシアに言った。


「話を聞いた時はきっと、異常者なんだろうなって思っていたけど、まさかこんな身近にいたとはね!早く言いなさいよ、こんな面白い話」


 アリシアはまだ笑っている。


「この件に関しては不可抗力だ。俺も狙ってゴブリンを倒してるわけじゃない。すべては成り行きだ」


「分かってる、分かってる。人の噂の恐ろしさは私もよーく知ってるしね、半分も信じちゃいないわよ。でもあの人たちにとっちゃ、グレイは今や希望の星なんだから、裏切っちゃだめよ?」


 アリシアが言う。


「わかってるよ!」


 俺は泣きながら答える。

 噂って怖いな。

 そう思った。



 ・・・

 ・・

 ・



 結局、翌日は俺たちの出発に合わせ、討伐隊も出立することになった。

 急な話のため準備出来るまで時間が必要で、馬車が動き出したのは昼近くになった。


 討伐隊の人数は、15名ほど。

 全員が集まると迫力がある。


 彼らはそれぞれに異なる装備ではあったが、

 一つだけ共通して右腕に青い腕輪を付けていた。

 シルバによると、あれが聖魔騎士団の証らしい。

 かっこいいな。




 先頭を行くのははキリカで、

 馬に乗る姿が非常に似合っている。

 馬車から顔を出す俺と目があると、

 彼女はこちらに向けて微笑んだ。

 俺は苦笑いで会釈を返す。



「こんな事になってしまい、申し訳ありません」


 シルバが申し訳なさそうに言う。


「いえ、シルバさんのせいではありませんよ」


 俺は言う。


「士気が下がっていると聞いていたもので、有名な<紅の風>アリシアさんから助言をいただき、討伐隊の面々を鼓舞していただければと思っていたのですが・・・まさかこうなるとは面目ありません」


 シルバはうなだれた。

 俺は話題を変えるために、質問をする


「はは。ところでシルバさんは一体何者なんですか・・・、随分と顔が広い様子ですが」


 シルバが顔を上げる。


「いやいや、昔とった杵柄。くらいのものです。」


「キリカさんからも随分信頼されている様子ですね?」


 俺は尋ねる。


「彼女の父親とは元同僚ですからね。彼女には小さい頃によく剣を教えていたものです」


 シルバは懐かしそうな顔をする。


「そうなんですね」


 結局シルバはそれ以上、過去について語らず、

 俺の二つ名に関するエピソードを面白がって尋ねてきた。

 うまく煙に巻かれた気がするが、それを感じさせないのがシルバの凄いところだ。







 それから二日。

 俺たちは野営をしながら街道を進んだ。

 まもなくゴブリンが出ると言う、街道の通行禁止区域に入る。


 その前に俺たちは行軍を止め、

 休息を取ることになった。


 目の前に湖が広がる野原で、

 俺たちは思い思いに休息を始める。


 俺は馬車で凝り固まった身体をほぐすため、

 大きく伸びをした。


 うん、空気もきれいだし。

 最高だ。

 これで弁当でもあれば文句なしだ。




「・・・アリシア殿、グレイ殿、一緒に訓練でもいかがですか?馬車による移動だけでは身体が固まるでしょう?ひとつ手合わせでも」


 キリカが声を掛けて来る。


「うーん、私はパス。グレイ、あんた行ってきなさいよ」


 アリシアが言う。


「え、俺か?」


「ぜひ<ゴブリン殺戮者(スレイヤー)>の力、お見せ下さい」


 キリカが言う。


「そういえば私もグレイの戦いってあまり見たことが無かったわ。いいじゃない、ほら早く」


 俺はアリシアとキリカにせがまれ、腰を上げる。


 仕方ない。

 たしかに身体を動かしたいとは思っていたし、まぁいいか。


「私は木刀を使用いたします。グレイ殿は?」


 キリカが言う。


「俺は素手です。魔法は使って良いのですか?」


 俺は尋ねる。


「ふふ、問題ありませんよ。あまり殺傷能力の高い魔法は困りますが。隊には白魔導士もおりますので回復手段もあります。ご安心下さい」


 キリカが笑う。

 その笑顔には余裕があった。

 これは自分が負けることはない、

と思っている人間の笑顔だ。

 俺の中に少し意地悪な気持ちが芽生える。




「ふーん、分かりました。」


「では僭越ながら、私が審判をしましょう」



 シルバさんが声を上げる。

 俺とキリカは少し距離を取って、向き合った。


「では、お互いに礼」


 俺はキリカに頭を下げる。

 キリカもまた、俺に一礼をする。


 キリカが剣構えた


 正眼の、綺麗な構え。

 確かに隙が無い。



「はじめっ!」



 俺は開始と同時に、大地を蹴った。

 間合いを一気に詰めて、キリカの懐に入り込む。


「!」


 キリカが驚く。


 俺は魔導士だから、

 中遠距離での戦闘になるとでも思っていたのだろう。



 その一瞬の隙を突いて、

 俺は拳を放つ。



 俺の拳が、彼女の鼻先をかすめる。

 すんでのところでバックスウェーで避けたと言った感じだ。


 だが俺の攻撃は終わらない。

 そのまま身体を回転させて、魔力を集束させる。


<エアボム>


 俺は彼女の懐で、風魔法を爆発させた。

 初撃の回避に体勢を崩していた彼女は、

 魔法をまともに喰らい後方に吹き飛ぶ。



 キリカは体勢を整えながら、呟いた。



「・・・は、速い」



 当たり前だ。

 魔力濃度をコントロールし、

 最速で放てるよう調整したのだ。


 魔法と体術の融合。

 これはセブンさんとの戦闘訓練中に身に着けた技術でもある。


 俺は再び構える。

 彼女は当初の慢心も消えたようで、再び剣を構えた。

 先ほどとはそのプレッシャーも違う。


「参ります」


 今度はキリカが大地を蹴る。

 彼女の動きもかなり速い。

 ヒナタと同じか、それ以上だ。



「ハッ!」




 今度は彼女の剣を、俺が避ける。


 だが彼女の連続剣は止まらず、

 俺は身をよじりながら剣を避け続ける。



<エアボム>



 連撃の合間に、

 再び彼女と自分の間に風の爆弾を設置する。


 だか今度は彼女はその風に向け、大きく剣を振った。

 魔法の風と、剣圧による風が激突し、相殺される。


 俺は驚いた。


 ただの剣撃で魔法を弾くことは出来ない。

 どうやら剣に魔力を流しているようだ。




 だが俺は彼女が剣を振った懐に入り込み、

 掌打で彼女の肩口を打つ。


 その衝撃に後退した彼女との距離を詰めるように、

 肩を固めて当身を放った。


「ぐっ!」


 彼女の大柄な体がブレる。


 ここで一気に攻める。

 そう思い、もう一度魔法を放とうとすると、

 キリカが吠えた。



「舐めるなぁ!」



 途端に彼女の身体から魔力があふれ出す。

 彼女はブレた体勢を一瞬で立て直し、剣を振るう。

 さきほどまでよりも明らかに速い。


 踏み込んでいた俺はそれを躱すことが出来ず、

 剣をまともに喰らい吹き飛ぶ。


 木刀で無ければ、間違いなく胴体が両断されていただろう。



「らああああ!!」



 キリカは吹き飛んだ俺に向け、

 追い打ちをかける。


 鬼気迫る表情のキリカに身の危険を感じた俺は、

 俺は咄嗟に魔力を集束した。



「<時よ>」



 次の瞬間、キリカの全力の打ち下ろしが大地を割った。


「なっ!」


 キリカが驚きの声を上げる。


 なぜならば、剣を打ち下ろしたそこに俺の姿は無く、

 代わりに周囲を大量の風魔法がキリカの周囲を包囲していたからだ。



「これは・・・」



 キリカが冷静さを取り戻し、驚愕する。


 抜け出す隙も無いほど、

 彼女の周囲には<エアボム>が敷き詰められていた。

 それも一瞬のうちに。



「・・・俺の勝ち、ですね?」



 俺は彼女の背後から、声を掛ける。

 キリカが驚いたように振り返った。


「いつのまに・・・」



「それまで!」


 そこでシルバが試合を止めた。

 俺は魔法を解除した。


 その瞬間、歓声と拍手が起きる。



 驚いて顔を上げると、

 いつの間にか討伐隊の面々が、

 俺とキリカの立ち合いを熱いまなざしでこちらを見ていた。



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