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第45話 到着

 


 次の日。


「昨日はごめんなさい・・・」


 アリシアが俺の部屋まで謝りに来た。

 眼の下にクマが浮かんでおり、顔色も悪い。

 明らかに二日酔いといった様子だ。



「ごめん・・・って?どうしたどうした」


 俺は聞き返す。


「いや、私酔っぱらって随分色々な事を言った気がして・・・」


 アリシアが申し訳なさそうに言う。


「・・・ちゃんと覚えているのか?」


 俺は尋ねた。


「だ、断片的にだけど・・・」


「ホントは?」


「全然覚えてないわ」


 俺はため息をついた。


 これはあれだ。

 酔ってハメを外した次の日は、

 自分が何かをやらかしてしまったんじゃないかと、

 必要以上に罪悪感が襲ってくるやつだな。

 俺にも経験がある。



 彼女の言葉で前向きになれたのだが、

 言ったアリシアがそれを覚えていなかった。



「・・・いつもはシオンが居るからあまり飲めないんだけど。久しぶりだったからつい」


 アリシアは言う。


「はぁ・・・アリシア・・・」


「な、なによ・・・」


「いや、なんでもない」


 お前はSクラス魔導士なのに残念なやつだな、とは言えなかった。

 初対面の印象とは全然変わってきた。




「・・・具合悪いのか?」


 俺は尋ねる。

 アリシアの顔は明らかに真っ青だ。

 ただでさえ揺れる船の上でこれはきついだろう。


「うん、でも大丈夫。今日は大人しくしてるわ。船旅でやることもないし」


 アリシアは答える。


「はぁ、仕方ないな。ちょっと入れ」


「え?」


 俺はアリシアを自室に招き入れた。


「座れ」


「う、うん・・・」


 俺はアリシアをベッドに座らせ、

 その手を握った。


「え、ちょ」


「覚えてないだろうが、昨日の礼だ」


 俺はそのまま魔力を集束し、魔法を発動する。


<キュア>


 俺の掌から緑の光がこぼれる。

 回復魔法だ。


 二日酔いに回復魔法が効くとは思わないが、

 少しはマシになるはずだ。

 待てよ?

 こういう時は解毒魔法の方がよいのだろうか。


 そんな事を考えながら、

 俺は魔法をかけ終わる。



「どうだ?」


 俺は尋ねた。


「・・・うん、ありがとう。少し良くなった」


 アリシアは答える。

 心なしか、顔が紅潮しているような気がする。


「顔、赤いぞ?どうした」


「え!そ、そんなことないわ」


 アリシアは慌てて答える。

 アリシアの顔は余計に赤くなった。



「・・・グレイは回復魔法も使えるの?」


 アリシアが尋ねた。


「あぁ、使える」


 俺は答えた。



「つ、使えるって。貴方、黒魔導士よね?それってすごい事よ?」



 アリシアは言う。

 この世界では生まれながらに黒魔法と白魔法は適性が分かれており、

 そのどちらかしか使えないのが常識だ。

 灰色だった俺はその両方を使う事が出来るが、

 アリシアはそのことを知らない。


「・・・色々あってな。」


 俺は短くそう答える。

 その言葉に彼女は不満足そうにため息をついた。


「もう!それも秘密なの?あなた一体どれだけ私を信頼してないのよ」


 アリシアが言う。

 俺はその言葉には何も答えなかった。




 その時、船室の外が騒がしくなった。

 俺とアリシアは同時にそれに気が付き廊下に出る。


 見れば通路には人が溢れ、

 みんなデッキの方に向かっているようだった。


「なにかしら」


「行ってみよう」


 俺たちも人の流れに従い、

 デッキへと向かう。




 デッキには多くの人が集まっていた。

 ほとんど乗客全員なんじゃないかと思うほどごった返している。

 見ると乗客だけでなく船員たちまで集まっていた。




 様子を伺うと、その全員がデッキから海の方を見ている。

 どうしたのだろう。



「・・・あれは」


 アリシアが呟く。

 俺もその視線の先を追う。



 海の中、

 船の進行方向に沿う様に大きな影が動いていた。



 大きさはこの客船の数倍以上はあろうかと言う影。



 よく見るとそれは泳いでいる魚の様にも見えた。

 巨大な魚影だ。



 影はまるで船と一緒に泳いでいるかのように、

 船体の周りを移動している。



 そして、次の瞬間。

 巨大な魚影は水中から飛び出し、

 その巨体が中空へと舞った。



 船の乗客からおぉと大歓声が上がる。



 水の中から一瞬だけ姿を見せたそれは、

 全体的にクジラを思わせるようなフォルムの魚だった。

 海よりも深い濃紺の身体が美しい。

 ただ大きさだけがケタ違い。

 山の様な巨体に、尾びれが付き、

 口元からは森の様なひげが生えていた。



「シン・・・」



 隣でアリシアが呟く。

 彼女もまた目を潤ませて、

 興奮している様子だった。



「あれが・・・シン?」




 大魚シン。

 原初より大海を泳ぎ続けているとされる、伝説の巨大魚だ。

 魔物に分類されてはいるが穏やかな性格で、

 目撃情報は多いが人間を襲ったという記録はない。


 だがその身体には大きさに見合うだけの圧倒的な魔力を含有しており、

 シンを怒らせるような行為をしてはいけない、と言うのが海上での暗黙のルールであった。


 その穏やかな性格から海の化身、大海の守り神とも呼ばれている。




 シンは船としばらく並走した後、

 また深い海へと消えていった。

 気まぐれの邂逅。



 乗客たちは興奮冷めやらぬ顔でデッキを後にする。

 中には良い思い出が出来たなんて言っている人もいる。




「・・・私、初めて見た」


「俺もだ」



 俺たちもまたシンの巨体と魔力に圧倒され、

 その場からしばらく動けなかった。

 あれだけ遠くにいたはずなのに、

 俺の肌には鳥肌が浮き上がっていた。






「・・・私さ」


 シンの居なくなった海を見つめて、

 アリシアが呟く。


「ん?」


 俺は答える。


「こういう非常識なものに憧れて魔導士になったの」


「そうか。・・・なんか分かるよ」


 俺は答えた。


「自慢じゃないけどウチって、貴族のはしくれだから。私、小さい頃から厳しくしつけられたの。父と母は仕事ばかりで、私は朝から晩までお稽古ばかり。今思うと、すごい家庭だったわね。バラバラって感じ」


 俺は黙ってアリシアの話を聞く。


「私の唯一の楽しみは、先代<紅の風>であるおばあ様と話をすることだけだったわ。おばあ様の若い頃の冒険とか、戦いとか。そこらへんにある空想の物語なんかよりも、よっぽど刺激的で素敵だった。」


 アリシアは微笑む。


「だから私の夢は小さい時からずっと一緒。いつか魔導士になって、おばあ様と同じように冒険して、あの刺激的な世界を実際に体験する事。魔導士になるって言った時、父と母とは大げんかしたわ。私には普通の貴族の娘を務めて欲しかったみたいだから。でも私は止まらなかった。説得できなかったから家を飛び出してやったの」



 アリシアは笑う。

 こういうところはテレシア譲りだな、と俺は思った。

 彼女もどちらかと言うと好奇心が強く、

 いつも外の世界に興味を持っていた。

 俺は答えた。



「・・・すごい行動力だな。さすがはテレシアの孫だ」


 アリシアはハッと顔を上げる。


「・・・ねぇ、グレイ。あなた、もしかして・・・」


「ん?」


 俺は尋ねた。

 さすがに何かに気が付いただろうか。

 だがまあ、それならそれで構わない。


 アリシアは俺の顔を見て、何かを言おうとして、少し躊躇した。


「・・・ううん、なんでもない。もういいわ。とにかく私はシンみたいなすごいのともっと出会いたいの!前にね――――」


 それからアリシアは、

 魔導士になってからの出来事や、

 Sクラス魔導士としての冒険の数々を語ってくれた。


 それらはどれも刺激的な話で、

 そこいらの空想の物語なんかよりも素敵な話であった。



 ・・・

 ・・

 ・



 それから、数日。

 海の守り神であるシンとの出会いのおかげか、船は順調に運航していた。

 俺とアリシアはどちらともなく一緒に行動をするようになり、

 穏やかな船の旅を堪能した。


 そしてラスコ出港から7日目。

 遂に目的地である東の大陸に到着する。



「これは・・・すごいな」


 東の大陸において貿易の玄関口と呼ばれる港町ボジョレ。

 都市と言っても良い規模の街であった。


 同じ港町と言ってもラスコとは雰囲気が異なる。

 喧騒に溢れ、活気のあるラスコに対し、

 どことなく古風で、穏やかな空気の流れる街だ。

 行き交う待ち人の身なりも、高級と言うわけではないが、きちんとしている。



「東の大陸はどこに行ってもこんな感じよ。やっぱり西の大陸とはなんていうか、文化の違いを感じるわね」




 アリシアが言う。


「そんなもんなのか」


 初めて来た東の大陸に、俺はワクワクしていた。

 二つの大陸間に気候の違いはほとんど無いが、

 まるで違う空気が漂っている気がした。



「私は宿を探す前にギルドに寄るけど・・・グレイはどうするの?お師匠さんとの約束があるのよね?」


 アリシアが言う。

 初めてきた街では、まず宿かギルドを探すのが基本だ。

 これはヒナタに教えて貰った事でもある。



「・・・俺か。どうするかな。実は特に行先が分かっている訳ではないんだ」


「そんな感じだとだと思ったわ。一緒にギルドに行く?」


 アリシアに言われて、俺は考える。

 東の大陸に到着したのは良いが、

 ここから『ゼメウスの箱』を探さなくてはならない。

 師匠は箱に近付けばそれを感じる事が出来ると言っていた。

 だが、そもそも大前提としてある程度は、こちらから箱に接近する必要がある。

『ゼメウスの箱』がどこにあるのか、大雑把なあたりくらいは付けないといけないだろう。

 今、必要なのはとにかく情報だ。

 情報集めならギルドをおいて他に選択肢はない。



「・・・じゃ、そうしようかな」


 俺はアリシアの提案に乗り、

 まずはボジョレのギルドを尋ねることにした。



なんと初めてレビューをいただきました。



読んでいただけるだけでも感謝ですが、

具体的な感想をいただけると言うのは、

また違った感動があるのだなと感じました。


引き続き書いていきますので、

よろしくお願いします。

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