第44話 説教
「・・・あれ、グレイ、さん?」
船上で俺に声を掛けてきたのは、
なんとアリシアだった。
「・・・アリシア?一緒の船だったのか」
俺は彼女に応える。
「・・・うん、そうみたいね。あれ?一人なの?仲間の女の子は?」
アリシアは俺に尋ねる。
今の俺にとっては痛い質問だ。
「・・・あ、ああ、そうなんだ。色々あってな。アリシアこそ一人なのか?」
俺は周囲を見回すが、お付きの青年魔導士の姿はない。
「ええ、そうよ。シオンにはボルドーニュのギルドに向かって貰ったわ。今回の件の報告に」
アリシアは言う。
西の大陸の中心地ボルドーニュ。
そこのギルドと言えば、実質的に西の大陸のギルドの中心とも言える。
『白蝶』の件ともなれば丁寧に報告することも必要だろう、
「アリシアは、ひとりで東の大陸に行くのか?」
俺は尋ねる。
「ええ、そうよ。次の依頼が入ってて、日程的にボルドーニュに行くと間に合わなそうだからシオンとは別行動にしたの。彼も後から来る予定よ」
「そうか」
俺は答えた。
「グレイさんは何故、東の大陸へ?」
アリシアは尋ねる。
俺は考えた。
「・・・師匠との約束があってな。その用事を果たしに行くんだ」
「ふうん、そうなの。大陸をまたぐお使いなんて随分大変ね」
アリシアは言った。
薄い笑みを浮かべるアリシア。
そのなにげない笑顔は、
『僕』の記憶の中にあるテレシアの表情と瓜二つで、
『僕』の心臓は思わず鼓動を早めた。
直接テレシアと話している訳ではないが、
なんだか彼女と話しているような感覚になり、
『僕』はとても懐かしい気持ちになった。
だからこそ、俺は油断していたのかも知れない。
楽しい会話も彼女のある質問により、
一気に緊張感のあるものへと変化する。
「・・・ねぇ、グレイさん。聞きたかったんだけど、私たちラスコの街より以前にどこかであったことあるかしら」
「え?」
俺の心臓は跳ね上がる。
彼女の瞳は炎の様に揺らめき、俺を見つめていた。
美しい燃えるような赤い瞳。
それを見た瞬間。
俺の脳裏にかつてフォレスの街で、
ラミアさんから言われた言葉が蘇る。
――――――<紅の風>様は嘘を見抜く魔法をお持ちです。どうか嘘や言い訳などなさらないように。
赤魔導士のユニーク魔法『真実の瞳』。
彼女の瞳は嘘や誤魔化しを見抜く魔眼だ。
「あ、いや・・・え」
俺はしどろもどろになる。
「やっぱり・・・会ったことがあるのね。おかしいと思った」
彼女は確信を得たような表情であった。
これはまずい。
警戒はしていたはずだが、
彼女の眼のことはすっかり忘れていた。
「・・・話してくれるわよね?ここは船の上。<紅の風>からは逃げられないわ」
俺は全身に冷や汗をかいていた。
・・・
・・
・
ここはアリシアの客室。
流石はSクラス魔導士と言うべきか、
部屋は豪華な一等客室だ。
「ここなら邪魔も入らないし、人に聞かれる事も無いわ」
アリシアがテーブルに座り、手招きする。
俺はもはや借りてきた猫のように大人しくなり、
ただ彼女の指示に従う。
「・・・ふふふ、怯えなくても良いのに。ちょっと本当のことを話してもらうだけだから」
アリシアは悪い笑みを浮かべてる。
なにやら楽しそうだ。
テレシアの孫だから勝手に真面目な子かと想像していたが、
意外とSっ気のあるタイプなのかも知れない。
どうしたものか。
俺は考える。
彼女に状況を洗いざらい白状するとすれば、
必然的に『忘れ人の磐宿』、そして『ゼメウスの箱』についての話をすることになる。
彼女はSクラス魔導士。
ヒナタと違い、公的な責任も大きい。
話せば大ごとになってしまう気がした。
ヒナタを除けば、
炎龍討伐依頼の受注の際、
ボルドーニュのティムさんに、
時間魔法を一瞬見せただけだ。
あとはリエルか。
リエルはあれだな。
ノーカウント。
「・・・言えない」
俺はアリシアに答えた。
その瞬間、アリシアの警戒心が少しだけ高まった気がした。
彼女の瞳に炎が点る。
「なぜ?」
アリシアは尋ねる。
「・・・言うと大変なことになる」
俺は正直に答えた。
「・・・ふうん。事情がありそうね。私が信頼できない?これでもSクラス魔導士なんだけど」
「あぁ、Sクラス魔導士だろうとダメだ。君に迷惑が掛かる」
「・・・そう」
アリシアはそう呟いた。
彼女は何かを考えているようだった。
俺は黙って彼女の顔を見ていた。
「私ね、記憶力には自信があるの」
不意にアリシアが言う。
俺は黙ってそれを聞いていた。
「でも私の記憶の中に、貴方は居ないわ。貴方が私を一方的に知っているならまだしも、私も貴方と出会ったことがある。そうよね?」
彼女の瞳は燃えている。
「あぁ」
俺は短い言葉で肯定した。
彼女に誤魔化しは通じない。
なるべく真実を話すしかない。
彼女はまた少し時間をかけて考える。
「・・・もちろん私がただ忘れてる可能性も捨てられないけど。うん、もう一つの選択肢として私が貴方を正しく認識出来ていないことが考えられるわね。記憶の中の貴方と、今の貴方が一致しない。・・・だから思い出せない?」
彼女はもうほとんど独り言のようにブツブツと状況を分析している。
俺は黙っていた。
まずいな、と思う。
少しずつではあるが、核心に近付いている。
「会ったのは湖の町コルトナ?」
「違う」
「ポポロカ村?」
「違う」
「エテルト?」
「違う」
「もう!!」
彼女は声をあげた。
顔が紅潮して少し興奮しているのが分かる。
「・・・どうしても言わないつもりね」
「あぁ、ダメだ。君にも迷惑が掛かる」
俺はもう一度同じことを答えた。
アリシアはしばらく考えたあと、大きくため息をつく。
「・・・すごく気になる。・・・まあでも、良いわ。何か理由があるみたいだし、これ以上は追及しない。貴方が悪い人ならもう少し話を聞きたいけど。あなたが悪人だなんて思えないし」
アリシアはそう言って警戒心を解いた。
炎の様な瞳の揺らめきは消えていた。
「ありがとう、助かるよ」
俺は安堵する。
「いいわ、こちらこそごめんなさい。出会ったばかりの人には警戒するようにシオンにきつく言われているから」
アリシアは恨めしそうに言った。
俺はそれが面白く感じられ、思わず笑ってしまう。
「ちょっと、何笑ってるのよ。分かってる?追求しないのは今だけよ。そのうち、本当の事を話して貰うわよ。それに私の方からも思い出すかも知れないわ」
アリシアは顔を赤くして文句を言う。
「わかった、約束するよ。そのうちに言う」
俺は答える。
そのうちに、とは言ったものの、
アリシアならば真実を話しても大丈夫かも知れない。
俺はそう思い始めていた。
・・・
・・
・
「・・・それで、一人で行かせたの?」
「あぁ」
「・・・ヒナタちゃん可哀そう。グレイって意外と甲斐性なしなのね」
「ぐっ」
船内の食堂で夕食を食べながら、
俺はアリシアに説教されていた。
アリシアは頬を紅潮させており、いつもより饒舌だ。
それは食事の共に軽く飲み始めたワインのせいだ。
「なんでいまの話で、甲斐性なしってことになるんだよ」
俺はアリシアに尋ねる。
「分からないの?だってヒナタちゃんに何も言えなかったんでしょ??仲間なのに。それってどうなの」
「・・・くっ。仕方ないだろ。ヒナタがどんな言葉を求めてるのか分からなかったんだから」
俺は反論する。
俺だってヒナタに言葉を掛けたかったのだ。
ただその言葉が出てこなかった。
「求めてる言葉って、あんた馬鹿?」
アリシアが言う。
いよいよ波に乗ってきたな。
「ば、馬鹿・・・?」
「だってそうでしょ?賢そうに見えて、何にも分かってないんだから」
「ぐ・・・俺が何を分かって無いって言うんだよ?」
俺は更に尋ねる。
こうなればヤケだ。
「基本的な事よ。相手の顔色見て言う言葉を選ぶんじゃなくて、まず自分自身が何を言いたいのか考えなさいよ」
「自分が・・・?」
俺はアリシアの言葉にガツンと頭を殴られたような気がした。
「相手の求めていることを言うのも大事だけど、人間関係ってそれだけじゃないでしょ。まず自分が相手に伝えてあげたい言葉が大事な時もあるわよ。どんなに不器用でも血が通った言葉なら、ちゃんと通じるわ」
アリシアは真剣な表情で俺に言う。
少し、いや、かなり目は据わってるが。
「ぐ・・・しかし、いや・・・たしかにそうか」
俺はうなだれた。
アリシアの言葉に一言も言い返す事が出来ない。
「・・・そんなんでウジウジしてる権利なんて無いわよ。そんな暇あったら、次にヒナタちゃんと会った時になんて言葉を掛けるか考えなさい」
「次に?」
「当たり前でしょ。今生の別れって訳でもあるまいし、このままじゃ次あった時にも同じことになるわよ。だいたいあんたは―――――」
そこで俺の話は終わり。
その後アリシアはどんどんと酒が回り、
魔導士ギルドやお付きのシオンへの愚痴が止まらなくなった。
随分、お疲れの様子だ。
だが俺は酒が回りながらも、
アリシアに言われた言葉を深く胸に刻み込む。
―――――――まず自分が何を言いたいのか考えなさいよ。
たしかにアリシアの言う通りだ。
あの時、俺はヒナタに何を伝えたかったと言うのだろう。
ヒナタの気持ちが分からないがあまり、
自分自身の気持ちすら分からなくなっていた。
「・・・ヒナタ」
俺は今は遠く離れてしまった仲間の事を想う。
だが先ほどまでと違って、深く落ち込んだ気持ちは消えていた。
―――――――ウジウジしてる権利なんて無いわよ。そんな暇あったら、次にヒナタちゃんと会った時になんて言葉を掛けるか考えなさい。
それもまたアリシアの言葉。
そうだ。
ヒナタとは二度と会えないと言うわけでは無い。
ゼメウスからの依頼が完遂出来たら、また西の大陸に戻ってくれば良いのだ。
次に会った時に、きちんと自分の言葉で気持ちを伝えよう。
俺はそう思うことが出来た。




