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第43話 船出


俺とヒナタはダンジョンからラスコの街へ戻り、

そのままギルドの一室へと迎えられた。


放心状態のまま部屋で待機していると、

アルが温かいお茶を煎れて顔を出してくれた。


俺たちはそのお茶をありがたくいただく。

心地よい香りのハーブティーだった。



「大丈夫ですか・・・?すみません、私があの時に止めていれば・・・」



アルが謝罪する。

話を聞くと、俺たちが旅立ったすぐ後に白づくめの女に関する情報が入ったらしい。



「そんな、アルのせいじゃない。悪いのは全てあの女だ。俺たちに被害は無かったし気にしないでくれ・・・」



俺はアルに声を掛けた。

だが彼女の表情は晴れない。


それも当然だ。

彼女は彼女で、同僚であるギルド職員を殺されているのだ。

結局、あの時作戦に参加したギルド職員は全員が殺されてしまったらしい。


俺は彼女にどんな言葉を掛けて良いのかも分からず、

ただ黙ってお茶を飲んでいた。




部屋の扉がノックされて、

入ってきたのはアリシアと若い男性魔導士だった。


彼の顔には見覚えがある。

『忘れ人の磐宿』に一緒に入った若い魔導士だ。



「遅くなってごめんなさい。ギルド本部に報告をしていたわ。・・・こちらは私の付き人をしているシオンです。彼も魔導士よ」


「初めまして」


シオンと呼ばれた青年魔導士は俺とヒナタに頭を下げる。

このような状況だが、凛とした芯のある声だ。


「・・・初めまして」


俺は彼に声を返した。

そこでアリシアの視線が俺に向けられたような気がした。




「約束通り、まずはこちらの情報をお伝えするわ」


そう言ってアリシアは事の顛末を話してくれた。

ラスコの街で『白蝶』に関する情報が得られたこと、

Sクラス魔導士である自分に依頼が届いたこと。


旅の戦士が一人殺され、炎龍の鱗が奪われていた事。

そして「海鳴きの洞窟」へと調査に向かった事。


「・・・この辺りで、魔法の触媒として有名なのはやはり「人魚の涙」だからね」


アルが言う。



「私がもう少し早く到着出来てれば・・・」


アリシアが悔しそうに呟いた。

俺からしてみればそれはどうしようもない事ではあるが、

彼女にとっては違うようであった。




「『白蝶』の行方は・・・?」


それまで黙っていたヒナタが唐突に質問する。


「それについては調査中です。正直に言いますとほとんど見失ったようなものだ」


ヒナタの質問に、シオンが答えた。


「・・・そう」


ヒナタはガッカリしたような表情を浮かべる。


「ギルドとしてはこのままラスコを中心に調査をします。私は一度、ギルド本部に戻り本件を報告するつもりです」


シオンが言った。

ヒナタは今度は返事もしなかった。




そこから先は、俺たち側の話となった。


「海鳴きの洞窟」に入り探索を続けた事。

ダンジョンの主、ワイトキングに挑み倒したこと。

帰還の寸前に白づくめの女が現れ、王杓を奪い逃げた事。


だがそれらは、調査する側にとっては大した情報にはならず、

俺はなんだか申しわけないような気持ちになった。



ただ一つ気になったのは、

アルが言った言葉であった。


「・・・ワイトキング、ですか?」


「あぁ、俺はダンジョンの間でやつと戦った。それがどうかしたのか?」


「や、それはおかしいです。「海鳴きの洞窟」のダンジョンの主は、海坊主と言うタコの化け物のはずです。ワイトキングが出たなんて話、これまで一度も・・・」


アルは不思議そうに首を傾げた。


「どういうことだ」


俺は尋ねる。

だが俺の問いに応えられる人間はその場にはいなかった。


俺は確かにあのワイトキングと戦い、勝利した。


だがあれがダンジョンの主で無いと言うのであれば、

俺は一体、何と戦ったというのだろうか。


『白蝶』の話とは筋が違うが、

俺の中には後味の悪い気持ちがまた一つ増えた。


俺たちはその後僅かに会話をし、

ギルドを後にした。

『白蝶』に関する情報が入り次第、

俺たちにも共有してくれるとのことだ。



『朝凪のケツァルコアトル亭』に戻る道中でも、

ヒナタは一言も言葉を発しなかった。

その表情は何かを深く考えている様にも見えた。




・・・

・・




その晩。

俺の部屋をノックする音がする。

すでに就寝の準備をしていた俺は、

ゆっくりと扉を開ける。



そこには寝間着姿のヒナタが居た。

突然の来訪に俺はドキドキする。



「入っていい?」


「あ、ああ」


俺は戸惑いながらヒナタを招き入れた。







とりあえずヒナタを椅子に座らせ、

俺もその正面に腰掛ける。

だがヒナタの表情は重いままだ。

残念だが夜這いに来たわけではなさそうだ。


どうしたのだろう。




「話したいことがあってきた」


ヒナタが口を開く。

俺は黙って頷いた。


「・・・貴方も知っている通り、私はある特別な魔法を使う」


ヒナタが話出した。


「ああ」


俺は相槌を打つ。



「その魔法がどういうものかはまだ言えない。・・・ただ私は母から。母は祖母から。私の村の一部の人間は昔からその特別な魔法を秘密裏に受け継いできた」


俺は黙って聞いていた。


「平和な暮らしだった。けどある日その特別な魔法を狙い、村が一夜にして焼き尽くされた。鍛え抜かれた村の戦士、魔法の守り人たちも歯が立たないほど、強い敵だった。私は唯一、生き残った。村の馬小屋の秘密の小部屋に隠されて、やつらに見つからない様にガタガタと震えていたから」


「敵・・・」


突然の展開に俺は戸惑う。


「私の村を滅ぼした敵。それが『白蝶』らしいと言う噂を私は後から聞いた。それ以来、『白蝶』を倒すことが私の生きる目的だった。だが奴はそう簡単に姿を現さない。一般人にも『白蝶』の情報は回ってこない。だから私は魔導士になった」



俺はあの白づくめの女を思い出す。

そしてあの女が現れてからのヒナタの様子の変化も合点が言った。

仇敵を目の前にして、過去の事がフラッシュバックしたのだろう。


見ればその手はまだ震えていた。

俺はそっとその手を握る。

ヒナタも俺の手を握り返した。





「私は東の大陸には行けない」


ヒナタが言った。





「・・・『白蝶』を追うのか?」


俺は尋ねる。

ヒナタはただ頷いた。


「・・・私には時間制限がある。今まで長い時間をかけたけど、『白蝶』の手がかりすらも見つけられなかった。霞を追うような相手の後姿をようやく捕らえた。この機会を逃せば復讐の時は来ない。」


俺は何も言わなかった。


「だから、ゴメン。東の大陸には一緒に行けなくなった。『ゼメウスの箱』をグレイが見つけることを祈っている」


ヒナタは俺に頭を下げた。

俺は大きく息を吐く。


彼女がどんな言葉を求めているのか、

どんなに考えても俺には何も分からなかった。



やがて二人の間に沈黙が流れる。



何か彼女に声を掛けなくてはならない。

そうは思うが、何も言葉は浮かばない。


沈黙が沈黙の上に乗り重なり、

俺はもはや口を開くことが出来なくなっていた。

ヒナタもそんな俺を察してか口を開かなかった。


やがて時間が経ち。

ヒナタは椅子を立った。


「・・・こんな話して、ごめん」


ヒナタはそう言って部屋を出ていった。

俺はおやすみの言葉すら彼女に掛けることが出来なかった。












翌朝、俺はまだ早い時間に目を覚ました。

身体は疲れていたが、意識がはっきりとしていて殆ど眠れなかった。


やはりもう一度、ヒナタと話しておきたい。

そう思った。



俺は身なりを整えると、

ヒナタの部屋へと向かう。

起きているだろうか。



部屋の扉を二度、三度ノックする。

だが返事はない。

まだ寝ているのだろうか。



「ヒナタ・・・?」



何気なく扉のノブを回すと、

部屋の扉が開いた。



「お、い・・・うそだろ」



そこにヒナタと、

ヒナタの荷物は既になく、

ただテーブルの上に東の大陸へ向かう船の乗船券だけが残されていた。



・・・

・・



大型客船『ナターシャ』

西と東を結ぶ定期船の一隻。



船内は三等から一等までの客室に分かれており、

労働者から貴族までが同じ船に同乗し航海をする。

予定通りいけば、東の大陸までは船で7日ほどかかる。



結局俺はヒナタに最後の言葉を掛けることも出来ず、

一人で船に乗ることになった。


初めての船旅。

本来なら海上の景色を堪能したいところだが、

俺の頭の中は別の事でいっぱいだった。


別の事とはもちろんヒナタの事だ。




『僕』にとっては生まれて初めての仲間。


力になる、

また会おう、

気を付けろよ。


なんでも良かった。

あの時どんな言葉でも良いから、

彼女に声を掛けるべきだった。



だが後悔しても遅い。

ヒナタは既に姿を消し、

俺たちの道は別れた。



何もすることが無い船旅は、

ただただ思考の時間を増やすだけで、

今の俺に苦痛だった。



フォレスの街を出た時のようなワクワクは、

今の俺の心には浮かばなかった。


傷心した俺を乗せて、

船は大海を進み続ける。


冷たい潮風が、

一人になった俺を包んだ。




こちらにて第四章が完結となります。

読んでいただいて感謝。


引き続きお楽しみください。

よろしくお願いいたします。

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