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第42話 白蝶



<紅の風>アリシア。

彼女とは数日前に街中で再会したばかりだ。


あの時とは違い、凛とした雰囲気。

全身から深い魔力が感じられる。

今日は戦闘態勢と言う事が分かった。



白づくめの女の注意が、アリシアに向く。

それにより俺たちに向けられるプレッシャーが多少なりとも緩和される。



俺とヒナタは、ようやく深く呼吸をすることが出来た。

ヒナタを見ると、その額には大粒の汗がにじんでいた。



「Sクラス魔導士様がこんな所にどんな御用ですか?」



白づくめの女が尋ねる。



「・・・分かったことを言わないでください。ギルドの命により『白蝶』を捕えに来ました」



アリシアが答える。

少しイラついたような口調だ。

余裕がないようにも見える。




『白蝶』。

女はそう言った。

その名前にはどこかで聞き覚えがある。




「フフフ、そうですか。でもそれは絶対に不可能ですね。フフフ」



女はアリシアをあざ笑う。


Sクラス魔導士を前にしても、




「・・・今日のところは貴方と遊んでいるわけにはいきません。<紅の風>との戦いはいずれまた、と言う事で」


「逃がすと、思いますか?」


アリシアが身構える。

その全身に魔力が集束する。


白づくめの女は口元を釣り上げて笑う



「もちろんです。」


白づくめの女がそう答えた瞬間、アリシアは指を鳴らした。

その瞬間に、白づくめの女の脚元に同時に五本の炎の槍が出現する。



「ガッ!!!」


白づくめの女はそれを飛びのき、避ける。

アリシアはそれを逃さず、

白づくめの女が着地する前に、再び指を鳴らし次の魔法を放った。


「ハアッ!」


アリシアが魔力を込めると、白づくめの女を中心に、炎の渦が二つ発生する。


高温の逆回転の炎の渦は周囲の物をすべて焼き尽くすかの勢いで燃え盛る。

吹き荒れる熱波だけで、離れた位置にいる俺の頬も焼け焦げるかのようだった。

俺は思わず顔を背ける。


俺の扱う魔法よりも高度で強力な魔法。

それをアリシアはほぼ無詠唱で放った。

凄まじい魔法力だ。

俺は改めてSクラス魔導士の実力に感嘆する。



だがアリシアは険しい表情のまま、荒れ狂う炎から目を離さない。

それは炎の中、悠然と立ち続ける人影があったからだ。



「あぁああああああああああああああ!!!!」



叫び声と共に、アリシアの炎の渦がかき消される。


炎に包まれていたはずの白づくめの女にはほとんどダメージは見られず、

衣服の一部が焼け焦げているだけのように見えた。

だがその表情は鬼気迫るような形相であった。


アリシアは思わず表情を固くする。


白づくめの女は再び涼しい笑みを浮かべて直す。




「・・・フフフ、無駄ですよ。貴女も私もこんなところでは本気を出せない。時間の無駄です」


「・・・ダンジョンの外にはギルドの別部隊が待機している。ここから出ても逃げ場はないわ」


「どうでしょうかね」


白づくめの女はチラリと俺とヒナタを見た。



「させるか!」


アリシアが叫び、再び魔法を発動させる。


だがその時にはもう遅かった。

白づくめの女は全身から眩い光を放ち、

俺たちは閃光に包まれた。


途中でヒナタの叫び声が聞こえる。


「ヒナタ!!!」


俺は光の中、ヒナタの名前を叫んだ。




・・・

・・



ギルド職員たちは、<紅の風>の指示の元、

「海鳴きの洞窟」を包囲してた。

かの有名なSクラス賞金首『白蝶』を捕縛するためである。


集められた職員たちはいずれも有能な魔導士ばかりで、

完全武装でこの任務にあたっていた。

オークキングの一頭や二頭であれば、たやすく制圧できる程の戦力だ。



その中に、不自然にガタガタと震える影が一つ。

それはこの戦場にはおよそ似つかわしくない僧侶のガウェインであった。


「・・・大丈夫ですか?」


ギルド職員の一人が心配して声を掛ける。


「あ、あり・・・ありがとうございます」


ガウェインは白づくめの女に襲われ病院に収容されていたが、

今回の任務をどこからか耳にしたらしく、自ら参加を志願していた。


白づくめの女を見たことあるのは自分だけだから役に立つはずだ。

自分もゴウセルの仇を取るのに協力したい。

そう熱弁する彼に<紅の風>そしてギルドが押し切られた形だ。


「<紅の風>は、だ、大丈夫でしょうか・・・」


ガウェインが言う。

ギルド職員は笑顔で答えた。


「もちろんですよ。<紅の風>様はお強い。きっと今頃、『白蝶』を倒しているかもしれません」


ギルド職員の言葉に、周囲のギルド職員も同調する。

暗く沈んでいた一団に明るさが戻る。


圧倒的な人気と信頼。

これがSクラス魔導士の力なのだ。

だがガウェインだけはその表情を曇らせ続けていた。




・・・

・・





閃光の光が収まったのち、

そこには既に白づくめの女の姿は無かった。


ただ魔法転送装置(ゲート)が起動した痕跡だけが残されており、

白づくめの女がダンジョン外に逃げたことが分かった。


「・・・ヒナタ、大丈夫か?」


俺は倒れるヒナタに声を掛ける。


「大丈夫。・・・でも王杓を奪われた」


見るとヒナタの右手にはわずかに血が滲んでおり、

白づくめの女が無理やりに王杓を奪い逃げたことが窺えた。


だがひとまずはヒナタが無事だったことに安堵する。


俺は振り返り、そこに居るアリシアに向き合う。


アリシアは悔しそうな表情をしているが、

俺の視線に気が付くと、こちらを見て驚きの表情を浮かべた。



「・・・え、グレイ、さん?どうしてここに」


彼女は今更に俺に気が付いた様子だ。


「あぁ、また会ったなアリシア。助けてくれて助かったよ、ありがとう」


「そんな・・・お礼なんて。結局やつを逃がしてしまったわ」


「あいつ、何者なんだ・・・?」


俺はアリシアに尋ねる。


恐ろしいほどの魔力と殺気。

ラフェットや炎龍、それからリエルと比べても遜色ないような存在、

いや明確な悪意を隠さない分遥かに恐ろしい相手に思えた。


俺の質問に、アリシアは回答に躊躇している様子だった。

だがやがて意を決したように、口を開く。



「・・・いいわ。こうなったら貴方はもうほとんど当事者だものね。あいつは『白蝶』。Sクラス賞金首よ」



俺はそれを聞いて、ようやく『白蝶』と言う単語に思い至る。

Sクラス賞金首。

それは一般人には噂レベルでしか知ることの出来ない、

最強最悪の指名手配犯を示す言葉である。




「あれが・・・Sクラス賞金首・・・」



俺は呟いた。

アリシアは首を縦に振ることでそれを肯定する。


「・・・詳しい話はギルドで聞かせるわ。だからそちらの状況も教えてちょうだい。とりあえず外にはギルドの人たちが居るはずだから、そこと合流しましょう」


俺はアリシアの提案を了承した。

ヒナタはまだ青白い顔をしており、明らかに覇気が無い。


俺はヒナタを気遣いながらも、


魔法転送装置(ゲート)を使い、ダンジョンの外へと出ることにした。

ダンジョンはクリアしたが、こんなに後味が悪いのは初めてだ。





だがダンジョンの外に出た俺たちを待っていたのは、さらなる惨状であった。




「そんな・・・ひどい・・・」



そこにあったのは、凄惨とも言えるような死体の山。

アリシアは思わず口元を抑える。


そこには、10名以上の人間の死体が無残に打ち捨てられていた。

格好から推測するに武装したギルド職員のようだ。


どの死体もまるで内部から破裂したような傷があり、

もはや身体の大部分が原型を留めてはいなかった。

戦闘の後は無く、どの死体も一瞬のうちに殺されたのだと言う事が分かる。

苦痛に歪む死に顔が痛々しい。


知り合いの姿もあったのだろうか。

アリシアは力なく、その場に崩れた。


・・・

・・



「ハァ、ハァ・・・」


白づくめの女は山中を移動していた。

その右脚からは血が滴っている。


撤退の瞬間アリシアが足止めの為に放った魔法が右脚を貫いたのであった。



油断した、白づくめの女はそう思った。


あの瞬間、自分の意識は完全に王杓に向いていた。

これを持ち帰ることが自分の至上課題。


だが思ったよりも<紅の風>の魔法発動が早かった。

Sクラス魔導士を甘く見た。

白づくめの女は悔しそうに表情を歪ませる。




目的地まではあと少し。

たとえ深手を負おうとも一秒でも早くたどり着かなければと白づくめの女は思った。




ダンジョンから外に出ると、

そこにはギルド職員と思われる一段の死体が広がっていた。



急がなくては。

自分も()()()()()()()()()

白づくめの女は脚の深手など忘れたかのように走り続けた。




やがてたどり着いたのは、

「海鳴きの洞窟」を望む岬の先端。


そこには一つの人影が立っていた。

月明かりに照らされてはいるが、顔はよく見えない。


白づくめの女は安堵する。

間に合った、そう思った。



だが白づくめの女はその人影が放った言葉に絶望する。





「・・・遅かったな」





その瞬間、白づくめの女は地面にひれ伏し、

その人影に懇願するように謝罪を繰り返した。


「・・・申し訳ございません申し訳ございません!!憎き<紅の風>が現れ、傷を負ってしまいました!それでも、全力全速でここまで走り続けて参りました。どうか、どうか!ご慈悲を!!!」


白づくめの女は今や顔面に涙と鼻水を垂れ流し、

ただ怯えながら人影にただ慈悲を乞うていた。



人影は白づくめの女の懇願には答えず、

女の傍らに転がる王杓を指さした。




「・・・それがそうか?」




見ると、人影の視線が白づくめの女が持つ王杓に向いていた。

白づくめの女は飛びつくように答える。


「そうです!こ、こちらはただの「人魚の涙」ではなく、それより遥かに魔力純度の高い「人魚のハート」でございます。これさえあれば計画は更に進みます」



人影は白づくめの女から王杓を受け取る。

白づくめの女はそれに安堵の表情を浮かべる。





「・・・今までご苦労だった。褒美をやろう」





人影は手をかざし、白づくめの女の頭に手を載せる。


その瞬間、白づくめの女は発狂したように叫び声をあげ、

人影から逃れるように反対方向に走り出した。



「あああああああああああああ!!!」



ただ恐怖から悲鳴を上げる。



だがその姿を視線だけでおっていた、人影が何かを呟いた瞬間、

白づくめの女の頭部は内部から破裂した。



グチャリ。



白づくめの女だったものはその場に倒れこむ。


ぴくぴくと何度か痙攣し、

やがて動かなくなった。



Sクラス魔導士、<紅の風>の魔法をも寄せ付けなかった白づくめの女が、

ただの一瞬でその命を散らした。









「・・・時は近い。魔力の神の導きのままに計画を進行せよ」


1人きりになった岬の上で、人影は呟く。


「・・・承知いたしました、『白蝶』様」


だがどこかから、その声に答える者が現れる。

月明かりに照らされ現れたのは、

先ほど頭部を破壊され絶命したばかりの白づくめの女であった。

しかもそれは一人ではない。

まったく同じ背格好をした、白づくめの女が3人。


人影を囲むようにして膝まづいていた。

人影はただ頷き、彼女たちに応えた。



その時、風によって雲が動き、月明かりが光量を増す。

人影は月明かりにより照らされ、

その顔を闇夜に浮かび上がらせる。





そこに立っていたのは、

僧侶のガウェイン・ホワイトであった。






そこに彼の持つ、気弱そうな雰囲気は一切なく。

感情を失ったような目で、ただ一点を見つめていた。

暗く、深い、夜の海のような濁った瞳であった。



彼こそが最強最悪のSクラス賞金首。

白蝶である。





「『ゼメウスの箱』を手に入れるのは我々だ。ぬかるなよ」






白蝶がそう声を掛けた時、

既に白づくめの女たちはその姿を消していた。



白蝶はマントを翻すと、

その姿を再び闇の中へと溶け込ませていった。



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