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第41話 人魚のハート



俺とワイトキングは、何度も拳と魔法をぶつけ続けた。

放ち、避け、また放つ。

炎と氷の魔法が幾度もお互いを相殺し、

夢中でワイトキングと戦っていた。


ワイトキングは白骨化した顔に表情こそ浮かばないものの、

どこか楽しそうに思えた。


実力が拮抗した魔導士同士の戦い。


だがやがて、決着の時は訪れる。




「ハッ!」


<ファイアボール改>


俺が放つ、何度目かの圧縮した炎魔法。

ワイトキングもまたそれを迎撃しようと、

王杓を掲げる。



<アイスソード>



ワイトキングは魔力を集束し、

氷の剣を生み出そうとした。


「ムッ・・・」


だがそれは完成せず、

不完全な氷の塊となっただけであった。

魔力の集束が完成されなかったのだ。


俺の火球とワイトキングの氷の塊がぶつかる。


ワイトキングの不完全な氷の剣を

を打ち消した俺の火球は、

そのままワイトキングへと直撃した。


爆炎がワイトキングの身体を包んだ。


「・・・グッ」


ワイトキングがこの戦いで始めて膝をつく。

俺の火球により多大なダメージを負ったようだ


決着はあっけないものであった。


「・・・惜しいナ、もう少し戦いたかッタが。この抜ケ殻の様ナ身体にハ、もはや魔力ガ残されテ居らヌ・・・残念ながラ貴様ノ勝ちダ。」



ワイトキングが言う。

ワイトキングの全身からは青白い魔力が漏れ出していた。



「・・・あんた強かった。俺ももう少し戦いたかったぜ」


俺は答えた。



「フン、何を言う。貴様、マダ余力か何カ手ヲ隠しているだろう。」


ワイトキングは言った。




確かにその通りだった。

俺はこの戦いで時間魔法を使用していない。

時間魔法なしの自分の力だけで、

どこまで戦えるか試してみたかったのだ。



「・・・余力ってわけでもないさ。間違いなく今の戦いは俺の全力だった」


「・・・舐めタ真似を。まぁイイ、敗者には何も言う権利ナドない。願わくバ、私の方も全力で貴様ト戦っテ見たかったよ」


ワイトキングの身体から更に青い光が発せられる。


「・・・また戦おう。俺も楽しかった」


「・・・フン、魔力の神の導キがあればな。私はドウセ、この生の呪いからは逃れられぬ運命ダ」


ワイトキングが言う。


「なぁ、さっきから言ってるその生の呪いってどういうことだ?」


俺はワイトキングに尋ねた。


「・・・気にするナ。生者の貴様ニハ関係の無いことダ。」



そう言うと、ワイトキングはニヤリと笑い、

今までで一番強い青い光に包まれた。


あまりの眩しさに俺は目を伏せる。


ワイトキングの身体から発生した光は、主の間を包み、

やがてダンジョン全体へと広がっていった。

「回生」が始まったのだ。

これによりダンジョンは、俺たちが入る前の元の姿へと戻る。



再び目を開けた時には、そこには何も残っていなかった。

ただ傍らに、ワイトキングの王杓が残されていた。



「・・・勝ったか」


俺は大きく息を吐いて、その場に倒れこんだ。

うん、疲れた。



強敵と一対一での戦い。

俺はそれに辛くも勝利することが出来た。


ワイトキングは強かった。

決して力でねじ伏せ倒したような、満足のいく勝利ではないが、

なによりも勝てたことが嬉しかった。


少しは強くなれた、か。


俺は僅かながらにも成長できたことを実感し、

心の中で深くリエルとセブンさんに感謝するのであった。







・・・

・・




「グレイ?」


俺が疲労により立てないでいると、

入り口からヒナタが現れた。


「おー、ヒナタ。無事だったか」


俺は身体を起こし、ヒラヒラと手を振り彼女に声を掛ける。


「・・・一人で戦ったの?主と」


近付いてきたヒナタは状況を把握した様だった。


「あぁ。ギリギリだったけどな。倒したよ」


俺は答える。


「なんでそんな無茶を」


ヒナタはため息をついた。

俺はハハと笑ってそれを誤魔化した。

今となっては自分でも何故そんな危険な真似をしたのか分からない。



「貸して」


ヒナタは俺の身体に触れると、

例の回復魔法をかけてくれた。


ヒナタの掌から優しい白い光が漏れる。



ワイトキングの魔法に貫かれた俺の脚の傷がみるみる塞がっていく。

相変わらずすさまじい回復力だ。




「・・・なぁヒナタ。この魔法っていったい何なんだ」


俺はふと気になっていたことを尋ねた。


同じ回復魔法でも俺が今まで見たことのある回復魔法とは違うようだ。

回復力以外、何が違うのかはよく分からないけど。


「・・・」


だがその質問に、ヒナタは答えなかった。

以前聞いた時もはぐらかされたような気がする。


何か答えたくないような事情があるのだろうか。


まぁ本人が言いたくないなら言わなくてもいいか。

俺はそう思いそれ以上聞くことをやめた。




やがてヒナタの白い光が収まってくる。


「ありがとう」


俺はふさがった傷口を見て、ヒナタに礼を言った。


「・・・今はまだ、言えない」


「あん?」


ヒナタが突然話し出したので、

俺は間の抜けた声をあげてしまった。


「グレイの事を信じていないわけではない。むしろ信頼している。私の事を話せないのは、事情があるから。いつか話せる時が来たら話すから待っていて欲しい」


ヒナタは真剣な表情で言った。

俺はポリポリと頭をかいてから答えた。


「・・・わかったよ」


俺がそう言うと、ヒナタは安心したように笑顔を見せた。





・・・

・・



「これ」


ヒナタが俺の近くに落ちているそれに目を向ける。

ワイトキングの落とした王杓だ。


「あぁ、それか。ダンジョンの主のドロップだな。欲しかったものはこれか?」


俺はヒナタに尋ねる。


「・・・これは違う。私が欲しかったのは「人魚の涙」と言う宝石。かなりの高値で売れる。でもこれは・・・」


ヒナタは王杓を手に取り、それをよく見つめる。


「これは「人魚の涙」なんて比べ物にならないほどのお宝かも」


ヒナタが言う。


「お宝?」


ヒナタは少し頬を紅潮させ、目を潤ませている。

珍しくテンションが上がっているのが分かる。


「そう。王杓の先端に付いている宝石。これは「人魚の涙」の中でも、最も魔力濃度の高いと言われる「人魚のハート」と呼ばれる宝石かも知れない」


「・・・「人魚のハート」?」


ヒナタは頷く。


「レアドロップの中のレアドロップ。ただでさえ高価な「人魚の涙」の数倍の値段で取引される」


俺は王杓の先端を見つめた。

その先には確かに濃紺の宝石が瞬いている。

たしかに美しい宝石だ。


「すごいな・・・」


俺はゴクリと唾を飲んだ。

これで俺たちの財政問題は一気に解決と言う事だ。

俺とヒナタは思わずハイタッチを交わした。










「それじゃ早速、ラスコの街に帰ろうか」


俺はヒナタに声を掛ける。


主の間の奥に目を向けると、青白く光る魔法転送装置(ゲート)があった。

あれに乗ればダンジョンの外に出られる。


「そうする」


ヒナタが俺の言葉に頷き、

魔法転送装置(ゲート)に向かい歩き出したその時。





俺は背中に、これまで感じたことが無いほどの悪寒を感じた。

それはヒナタも同じだったようで、俺たちは同時に振り返る。





主の間の入り口付近に、全身が白いローブに包まれた美しい女性がいた。

いつからそこに居たのだろうか。

彼女は優しげな微笑みを浮かべ、こちらを見ていた。


「グレイ・・・」


ヒナタが呟くように声を出す。


「・・・あぁ」


俺はその声にこたえた。

ヒナタが何を言いたいのか、言葉に出さずとも理解することが出来た。



その女性から噴き出る魔力は尋常なものではなく、

ただそこに立っているだけなのに、

さきほど俺が戦っていたワイトキングを凌駕していた。


明らかに異質で、明確に危険。

全身の細胞が警鐘を鳴らしているのが分かる。



「・・・まだお帰りにはならないでください」



白づくめの女性は、冷たく感情の無い声でそんな事を言った。



俺は先ほどから感じる悪寒の正体に思い至る。

これは殺気だ。

白づくめの女はまるで虫ケラでも見るような目で俺たちを見ていた。

いつでも殺せる。

その目はそう語り掛けている様に思えた。





俺は震える口を必死で動かして、彼女に答えた。


「帰らないでって・・・、どういうことだ」


我ながら情けないが、恐怖のあまり腹から声が出ない。

意図せず小声になってしまったが、

白づくめの女には伝わったようだった。

彼女はにこりと笑い、俺の質問に答えた。



「それ、置いていってくださいな・・・」



白づくめのおんなはヒナタの持つ王杓を指さした。

指さされたヒナタはビクリと身を震わせる。



「・・・これが欲しいのか?」



「ええ。「人魚の涙」が手に入ればと思ってこの洞窟に入りましたが、まさか「人魚のハート」に出会えるとは。先日の炎龍の鱗と言い、本当に運が良い。これも魔力の神が私たちに力を貸しているとしか思えませんね」




そう言って、白づくめの女は急にケラケラと笑いだした。

その笑顔は寒気がするほどおぞましく感じられ、俺は更に身体がこわばるのが分かった。


ヒナタの方を見ると彼女も同じ状況の様だ。

今までに見たことも無いほど青白い顔をしている。

よく見ると唇が震えている様に見えた。



ダメだ、こいつには勝てない。



リエルとの修業で成長したからこそ分かる。


目の前の存在の圧倒的な魔力と悪意に、

今の俺とヒナタでは一切歯が立たないことが確信できた。

全身から力が抜けそうになるのを必死でこらえる。



「・・・分かった。この宝石は置いていく。それで見逃してくれるな?」



俺は白づくめの女に声を掛ける。

高価な宝石は惜しいが、命には代えられない。

これさえ諦めれば助かる、そう思っていた。



「・・・ありがとうございます。でも見逃すと言うのはダメですね」



白づくめの女が笑う。

彼女から発せられ殺気が一気に増大した。



「・・・なぜだ。大人しく渡すと言ってるだろ。まだ他に欲しいものがあるのか?」



俺は背中に大量の汗が拭きあがるのを感じる。

女は答えた。


「・・・ふふふ。死ぬのは必然です、私の姿を見たんですから。けれど人魚のハートを見つけた功績を称えて、せめて苦しまずに殺してあげようと言うんです。感謝なさい、矮小な魔導士よ」



そう言って白づくめの女が一歩前に出た。

その瞬間、隣に居たヒナタが剣を抜く。

突き刺すような殺気に思わず反応してしまったと言った感じだ。


「バカ!やめろ」


そう声を掛け終わる前に、

白づくめの女の身体が俺の視界から消える。



ヤバい。


同時に今までで一番強い悪寒が俺を襲う。


このままじゃ、ダメだ。



そう思った瞬間、

俺は躊躇せずに時間魔法を発動させた。



「<時よ>」



洞窟内の空気。

部屋の中を照らすかがり火の揺らめき。

剣を抜くヒナタの一歩目。



その瞬間、俺以外の全てがその動きを止めた。

そして、目の前に浮かび上がった光景に俺の鼓動はドクンと早まった。


視界から消えた白づくめの女が、一瞬のうちに俺たちの目の間に移動していた。


鬼気迫る表情で、ヒナタの首に向け、その手を伸ばしていた。

ヒナタはそれに気が付けていない。

無防備なヒナタの白い首に、白づくめの女の手刀が突き刺さろうとしていた。



俺の心臓がうるさいほどに俺の胸を叩く。

あと一秒でも時間魔法の発動が遅ければ、ヒナタの首は貫かれていたはずだ。





そして気が付いたのはもう一つ。

炎龍、リエルに続きこれで3人目。



時間を止めたはずの世界で、

白づくめの女の瞳だけは俺を捉えていた。



その目に浮かぶのは、驚きと憎悪。


綺麗な顔をした白づくめの女から、

人間とは思えない様な殺気が俺に向けた放たれていた。



ダメだ。

俺の心臓はもはやその殺気に耐え切れず、

俺はヒナタと白づくめの女の腕に対し、蹴りを放った。

魔法を発動している暇はもうない。




――――バリン




次の瞬間耳元で何かが割れるような轟音が響き、

それと同時に止まっていた時間は動き出した。



「ヒナタ!!」



俺は叫ぶ。

すると彼女の身体は俺の蹴りの衝撃により後方に吹き飛んだ。

白づくめの女の手刀もまた、俺の蹴りにより軌道を反らされヒナタを捉えることはなかった。


かなり乱暴だが仕方ない。

こうしなければヒナタの首は確実に貫かれていた。



俺は白づくめの女に対峙する。

白づくめの女はもはやヒナタを追う事はせずに、

俺を正面から睨んでいる。


よく見ると目は血走り、見開いている。

瞬きもしていない。

そして俺を見ながら、小声でブツブツと何かを呟いていた。


俺はその声に耳を傾けてしまう。



「・・・した貴様今何をした貴様今何をした貴様今何をした貴様今何をした貴様今何をした貴様今何をした」



感情を無くした機械の様に早口で言葉を発している。


俺はただ恐怖から、後退りするように後方に飛んだ。

だが白ずくめの女は俺の後退に反応すると、

おもむろに四肢を地面に付き、

まるで獣のような気味の悪い動きで俺を追ってきた。



俺はそのあまりの速さに反応することが出来ない。

目の前に白づくめの女が迫っていた。


ヤバい。

俺の全身に鳥肌が立つ。

俺の脳裏にはリエルとの修業の時に体験した死の記憶が強制的に蘇った。




その時―――――。




<フレイムバリスタ>



部屋の入り口方向から白づくめの女を目掛け、

魔法が放たれた。


強大な炎の矢が一直線に、白づくめの女に向ってくる。


白づくめの女はそれを一瞥すると、

白目を剥きながらその場から飛びのいた。

おおよそ人間とは思えないような不自然な体制での回避。



白づくめの女のいた位置に炎の矢が着弾し、その地面が大きく爆発する。



「その人たちから、離れなさい!」




続けて主の間に声が響いた。

声を発したのは、今しがた放たれた魔法の主。

俺はその声に聞き覚えがあった。




白づくめの女は四つん這いの姿勢から身を起こし、

姿勢を正していた。


先ほどまでの狂気じみた顔から一転し、

元の無機質で張り付けたような表情に戻っている。




「あらあら・・・これはとんだ有名人がいらしたこと」



白づくめの女がニタリと笑う。

その声に、魔法の主は毅然と答える。



「・・・黙りなさい。ここで、貴女を捕獲します。この<紅の風>の名に懸けて」



そこに現れたのは、Sクラス魔導士<紅の風>アリシアであった。


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