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第39話 海鳴きの洞窟


「海鳴きの洞窟」は全9階層で構成される、

比較的浅めのダンジョンだ。



中はジメジメとした洞窟と言った雰囲気。

潮風が海の臭いを運んできている。



「・・・ここは魔物が多く出るらしいな」



俺は案内図に書かれていた注意事項をヒナタに伝える。



「ん、分かった」



ヒナタは短く頷き、ずんずんと進んでいく。

いつもよりペースが早い。



どうやら先行したという魔導士を相当意識しているようだ。

意外と負けず嫌いなんだよな、と俺は思った。



「お、おいヒナタ。焦るなよ?慎重にいこう」


「・・・ん」


俺の言葉にヒナタは頷く。

だが進行ペースに変化はない。

本当に分かったのか、こいつは。








洞窟内は分岐が多く、

俺たちは何度も進路について選択を迫られた。

ダンジョン内での進行については、

大部分をヒナタに任せている。



それはヒナタが俺よりも遥かに優秀な、

探知と索敵能力を有しているからだ。



ヒナタは分岐路に遭遇するたびに、

何かを調べるような仕草を見せる。

さすがにこういうところでは慎重だ。



「それ、何を調べているんだ?」


俺はヒナタに尋ねた。


「魔力の流れを感じている」


「魔力の流れ?」


「そう、通常ダンジョンは奥に行くほど濃密な魔力が充満している。それが洞窟内の空気に交じって出口に向かって流れてくる。それが手掛かり」


「じゃ、その魔力を辿れば迷うことなく進めるってことか」


俺は尋ねた。


「そう。でも実際はそんなに簡単じゃない。感じる魔力は微細だし、ダンジョンの中には局地的に魔力が溜まるようなところもある。そういう魔力と交じると見分けがつかない」



確かにヒナタの言う通りだ。

彼女は簡単に言うが、

俺には奥から流れてくる魔力の流れなんて殆ど感じない。

と言うより洞窟内の魔力が濃密すぎて、

細かい識別が出来ないと言うべきか。



「こっち」


そんな俺を尻目に、

ヒナタは通路を一つ選びまたずんずんと進んでいく。


その道が正解なのかはすぐに分かった。

進んだ道の先に、下層への階段が現れたからだ。


「・・・すごいな」


俺は改めてヒナタの能力に感嘆し、その後を追うのであった。














「敵」


ヒナタがそう言った瞬間、奥から魔法が飛んできた。

岩ぐらいの大きさの水球。

俺たちは左右に飛びのき、それを回避する。


標的を逃し洞窟の岸壁にぶつかった水球は、

破裂して壁を崩壊させる。


<ウォーターボール>

水属性の攻撃魔法だ。



「シャー!!!」


顔を出したのは、

鮮やかな色の大蛇だ。

俺の胴体とほぼ同じくらいの太さで、

その顔からは鋭い牙が覗く。


「ヒナタ!」


俺が叫ぶのと同時に、

ヒナタは駆け出していた。

同時に俺も魔力の集束を開始する。


ヒナタは走りながら大剣を振るい、

大蛇に切りつける。


重さと速度を活かした、大ぶりの兜割り。

直撃の瞬間、ドゴンと鈍い音が響く。


大蛇の身体はかなり固いようで、

ヒナタの大剣の刃は大蛇の身体を切り裂くことが出来なかった。


大蛇は大剣で殴られたことによりわずかに後退するが、

ダメージを受けているようには見えなかった。

大蛇は怒りの視線でヒナタを見ている。


「だめ。刃が通らない」


ヒナタは大蛇と向き合ったまま、

俺に声を掛ける。

硬めの敵はヒナタとは相性が悪い。



「任せろ」


俺は集束した魔力を圧縮し、

魔法を発動する。


<ファイアボール改>


魔力を圧縮された火球は通常の火球よりもより高温で、

かつ強烈な螺旋回転を伴いながら大蛇へと突き刺さる。


火球は大蛇の皮膚を裂き、

その身の内側から一気に全身を燃焼させた。


「シャアアアアーーー!!!」


大蛇は叫び声をあげ、

炎を消そうとのたうち回る。


だが炎は簡単には消えず、

やがて大蛇はその動きを小さくして動かなくなった。





魔法を放ち、自分の変化に気が付く。

今までに比べて、魔力の集束と、圧縮が非常にスムーズだ。

まるで蛇口をひねるように簡単に、

魔力を調節できている感覚がある。


また先ほどの魔法には、

回転を加えることで貫通力を生み出した。


それは今までには出来なかった操作。

無意識に、

かつ自分がイメージした通りに実現できた。

間違いなくレベルアップしていると、

実感できる一撃だった。



リエルとの鍛錬ではただひたすらに基礎訓練ばかりさせられたが、

まさかこんな戦いやすくなるとは思ってもいなかった。

俺は今更にリエルの修業の実用性を実感するのであった。







「ずるい」



戦闘を終えて大蛇から素材をはぎ取っていると、

ヒナタが不満を漏らした。


「ずるい?」


俺は尋ねる。


「・・・少し見ない間に魔法のレベルがケタ違いに上がってる。こんな短期間にそんな成長は普通は不可能。おかしな薬でも飲んだとしか思えない」


ヒナタはこちらをじっと見ている。


「いやいや、そんな薬飲んで強くなるくらいなら喜んで飲むぞ」


俺はリエルとの地獄のような訓練の日々を走馬灯のように思い出す。

それもヒナタの思っているような短期間の話ではない。

結局恐ろしくてリエルにもセブンさんにも聞けなかったが、

俺はあそこでどれくらいの期間修業していたのだろうか。


数日のような気もするし、数週間、いや数か月以上はリエルに虐めら・・鍛えられていた感覚もある。

リエルの夢幻魔法により、

時間の知覚はほとんど機能していなかった。


うん、あれは本当につらかった。

頑張った甲斐があると言うものだ。


「私も負けたくない」


ヒナタはそんな事を言った。

いや、俺からしてみればヒナタも十二分に優秀なんだけどな。


そんな事を想いながら、

俺たちは洞窟を奥へ奥へと進んでいった。





・・・

・・





「見て」


ヒナタが俺に注意を促す。

ヒナタの視線を追うと、暗がりに何かが散乱しているのが見えた。


「ひどいな・・・」


俺は思わず目を背ける。

そこにあったのは、洞窟に生息すると思われるゴブリンたちの死体であった。


それも、ただの死体ではない。

どのゴブリンもまるで内部から何かが爆発したように、身体が破壊されている。

凄惨な光景だ。


「こんな魔法、見たことない」


ヒナタが言う。

たしかにその通りだと俺も思った。


「魔物同士の戦いか、それとも他の・・・?」


「おそらく私たちより先に入った魔導士。人の通った形跡がある」


ヒナタが言う。


「どちらにせよ、注意は必要みたいだな。魔法を見る限り実力者であることは間違いない」


俺の言葉をヒナタも肯定する。

他の魔導士との変なトラブルは避けたい。










ダンジョンに入ってから7時間ほど。

俺たちは魔物に襲われつつも早いペースで探索を進め、

すでに7階層まで到達していた。


「グレイ、こっちに部屋がある」


ヒナタに声を掛けられて後を追うと、

そこには小さいながらも四方に整備された岩作りの部屋があった。


中心には青白い光を放つ、水晶が散りばめられた魔方陣。

魔法転送装置(ゲート)だ。


「・・・ようやく安全な場所を見つけたな。ここまで休憩なしだったから、疲れた」


「同意」


魔方陣の光に守られて、ここには魔物が寄り付かない。

休憩にはうってつけの場所だ。


それに目の前の魔法転送装置(ゲート)を使えば、

一気に外部へと強制転送される。


「あと少し、か。体力はどうだ?」


俺はヒナタに声をかける。

ヒナタは昨日、別の依頼を達成して帰ってきたばかりだ。

平然として入るが、かなりの強行軍ともいえる。


「問題ない。無理そうだったら言う」


ヒナタは答えた。

彼女が大丈夫と言えば大丈夫なのだろう。


俺たちは荷物を下ろし、水や干し肉などを口に入れた。






「修業の話が聞きたい」


珍しくヒナタが俺の話をせがんできた。


「修業?」


「そう。<深き紅の淵>の修業がどんなものだったか知りたい」


ヒナタの言葉に俺は考える。

どんな修業をしたっけか。


「・・・朝は走り込みから始まって、筋肉が引きちぎれるかと思うまで筋トレしてたな。うん、それで実際に引きちぎれたらリエルに回復薬を飲まされてまた筋トレ。・・・今から考えると常軌を逸してるな」


「・・・魔法の修業で身体を鍛える意味が分からない」


ヒナタが言う。


「・・・確かにな。それで午後はリエルとの魔法の特訓。これは魔力のコントロールに関する内容が多かったな。魔力を増やしたり減らしたり、動かしたり止めたり。とにかく普通の魔法を精密に操ることを叩きこまれた。それこそ魔力が毎日枯渇するまでな」


「・・・不憫」


「・・・憐れむな。極めつけはメイドさんとの戦闘訓練だな」


「メイド?」


「あぁ。これが恐ろしく強いんだ。正直、一度も勝てていない。魔法じゃなくて体術中心だったが、かなりの遣い手であることは間違いないな」


「グレイが勝てなかった?」


「あぁ。あくまで体術だけどな。けど魔法を使っても正直勝てるとは到底思えないぞ」


ダンジョンを歩きながら、

俺はヒナタにせがまれてリエルとの修業の内容を説明した。



「・・・ひとつ気になるのは」


「あん?」


「あなたが修業したのは、その「夢幻魔法」の中?」


俺はその質問を考える。

リエルの屋敷での修業の日々。

リエルによるとあそこはリエルの夢幻魔法で構築された仮想世界の中、との事だ。


「そう聞いているけどな」


俺は答える。


「そこでの訓練は夢幻魔法の外にも影響する?」


ヒナタが言う。

俺はヒナタに聞かれて、

初めて違和感を抱く。


「確かに、考えると不思議だな」


仮想空間。

そこに入り込むのは、肉体を伴った俺自身なのか。

それとも意識だけなのか。

後者であれば空間内で肉体を鍛えても何の意味もないのではないだろうか。


だが実際にこうして俺の魔力も肉体も大きく強化されている。


そうするとリエルの説明では色々と辻褄の合わない部分が出てくる。

夢幻魔法は俺が理解しているほど簡単なものではなさそうだ。


「・・・<深き紅の淵>は悪名高い魔導士。誰でも知ってる。注意すべき」


ヒナタが言う。


たしかにそう言われると、

リエルが俺に話していない事実は多いように思える。


だがリエルが悪い魔導士だとは、俺にはどうしても思えなかった。

心の中に葛藤が生まれる。


「・・・考えとく」


俺がそう言ったことで、

俺たちはその件についての会話を終えた。

ヒナタはそれ以上、その件について聞いてくることはなかった。





・・・

・・




8階層の途中。

洞窟内を流れる川のような場所を歩いていると、

それが突然現れた。


「な、なんだこいつ・・・」


一見すると、巨大なナマズ。

深い群青の肌が特徴的な、ぬるりとした魔物だ。

身体から粘液が放出されており、てかてかとしている。


魔物はこちらに攻撃するそぶりも見せず、

ただ俺の事をじっと見つめていた。


「気持ち悪い」


ヒナタが言う。


「なんかこいつジッと俺を見たまま動かないけど、大丈夫か?」


俺はヒナタに助けを求める。


「良かった、私はそいつと戦いたくない。気持ち悪い。グレイに任せる」


そう言うとヒナタは一歩二歩と後退りをした。


「ちょ、ちょっと待て。さすがの俺もこいつは・・・」


俺がそう言ってヒナタと同じく後退しようとした時、

ナマズは俺に向け突進してきた。


「ボオオオオオオオォォォ!!!」


唸り声を上げるナマズ。

俺は慌てて回避しようとするが間に合わない。


「グレイ!・・・あ」


ヒナタが叫ぶ。


「え、ちょ!まt」


ナマズは俺を口に咥えると、

そのまま川の中へと引きずり込んだ。


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