表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/213

第3話 紅の風



トールたちとの依頼を達成して数週間。

僕は相変わらず荷物持ちをしてその日暮らしをしていた。


いつもの様にギルドに顔を出すと、

なにやらギルドの中が騒がしかった。


「あの、何かあったんですか・・・?」


僕はラミアさんを掴まえて尋ねる。


「あ、おはようございます。そうなんです!実はこれから有名な<紅の風>様がこの街に来るそうなんです」


「ええ!」


僕は思わず声を上げ、動きを止める。

今、ラミアさんはなんて言った?



「・・・有名な<紅の風>ですか?赤魔導士の?」


「そうです、その方です。今、最も勢いのある若手魔導士様に会えるなんて。ドキドキしてしまいます・・・」



ラミアさんは瞳をキラキラとさせて喜んでいる。

当然だ。

二つ名持ちのSクラス魔導士がこの小さな街に来るなんて、

大ニュースだ。


こりゃまずいことになった。


「それで、その・・・彼女ほど有名な魔導士がなぜこの街に?」


「あ、それなんですが実は南の森のダンジョンの調査にいらっしゃるそうで。あんな辺鄙なところ、<紅の風>様が来ることないってギルド職員一同お止めしたんですけど」


「ダンジョン・・・そうか。じゃあ『ゼメウスの箱』の調査に・・・」



ダンジョンは世界中に点在する。

大小の差はあれど、数百年以上の歴史を持つものが殆どだ。



それこそ大魔導ゼメウスの時代から今もそこに存在している訳で、

ダンジョンの中に『ゼメウスの箱』が隠されている可能性は高い。

ゆえに、どんな小さなダンジョンでも調査が入るのだ。


そしてその調査には些細な手掛かりをも見逃すことが無いような優秀な魔導士が選ばれることが多い。

だから今回も<紅の風>が選ばれたのだろう。

僕は胸の鼓動が早まるのを感じた。


うーむ、どうしたものか。


「あ、ごめんなさい!つい長話してしまって!荷物持ち(ポーター)のお仕事ですよね!いつものように登録しておきますのでお待ちになっていてください」



僕はありがとう、とラミアさんに礼を言っていつものように図書室へと向かった。







僕は図書館で『ゼメウスの箱』に関する記事を読んでいた。

現在発見されている『ゼメウスの箱』は2つ。



一つ目は南のエルフの里で、

ご神体の様に祀られている『緑の箱』、

これは百年ほど前に発見されたものだ。


エルフの王族にだけ伝承されてる、

禁忌のダンジョンで発見されたらしい。

ゼメウスは人間でありながら、

エルフとの絆も強かったと言われている。



二つ目はほんの十年前に発見された『黒の箱』。

こちらは北の帝国に厳重に保管されている。


氷に閉ざされた最北のダンジョンで偶然に発見されたものだが、

発見した魔導士はその後"謎の死"を遂げたり、

黒い噂の絶えない、曰くつきの箱でもある。


二つの箱に共通することは、

発見から今日に至るまで一度も開封が出来ていないということ。


だから『ゼメウスの箱』に収められているという力は、

明らかになっていないのだ。


箱を見つけたかと思えば、その開け方まで謎。

ゼメウスは本当に多くの謎をこの世に残したのだ。





「読書中、失礼します!」


急に肩を叩かれて驚く。

振り返るとそこにはラミアさんが立っていた。


「す、すみません。何度も呼んだのに気が付いて貰えなかったので」


ラミアさんが頭を下げる。


「い、いえ。僕の方こそ熱中してしまって、ごめんなさい」


最近、こう言ったことがよくある。

うん、反省しなくては。



「あ、それで荷物持ちの仕事が入りました!すごいですよ、絶対に驚きます!」



ラミアさんのキラキラとした瞳に、

嫌な予感がしながらも僕は受付の方に急いだ。



案の定と言うか、そこに居たのは<紅の風>であった。

僕は彼女の姿を見た瞬間に、ドキリとした。


彼女は小さな頃と変わらず可憐で、

少し大人びた雰囲気も醸し出していたからだ。


彼女の代名詞である、朱色の鎧。

短く切り揃えられた金髪の髪が、よく似合っていた。


懐かしいな。



「<紅の風>様、こちらが担当する荷物持ち(ポーター)さんです!」



ラミアさんが僕を紹介する。

僕は自分の心臓の音がドクンと大きくなるのを感じた。


ラミアさんの言葉に、<紅の風>はチラリとこちらを見て、

僕と目を合わせた。


彼女は一瞬だけ驚いたような顔をした。

だが表情はすぐに冷静な顔に戻り、言葉を発する。


「・・・初めまして」


ただ一言。

それで終わり。


彼女はそのままラミアさんにこれから向かうダンジョンの情報を

質問し始める。


彼女は僕に()()()()()()


それも当然だ。

僕は動揺を表情に出さないように、

彼らの荷物をまとめ始めた。


そうだ、これでいい。

これが正しいんだ。



・・・

・・



僕とテレシアは『ゼメウスの箱』に関する議論が好きだった。



当時はまだ『黒の箱』が見つかっておらず、

『緑の箱』がエルフの国にある事だけが分かっていた。



僕とテレシアは大きくなったら二人でエルフの国に

『緑の箱』を直接見に行こうと約束していた。



テレシアは深い思考と独特の発想で、

『ゼメウスの箱』に関する面白い解釈をしていた。



これだけ探しても他の『ゼメウスの箱』が見つからないのは、

今はまだこの世に『ゼメウスの箱』が存在していないからだ、と彼女は言った。



「つまりね、『箱』は待ってるんだと思うの。自分を見つけるのに相応しい人が現れるのを」



まだ子供だった僕には彼女の言っていることの半分も理解できない事が多かったが、

不思議とこの話だけは覚えている。


「でもそれって、『箱』が意思を持っているってこと?自分で自分を見つけてくれる人を見つけて、

相応しい人が現れたら姿を現す?そんな事がありえるのかな」


僕はよく彼女に質問をした。


「だって、あのゼメウスが作ったのよ。箱がそんな意思を持ってたって全然おかしくないわ」


彼女は僕の稚拙な質問にも、

丁寧に分かりやすく時間をかけて答えてくれた。

彼女はとても頭が良かったのだ。


今にし思うと僕が彼女に抱いていた感情は、

愛情よりも憧れに近かったのかもしれない。

僕は彼女を深く尊敬していた。



自分が『灰色』だと分かったあの日、

僕は彼女にそれを知られるのがとても怖かった。


両親や近所のおじさんおばさん、

それからテレシア以外の友達。

その誰よりも、

ただ彼女に知られることだけを恐れたのだ。


だから僕は、姿を消した。

『灰色』だと彼女に知られる前に

村から逃げ出したのだ。


「あなたって昔から無知で馬鹿な子だと思っていたけど、本当に役立たずだったのね」


そんな言葉を言われないように。


耳をふさいで、後ろを振り返らないように。

山も川もいくつも越えて。

ただひたすらに彼女から逃げたのだった。




・・・

・・



「平和な森ですね」


<紅の風>がそんな事を言う。


「魔物の気配もありませんし、風も暖かい。仕事でなければ弁当でも欲しいところですね」


それに青年の魔導士が答える。

<紅の風>には、2人の魔導士が同行していた。


今しがたの青年魔導士と女性の魔導士。

性別と年恰好はまるで違う彼らだが、

ふたりとも<紅の風>を崇拝している事が伺えた。


目的のダンジョンは街から南に数時間のところにある。


出立したのは昼前だったから、

上手くいけば今日中に街に戻ることも可能だろう。


僕は彼らの行程が遅れる事の無いように、

いつもより早足で歩いた。



一時間ほど歩くと、僕たちは小さな湖の湖畔で休息をとった。

僕は彼女にバレることの無い様にその姿を覗き見る。



凛とした姿に彼女のかつての面影を見た気がして、

なにやら微笑ましい気持ちになってしまった。

僕は不意に笑みがこぼれてしまう。

その瞬間、<紅の風>と目が合う。


しまった。


そう思った時にはもう遅く、

気が付くと彼女が僕の顔を不思議そうにジッと見ていた。

彼女は僕の前まで来ると僕に尋ねた。


「勘違いだったらごめんなさい。・・・私たちどこかで会ったことがないかしら」


彼女が僕の顔をジッとのぞき込む。

その途端、

彼女の瞳が焔のように揺らめいたような気がした。



不意に出発前にラミアさんに言われた言葉が頭によぎる。


「<紅の風>様は嘘を見抜く魔法をお持ちです。どうか虚言や言い訳などなさらないように。もちろん貴方なら大丈夫だと信じてはおりますが、念のため」



赤魔導士のユニーク魔法『真実の瞳』。

彼女の瞳は、嘘や誤魔化しを見抜く。

僕は彼女の揺らめく瞳を正面から見据えて言った。



「・・・まさか。<紅の風>様にお会いしたのであれば、僕のような荷物持ちが忘れるハズはありません。勘違いです」


彼女の瞳がさらに強く燃え上がる。

だが僕は目を逸らさない。

やがて彼女の瞳の焔は見えなくなり、

優しい瞳に戻った。



「・・・そう、ごめんなさい。私の勘違いよ」



そう言うと彼女は同行の二人との会話に戻っていった。


危なかった。


僕は一足先に荷物をまとめ、再出発の準備を始める。

ダンジョンはもうすぐ目の前だ。






「ここです」


青年魔導士が言う。


彼の視線の先にはごつごつとした岩肌と、

大きな扉があった。

隠されたように蔦が絡みついており、

長い間、人の出入りが無かったことを物語っていた。




ここが目的地、通称『忘れ人の巖宿』。

レアアイテムも無く、

経験値のおいしい魔物もおらず、

ハズレダンジョンと呼ばれている。


こんなダンジョンに来るのはよっぽどの素人か、

物好きしかいないだろう。


同行の魔導士が扉に触れ、何かを探している。

やがて確信を得たようにある一か所を探し当てると



「・・・はっ!」



彼はゆっくりと扉に魔力を流し込む。

扉に嵌め込まれた魔石が輝いたかと思うと、

その途端、巨大な扉は音を立ててゆっくりと開いていった。


ダンジョンの扉は、

魔導士にしか開けないギミックになっている。

僕たちはゆっくりとダンジョンに降りていった。


面白かった!」「続きが気になる!」といった方は、


広告の下にある☆☆☆☆☆からの評価や、ブクマへの登録をお願いいたします!


執筆の励みになりますので、何卒お願いいたします!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ