第38話 帰還
気が付くと俺は宿部屋の扉の前にいた。
右手にはリエルの獅子の鍵を握っている。
記憶が上手く辿れず、
なぜ自分がここに立っているのかもよく整理出来なかった。
同時に身体に強い疲労を感じ、
立っているのも辛くなる。
瞼を開けていられないほどの眠気により、
俺はベッドに横たわった。
「疲れた・・・」
そう呟いて目をつむると、
瞬く間に眠りに落ちた。
ベッドに溶け込むかのような浮遊感。
心地よい深い眠りであった。
どれくらい眠ったのか。
俺は扉を叩くノックで目を覚ました。
重い頭を引きずりながら扉に近付くと、
内鍵を外した。
それと同時に、扉が開かれる。
「・・・寝てた?」
そこにいたのはヒナタであった。
「ヒナタ、どうして・・・ここが?」
俺は寝ぼけた頭で考え、尋ねる。
「ギルドに伝言を残してあった」
そう言われて俺はハッとする。
ギルドのアルが確かそんな事を言っていた気がする。
「入れて」
ヒナタに言われて俺は半身をずらし、
彼女を招き入れた。
だんだんと頭が冴えてくる。
「早起きの貴方が、こんな時間まで寝てるなんて珍しい」
「今、何時くらいなんだ?」
時間の感覚がすっかり消失していた。
外を見るとまだ明るい。
しかし太陽が見えなかったため、
朝なのか昼なのか。
おおまかな時間すらも把握できなかった。
「今はもう夕方に近い時間。私は昼過ぎに街に帰ってきた」
ヒナタが言う。
そう言えばヒナタは依頼を受けていて、
それが長引いていると聞いていた。
どうやら無事に依頼を終えて帰ってこれたようだ。
「お疲れ、大変だったな」
俺はヒナタを労った。
「ん、ありがとう。」
ヒナタが答える。
その後、二人の間にはなぜか沈黙が流れた。
今までこんな事はなかったはずだが、
時間が空いたことにより逆に意識してしまう。
そういえばボルドーニュでは、
ヒナタは俺に対して激怒していたんだった。
少しは機嫌は治ったかな?
無理して話すことも出来たが、
それは苦しい気がしたので俺は黙っていた。
今さら謝って話を蒸し返すのも怖かった。
どうしたものか、と考えていると
ヒナタが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
文句を言いたそうな顔ではない。
「どうした?」
俺は尋ねる。
「ホントにグレイ?」
「・・・一応本人だと認識しているが、どういうことだ?」
「上手く言えない、けど。魔力の質が変わった?ような気がする」
ヒナタが言う。
相変わらず鋭い。
「・・・自覚はないけど、色々あってな。いや、ホントにどこから話せばって感じなんだが」
俺はせっかくなので、
ヒナタにボルドーニュからの道中、アリシアとの再会。
そして<深き紅の淵>に直接鍛えられたことを話した。
「貴方といると、自分の常識が狂う」
俺が話し終えた後、ヒナタが言った。
「ど、どういうことだ?」
「ん、そのままの意味。『ゼメウスの箱』だけでも非常識なのに、あなたの話には遂に<深き紅の淵>まで登場し始めた。普通なら信じられないけど、グレイの話だから信じるしかない」
ヒナタが言う。
「・・・言われてみれば確かにな。俺も自分で話しておかしいのは分かる」
「そのうち私もゼメウスや<深き紅の淵>と会う事になる?」
ヒナタが尋ねる。
その表情は少し俺をからかっている様にも思えた。
「そうだな、いつか会えるかもな」
俺も適当に答えておいた。
とりあえず仲直りは出来たみたいだ。
・・・
・・
・
俺とヒナタは『朝凪のケツァルコアトル亭』で少し早い夕食を取っていた。
海鮮を中心とした、豪快な料理。
味付けも抜群だ。
「東の大陸への船は4日後にでる。昼間にギルドに寄ったついでに予約も済ませてきた」
ヒナタが言う。
「おお、ありがとう。そう言うとこ本当に気が利くな」
俺はヒナタに礼を言う。
「そう、私は気が利く。もっと感謝するべき。でも船代を支払ったので、お金がほとんどなくなった。」
「・・・金か。東の大陸でどれだけ必要になるか分からないし、稼げるときに稼いでおいたほうが良いかもな」
「同意」
ヒナタが強く頷く。
「あと4日ってことは、数日掛かりの依頼でも受注できるな。俺もBクラスに上がってるし、選択肢は多いぞ」
「・・・どこでも良いなら、私はダンジョンに行きたい」
ヒナタが言う。
「ダンジョン?別に構わないが、依頼の方が報酬額が読みやすくて良いんじゃないか?」
「ラスコ近くのダンジョンに目当ての品がある」
「目当て?」
「そう。そのダンジョンでしか手に入らないアイテム」
「・・・レアドロップと言うやつか」
ヒナタは頷く。
ヒナタの装備している大剣「豚王の断頭剣」もそのレアドロップだ。
ダンジョンの主かそれに準ずる魔物から極まれに入手でき、
市場では高値で取引される。
「時間的には間に合うのか?」
「大丈夫。そのダンジョンの難度も深さも、フォレスで踏破した『暗闇の廃鉱山』と同じくらいだと思う」
ヒナタが言う。
あの時は確か1日か2日くらいで探索を終えたはずだ。
魔物の強さが変わらなければ、
今の俺たちなら問題はなさそうだ。
あれから少しは強くなってる、、はずだ。
「よし、じゃあ早速明日から行ってみるか」
俺の言葉にヒナタは頷いた。
俺たちは残りの食事をすべて平らげ、
各々の部屋に戻った。
・・・
・・
・
「・・・ダンジョンってもしかして『海鳴きの洞窟』ですか?」
アルが尋ねる。
俺は目的地を知らなかったので、ヒナタに視線を向けた。
「そう、そこ」
ヒナタが答える。
「そうですか。や、お二人であれば別にランク的には問題はないと思います。ただ・・・」
「ただ?」
「先日、別パーティが踏破したばかりでダンジョンの「回生」直後なんです」
「なるほど、罠も魔物も生まれたてホヤホヤってことか」
回生。
それはダンジョンの独特の機能であり、
そのダンジョンの主を倒すことで発動する半ば自然現象にも近い魔法だ。
ダンジョンには恒常性と言う機能が備わっており、
その姿を常に一定に保とうとする。
回生が発動した後は、
それまで他パーティにより解除されていた罠や、
倒されていた魔物が復活しているということになる。
当然攻略難易度も上がる。
「理解はした。けど何の問題もない」
ヒナタは自信満々に答えた。
「・・・や、すごい自信ですね。分かりました、でも無理はなさらないでくださいね」
アルは苦笑いでそう言った。
ランクも足りているため、
フォレスの時のように止められたりはしないようだ。
俺たち彼女に礼を言って、
ギルドを後にする。
街の道具屋で簡単に準備をしたあと、
早々にラスコの街を出立した。
ラスコから数時間歩いた海岸の一角。
周囲を崖に囲まれた入り江に、
目的のダンジョンはあった。
ダンジョン名:「海鳴きの洞窟」
ランク:C
主な魔物:海ぼうず、キラーフィッシュ、シースライム
俺はアルから受け取った、
ダンジョンまでの地図と案内書を読んだ。
そして目の前に現れたのは、
大きな扉付きの洞窟の入り口。
ダンジョン特有の扉だ。
「どうやらここが目的地で間違いないか?」
「そう思う」
俺は扉を開けるべく、手を伸ばす。
そこで違和感に気が付いた。
扉が僅かに空いているのだ。
「先客か?」
通常ダンジョンの扉は、
魔導士が魔力を流すことでのみ開かれる。
そして扉を開けたものが中に入った後は、
扉は勝手に閉じていくのである。
扉が開いていると言うことは他の魔導師が、
この扉を開いたと言うことになる。
「姿は見えないけど、中で会うことにはなるかもな」
「負けない」
ヒナタはそう意気込むと、そうそうに扉の中に入っていった。
たしかにダンジョン攻略はある意味で早い者勝ちだ。
目の前でレアドロップをかっさらわれたら、
さすがに悔しく思うだろう。
「待て待て、一人で行くな」
俺は慌ててヒナタの後を追った。




