第34話 強者
「方法って、どうすれば良いんだ?」
俺はリエルに尋ねる。
「なに、簡単なことよ。この私がお主を直接鍛えてくれよう。」
「え」
「なんじゃ、その顔は」
「え、いや、はは」
まずい、つい本心がリアクションに出てしまった。
俺は笑って誤魔化す。
「・・・お主、まさかとは思うが私を見くびっておらぬか?」
「いや、そんなことはないんだけど」
俺は曖昧に答える。
リエルは気軽い会話も出来て、もはや友達って感じだ。
この子に鍛えて貰うイメージと言うのがわかない。
師匠っぽくない。
実際にゲームでも俺が勝ってたし。
「・・・か、顔に出ておるぞ。この正直者め。私の教えを受けられるやつなどほとんどおらんのじゃぞ」
「うーん、でもなぁ」
俺は渋る。
そんな俺の態度にリエルがイライラとしだした。
そんな俺たちを見かねてか、
メイドさんが言葉を発した。
「グレイさん」
「は、はい」
急に名を呼ばれて驚く。
「このような幼い見た目と言動、ゲームにも完敗するような低知能ですが我が主の実力だけは本物です。一度、試してみてはいかがですか?」
「な!セブン、貴様主に向かって低知能とはどういうことじゃ!!」
リエルが騒ぐが、メイドさんはどこ吹く風だ。
「試す、とは?」
俺は尋ねる。
「簡単です。この屋敷の訓練場で、主と手合わせを。それでご納得できなければ、教わらなくてよろしいかと」
「ふむ」
俺は考える。
リエルが只者じゃないのは既に理解しているが、
これは俺の気分の問題だ。
彼女の力を見せて貰うのも良いかもしれない。
「分かった。それでいい」
「承知しました。それでは準備をしてまいります」
メイドさんは部屋から出ていった。
その横でリエルがフルフルと震えている。
「貴様ら、私を小馬鹿にしおって・・・許さん、フフ、許さんぞ・・・」
何やら独り言を言っているようなので、放っておいた。
俺たちはしばらくして戻ってきたメイドさんの案内で訓練場とやらに移動した。
・・・
・・
・
訓練場は屋敷の庭も兼ねている様で、
それなりに広大な広場であった。
「準備が整ったら合図せい。私はいつでも良い」
リエルが言う。
「俺もいつでも良い」
リエルとの手合わせ。
彼女の実力はまったくの未知数。
少し緊張してきたが、どうにかなるだろうリエルだし。
俺はそんな軽い気持ちで構えた。
「それでは、始めます。ルールは特に設けませんが、殺さないように。良いですねリエル様」
メイドさんはリエルに対して言う。
ちょっと待て、なんだそのルールは。
「・・・どうかの。散々私を小馬鹿にした罪は深いぞ。何度か死んでもらうかも知れんな」
そう言ってリエルは邪悪な笑みを浮かべた。
なんかマズい気がしてきた。
「では、はじめ!」
メイドさんが声を出す。
その言葉と同時に、俺はリエルから少し距離を取ろうとする。
リエルの実力が不明なので、まずは様子見だ。
リエルがニヤリと笑う。
何笑ってんだ。
だが、そう思った瞬間。
俺は足を止めた。
踏み出せたのは最初の一歩だけ。
二の足が付いてこなかった。
正確には自分の意志で止めたのではない。
動かないのだ。
「・・・どうした、グレイ」
俺は自分の目を疑った。
目の前に居るのは間違いなく先ほどまでじゃれ合っていたリエル。
だが俺にはもはやそれが同じリエルとは思えなかった。
リエルからは尋常ではないほどの濃密な魔力が放たれていた。
本来目に見えぬはずの魔力が、
まるでリエルを中心に渦巻いている様にすら思えた。
ビリビリと皮膚でその魔力を感じる。
俺の全身からはいまや冷や汗が噴出していた。
「・・・ん?動けぬか」
リエルはゆっくりと、俺に近付いて来る。
無警戒な前進。
だが俺は動けない。
逃げろ。
俺の全細胞がそう叫んでいた。
「クク、後悔してももう遅いぞ。私の力を見せてくれよう」
逃げろ。
逃げろ。
俺の意思に反して、脚は固まったままだ。
動けない。
リエルは俺の目の前まで優雅に歩いてくると、
ゆっくりと俺の胸に手を当てた。
「・・・死ね」
彼女はそう呟くと、魔力を解き放つ。
俺はその間、無抵抗だった。
深く赤い色をした魔力が、鋭い何かに変化し、
そのまま俺の胸を貫いた。
「・・・ガあッ!!!」
なにも出来ぬまま、一瞬のうちに心臓を貫かれ、
俺は大量の血を吐いた。
嘘だろ。
俺は思う。
俺はその場に倒れる。
リエルは俺を見下すように怪しく笑っていた。
苦しい。
痛い。
なんてことするんだ。
話したくても声が出なかった。
そしてそのまま俺の意識は暗闇に落ちていく。
「ククク、まずは一回目じゃな」
声が聞こえて俺はハッとする。
俺の目の前にはリエルが立っていた。
「う、うわあああああああ!!!!」
俺は慌ててリエルから距離を取る。
リエルはそれを見て笑う。
「・・・なんじゃ、動けるようになったか。よしよし、そうでなくてはつまらん」
俺は自分の胸を触って確かめる。
穴は開いていない。
血も出ていない。
一体どういうことだ。
心臓がうるさいほどに鼓動を強める。
だが俺は皮肉にもその強い心音を聞いて、
少しだけホッとする。
まだ生きている。
「クク、まだ始まったばかりじゃぞ。少しは楽しませてくれ」
俺の混乱が落ち着く前に、
リエルが一歩こちらに踏みだしてきた。
再び俺の全細胞が警鐘を鳴らす。
近付けるな。
「うああああ!!!!<フレイムボム>」
俺はリエルに対し、がむしゃらに魔法を放つ。
リエルに魔法が直撃する。
彼女の小さな身体が爆発に包まれる。
だが、リエルの歩みは止まらない。
「クク、こんな魔法が私に効くと思うか」
「くっ!」
彼女の接近を止めるべく、俺は更に魔法を放たんとする。
かざした右手には先ほどより魔力が強く集束してくれた。
これならば。
<フレイムランス>
俺の魔力は渦巻き、炎の槍となってリエルへと襲い掛かった。
だがあろうことかリエルはその炎槍を素手で掴み、受け止めた。
そして彼女がそれを握りしめると同時に俺の魔法は砕け散る。
「効かぬ」
俺は再び大地を蹴り、リエルと距離を取る。
<フレイムボム>
今度はリエルにではなく、地面に対し爆発を起こす。
一気に土煙が上がる。
これで少しは時間が稼げるか。
とにかく落ち着くんだ。
俺は息を整えるべく、更に一歩バックステップ。
だが俺が着地すると同時に、背中に寒気を感じた。
「フフ、どこに行く。あんな煙幕など無駄じゃ」
俺が振り向くより先に、
リエルの魔力が集束するのが分かる。
あり得ないほどの魔力が、ほんの一瞬で魔法へと昇華した。
<ハイフレイムストーム>
リエルの詠唱と共に、俺の脚元から業火が噴き上げた。
炎の嵐が俺の身体を巻き上げる。
荒れ狂う炎の竜巻。
俺はその身を焼かれたまま、上空へと吹き飛ばされた。
「ぐああああああああ!!!!!」
熱い。
痛い。
そう思ったのも一瞬で、俺は全身の感覚を失う。
俺の身体はリエルの魔法により、燃え尽くされた。
最後に残った意識で俺は自らの死――――――――
「なんじゃ、まだ一分も経ってないぞ」
声が聞こえて俺はハッとする。
俺の目の前にはリエルが立っていた。
「う、うわあああああああ!!!!」
俺は慌ててリエルから距離を取る。
リエルはそれを見て笑う。
「どうじゃ、胸を貫かれ、その身を焼かれる気持ちは。なかなか出来ない体験じゃろう」
俺は自分の身体をまさぐり、火傷がないことを確認する。
だが俺の脳裏には確かに全身が焼かれる熱さと痛みが刻み込まれていた。
額には大粒の汗をかいている。
まさか、これは。
「気が付いても逃げられん。私の魔法とくと味合わせてやろう」
マズい。
このままでは訳も分からぬまま、何度でもリエルに殺される。
そう思った俺は奥の手を使うことにした。
とにかくリエルを止めなくては。
俺は右手をかざし、魔力を集束する。
「<時よ>」
俺は時間魔法を発動させた。
その瞬間、俺以外の全ての動きが止まる。
リエルの動き。
メイドさんの表情、
庭に舞う土煙、
風に揺れる草木。
これで少しは思考の猶予が生まれる。
俺が安心したその時、再び寒気を感じ顔を上げた。
見られている。
俺はリエルと目が合った。
停止した時間の世界で、動きを止めるリエル。
だが確かに、その視線だけは俺を捉えていた。
俺の心臓がまた鼓動を早める。
これはあの炎龍と対峙した時と同じだ。
「くっ!」
俺は慌てて、魔力を集束する。
もう見えているかどうかなんてどうでもいい。
とにかく俺の最大の火力をぶつけてやる。
俺は右手をかざし、魔力を集束する。
そしてその集めた魔力を押しつぶすように密度を高めた。
右手に一つの火球が生まれる。
構築するのは魔力を限界まで圧縮し放つ<フレイムストリーム>。
かつてゴブリンクイーンを倒した魔法だ。
だが今度はただ圧縮するだけではない。
記憶の中でゼメウスがやっていたように、
温度を上げるようなイメージを追加する。
やり方は分からない。
だからただ夢中で、熱くなるように想像し続けた。
火球の炎が赤から、わずかに白く変化してく。
同時に魔法の温度が上昇し、
自らの頬がちりちりと灼けるように感じた。
その間も、リエルは停止した世界で俺を見ていた。
表情は固まったまま。
だがその目だけは、俺を笑っているように思えた。
「くらえっ!」
そして俺は無我夢中でリエルに魔法を放つ。
同時に耳元で何かが割れるような音が鳴る。
―――――バキン。
その瞬間、時間は再び流れ出した。
俺は呼吸すらすることもなく、
間髪入れずに魔法を発動した。
<フレイムストリーム>
リエルが真白い光と共に、
高温の炎に包まれる。
遅れて彼女を中心とした爆発が起きた。
これならどうだ。
そこで俺はようやく呼吸をすることを思い出した。
一気に深呼吸し、
体内に酸素を取り込む。
「・・・弱いの」
俺はその言葉に背筋が凍る。
顔を上げると、いつの間にかリエルが俺の首元に手を掛けていた。
近付かれたことすら気が付けなかった。
見れば、彼女の身体には傷一つ付いていなかった。
俺の全力の魔法が、彼女には通じない。
「これは育て甲斐があるの。ゾクゾクするよ」
リエルは俺の顔を見て、恍惚の表情を浮かべる。
その顔は幼い少女のものではなく、
妖艶な魔女と言った感じであった。
「・・・ではもう一度死んでおけ。何事も経験、じゃ」
そうしてリエルは俺の首に掛けた手に魔力を這わせ、
一気に引き抜いた。
俺の首は胴体から両断された。
俺の意識は今度こそ、そこで途切れた。




