第33話 再会
翌朝ギルドを尋ねると、
アルからヒナタが受注した依頼が、
予想外の展開を迎えていることが知らされた。
ヒナタが受注したのは『大量発生したホーンラビットの討伐』。
Cランクの中でも簡単な部類の依頼で、
ラスコ近くの村からの人数指定付きの依頼だったそうだ。
ヒナタはこの依頼を3人組の別パーティと共同で受注し、
村へと向かった。
だがその途中で、別パーティの一人が運悪く体調不良で脱落。
村に着いてホーンラビットの討伐を開始するも、
偶然現れたダークグリズリーとの戦闘によりもう一人が負傷したそうだ。
ホーンラピッドの単体の依頼自体は非常に簡単だ。
だがCランクに据えられている理由はその発生数の多さによる。
だからこそ依頼には人数指定が付いていた。
大人数で一気に片付ける狙いがあったのだろう。
当初の半分の戦力で依頼にあたることになったヒナタは苦戦しており、
更にもう一日時間が掛かりそうと、
村から報告があったそうだ。
その話を聞いた俺は、
ヒナタがイラついている顔が目に浮かんだ。
ヒナタは効率重視の魔導士だ。
俺が一緒に居て非効率なことをやっていても怒られるくらいだから、
見ず知らずの人間にどんな悪態を付いているか本当に心配である。
触らぬ神に祟りなし。
俺は特にヒナタへの応援には行かずに、
もう一日ヒナタを待つことにした。
なんとなく一人で依頼を受注する気にはならなかったので、
俺はギルドの図書室へと向かった。
ラスコの図書室は、
ボルドーニュのそれよりも当然に小さかった。
だが清掃が行き届いており、
おまけに天窓から入る太陽の光が温かく、
微睡んだ心地よい空気が流れていた。
俺は目に付いた本を数冊手に取り、
久しぶりの読書の時間を堪能することにした。
読んでいた本の文章が目に留まる。
著者不明『偉大なる魔導士の意思を継ぎし者』
大魔導ゼメウスには多くの弟子がいたが、
その中でも有名なのが後に『三原色』と呼ばれた魔導士たちだ。
「青のラッシェ」
「赤のロマネ」
「緑のペトリス」
彼らは『色付き』の魔導士の中でも突出した力を持ち、
現代にいたる『色付き』たちのユニーク魔法などを体系化した最初の魔導士たちでもある。
ゼメウスに師事した時代はそれぞれ異なるが、
各人がある分野ではゼメウスを上回るほどの能力を備えていたと言われている。
彼らの功績は大魔導ゼメウスには劣るものの、
魔導士界に大きな革新をもたらした人物である事は間違いない。
特に「青のラッシェ」は魔導士の基礎学問を確立させ、
魔導学院の礎を築き、
現在のギルドの枠組みをも考案した、
魔導士界でも知らぬ者の居ない人物として有名で―――――
俺はアルが見せた記憶の中で、
ゼメウスが言っていた言葉を思い出す。
―――――そこまで魔力操作に才能がある者は、ワシの弟子たちの中にも居なかったぞ。
あれは本心だったのだろうか。
それとも俺をやる気にさせるためのただの褒め言葉?
俺が気が付いていないだけかも知れないが、
俺が知る限りではゼメウスが俺に嘘を言ったことなどない。
しかし俺にはこのように本に載るような人物たちに匹敵する力を、自らが有しているとは到底思えなかった。
俺はその本を閉じ、他の本を読み進めた。
ロロ・キラフェル著『強者』
長い魔導の歴史の中で最強の名を冠した者は多い。
言わずと知れた大魔導ゼメウスを筆頭に、
三原色の中でも随一の黒魔法を操ったと言われる赤のロマネ。
同時代には<深き紅の淵>や、<人形使い>、<氷獣>と言った魔導士たちもいた。
また近代では初代<紅の風>などが名を挙げられるだろう。
その誰しもが、
ユニーク魔法と呼ばれる独自の魔法を使用したと記録されている。
だがユニーク魔法の大半が次世代へ伝承されることはなく、
こうした記録の彼方へと失われてしまったことは、
魔導士界にとっての大きな損失と言える。
また魔導士以外にも、
圧倒的な力を持った生物が存在する。
古龍の祖と言われる幻龍。
原初より大海を泳ぎ続けると言われる大魚シン。
古の殺戮者クイーン・タラテクト。
時を駆ける双頭蛇ウロボロス。
この世界には我々の理解を大きく超える存在が確かに存在しており時に人間の常識を覆す―――――
俺はそこで読んでいた本を閉じた。
久しぶりの読書で目頭がひどく重く感じる。
外を見ると、既に日が落ちかけていた。
長い時間、ここで本を読んでいたようだ。
自分が気になっているという事もあるが、
今日は強さに関する書籍を多く読んだ気がする。
彼らのような強者になるにはどうすればいいのだろうか。
俺は取り出した本を丁寧に書架に戻すと、
図書室を後にした。
「やぁ、グレイ君。おかえり、ラスコの街には慣れたかい?」
『朝凪のケツァルコアトル亭』に帰ると、
店主であるハリスから声を掛けられた。
「はい、丸二日フラフラしていましたので」
俺は素直に答えた。
「二日もかい?それは羨ましいな。こっちはその日暮らしだから」
そう言ってハリスは笑う。
「あ、いえ。俺もそこまで余裕があるわけでは・・・」
「ハハ、冗談さ。今日は夕食はどうする?」
そういえば腹が減ったなと思う。
気が付けば朝から何も食べていなかった。
「宿で食べられますか?」
俺の質問にハリスは笑顔で頷いた。
「勿論さ、ラスコ名物の海産物をたっぷり味わって貰うよ」
ハリスはそう言うと嬉しそうに厨房へと向かっていった。
・・・
・・
・
夕食を待つ間に荷物の整理をしていた俺は、
登録証を更新した事を思い出した。
思えばフォレスの街で登録をしてから、
中身を更新したのは二つ名に関する部分だけだ。
俺は登録証を取り出し、魔力を込める。
「<ステータス>」
登録証に文字が浮かび上がり、
自分の情報が表示される。
名前:グレイ
ランク:B
称号:<ゴブリン殺戮者>
魔力総量:B
魔力出力量:B
魔力濃度:A⁺
いくつか驚いたことがある。
まずいつの間にか俺のランクがBに上がっていた。
ボルドーニュの街では間違いなくCだったはずだから、
街を出てから上がったと言う事になる。
俺はティムさんの笑顔を思い出した。
きっと彼が取り計らってくれたに違いない。
炎龍討伐の件で、上のランクに推薦してくれたのだろう。
俺は心の中でティムさんに感謝した。
次。
一番変わって欲しかった称号については変化はない。
よし、見なかったことにする。
早いところ他のカッコいい称号に変えて貰いたい。
俺は心からそう思った。
最後にステータス。
これが一番変化が大きい。
総量と出力量がBに上がっている。
これはクエストをこなして俺自身がレベルアップしたという事だろうか。
たしかに当初に比べれば使用できる魔法の量も、
出力も向上している気がする。
そしてゼメウスお墨付きの魔力濃度。
これはAからA+へと変化している。
ゼメウスは後天的に成長するのは難しいと言っていたが、
しっかりと成長しているじゃないか。
俺はそっと登録証を閉じた。
アルが言っていた通り、
自分の成長を目で見て確認するのは大事な気がする。
少なくともこの数値の上では、
俺はある程度成長をしているという事になるのか。
だが、本当にそうなのだろうか。
少なくともこのまま同じように過ごしたとしても、
あの炎龍に勝てるようになるとは思えない。
<雷帝>を含め、彼らはまた別格の高みに居るように思えた。
俺もあの領域へ。
いつしか憧れは目標へと変化しつつあった。
そんな事で悩んでいる時に、
荷物袋の底にあるそれに気が付いたのは偶然であった。
「これは・・・」
俺は荷物袋からそれを取り出す。
金色の複雑な形をした鍵。
鍵頭には獅子の形をした飾りが付いている。
「すっかり忘れていた」
それはリエルから受け取った鍵であった。
目的地に着いたら使えと言っていたな。
最終的な目的地は東の大陸だが、
それは一か月以上先になるはずだ。
ここらで一度使っておいた方が良いだろうか。
「・・・まったく説明を聞かずに受け取ったけど。どういうものなんだ」
俺は獅子の鍵を見つめる。
鍵は鈍色に輝いているように見えた。
俺はその鍵を持って、入り口の扉に近付く。
「・・・どんな扉でも良いって言ってたよな」
俺はその鍵を扉に差し込んだ。
鍵は金色の光を放ったかと思うと、
その瞬間に形を変え、
部屋の扉の鍵穴に吸い込まれていった。
扉はゆっくりと開く。
そこ扉の先には宿屋の廊下は存在せず、
ただ暗い通路が伸びているだけだった。
俺は少し躊躇した。
そこからは禍々しいものは感じなかったが、
あまりにも深すぎる闇に恐れを抱いたのだ。
「だ、大丈夫だよな・・・」
俺はリエルの顔を思い出し、
自らを奮い立たせる。
そしてその闇の中へと一歩を踏み出した。
・・・
・・
・
「遅い、遅すぎるぞ、この阿保め!」
その数分後、俺はリエルに怒られていた。
「私が鍵を渡したのは二週間も前じゃぞ!普通、こんなミステリアスなものを受け取ったら試したくなるじゃろうが!貴様、それでも魔導士か!」
「す、すまん・・・」
俺は何故か素直に謝っていた。
驚いたことに、
獅子の鍵はリエルの居城への扉を開く魔道具であった。
俺はあの日訪れた部屋へと再び来ていた。
「この二週間、私がどんな気持ちだったか分かるか!人間の癖に無礼なやつじゃ」
リエルの怒りは治まらない。
隣では例のメイドさんがため息をついていた。
「ご主人様、楽しみにしていたのは分かりますがもう怒りをお収め下さい。説明が不十分だったこちらにも非があります。」
メイドさんの助け舟。
俺は彼女に感謝する。
「ぐ・・しかし、こやつ・・・」
俺は苦笑いした。
たしかにメイドさんの言う通り、何も知らなかったのだから仕方ない。
リエルは俺を恨めしそうに睨む。
やがてリエルはため息をついて、呼吸を整えた。
「・・・まぁ良い。私も久しぶりの面白い奴に出会えてはしゃぎ過ぎた。次からは気を付けろよ」
俺は何を気を付ければ良いんだろうと思ったが、
何も言わずに素直に頷くことにした。
「それで、東の大陸には着いたのか?」
リエルは尋ねる。
「いや、まだだ。今はラスコと言う街に居る。船が出るのは来週だ」
俺は答えた。
「ほう、ラスコか。私もかつて訪れた事があるぞ。海の幸が最高じゃの」
リエルはホクホクと表情を緩める。
そのままリエルの思い出話が始まりそうだったので、
俺は気になっていた事を聞くことにした。
「・・・ところで、俺になんでこんな鍵を渡してくれたんだ?」
俺は尋ねる。
リエルの表情がピクリと動く。
「なんじゃ、突然。別に面白そうだっただけじゃ。ゼメウスの弟子など、久しく会っておらんかったからの」
リエルは答えた。
「それだけか?俺には裏があるように思えるんだけどな」
「裏、じゃと?お主の様な矮小な魔導士に、私は謀りなどせんぞ」
リエルは手をヒラヒラと動かした。
どうやらそれ以上、突っ込んだ質問は出来そうにない。
俺は質問を変えた。
「前に言ってた、時間魔法を使いこなすって話だけど、具体的にどうすれば良いと思う?」
リエルの表情がピクリと動く。
「なんじゃ、あの時は道が見えたとか言っていたがもう袋小路か?」
リエルはそう言って楽しそうに笑った。
「ああ、恥ずかしながら俺は時間魔法がどういうものかもよく理解してないんだ。それに、ゼメウスに聞くことももう出来ない。唯一相談できるのがリエルって訳さ。なにか知っていたらヒントが欲しい。・・・俺は強くなりたいんだ」
「強く・・・か」
リエルはそう言うと真剣な表情で俺をじっと見つめた。
何かを推し量っているような、値踏みするようなそんな視線だ。
俺は黙って正面からその視線を受け止めた。
「ふん、元ジジイのくせに青臭いことを言うの」
リエルがニヤリと笑う。
「放っておけ」
俺は言った。
「まぁ、しかし手がないわけでもない・・・」
「ホントか?」
「貴様が耐えられれば、の話じゃがの」
リエルはそう言って怪しく口を歪めた。




