第32話 白蝶
「ここか・・・」
俺はアルに紹介された宿を探し当てた。
『朝凪のケツァルコアトル亭』。
ギルドと同じく白塗りの壁。
青砥白を基調とした洗練されたデザインだ。
たしかにアルの言う通りセンスがいい。
俺は『朝凪のケツァルコアトル亭』に入る。
「すみません」
俺はそこに居た店主に声を掛けた。
「はい、いらっしゃいませ!」
そこに居たのは俺より年上の男性で、
眼鏡をかけてニコニコとした笑顔が特徴的だ。
うん、優しそうな人だな。
「あの、アルさんに紹介いただきましてこちらに来ました」
俺は男性に話しかける。
「あ、アルちゃんの紹介かい。と言う事は魔導士さんだ。どうぞどうぞ、魔導士さんは大歓迎ですよ」
男性は笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。近々東の大陸へ向かうので、それまでの間お願いします」
「東の大陸か、と言うことは次の定期便は来週だね。短い間だけど、どうか自分の家だと思ってくつろいで欲しい。あ、申し遅れたけど僕の名前はハリス。アルちゃんの義理の兄だよ」
俺はハリスと握手する。
「よろしくお願いします」
「ささ、2階に上がってくれ。奥の角部屋が君の部屋だ」
俺はハリスさんに部屋へと案内された。
・・・
・・
・
「さて、どうしたものか」
俺は自室で荷物を整理し、考えた。
ヒナタが帰って来るのは早くても明日以降。
今から俺も別の依頼を受注するには時間が足りない。
なんとも中途半端な余暇が出来てしまった。
「とりあえず街に出てみるか」
俺は身支度を整え、ラスコの街へと繰り出すことにした。
「おー、なんかすごいな」
俺はラスコの街の活気に感動していた。
ボルドーニュはなんて言うか、こう都会って感じだったけど、
このラスコは地方の主要都市と言った感じだ。
特に面白いのはおそらく東の大陸から来ているであろう人達の
雰囲気が見てわかるくらい違う事である。
東の人たちは西の大陸の人に比べ、
落ち着いた色の髪と瞳をしており、
黒髪、黒い瞳に近い。
『僕』は他大陸の人との交流をした事がほとんどなかったので、広い世界を垣間見たような気がした。
それは突然の事だった。
俺がラスコの雑踏を歩いていると、
不意に行き違う人の流れの反対側に知っている顔を見つけた。
意識も何もしていない中で、ただその人が浮かび上がるように視界に入った。
「テレシア・・・?」
俺は思わず声を出してしまう。
「えっ?」
そう声を掛けられて彼女は足を止める。
しまった、と自分の浅慮を後悔した時にはもう遅かった。
俺と少女はそれぞれ雑踏の中で足を止めわ
お互いに正面から見つめ合っている状態になった。
そこに居たのはもちろんテレシアではなく、
彼女の孫。
今代<紅の風>アリシアであった。
固まる俺。
彼女の顔を見て、
『忘れ人の磐宿』での出来事がフラッシュバックする。
隠された地下通路の先で水竜に襲われ、
俺は彼女を庇い重傷を負った。
俺を助けようとする彼女を、
自らの身体を魔法で焼くことで無理やり逃がした。
その後俺は『回復薬の泉』と思われるものにより一命を繋ぎ、
あの『灰色の箱』を見つけたのであった。
「えっと、あの・・・今何か言いました?」
俺はアリシアに声を掛けられてハッとする。
彼女は訝しげにこちらを見ている。
まずい。
俺はそう思った。
「あ、いえ。すみません。知り合いに似ていたもので、失礼しました」
俺は取り繕う様に彼女に謝罪する。
「そう、ですか・・・。すみません、こちらこそ。身内の名前を呼ばれたような気がしたので」
アリシアも丁寧にお辞儀をして謝る。
彼女の丁寧な対応に、俺も慌てて頭を深く下げた。
その時。
ゴチン。
「痛っ!」
「キャ!」
お互いの頭が同時に下げられ、俺たちは頭をぶつけてしまう。
余りの勢いでぶつけたため結構な音が鳴る。
周囲の人たちは何事かと、俺たちに視線を集めた。
これは恥ずかしい。
「・・・す、すみません」
俺は頭を擦りながら謝る。
魔導士として身体を鍛えていたとしても、
こういうのは別次元の痛みだ。
家具の角に足の小指をぶつけたようなものだ。
「い、いえこちらこそ。大丈夫ですか・・・?私その、石頭で有名だから・・・」
アリシアが心配そうにこちらをのぞき込む。
彼女もまた涙目になっている。
だが俺は彼女のような美しい少女と、
石頭のイメージがまったく結びつかず、
俺は思わず吹き出してしまう。
「プ、ハハハ、いや君が石頭って・・・ハハハ・・・」
マズい、ツボにハマった。
頭の痛みが変な方向に作用している様で、
自分でも笑いが抑えられない。
「ちょ、ちょっとひどい。フフ、フフフフ、私だって、ハハハ」
それは彼女も同じだったようで、
笑いを止められない様子だった。
俺たちは往来のど真ん中で、二人で大笑いをした。
「改めてお詫びするわ。私はアリシア・キルフェルド、魔導士よ」
ひとしきり笑い終えた彼女は目にたまった涙を拭い、
自己紹介した。
それは痛みによる涙ではなく、
どうやら泣き笑いの結果のようだ。
さきほどより口調が少し砕けている気がした。
その目は炎の揺らめきのように赤く燃えている。
美しい瞳だ。
「こちらもすまなかった。初めましてアリシア。俺はグレイ。家名はない、ただのグレイだ。俺も魔導士をやっている」
俺は彼女と握手をする。
彼女は<紅の風>とは名乗らなかった。
彼女はじっと俺の目を見た。
「・・・グレイさん、ね。いい名前。うん、短い時間だったけど、お話出来て楽しかったわ。またどこかで会えたらその時はもう少し話をしましょう」
彼女は再び頭を下げると、
再び歩き出した。
俺はしばらくその後ろ姿を見守る。
彼女は振り返ることもせず、
ただ毅然と道を歩いて行った。
良かった。
その背中を見ながら、俺は素直にそう思った。
『忘れ人の磐宿』ではこの身を犠牲にしてまでアリシアを逃がしたが、その後のことは殆ど知らなかった。
もちろん無事であることは分かっていたが、
こうして直接その姿を見ることが出来て、
思い残しが一つ減ったような気がした。
こんなところで会うとは思っていなかったため、
非常に驚いたが、なんとか疑われずに済んだようだ。
俺は引き続き、ラスコの街を探索することにした。
・・・
・・
・
「遅かったですね、アリシア様」
ギルドで自分を待っていたシオンが声を掛ける。
彼は幼いころからキルフェルド家に仕えてくれているアリシア専属の従者だ。
彼自身も魔法の才能が有りBランクの魔導士。
だがそれはすべてに優先してアリシアをサポートしているからで、
ランク以上の実力があることをアリシアは知っていた。
幼い時から一緒に居たので、
アリシアにとっては兄のような存在でもある。
彼は二人きりの時はこうして自分をアリシアと呼んでくれる。
それも自分が頼みこんだのだが。
「えぇ、人とぶつかってしまって、その方と少し話を」
アリシアの言葉に、シオンがピクリと表情を動かした。
「人、ですか・・・?怪しいものでは?」
シオンが尋ねる。
「ええ、大丈夫だったわ。ホントに一瞬だけ言葉を交わしただけだから」
アリシアはシオンに答える。
シオンは少し自分に対して過保護だ。
一年前のあの事件が起きてからは特にその傾向が顕著だ。
アリシアの言葉に安堵したのか、シオンはため息をつく。
「分かりました。ですがお気を付け下さい。貴方はSクラス魔導士<紅の風>。貴方に対して善からぬ想いを抱いて近付いて来る者も少なくありません」
「わかってるわ。でも忘れたの?私にはこれがあるのよ」
そう言ってアリシアは自らの瞳に魔力を通す。
同時に彼女の瞳が燃える炎のように揺らめいた。
『真実の瞳』
この魔眼を通してアリシアは嘘や、
誤魔化しを見抜くことが出来る。
赤魔導士のユニーク魔法だ。
「その目は虚実を見抜くことは出来ますが、本当の事を直接教えてくれる訳では無い。真の悪人ならばその目に見抜かれないような策略を立てることも可能です。最後はやはりあなた次第だと言う事をお忘れなく」
シオンはぴしゃりと言い放つ。
わかってるわよ、とアリシアは頬を膨らませる。
「さぁ、依頼を済ませてしまいましょう。東の大陸への船は一週間後。あまり時間はありませんよ」
そう言ってシオンはギルドの受付の方へと向かう。
今回は魔導士ギルドからの直接依頼。
極秘の任務でもあるのだ。
アリシアはふと先ほど出会ったグレイの事を思い出す。
なんの変哲もない魔導士と言った出で立ちではあったが、
なぜかとても優しい雰囲気がした。
それは性格的な事だけではなく、魔力の質。
有名な魔導士なのだろうか。
アリシアはそんなことを思う。
そして気になることはもう一つ。
あの時、つい癖で『真実の瞳』を発動させてしまった。
初対面の人と出会う時は危険人物かを見極めるために『真実の瞳』を使う様にシオンからきつく言われていたからだ。
自分の魔眼が正しければ、彼は一つだけ嘘をついた。
―――――初めまして、アリシア。
その言葉にだけ、自分の『真実の瞳』は反応を示した。
グレイと言う名前に聞き覚えはない。
だが自分たちはどこかで出会っている。
彼は私を知っていたのに、
初対面のように振舞ったのだ。
「アリシア様、行きますよ」
シオンに声を掛けられて、アリシアは顔を上げる。
どちらにせよあの青年とはどこかでまた出会うような気がする。
何かあるのであれば、
そこで尋ねてみようとアリシアは思った。
その話はそこでおしまい。
アリシアは思考を仕事モードに切り替え、
シオンの後を追った。
「や、貴女が有名な<紅の風>ですね。お会いできて嬉しいです」
アリシアとシオンを出迎えたのは、自分たちよりも若い少女だった。
「は、初めまして・・・」
シオンが戸惑いながら挨拶をする。
シオンの動揺がこちらにも伝わり、アリシアは思わず頬を緩めてしまう。
「や、こんな若輩が窓口で大変申し訳ないです。私はアルテシア。父が応対できないもので代わりに自分が色々やらせてもらってます。良ければアルって呼んでください」
少女が深く頭を下げた。
きちんとした対応だ。
これなら心配ないだろう。
「丁寧にありがとうございます。アリシア・キルフェルドです。」
「シオンです。アリシア様の従者をしています」
こちらの挨拶に続いて、少女が口を開く。
「早速で申し訳ないんですが、依頼の件をお願いしたいです。ギルド内では噂になっていて父も実はその対応で・・・」
アリシアは頷く。
「承知しています。既に魔導士ギルドの方からは概要を聞いていますので」
アルは頷いた。
「・・・話が早くて助かります。今回の依頼は『白蝶』に関する事です。」
シオンはグッと表情を強張らせた。
『白蝶』その単語にはシオンを緊張させるだけの力があった。
魔導士の二つ名はギルドが公認で定めるものだ。
有名な『雷帝』やアリシアの『紅の風』。
それらは魔導士の名誉の象徴でもある。
だがそれとは別のケースで、二つ名が付くことがある。
ギルドは一切関知しない、人々の噂だけでの伝播。
それは世界的な凶悪人物や犯罪者に対して名付けられる二つ名である。
世間に認知されるようになった彼らの二つ名は、
逆説的にギルドが発行するの賞金首の名称として使用されるのであった。
『白蝶』もそのひとりである。
「たしか『白蝶』の情報が入った、とのことでしたが・・・」
シオンが尋ねる。
アルはその言葉に頷いた。
『白蝶』。
白魔導士と言う事以外は一切が不明。
容姿も、その目的も仲間の数も、正確な情報をギルドは掴めていなかった。
ただ分かっているのは凶悪犯罪の裏には必ず『白蝶』の影があると言う事。
『白蝶』は今や、Sクラスの賞金首として魔導士界では知らぬ者の居ない危険人物であった。
「ええ。つい先日捕縛した盗賊団の一部からその名が出ました。彼らは『白蝶』の指示により動いていたようです」
アルは言う。
「彼らの目的は?」
アリシアが尋ねる。
アルはその問いに首を振った。
「不明です。盗賊団の頭領から『白蝶』の単語が出たので、更に尋問をしようとしたのですが・・・」
アルは言葉を詰まらせる。
「・・・尋問をしようとして、どうしたのですか?」
シオンが尋ねる。
「その次の瞬間に、盗賊団は全員死にました。どんな魔法を使ったかもわからない。同時に苦しみだし、わずかな時間で絶命したのです」
アルが辛そうな表情で言う。
アリシアもシオンも言葉を詰まらせ、
それ以上詳細を聞く気にもならなかった。
「『白蝶』は神出鬼没なうえ、その魔力はSクラス魔導士にも匹敵するとか・・・、だからこそ今回は<紅の風>に直接依頼をしたのです」
アルが言う。
アリシアも頷いた。
「承知しました」
アリシアが答える。
シオンも隣で大きく頷いた。
「Sクラス賞金首、『白蝶』の調査。<紅の風>アリシア・キルフェルドが承ります」
アリシアは震えるアルの手を優しく握りしめた。
・・・
・・
・
「しかし、不思議な出会いもあるもんだよな。ジュラなんて有名人と馬車に乗り合わせるとは」
戦士ゴウセルは森の中を歩いていた。
一緒に森を歩くのは気弱な僧侶ガウェインだ。
「ほ、ホントにそうですね。あのグレイと言う青年も、すごい魔導士でした」
「まったくだ」
ゴウセルとガウェインは、
ジュラとグレイと別れた後も行動を共にしていた。
ガウェインがラスコ近郊にある教会の施設まで送って欲しいとゴウセルに依頼したからだ。
面倒見の良いゴウセルはそれを快諾した。
「あ、あの土石流を防いだのは、どんな魔法だったんでしょうか」
ガウェインがゴウセルに尋ねる。
だが当然ゴウセルもその答えを持ち合わせては居なかった。
「分からねぇよ。だが一瞬であれだけの魔法を発動させたんだ。今は無名だがいずれ、ってこともあるかも知れないな。あのグレイにはそんな雰囲気を感じたぜ」
「ど、同感です・・・」
ガウェインが言った。
「んで一体いつになったら着くんだ」
ゴウセルがガウェインに尋ねる。
二人は街道を少し外れ、けもの道を進んでいた。
「も、もう少しのはずなんですが・・・」
ガウェインは先ほどから何度も地図を見ている。
もしかして迷ったのか。
そう言ってガウェインから地図を奪おうとしたその時、
ゴウセルは背筋に冷たいものを感じて振り返る。
「誰だ!!!」
そこには一人の女性が立っていた。
白いローブに薄い灰色のベールのようなものを身にまとっている長身の女性。
恐ろしくも妖艶な雰囲気にゴウセルは魅了されそうになる。
だがゴウセルも魔導士。
その女の放つ圧倒的な魔力に、警戒心を強めた。
「魔力を感じて来てみれば・・・これはなんとも奇遇なこと・・・」
女はゴウセルとガウェインを見てクスクスと笑う。
「な、なにを笑ってやがる・・・」
女はこちらを見て目を細める。
「わざわざ、そんな良い素材を持ってきてくれるとは。このタイミング、天啓としか思えませぬ・・・」
女の視線はゴウセルの担ぐ荷物袋に向けられている。
その中に入っているのは、
ゴウセルのガラクタのような旅道具と、炎龍の鱗だけだ。
その獲物を狙うかのような目つきに、
ゴウセルはゾッとする。
「近寄るな!」
ゴウセルは思わず腰の剣を引き抜いた。
だが恐怖から握力が入らない。
全身の魔力を感じる細胞が、
ゴウセルの頭に最大の警鐘を鳴らしていた。
「愚かな、素直に渡せば苦しまずに殺してやるものを・・・」
女がその美しい容姿に似合わぬ笑顔を浮かべる。
「ガウェイン、逃げ―――――」
そう言って同行者を逃がそうとした時、
ゴウセルは声が出せぬことに気が付く。
身体が熱い。
「無駄なこと。『白蝶』を前にして生き残ったやつなど居ないと言うのに・・・」
女はくつくつと笑う。
女はゴウセルに対しそっと手をかざした。
ゴウセルは動かぬ身体で必死で動かそうとする。
だが、その身体は指先一つも動かすことが出来ない。
身体の中がどんどん温度を上げていくのが分かる。
まるで沸騰するように身体が燃えている。
「・・・では、おやすみなさい。矮小な魔導士」
再び女が笑顔を浮かべる。
おおよそ人間とは思えないような、貼りついた笑顔。
それがゴウセルの見た、最後の光景であった。




