第31話 記憶の呼び起こし
「さて、ヒナタを探さないとな」
俺はラスコの街を歩き始めた。
昼過ぎのラスコは人通りも多く、かなり騒がしい。
朝早くから働いていた船乗りたちがすでに街に出て飲んでいるようだ。
それに商人たちも忙しそうに動き回っている。
たしかヒナタは数日早くこの街に到着しているはずだ。
2週間の間が空いたが、
怒りが治まっていることを祈ろう。
もうあんな怖いヒナタは嫌だ。
「まずはギルドかな・・・」
俺はラスコのギルドへと向かう。
ラスコのギルドは港近くに建屋を構えていた。
一際目を見張る大きな建物。
白塗りの壁で、
海沿いのおしゃれな酒場と言った様相だ。
俺はその中に入った。
ギルドの中は建物の只住まいと相反して暗い雰囲気だった。
すでに魔導士たちは依頼や冒険に出ている時間だが、
わずかに残りたむろしている魔導士たちの視線が集まる。
あれは新参者を値踏みする目だ。
この瞬間は何度体験しても慣れないな。
「おーい、兄ちゃん。こっちこっち」
俺が入り口に立っていると、受付の方から声を掛けられた。
その声に呼ばれ、俺はそちらに向かう。
「やぁ、こんにちは。この街は初めてかい?」
俺を呼んだのは窓口に座る、若い女性だった。
いやよく見ると、若いと言うより若すぎる。
俺よりも年下じゃないか。
「ん、その目。私を疑ってるね。安心しておくれ!私の名前はアルテシア。ここのギルド長の娘で、色々ギルドのことをやらせて貰ってるよ。アルって呼んでおくれ」
アルテシアと名乗る女性は、
こちらに笑顔を向ける。
人懐こい笑顔だ。
ラミアさんとはまた別のタイプの看板娘さんと言ったところか。
「アルか、よろしく頼む。俺はグレイ、家名はないただのグレイだ」
俺はアルと手を握る。
アルは手に障ると、ん、と何かに気が付いたような表情をして
そのまま俺の顔を見た。
「や、グレイ君。君は何やら不思議な魔力を持っているね」
アルは言う。
彼女はじっと俺の目を見ている。
俺は驚いた。
「分かるのか?」
「フフ、素直だね。うん、分かるんだ。私自身もちょっと特殊な力があってね」
アルは笑った。
俺はその特殊な力とやらが気になったが、
これ以上は突っ込まないのが良いだろう。
お互いに。
「人を探してるんだ」
俺は本題を切り出した。
「ん、ギルドだからね。そう言う依頼ももちろん受け付けるよ」
アルは言う。
「・・・違う違う、依頼じゃない。先にこの街に到着している仲間がいるんだ」
「あ、なるほどね。同じ魔導士か、それなら簡単だよ。なんて人なんだい?」
「ヒナタ」
俺は答えた。
「ちょっと待ってね、ここにリストが・・・。ヒナタ、ヒナタ・・・」
アルは手元も紙面をめくり始めた。
ペラペラと慣れた手付きだ。
「あったよ。三日前にこの街で登録しているね。や、今は依頼に出ているみたいだ」
アルは言う。
「ありがとう、今日は戻ってくるかな」
俺は言う。
「うん、と。討伐依頼だから戻りは明日になるかもね」
アルが答えた。
ヒナタは仕事中か。
たしかに到着が遅れる事を連絡も出来なかったし、
タイミングがズレるのは仕方ない。
気長に待つとするか。
俺はアルに礼を言い、
席を立った。
「・・・ねぇ、グレイ君。君、登録証の更新はちゃんとしてるのかい?」
「更新?」
俺は尋ねた。
「ハハ、その様子じゃやってないね。新しい街のギルドに来たのに、更新をしようとしなったからおかしいと思ったんだ。登録証はこまめに更新したほうが良いよ、自分の成長を目で見て確認するのも大事なことだよ」
「そういうもんか。どうすればいい?」
「うん、更新は簡単さ、奥の部屋に行こうか」
俺はアルの後ろに付いて、ギルドの奥に進んだ。
奥の部屋はこじんまりとした部屋で、
暗幕により光が遮断されていた。
「さ、入って入って」
アルが俺を促す。
部屋の中央には水晶が一つ。
俺はあれを見たことがある。
魔力測定器だ。
だがフォレスの街で見たものと形状が違う。
鉱石そのままの形ではなく、
綺麗にカットされている。
「ハハ、それは最新の魔力測定器さ。父さんに言って最新式を導入したんだ。古いやつよりより正確なスコアが計れるはずさ。私も少し手伝わせて貰うよ」
アルは言う。
手伝いとは何をするつもりなんだろうか。
俺はゆっくりと魔力測定器に手を伸ばした。
固くて、ひんやりと冷たい感触だ。
「さぁ、始めよう。やり方は分かるね?・・・ゆっくりと魔力を集中して、目をつむって集中するんだ。ゆっくり、ゆっくり息を吐いて・・・」
アルが優しく声を掛ける。
心地よい声だ。
少しだけアルの魔力を感じる。
俺の耳と心にすんなりと声が染み入ってくる。
「ゆっくり、意識を集中して。ゆっくり呼吸をして・・・」
アルの声に同調するように、
俺の意識が深いところへ落ちていく。
眠りに落ちるような浮遊感。
ゆっくり。
ゆっくり。
次第に俺の周りから、
街の喧騒が消え、
アルの気配が消えた。
俺は深いところに落ちていった。
・・・
・・
・
「君の魔力は特殊な形をしておるの」
その声に俺はハッと顔を上げる。
そこに居たのは、灰色のローブに身を包んだ老魔導士。
ゼメウスだった。
「・・・師匠?」
俺は驚いて声を出す
どうしてここに彼が居るんだ。
「ん?なんじゃ呆けおって。しっかりせい」
ゼメウスが言う。
俺は状況がよく分からなかった。
頭の整理が出来ていない。
周囲を見ると、そこは俺とゼメウスが修業をした草原だった。
どこまでも続く地平線。
頬を撫でるそよ風が気持ちいい。
そうだ。
たしか俺は、
ゼメウスと俺自身の魔力に関する話をしていたんだった。
「あ、えっと、すみません・・・」
俺はゼメウスに謝罪し、彼に向かい直した。
「もう一度言うぞ。君の魔力の形は少し他人と違う。それはただ『灰色』と言うだけではないと言う事は分かるかの?」
ゼメウスが言う。
だが魔法歴が短い俺にはなんのことかよく分からなかった。
「ふむ、分からんか。まぁ良い、そのうち実感できるじゃろ。君が鍛錬を怠らなければな」
「具体的には何が違うんですか」
俺は尋ねた。
「違いか、ふむ。色々特筆することはあるが、君はとにかく魔力操作に長けているようじゃの。そこまで魔力操作に才能があるのは、ワシの弟子達の中でもそうは居なかったぞ」
ゼメウスが言う。
「貴方の弟子って・・・貴方ほどではなくとも高名な魔導士たちばかりではないですか。それは言い過ぎですよ」
俺は恐縮した。
俺にとってはゼメウスの弟子は、
ゼメウスと同じくらい尊敬の対象だ。
「ホホ、そうかの。しかしもったいないとも言えるな。君をぜひワシらの時代に育ててみたかったよ。今のところではこうして色々話をするのが精一杯じゃからな」
「それは・・・褒め過ぎです」
俺はゼメウスの言葉が嬉しく思えた。
人に認められるというのは嬉しいものだ。
それが伝説的な魔導から士ならば特に。
「・・・魔力操作とはどのようなものなのでしょうか」
俺は尋ねた。
「・・・うむ。魔法の基本は総量と出力量と濃度じゃ。魔力操作とはつまり濃度の操作とも言えるな」
ゼメウスが答える。
彼はそのまま右手をかざした。
「見ておれ」
ゼメウスがその手に炎を灯す。
「火を大きくしたり小さくするのは出力量」
ゼメウスの掌の炎が大きくなったり、小さくなったりする。
火は一つから二つ、三つと増え。
最終的には五つに分かれた。
最終的に火は重なり、また一つの火になる。
「そしてワシはこの小さな火であれば100年は灯し続ける事が出来る。これが総量じゃ」
ゼメウスが言う。
「そして魔力操作とは魔法そのものの濃度を変えることじゃ」
ゼメウスが火を見つめると、
その炎が赤くなったり青くなったりする。
「このように炎であればまずは温度の変化じゃな」
ゼメウスの手の炎が青からさらに温度を変え、
どんどん色を失っていく。
俺は顔に炎の熱気を感じ始めた。
火はやがて小さく、そして白くなり、
今や熱波で顏が灼けるのが分かる。
「ゼ、ゼメウス・・・」
俺は慌てて彼に声を掛けた。
「ほ、悪い悪い。すまんかった」
ゼメウスは手元の炎を消した。
「まぁ、今のが魔力操作じゃ。君もいずれこういうことが出来るようになるじゃろう。だが、これはすごい事じゃぞ。総量と出力量は後天的に鍛えることが出来るが、魔力濃度については中々直接的に鍛えることが難しいのじゃ」
「そういうものですか」
俺は自分の手を見つめた。
「気長に、やることじゃ。それこそ君の新しい人生を懸けてな」
ゼメウスはホッホッホと笑った。
「では今日の修業を始めようか、今日は昨日と同じ――――――」
「――――レイ!!グレイ!」
俺は声を掛けられてハッとする。
「グレイ!どうした、大丈夫かい?」
見ると目の前にアルが居た。
彼女は心配そうにこちらを見ている。
「・・・ここ、は」
俺は周りを見る。
そこはもとの魔力測定器の部屋であった。
ゼメウスと居たはずの草原はそこにはない。
「ごめんよ、グレイ・・・私、私・・・」
アルは泣きそうな顔をしている。
「・・・何を、したんだ?」
俺は尋ねる。
アルは申し訳なさそうに口を開いた。
「私・・・白魔法で催眠をかけたんだ・・・君が集中しやすい様にと思って・・・」
催眠魔法。
なるほど先ほど感じた魔力はそれか。
催眠魔法は相手を眠らせるだけでなく、
深くリラックスさせることも出来る。
治療にも使われるような魔法だ。
それがあって俺は自分の意識に深く入り込み、
ゼメウスのとの記憶を思い出したというわけか。
「・・・君の集中が深すぎて、何度も呼んだのにまったく反応しなくなってしまったから。こんなこと今まで無かったんだけど・・・」
アルは怯えたような顔をしている。
「・・・もう大丈夫だ、アル。そんなに心配するな。つい入り込んでしまっただけだ」
俺は彼女に声を掛ける。
「うん、ゴメン。勝手なことをして」
「測定は終わったのか?」
俺は尋ねた。
「うん、もう情報の更新は終わってるよ。これが君の登録証」
アルは俺に登録証を手渡した。
「グレイはどこに泊まるつもりなんだい?さっきのお詫びに君の仲間が来たら伝言くらいは伝えるよ」
受付に戻ると、アルが言った。
「いや、まだ決まっていないんだ。どこかお勧めの宿はあるか?」
俺は尋ねた。
「や、それなら姉夫婦の宿に泊まると良い。ここから港に向かう道の途中に、センスの良い宿があるから分かるよ」
「ありがとう」
俺は彼女に礼を言ってギルドを後にした。
次は今夜の宿を決めなくてはならない。




