第30話 道中
港町ラスコ。
この馬車の目的地だ。
俺は馬車に揺られながら、
ゆったりと時間を過ごしていた。
考えているのは時間魔法の事。
リエルに言われた通り、
どうしたら時間魔法を使いこなすことが出来るのかを模索していた。
だがなかなか糸口は掴めず、
集中力も保てないため先ほどから何度もあくびを繰り返していた。
今、馬車は山道の途中。
細い山間の道を走っている。
外はどしゃ降りの雨。
これでは景色も楽しめない。
暇だな。
俺はそう思っていた。
「おい、知ってるか?」
馬車の乗客である、戦士風の男が口を開いた。
どうやら誰に、と言うわけでなく馬車の乗客に聞こえるように
語り掛けているようだ。
暇を持て余していた俺は、男の問いかけに乗ることにした。
「何をだ?」
戦士風の男がこちらを見て笑う。
「へへ。ある魔導士の噂だよ。西の都はその話題で持ちきりだぜ」
西の都、と言うことはボルドーニュか。
この馬車はボルドーニュとラスコを結ぶ定期便。
途中のいくつかの村で、乗客を拾い移動を続ける。
馬車の中には7~8人の乗客がいる。
当然、乗客の乗車場所はバラバラだ。
この戦士風の男はボルドーニュからの乗り合い客だったか。
俺は出立時の記憶を辿る。
うん、たしかそうだった気がする。
よく覚えてないけど。
とにかく男の言葉に、馬車の中がザワザワと騒がしくなった。
全員が耳を傾け始めた。
皆、暇だったのだろう。
「へへ、知らねぇのは無理もねぇか。この一件はギルドが情報統制をしてるらしいからな。だが人の口に戸は立てられねぇ。この話の始まりは、西の都の近くの山岳地帯に火龍が現れたってところからだ」
戦士風の男の言葉に馬車は笑いに包まれる。
だが俺だけはその話にギクリとしていた。
「ハッハッハ!さっそくボロが出てるぞ!嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ!炎龍と言えば竜族の中でも上位種だ。それこそS級魔導士に依頼を出すか、近隣のギルドの力を結集して討伐隊を組むレベルだろうが」
「そんな情報が外に出てないわけないだろ!」
馬車の乗客たちが口々に男にヤジを飛ばす。
だが戦士風の男はうすら笑いを浮かべて話を続けた。
「ヘヘ。信じられねぇよな、俺も信じられねぇぜ。だがよ、これを見たらどう思うよ?」
俺は男に視線を向ける。
戦士風の男の手には一枚の鱗が握られていた。
俺は目を見開いた。
それはあの時ディケム山岳地帯の岩場で見た炎龍の鱗だった。
「・・・それは炎龍の、鱗か?」
俺があっけにとられていると、
それまで一番端の座席で黙っていた黒装束の男が口を開いた。
不思議な雰囲気の男だ。
戦士風の男はそちらを向いて答える。
「ああ、その通りだ!噂を確かめるため、俺は西の都の山岳地帯にわざわざ足を運んだんだ!そこはギルドの調査班により厳戒体制が敷かれていて近づくことも出来なかったけどよ、その近くで奇跡的にこいつを見つけたんだ!」
馬車の中は静まり返る。
俺は複雑な心境でそれを聞いていた。
うん、間違いなくあの時回収し損ねた鱗だ。
ヒナタの悔しがる顔が目に浮かぶ。
俺がそんなことを考えていると気弱そうな僧侶風の男が叫ぶように言った。
「だ、だが炎龍が現れたと言うのならどうやって追い払ったと言うのですか。西の都でそんな大規模な戦闘があったという話など聞いてませんよ!」
戦士は待ってましたと言わんばかりに話を続けた。
「大規模な戦闘なんて起きてねぇよ。なぜなら炎龍は噂の魔導士が倒しちまったんだからな」
ちょっと待て、と俺は思う。
噂が完全に独り歩きしている。
俺が止める間もなく、馬車の中は一気に大騒ぎになった。
「馬鹿な!そんなことがあり得るか!」
「炎龍だぞ、無名の魔導士が戦える相手ではないだろ!」
そうだ、その通りだ。
しっかり否定してやってくれ。
俺は内心で彼らを応援した。
だが戦士風の男はもはやその光景が面白くて仕方がないと言った様子だ。
大笑いしながら叫んだ。
「ハハハ!とにかくその魔導士はよ、ギルド職員が止めるのも聞かず炎龍に立ち向かい、そして翌朝に炎龍の亡骸とともに街に帰還したんだとよ。正面から倒したのか、謀略か、それとも偶然の結果か。そこが分からねぇから皆が面白がって噂になってんだろうが」
俺は頭を抱えた。
戦士風の男は、話が広がる良いタイミングで終わらせた。
人々の興味と妄想を掻き立てる物語としては最高のラストだ。
今も馬車の中は、その話で持ち切り。
こうして噂は広まっていくのだな、と痛感する。
満足そうににニヤついてる戦士風の男の顔がむかついて、
殴りたいと思った。
殴らないけど。
この人、怖そうだから。
「・・・あんた、名前は?」
俺は戦士風の男に声を掛けた。
「ゴウセル・レッドフィールドだ。そういうお前さんは?」
「俺の名前はグレイだ。ただのグレイ、家名はない」
俺は戦士風の男にも自己紹介する。
そんな俺たちに近づく影が一つ。
先ほどの黒ずくめの魔導士だ。
「さきほどの鱗を、もう一度見せてはくれないか」
黒ずくめの魔導士はゴウセルと名乗る戦士に片手を伸ばした。
フードに隠されて顔は見えないが意外と若い声だ。
「ぼ、僕にも見せてくれますか・・・」
そうして後から集まってきたのは、
先ほど声を荒げた見るからに気弱そうな僧侶だ。
色白で、体つきも細い。
「おいおい、見たいのは分かるが名前くらい名乗れお前ら」
ゴウセルは得意そうに言った。
「も、申し遅れました、僕はガウェイン・ホワイトです」
弱々しい僧侶が答えた。
「私はジュラだ」
黒ずくめの魔導士も同時に名乗る。
「ジュラ・・・?」
俺はその名前を聞いて、動きを止める。
その名前に聞き覚えがあった。
「あんた・・・もしかして・・・」
俺が質問をしようとしたその時、
馬車が不自然に大きく揺れる。
そして不気味な地響きのような轟音があたりに響いた。
「な、なんだ!!!」
ゴウセルが叫ぶ。
その言葉にかぶせるように、御者が叫んだ。
「皆さん!た、大変だ!地滑りです!今すぐに逃げてください!!!」
その声をきっかけに、俺たちは馬車を降り、豪雨の中へと飛び出した。
馬車の外は、もはや暴風雨と言うほどに雨風が吹き荒れている。
だが気味の悪い断続的な揺れが続いていた。
「不味いぞ、山が揺れ出している。崩れる・・・」
ジュラが言う。
確かに、これは早く避難したほうが良さそうだ。
俺たちが安全な平地方面へ移動しようとしたその時、
さきほどから慌てふためいているだけであった御者が、
何を血迷ったか再び馬車へと駆け戻ろうとする。
「おい、御者!避難するぞ!どこへ行く気だ!?」
ゴウセルが叫ぶ。
御者はゴウセルに答えた。
「お、お待ちください!私の馬が、馬車が!!あれが無いと明日からの生活が・・・!」
「だ、ダメです。命が惜しくないんですか?」
ガウェインが御者を引き留める。
だがダメだ。すでに御者の耳に声は届いていない。
そして最悪の事態は起きる。
先ほどのまでの不自然な揺れが一瞬止んだかと思うと、
轟音と共に山肌が崩れ出したのだ。
「くっ!」
俺は走り出した。
土砂崩れから逃げるのではなくむしろ向かう様に。
崩れ落ちる崖は樹木と岩石を巻き込み、
真っ黒い壁となり馬車と御者を飲み込まんとしている。
間に合わない。
そう思った俺は、右手に魔力を集中させた。
「<時よ>」
俺の右手が輝き、
時間魔法が発動する。
大粒の雨、吹き荒れる風。
荒れ狂い迫る土砂と、おびえる御者。
俺以外の全てが動きを止めた。
俺は停止する空間の中、
御者へと駆け寄る。
御者は土砂崩れを見つめ、悲痛な表情のまま固まっていた。
位置的にいつかのように風魔法で吹き飛ばすわけにはいかなそうだ。
となるとあれをどうにかするしかないか。
俺は眼前に広がる土砂に向け、手をかざした。
「<アースウォール>」
時間魔法の最中では魔法は発動しない。
俺は土砂を防ぐ壁をイメージして、魔法を連発した。
<アースウォール>、<アースウォール>
<アースウォール>、<アースウォール>
<アースウォール>、<アースウォール>
俺の魔力の限界まで魔法を重ねる。
どうにか耐えてくれ。
そう願い、時間魔法を解除しようとする。
だがその時、俺は背後から誰かに見られているような感覚を覚えた。
その視線に俺は恐ろしいほどの恐怖を感じ、慌てて振り向く。
だが御者も乗客たちも停止した世界の中で、俺以外の誰もが動きを止めていた。
誰も俺を見ていない。
気のせいか、と思いつつも俺の心臓はあり得ないほどに鼓動を早めていた。
――――――バキン。
耳元で何かが割れるような大きな音がして、
魔力が霧散していく感覚を覚える。
時間は再び流れ始めた。
「―――うあああああ!!!!!」
迫りくる土石流に御者が叫ぶ。
轟々と迫る土石流と御者の甲高い悲鳴で耳が痛かった。
俺は指を鳴らし、停止した時間の中で積み重ねた魔法を一気に発動させる。
その瞬間。
俺たちと土石流の流れの間に、巨大な岩の壁が一枚、二枚と連続で発生する。
岩壁同士は互いに潰れ重なり合い、より強力で堅牢な1枚の壁となっていく。
土石流はその岩壁に直撃すると、その流れを分かち俺たちを避けるように流れを変える。
「あ・・・あ・・・」
御者は茫然と言った感じでその光景を眺めていた。
・・・
・・
・
港町ラスコ。
海に面した港の街で、
西と東の大陸を結ぶ窓口になっている。
街には東西の大陸の人間と、港湾で働く作業員。
街のどこからでも港に停泊する帆船の一部が見える。
ボルドーニュよりも街の規模は小さいが、
違う種類の活気に包まれた街である。
ラスコに着いたのは、予定より1日遅い日であった。
幸いにも馬車は無事で行程には影響しなかったが、
安全を取って山間ルートを変更したのであった。
だがそれでも1日遅れで済んだのは、
御者の腕の良さであろう。
俺は馬車から降りる際に、彼と握手をした。
彼は何度も俺に礼を言い、
次に馬車で移動する際にはどうか自分に声を掛けてくれと言ってくれた。
俺は彼に礼を言い、馬車を離れる。
「おい、グレイ」
後ろから声を掛けられて振り向く。
そこには馬車で同乗した、
ゴウセルと、ジュラと、ガウェインがいた。
「冷てーな。挨拶も無しか」
ゴウセルはそう言って笑う。
彼らとは馬車での会話を通してかなり親密になったのだ。
「あ、あぁ。悪い」
俺は彼らに近づく。
「み、水臭いですよ・・・グレイさん」
ガウェインが言う。
彼は流れの僧侶で、各地で布教などを行っているそうだ。
ラスコにしばらく滞在するらしい。
「ガウェインの言う通りだ。グレイはこれから東の大陸に渡るんだったよな。西には戻ってこないのか?」
ゴウセルが尋ねる。
「いや、東の大陸では師匠から指示された依頼を片付けるつもりだ。それが終わったら帰ってくるよ」
俺は答えた。
「へへ、それならよ。帰ってきたらラスコのギルドに寄れよ。
ここの伝言板に俺の行き先を残しておくから、連絡してくれ」
「わかったよ」
俺は頷いた。
「わ、私はしばらくこの街の近くで、か、活動しますので」
ガウェインが言う。
「分かった。じゃあ戻ってきたらガウェインの事も探すようにするよ」
俺がそう言うとガウェインは何度も頷いた。
さて、最後は。
俺はジュラに顔を向けた。
「今度はどんな冒険をする予定なんですか?」
俺は尋ねる。
ジュラは驚いたような顔をした。
「・・・知っていたのか」
ジュラは少し気恥ずかしそうにする。
俺はそれを見て笑った。
「ええ、あなたの本の大ファンですので」
俺はジュラに言った。
ジュラ・レオンハート。
有名な冒険家だ。
主に魔導士ですら近付かない僻地や、
危険な区域の探索を行っており、
その冒険の記録を本にしている。
彼が発見した場所や、新種の生物は数多い。
著書『奇跡の場所』は、
魔導士の基礎勉強に使われるほどの有名作だ。
「ジュラって、もしかしてあのジュラ・レオンハートか!有名人じゃねーか!」
ゴウセルが驚く。
「ほ、ホントです。気が付きませんでした」
ガウェインが顔を赤くしてる。
「・・・当然だ。本は知ってても作者まで知ってるやつなんて殆どいないからな」
ジュラが答える。
「この辺りで仕事ですか?」
俺は尋ねる。
「いや、ここには旧友に会いに来た。しばらく滞在して、私も東の大陸に渡るつもりだ。向こうで会うことがあったらよろしく頼む」
ジュラは答えた。
俺は笑顔でそれに答える。
彼自身も凄腕の魔導士だ。
よろしくお願いしたいのはこちらの方だ。
「じゃあよ、また会おうぜ!」
ゴウセルが言う。
荒っぽい口調だが、人懐こい笑顔だ。
最初の印象とは異なり、
心優しい人間なのがわかる。
「あぁ」
ガウェインがこちらを見て微笑む。
「魔力の神の御導きがあらんことを」
「ありがとう」
俺は言った。
俺たち四人はそれぞれ違う方向へと進み始めた。




