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第29話 出立の雷鳴

 

「なぁ、本当に行くのか」


 俺は尋ねる。


「行く。これ以上顔を見てたら手が出そう」


 ヒナタは俺の顔を見ずに黙々と馬車に荷物を積み込んでいる。

 その馬車の行き先は東の大陸への渡航船が出ている街。

 俺たちの次の目的地だ。


「まだ怒ってるのか?」


 その言葉に、ヒナタは答えなかった。

 俺は<雷帝>と話したのち、正式に炎龍討伐依頼の取り消しをティムさんに頼んだ。


 炎龍を倒した報酬と実績の受取を辞退したのだ。



 ギルド長も、ティムさんも必死で俺を説得してくれたが、

 俺の決意は固かった。


 直前に<雷帝>から同様の申し出を受けているため、

 ギルド側は俺からの要求も同じように受け入れるしかなかった。


 せめて報酬だけはとティムさんは炎龍の素材売却益の一部を俺に渡してくれた。

 次の街への旅費に十分すぎるほどの金額であったが、

 それでも貰えるはずだった報奨金から比べれば微々たるものだと言う。


 一体、いくら貰えるはずだったんだ。

 俺はその時少しだけ心が揺れた。


 報奨金の話をヒナタにしたところ、

 彼女は烈火のごとく怒った。

 ヒナタがあんなに怒りを露わにしたのは初めてだ。

 今思い出しても恐ろしい状況だった。


 ヒナタの怒りは一晩経っても治まることはなく、

 朝一番にヒナタから、しばらく距離を置きたいと告げられたのだった。

 同棲カップルかよ、と俺は思った。






 その結果が、今。

 ヒナタは次の街まで一人で向かう準備をしている。

 次の街までの旅程は馬車で約2週間ほど。

 その間に怒りを鎮めておく、とのことだ。



「・・・グレイの阿保」


 馬車の出発間際。

 窓から顔を出して、ヒナタがそんな事を言った。


 その目からは幾分か怒りの炎が消えていたようなので、

 俺は少しだけ気が休まった。



「気を付けろよ。また次の街で」



 俺の言葉にヒナタは答えなかったが、

 代わりにヒラヒラと手を振った。


 俺はヒナタの馬車が見えなくなるまで見送った。



 ・・・

 ・・

 ・


 ヒナタと別れ一人になった俺は、ギルドに来ていた。


 今日の目的は依頼ではなく、図書館。

 俺はギルドの受付を通過し、まっすぐ図書館に向かった。


 途中、俺の姿を見て他の魔導士やギルド職員がヒソヒソと何かを話しているのが見えた。


 炎龍の件については、かなり無理矢理ではあるが引き続き情報統制を頼んである。

 具体的には俺もヒナタも雷帝もこの件には関らなかったことにして欲しいと言ってある。


 もちろん完全な情報遮断は不可能だが、

 ギルド職員たちには守秘義務があるため他言は出来ない。

 それで十分だと俺は思った。


 人の噂も七十五日。

 俺がいつかこの街に帰ってくる頃には、

 そんな話も思い出話になっていることだろう。



 図書館に着いた俺は書架の間を抜け、

 図書館の奥の方へと向かう。


 探しているのは、以前来た時に座ったあの椅子。

 記憶を頼りに広い図書館を歩く。







「・・・ふん。今日は私の方が先じゃぞ」


 予想した通り、あの椅子には少女が座っていた。

 古く分厚い本を読みながら、俺に視線を向けずにそう言った。


「分かっているよ。今日は本を読みに来たんじゃないんだ」


 俺は近くの椅子に腰を下ろす。

 少女は迷惑そうな顔をした。


「・・・では、なんじゃ。今日、私は読書で忙しい。お前とのゲームは二度とごめんじゃ」


 少女は言う。


「いや、実はあんたに礼を言いたくて来たんだ」


 その言葉に少女がピクリと反応し、

 ようやく視線を本から離す。


「・・・礼?どういうことじゃ」


 俺はポケットからあるものを取り出した。

 黒炭と化した【逆転のコイン】だ。

 それを見て少女が眉をひそめる。


「・・・もう使ったのか。」


 俺は頷いた。


「・・・こんな希少なものを奪って悪かった。知らなかったんだ。だがこれが無ければ俺は死んでいた。あんたのおかげだ、本当にありがとう」


 俺の言葉に少女は目を丸くして驚いている様子だった。


「・・・ふ、フフ。ありがとうか。そんな言葉を言われるとは思わんかったぞ。そうか、私のおかげか、そうかそうか」


 少女は笑い出す。

 どうやら喜んでくれているようだ。

 少女の雰囲気が少し柔らかくなったのを感じ、

 俺は聞きたかったことを尋ねてみた。



「・・・あんた、ただの魔族って訳じゃないだろ。何者なんだ?」



 俺は気になっていたことを尋ねた。


 少女は俺の言葉にニヤリと笑う。


「気になるか?フフ、教えるわけが無かろう。だが、あの時も名乗ったが私にはリエルと言う尊い名がある。少女とかあんたなどと二度と呼ぶでない」


 今度は俺がニヤリと笑う。


「分かった、リエル。俺の名前はグレイだ。家名はない、ただのグレイ」


 俺は改めて自己紹介する。


「ふん、グレイか。よかろう、貴様の殊勝な態度は気に入った。特別に名を覚えてやることにする」


 リエルは偉そうに言った。


「・・・ところで【逆転のコイン】を使うとは相当じゃの。何があった、今日は読書は止めじゃ、グレイ、そなたの話が聞きたい」


 リエルは本を閉じて俺の方に向かいあった。

 そして俺が予期せぬ一言を放った。


「ついでに私にゲームで勝ったイカサマの種も教えて貰うぞ。貴様、あの()()()()()()とどんな関係がある?」


 俺は驚く。


「な、なんで師・・・じゃなくてゼメウスが出てくるんだよ」


「ふん、誤魔化すのも下手じゃな。顔に動揺が出ておるぞ。簡単な話じゃ、貴様とゼメウスには共通点があった。そしてそれがイカサマの種じゃろ?ほれ、言え。もはや私から逃げられると思うなよ」


 リエルはニヤニヤと俺に詰め寄ってくる。


 ダメだ。

 リエルにはすべて見透かされている気がする。


 俺は観念して、ため息をついた。



「誰にも言うんじゃねーぞ。」


「分かっておる。秘密は守るぞ。ほれ、焦らすでないわ」


 俺はゆっくりと、リエルに身の上話を始めた。




 ・・・

 ・・

 ・



「・・・ゼメウスの爺め。汚い真似を」


 俺の話を聞いたリエルは、悔しそうに言った。


「どういうことだ?」


 俺は尋ねる。


「・・・ふん、昔やつともゲームをした事があるのじゃ。その時もどうしても勝てんかった。グレイが教えてくれた通り、十中八九時間魔法を使っておったのじゃろうな」


 リエルが言う。


「師匠とゲームって・・・あんたいくつだ?」


 魔族は総じて長命だと聞いたとこともある。

 だがゼメウスが生きていた時代はすでに数百年前。

 目の前にいるリエルが、そんな年齢だとは思えなかった。


「グレイ、乙女に歳を聞くとは修業が足りんの。そう言えばお前の師もデリカシーの無い奴じゃったな。子は親に似るとはよく言ったものじゃ」


 リエルが言う。

 正直、俺とゼメウスの共通の知人と言うものが存在する日が来るとは思っても居なかった。




「それにしても、あのゼメウスの弟子がこんなに弱々しいとは。世も末じゃの」


 リエルは俺を見て言う。

 突然の言葉に俺はガツンと殴られたような気になる。


「ぐ、痛いところを。・・・自覚してるよ」


 俺はそう言い返すのが精一杯だった。

 リエルはそんな俺を見て嬉しそうに笑っている。


「ふん、まぁ仕方ないか。こないだまで魔法の使えない枯れた爺だったのじゃろ。だがお主、今のままでは炎龍が相手じゃなくてもそのうち、死ぬぞ。次は【逆転のコイン】も無いのじゃからな」


 リエルが言う。

 確かにリエルの言う通りだ。


「それにお主、時間魔法を使いこなしているようには到底思えんの。あの爺はもっと色々やっておったぞ」


 その言葉に俺は顔を上げる。


「分かるのか?」


「ふん、貴様の話とかつてのやつの姿を思い出し、色々合点がいったわ。今思えばあの時もあの時も、奴が時間魔法を駆使していたのだと分かるわ」


 リエルは悔しそうだ。

 その言葉を聞いて俺は考える。

 確かに俺はゼメウスが時間魔法を使っているところなど殆ど見たことがない。

 と言うか唯一見たのは、俺自身を若返らせたあの時くらいだ。


 時間魔法を使いこなす、か。

 漠然と強くなりたいと思っていたが、

 その方向性で考えた事はなかったな。

 思わぬところから、成長のヒントを貰えた気がして俺は嬉しくなった。


「なんじゃ、一人で笑いおって気味が悪い」


 自分の世界に入りこんでいた俺にリエルが言う。


「・・・いや、ありがとうな。リエル、なんかこう、道が見えた気がしたよ」


 俺はリエルに礼を言った。


「ん?そうか、ふむ。なんかよく分からんが私のお陰なら、感謝せい」


 リエルはご機嫌だ。




「さて、そろそろ行くよ。今日は礼だけ言いに来たんだ」


「む、なんじゃ。まだ良いではないか。もう少しゼメウスの話を聞かせい」


 リエルが言う。


「悪いけど、仲間を待たせてるから出発しないとだ。時間が掛かるかも知れないけどまた帰ってくるよ」


 俺はそう言った。

 リエルは不満そうな顔をした。


「なんじゃなんじゃ冷たい奴じゃのう。久々に面白い奴が現れたと思ったのに、しばらく会えんのか。・・・よし、決めた。そこで待っておれ」


 そう言うとリエルは何かを呟き、

 一気に魔力を集束した。

 そして次の瞬間には、リエルの姿が忽然と消えた。


「え、おい。リエル?」


 俺はリエルの姿を探す。


 姿はおろか、一切の魔力の痕跡もない。

 どういうことだ。


「待たせたな!!」


 俺が狼狽していると、またリエルの姿が現れた。

 右手に何か持っている。


「一体どこから・・・。それに、なんだそれ」


 俺は尋ねる。


「ふふふ、グレイ。お主にこれを授ける。名誉に思え」


 そう言ってリエルは右手に持っていたものを俺に差し出す。

 よく見るとそれは鍵のようなものだった。


 金色で複雑な形をした鍵。

 鍵頭には、獅子の形をした飾りがついていた。


「なんだ、これ?鍵か」


 俺はそれを受け取り眺めた。


「気にするな。それより、良いか。目的地に付いてからで構わんから、時間が出来たらそれを使って扉を開けるのじゃ。どんな扉でも良いぞ。」


 リエルは俺に言った。


「どうなるんだ?」


 俺は尋ねる。


「フフ。秘密、と言いたいところじゃがそれは特別な鍵での。端的に言えば私と繋がる鍵じゃ。使えば分かる」


 リエルはそう言って悪そうな笑顔を見せた。


「よく分からんけど、了解した。ありがとうな」


 俺はリエルに貰ったカギを胸元にしまう。


「お、おい。約束じゃぞ!忘れるなよ!」


 リエルは心配そうに言葉を加える。

 その慌てっぷりに少しおかしくなってしまった。


「分かってるよ。約束だ。また会おうぜ」


 俺はリエルにそう伝え、図書館を後にした。



 ・・・

 ・・

 ・


 次の日、俺は早朝から馬車の発着場に来ていた。

 昨日ヒナタを見送ったのと同じ馬車。

 俺も次の街に出発だ。


「気を付けて行くんだよ」


 そう言ってくれたのはティムさんだ。

 昨日は見送る立場だったが、

 今日は逆に見送られる立場だ。


「ありがとうございます。何から何まで」


 俺はティムさんに礼を言う。


「まったく、君には驚かされてばかりだったよ。今でも達成者未公表の炎龍討伐は話題の的だ。ギルドの情報統制もいつまで保つか・・・」


 ティムさんはそう言ってため息をついた。

 だが俺はティムさんがなるべく俺の情報を隠してくれようと暗躍してくれていることを知っている。


「本当にありがとうございます」


 俺は改めて礼を言った。

 ティムさんは優しい笑顔を浮かべていた。




「・・・実はラフィットにも見送りをするように声を掛けたんだ。出発の時間は伝えたはずだけど、来てないみたいだね。まったく冷たい奴だよ」


 ティムさんは言う。


 だがその時、突如雷鳴が響き渡った。

 晴天のボルドーニュの空に、いくつかの稲妻が走る。

 それは<雷帝>が操る雷魔法であった。


 俺はティムさんの顔を見る。


「・・・あれで見送りのつもり、かな。ホントに素直じゃない」


 ティムさんは笑った。


「そういえば、ティムさんと<雷帝>はどんな関係なんですか?」


 俺は気になっていた事を質問する。


「ん?ああ。・・・彼は兄弟子なんだ。僕たちは同じ師匠のもとで魔法を修業したのさ」


「そう、なんですね」


 俺は答えた。

 ティムさんから魔導士をやっていたと言う話は聞いていたが、

 まさか<雷帝>と兄弟弟子とは。


 ますますティムさんの只者じゃない感が強まった気がした。

 いつかすべての話を聞いてみたいものだ。

 俺はそんな事を考えた。


「まぁ隠す話でもないし。そのあたりは、また君が街に来た時に」


 ティムさんは笑った。


「はい、ありがとうございます」


 俺はティムさんと再びこの街に戻ってくることを約束した。




 そして馬車は出発する。

 この街でもまたいくつもの出会いがあった。

 炎龍と言う大敵とも戦った。


 次の街についたら、いよいよ東の大陸は目の前だ。

 ゼメウスとの約束を果たすまであと少し。

 俺は次の街を想い、心を躍らせた。


 ボルドーニュの空に再び雷鳴が轟いた。




読んでいただいてありがとうございます。

こちらにて第三章が幕を閉じます。


なかなか東の大陸に行きませんが、

ある部分から一気に加速させる予定なので、

まったりと読み進めていただければと思います。


これからも楽しんで読んでいただければ嬉しい限りです。

感想、ブックマークなどもぜひお願いいたします。






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