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第2話 慟哭の沼地

 

 明くる日、僕はいつものように魔導士ギルドに顔を出し、

 仕事の依頼書を眺めていた。


 時間は早朝。

 だが眠気は特に感じない。

 早起きは得意だ。



 ・ポーションの素材集め 10,000ゴールド

 ・ゴブリン駆除 1体3000ゴールド(下限5体)

 ・オーク集団の撃退 30,000ゴールド



 僕の荷物持ちとは文字通り桁違いの報酬。

 だがこれらは決して難易度の高い依頼ではない。

 掛け出しの魔導士でも無理さえしなければ達成が出来る、

 E~Dランクくらいの依頼内容だ。



 ・飛竜の素材集め 70,000ゴールド

 ・リザードマンの集落地調査 8,000ゴールド/日(10日間)



 このあたりが熟練の魔導士が対応するC~Bランクの依頼。

 魔導士の中でも確かな戦闘術や、高度な魔法を使用出来ないと達成は不可能な依頼だ。



 またこれ以上の難易度の依頼書は掲示板には掲載されない。

 実力に関係なくBランクまでは自己責任で受注が可能だが、

 ギルド職員からの直接紹介によってのみ受注が可能なのだ。

 それだけ高度な依頼が多いと聞く。



 また特に難易度が高いのは『ゼメウスの箱』に関する依頼。

 数百年にも及ぶ探索により調査範囲で残っているのは、

 新ダンジョンや強力な魔物が跋扈する地区など、

 前人未到の場所が多いからだ。



 噂によると一つの依頼を達成するだけで、

 数か月は働かずに暮らしていけるとか。


 魔導士以外の職業の日給が5000~7000ゴールド。

 それでも僕の荷物持ちよりはマシだが、

 それに比べて魔導士の仕事は格段に稼ぎが良い。

 魔導士が人気な理由はここにも理由があるのだ。




 掲示板を見ていたのはもちろん自分が受注するためじゃない。

 僕は魔導士ではないからこれらを受注することは出来ない。


 その日の依頼書の量や内容から、

 自分の仕事である荷物持ちが必要かどうか予測するためだ。




 今日は街の近辺への遠征を必要とする採取や討伐の仕事が多い。

 これなら荷物持ちの需要もあるだろう。

 僕はギルドの窓口へと向かった。




「あっ!おはようございます」


「おはようございます、ラミアさん。いい朝ですね。」



 今日もラミアさんは明るくまぶしい笑顔を僕に向けてくれる。

 僕は彼女に挨拶する。



「今日も荷物持ち(ポーター)のお仕事をお願いできますか。なるべく優しそうなやつ。」


「はい、承知しました。またいつものようにギルド内でお待ちいただけますか?依頼が入り次第、お声がけしますので」



 ラミアさんが申し訳なさそうに言う。

 そう、荷物持ちは魔導士の依頼があればすぐに出発できるよう、

 原則ギルド内での待機が必要なのだ。



「えぇ、分かってます。今日もお願いします」



 僕はラミアさんに礼を述べると、ギルド内にある図書室に向かった。



 本は良い。僕は読書の時間が好きだった。

 読んでいる時間は、その物語に没頭出来る。


 僕が特に好きなのは、大魔導ゼメウスに関する書物だ。

 ゼメウスが書いた魔導書や、彼の手掛けた魔法理論だけでなく、

 彼の冒険記、ダンジョン攻略のエピソードなどを描いた書物など多岐にわたる。



 僕は一冊目の本を開く。

 その中に気になる一節を見つける。



 ゼアノート・アンセム著『ゼメウスという人間』


 大魔導ゼメウスに関する書物は数多くあるが、

 彼自身の出自や性格趣味など、彼という人間自身を伝える文書は多くない。

 それは彼の偉大な功績に比べ、彼自身の人柄を伝える人間が少なかったからで、

 彼の弟子たちも彼自身の人柄について話すことは少ない。

 彼は偏屈でとても強欲な人間だったとされる。


 また彼は極端な秘密主義で、

 晩年に至るまでは使える魔法や自身の適性すらも他者に漏らすことは無かったという。

 彼に師事した多くの魔導士の中にも、彼の秘伝の魔法を引き継いだものはいなかったという。





 僕は目を閉じて考える。

 ここに書いてある事は果たして真実なのだろうか。

 僕が彼に抱く印象は別だ。


 彼自身の書物を読む限りは、

 言葉の使い方、

 物事の見方から、

 この本に書かれているような厳しい印象は受けない。

 むしろ優しい人物なのではとも思う。


 だが本に書いてある通り、

 ゼメウスの人間性に関する情報が世に出ていないのも確かだ。



 この謎に答えはない。

 なぜならば当の本人は既にこの世を去っているし、

 彼の事を知る人物もすでにこの時代には残っていない。



 僕は次の一冊を手に取っていた。



 ジュラ・レオンハート著『奇跡の場所』


 この世界にはダンジョンや大自然の深奥に、

 人知れず存在する「奇跡の場所」と言うものがある。

 有名なところでは、エルフの里の「天空の花畑」。

 そこでは色とりどりの花が咲き乱れている枯れることのない花畑。

 一説にはそこは妖精の国への入り口が隠されているという。


 他にも「焔の洞窟」、「回復薬の泉」、「時の回廊」などの存在が確認されており、

 それらに共通することは強力な魔力だまり、

 もしくはその近辺に存在するという。



 そこまで読んで、僕はそっと本を閉じた。

 目頭を押さえてため息をつく。

 長時間の読書で、どうにも目が疲れてしまった。


 本を読んでいる間、そこには灰色の僕は居らず、

 僕は「誰か」になりきる事が出来た。



 そう言った意味では、僕はこの年になってもまだ、

 ごっこ遊びが卒業出来ていないのだ。

 自分ではない誰かになることで、現実から逃避している。

 自分が置かれている状況と正面から向き合うことをしていないのだ。




 熱めに煎れたハズのお茶も、温くなってしまっている。

 時計を見るともう昼前だった。

 僕は集中し過ぎて固まりきった身体を大きく伸ばし立ち上がる。


 その時、入り口からラミアさんが顔を出した。


「あの、お仕事の依頼が入りました・・・こちらに来ていただけますか?」


「ああ、すみません。わかりました。わざわざ、ありがとう」


 僕はラミアさんに礼を言って、受付へと急ぐ。








 受付の前に居たのは、若い3人組のパーティーだった。


「お待たせしました!こちらが今回の荷物持ち(ポーター)さんです」


 ラミアさんが3人に僕を紹介してくれる。

 僕は彼らに対しペコリと頭を下げた。


「初めまして、本日はよろしくお願いいたします。」


 3人はこちらにああとか宜しくとか返事をした後、

 ラミアさんに依頼の詳細を質問していた。


 ラミアさんは彼らと話をしながら


 彼らにとって荷物持ち(ポーター)が誰であるかなんて大した話題ではないのだ。

 僕は彼らの邪魔にならないように、彼らの荷をまとめ準備を始めた。






 今回の依頼は南の沼地に発生している、リザードマンの退治。

 目撃されているリザードマンは数頭という話なので、

 そこまで難易度は高くないはずだ。

 夜までには街に戻ってこれるだろう。



 ただ荷物持ち(ポーター)の僕にとっては、

 沼地の依頼は高難度となる。

 何故ならばぬかるんだ地面に足を取られないよう、

 重い荷物を慎重に運ぶ必要があるからだ。



 荷物を汚してしまえば、

 賃金から差し引かれる可能性もある。

 僕はいつも以上に注意して歩き続けた。



「はー、ホントについてないわ」


 パーティの一人。白魔導士の女性が言った。

 先ほどから聞いていると彼女の名前はリンと言うらしい。

 リンは沼地地帯に入ってからと言うもの不機嫌だ。

 なんでも出発前に街で有名な占い師に占いをして貰い、

 今月は運気の下がる月だと言われたそうだ。




「まぁ、そういうなリン。帰ったら美味い飯でも食べよう」


 彼女宥めているのが、パーティリーダーの黒剣士トール。

 なかなか人の好さそうな青年だ。


 もう一人の青年はその言葉に頷くだけで、言葉を発しない。

 どうやらかなり無口で武骨な性格のようだ。

 装備から見ると、魔拳士だろうか。名前はシンと呼ばれていた。


 近接二人と、後衛がひとり。

 非常にオーソドックスなパーティーだ。

 ちなみに、黒騎士とか黒剣士とか白魔導士と言うのはいわゆる【職業】(ジョブ)

 呼ばれるものだ。


 特に明確な規定はないが、純粋な魔法だけで戦う黒魔導士、白魔導士のほかに、

 黒魔法に適性があるものが剣を振るえば黒騎士や黒剣士と呼ばれる。

 反対に白魔法に適性のあるものが剣士スタイルで戦えば、聖騎士や聖剣士。

 黒魔法で相手を阻害する魔法、いわゆるデバフを中心に戦えば呪術師、

 白魔法で味方を強化しながら戦えば聖女や、僧侶なんて呼ばれる。


 また有名な魔導士となれば、【職業】(ジョブ)以外にも二つ名で呼ばれる事がある。


 例えば、<雷帝>ラフィットや、<氷の女帝>マルゴーなど。

 知らぬものは居ないほどの超有名魔導士だ。


 もちろん知名度だけでなくその実力も超一流。

 噂では単体で、"古龍"を討伐するほどの実力らしい。

 彼らは魔導士ギルドの数少ないSランク依頼を受注できる魔導士なのだ。



 そして、僕の幼馴染でもある<紅の風>テレシア。

 彼女も同様にSランク魔導士だ。





「ねぇ、あなたって灰色なんでしょ?」


 休憩中にリンが話しかけてきた。


「おい、リン!お前、そんなこと聞くな!」


 トールが慌てて彼女を制止する。


「何よ!いいじゃない。旅の仲間なんだからそれくらい」


 トールに怒られたリンが口を膨らませて拗ねる。

 それを見て僕は笑う。


「・・・はい、リンさんが仰る通り、僕は灰色です」


 僕の言葉にリンは面白そうに尋ねる。


「ふーん、そうなのね。でも魔導士試験を毎年受けているって聞いたわ。灰色なのに、魔導士になりたいの?それって・・・」


 僕にとっては何回も浴びせられた質問だ。


「・・・不可能、ですかね?」


「ええ。皆言ってるわ。あなたも分かってるんじゃないの?」


「リン!お前・・・」


 リンの率直すぎる意見に、再びトールが注意をしようとする。

 僕はトールを手で制し、リンの問いに対する答えを考えた。

 リンはジッとこちらを見て僕の答えを待っている。


 その素直な瞳を見れば分かる。

 この子は決して嫌味で言っているのではない。

 純粋な興味で僕に質問をしているのだ。


「・・・ええ。理解はしてます。灰色は魔導士にはなれない。」


「じゃあ何故・・・?荷物持ち(ポーター)なんかじゃなくて普通の職に就けば生活も安定するのに」


 リンはひどく現実的なことを言う。

 だがそれは誤った認識ではない。


 僕は少し考えた後、口を開いた。



「・・・カッコいいじゃないですか。魔導士って。小さい頃、僕は魔導士になりたかった。魔導士になって『ゼメウスの箱』を誰よりも早く見つける。そんな夢って誰でも描いたでしょ?色々とありましたが、結局今もその夢を今も忘れられないだけです」



 僕の言葉にトールとリンは呆けた顔をしている。



「貴殿は・・・」



 二人ではない所から声が聞こえて驚いた。

 見るとパーティの最後の一人、武骨な男シンが口を開いていた。



「貴殿は立派な御仁だな」


 そう言ったきり、シンは再び口を閉じた。

 トールとリンも同意するようにコクコクと首を縦に振った。


「ありがとうございます、なんだか恥ずかしいですね」


 僕は3人に対して礼を言った。

 さて、休憩は終わり。

 そろそろ出発すべく僕は3人よりも早く身支度を始めた。




 ・・・

 ・・

 ・




「いたぞ、あそこだ。皆、身を屈めて」


 トールが小声で指示を出す。

 視線の先には2足歩行の大トカゲ、リザードマンがいた。


「1、2、3・・・なによたった4体しか居ないじゃない」


 リンがそんな事を言う。

 たしかに依頼書の情報では5体が目撃されていたハズだ。



「リン、油断は身を亡ぼすぞ」



 シンがリンに警告する。うん、その通りだ。

 リザードマンは知能もある魔物で、仲間同士では言語で意思疎通を図る。

 人間から奪ったり、拾ったりした武器を装備して戦うことが多い。


 リンはシンに注意された事が気に食わないのか、

 フンと鼻を鳴らす。

 でもその後きちんと緊張感を増したから、

 素直に従っている証拠だ。



「標的を前に喧嘩は止してくれ。・・・まずは僕が魔法を撃ち込む。それから一気に接近戦へ持ち込もう。リン、援護魔法は速度アップを集めに頼むよ」


「任せなさい」


 リンが頷く。

 その時トールと僕は目が合った。


「剣くらいなら僕も扱えますが・・・」


 僕はトールに尋ねる。

 彼は笑いながら首を横に振った。


「大丈夫。貴方は草むらに待機を。戦闘が終わるまで隠れていてください」


 荷物持ちが死んでしまった場合はパーティの責任になる。

 家族やギルドに対し多額の損害賠償を払うことになるため、

 基本的に荷物持ちが戦うことはない。


 僕は頷き、素直にトールの指示に従った。



「よし行くぞ。・・・・<アイスランス>!」


 トールが魔法名を唱えると、

 リザードマンの群れの真ん中に巨大な氷の刃が飛び出した。

 魔法は魔力の集束と詠唱、この二段階を経て生み出される。


 トールが生み出した氷柱の一つが、一体のリザードマンを貫いた。


「ギャアアアア!!!」


 不意打ちを受けたリザードマンたちは、雄たけびを上げ怒り狂う。


「いくぞ!」


 その言葉をきっかけにトールとシンが草むらから飛び出す。

 同時にリンが魔力を集束し始めた。


<エアアクセル>


 リンの魔法が放たれると、

 トールとシンの駆けるスピードが上昇した。

 身体強化の白魔法だ。



「ハアアァ!<ヒートナックル>」


 シンがリザードマンに炎の拳を放つ。

 拳撃を受けたリザードマンは、軽々と吹き飛んだ。


 トールは槍のような武器を持つリザードマンと対峙している。


 リザードマンはシュルシュルと音を出しながら舌を動かし、

 槍を構えていた。



「ハッ!」


 トールは剣を振るい、リザードマンに切りかかる。

 鋭い太刀筋だ。


「ギャギャ!」


 リザードマンもトールの剣を槍で受け裁き、突きを放つ。


 トールは体裁きだけで槍を避けると、

 リザードマンの足を払い、体勢が崩れたリザードマンの喉元に

 剣を突き刺した。



「トール!」


 シンの叫びで、トールがハッとする。


 トールが飛びのいたその場に、

 別のリザードマンのこん棒が叩きつけられた。


 あまりの勢いに、

 こん棒が当たった部分の地面が抉れる。



「<アイスバレッド>!」

「<ナックルボム>!」


 トールとシンは同時に魔法を放つ。

 二人の攻撃が同時にリザードマンに着弾し、

 リザードマンは爆発と氷の礫に撃ち抜かれ絶命した。


 4体のリザードマンはそれぞれ倒れ、

 あっという間に討伐は完了した。



「これで、終わりかな・・・」


 トールが剣を納めて言う。


「楽勝だったわね!さすが私たちね」


 リンが嬉しそうに飛び跳ねる。


 シンはあたりを警戒し、敵の気配を探っているようだ。


 だがやがて周囲に敵が居ないことを確信すると、

 二人の元に向かった。

 シンの表情には初めて笑顔が見えた。



 そうして戦闘を終え、お互いにお互いを労う3人。


 戦闘後の興奮状態もあってか、本当に嬉しそうだ。

 僕はそんな彼らを見て、心底羨ましいと思った。



 ああ、なんて格好いいのだろう。



 僕の子供の頃から恋焦がれた『魔導士』たち。

 彼らもまた間違いなく憧れのヒーローなのだ。



 それに引き換え僕は一体何なのだろうか。


 荷物を背負い、草むらに隠れることしか出来ない。

 今も恐怖に身を固くしながら、地面に這いつくばっている。




「お待たせしました。・・・ど、どうしましたか?」


 トールが僕に話しかける。


 だが僕の顔を見て、彼は驚き言葉を詰まらせてしまう。

 一体、どうしたのだろうか。



「ちょっとトールどうしたのよ・・・って、あなた何で泣いているの?」



 後から来たリンに言われて気が付く。

 僕は知らず知らずのうちに、大粒の涙を流していた。



「え・・・いや、はは?どうしました?おかしいな・・・あれ?」



 僕は必死に涙を止めようとしたが、

 それは止まるどころか、やがて嗚咽となって決壊する。



 沼地のど真ん中で戸惑う三人を置き去りに、

 僕は声が掠れるまで泣き続けた。



 3人の魔導士と僕。

 決して越えることの出来ない境界線がそこにはあった。



 灰色の僕は魔導士にはなれない。


 

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