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第28話 最高の報酬



俺たちがボルドーニュの街に帰ると、

魔導士ギルドは大騒ぎとなった。


すでにギルド内には俺の受注の件が広まりつつあったらしい。


現れたティムさんは俺たちの姿を見るや否や、

関係各所に通達し徹底した情報統制を命じた。


ティムさんは俺たちから話を聞くと、

すぐにディケム山岳地帯に調査班を向かわせる手はずを整えた。


炎龍討伐を確認したい、とのことだ。



詳細な場所は口頭では伝えきれなかったため、

ティムさんに現場まで同行して欲しいと頼まれる。


俺とヒナタと<雷帝>。

3人の中で一番軽傷だったのは、

炎龍に止めを刺した俺だった。


俺はティムさんの指示に従い、

そのまま山岳地帯の調査に同行することになった。



「・・・ごめんね、疲れてるのに」



移動の馬車の中で、

ティムさんはしきりに俺に謝った。


もちろんこれが魔導士の仕事なのだから問題はない。


ギルドも炎龍の死亡を確認しない限りは、

警戒を解くわけにもいかないだろう。

だが、とにかく疲れた。

俺は馬車の中でもぐったりとしていた。



俺の先導により、戦いの現場に着いた調査隊。

変わり果てたディケム山岳の光景に驚愕し、こちらを見ている。



これをやったのは殆ど<雷帝>と炎龍なのだから、

そんな目で俺を見るのはやめて欲しい。



炎龍の亡骸を確認し、歓喜に沸く調査隊。

武器や調査道具を放り投げ大喜びしている奴もいる。

ティムさんは目に涙を浮かべながら何度も俺の手を振った。

戦って良かった。

その光景を見て俺は思った。



だがそこで、遂に俺は疲労の限界を迎える。

役目を果たした俺はそのまま崩れ落ち、

深い眠りについた。




・・・

・・




次に目を覚ましたのは、

『晩秋のファイアウルフ亭』であった。

柔らかいベッド。

うん、自分の客室だ。



身体に何か重さを感じ確認すると、

俺に抱き着くようにヒナタが寝ていた。



俺は状況が掴めずドキリとする。


待て待て、なんだこの状況は。

必死で自問自答する。


念のため確認すると、俺もヒナタももちろん服を着ている。

よし、最悪の事態だけは回避だ。



俺が慌てていると、

ヒナタの口から何か言葉が聞こえた。


「・・・グ・・レイ」


名前を呼ばれて、様子を伺う。

ヒナタはスースーと寝息を立てていた。


うん、どうやら寝言のようだ。

ヒナタはよく眠っている。


俺は身体を動かすことも出来ず、

ただ自分に抱き着いて子供の様に眠るヒナタを見ていた。



真っ白くてきれいな肌にさらさらの銀髪。

こうして見るとただの少女だ。


だが彼女は非常に強い。

炎龍との戦いでは本当に助けられた。

頼りになる仲間だ。

本当に大切な。



「・・・泣かせてしまったな」



俺は反省する。

【逆転のコイン】を持っていた事により奇跡的に生還したが、

あの戦いで俺は一度死んだ。


ヒナタは俺が死んだと思い泣いてくれていた。

生還を本当に喜んでくれた。


いつも冷静なヒナタ。

だが決して冷酷と言うわけでは無い。

彼女は感情を表に出さないだけなのだ。


本当は心配性なことを、俺は知っている。

口調は厳しいが、いつも俺の事を案じてくれている。

今はまだヒナタに心配をかけてばかりだ。


「強く、ならないとな」


炎龍との戦いを通して、俺は改めてそんなことを思った。


ほとんど成り行きで身に着けた魔法の力。

本来は持っていなかった新しい力。


だが、それを磨くのは自分次第だ。


今回の戦いで痛感したが、時間魔法も万能ではない。


この先、冒険を続けるのであれば強くなることが必要不可欠だ。

俺はそんな事を考えた。


やがて、俺は再びの睡魔に襲われる。

いつの間にか深い眠りへと落ちていった。



・・・

・・



それから、目を覚ましたのは更に1日後。


どうやら俺は丸2日寝ていたらしい。

目を覚ました時にヒナタは居らず、

テーブルの上に書置きが残されていた。


『魔導士ギルドより招集あり』


非常に端的な文章。

これは間違いなくヒナタの書置きだ。


俺は身支度をして魔導士ギルドへと向かった。


眠りすぎたからだろうか、

いつもと身体の感覚が違う気がした。

だがそれは不調と言うわけでは無く、

逆に身体が軽いと感じるようなものだった。


俺は感覚を慣らすように、

ギルドまでの道をゆっくりと歩いた。





ギルドに入ると一斉に視線が集まった。


最初は誰か居るのかと、キョロキョロと周囲を見渡してしまった。

だが視線は間違いなく俺に注がれているようだ。


一体なんなんだ。

俺は視線から逃れるように、受付に向かう。


「あの、すみません・・・」


俺は受付嬢さんに声を掛ける。


「はい、どのような御用・・・ってあなた、もしかしてグレイさんですよね?」


彼女の言葉に驚いて肯定すると、

受付嬢さんは慌ててギルドの奥へと走った。


一体なんなんだ。


再びそんな事を思う。

しばらくすると奥からよく知った顔が出てきた。

副ギルド長のティムさんだ。



「グレイ君、待ってたよ。こっちへ来てくれ」



少し慌てた様子のティムさんに促され、

俺はギルドの奥へと進む。





案内されたのは、ティムさんの執務室ではなく。

更にその奥の部屋であった。


ティムさんに続きその部屋に入ると、

そこには長身痩躯の男性がいた。



「君が・・・グレイ君だね?」


男性に尋ねられ俺は頷く。


「初めまして。私はこのボルドーニュの魔導士ギルド長を務めているラインバッハと言うものだ。君の活躍に心から感謝しているよ」


ギルド長はそう言うと俺の手を握りしめた。

俺はなんとも言えない表情でただ手を握られていた。






「情報統制をひいたが、街は君の話題で持ちきりだ」


ひとしきり状況を報告した後、

ギルド長はそんな事を言った。


「俺の、ですか?なぜですか?」


俺は尋ねる。

入り口で俺に視線が集まったことを思い出した。



するとギルド長も、その隣に座っていたティムさんも不思議そうな顔をした。

そして二人で視線を合わせると、

申し合わせたように同時に噴き出した。


「ティム、君の言ったとおりだ。彼は面白い」


「分かっていただけましたか?」


そう言って二人は笑っている。


なんなんだ。

俺は怪訝な表情で二人を見た。


「ごめんごめん。別に馬鹿にしたわけではない。偉業を達成したのにその自覚が本人に無かったから驚いたんだ」


ティムさんは俺に言う。

偉業とは炎龍討伐の事だろうか、だがあれは。


「<雷帝>が炎龍を追い詰め、俺は止めを刺したにすぎません。それも、自分の力ではなくたまたま【逆転のコイン】を持っていたからで・・・」


炎龍討伐の経緯については説明済みだ。

ついでに言うと、

俺が炎龍に殺され、コインで復活するまでの状況も他の二人に聞いてあらかた理解している。


それを冷静に勘案すれば、手柄の7割は<雷帝>の活躍。

2割以上はヒナタの力。

俺はその残りに過ぎないと思う。

当初俺が考えていた、

時間魔法による攻撃は完全に失敗したのだ。



俺がそんな事を考えていると、

ティムさんが話を続けた。


「・・・ところが、<雷帝>は今回の件の褒章をすべて辞退してね。討伐依頼の受注履歴すら取り消して欲しいと申し出てきた。よっぽどプライドが許さなかったんだろうね」


ティムさんがため息をついて言う。


「どういうことですか?」


俺は質問する。


「彼もまた、自身が炎龍に負けたと思っているらしい。だから炎龍を倒した名誉と報酬は受け取るべきでは無いと。事実と異なるのは理解しているけど、ギルドは彼の意思を尊重することにしたよ」


ギルド長が答える。


「そうなると、炎龍を倒したのは君とヒナタ君と言う事になる。だがご存じの通り、ヒナタ君は正式に炎龍討伐依頼を受注したわけでは無い。となると、この件を解決したのは・・・」


俺はそこでようやく理解する。

事実がどうであれ<雷帝>とヒナタが、そういう扱いになるという事は・・・。



「炎龍を倒したのは俺、と言う事ですか?」



俺は尋ねた。

ティムさんが頷く。



「情報統制は敷いているけど、既に噂は漏れ出している。君が炎龍を倒した、とね。もちろん真実を語るような人物は魔導士ギルドには居ない。だがギルドとしてはきちんと公式に発表をしたいと思っているんだ」


英雄になれ、暗にそう言われている気がした。


「単身での炎龍討伐はAクラス魔導士でも難しい依頼だ。つまり君はAクラスか、またはそれ以上にも上がる資格があることになる。既に手続きを開始しているから、少しだけ待っていて欲しい。ついでに炎龍の素材については、その半分以上が君のものになるよ。それでも莫大な金額だ」


ティムさんが言う。


「今すぐにでもギルドから正式に炎龍討伐を告知したくてね。君が目を覚ますのを待っていたんだ」


後は君が首を縦に振るだけだ、

ギルド長はそう続けた。



俺は考える。


実績、報酬。

意図せずたった一日でその全てが手に入ってしまった。


違法な事をした訳でもない。

炎龍討伐には命を賭けたのだ。

むしろそれくらい貰っても当然なのではないか、と思える。


俺がこの場で首を縦に振るだけで、

英雄に慣れる。


俺は『僕』が子供の頃に憧れた『魔導士』になれるのだ。


なにも迷うことはない。

今度は俺が憧れられるような魔導士になるのだ。


迷う事は一切ない、はずだった。

しかし。




「・・・少し、考えさせてください」



俺の口から出たのは、承諾ではなかった。


俺は俺自身の答えに驚く。


ギルド長とティムさんも驚いたような顔をしていたが、

もちろんだ、少し待とうと答えてくれた。


俺はそうして、

回答を保留しギルドを後にした。



・・・

・・



「グレイ」


一度『晩秋のファイアウルフ亭』に帰ろうと歩いていると、

商店エリアの近くでヒナタに声を掛けられた。

全然久しぶりではないのに、久しぶりに会った感覚だ。



「怪我の具合はどうだ?」


俺はヒナタに尋ねる。

ヒナタは街への帰還の後、

傷を癒すべく白魔法の治療を受けていた。

見た目にもかなりの重傷だったはずだ。


「自分で治した」


そう言ってヒナタはその場で一回転してみせる。


その動作に淀みは無く、たしかに回復はしているようだった。

そう言えばヒナタにあの謎の回復魔法があるんだった。



ついでに言うとボロボロだった装備が新しくなっていた。

俺は不思議に思いヒナタに質問する。


「装備、新しくなったのか?よくそんな金あったな」


「ギルドに請求するように言った。今回の件は完全にギルドの落ち度による。彼らには賠償責任がある」


そう言ったヒナタはご機嫌だ。


こういうところ見習わないとな。

俺はそう思った。




「実はさ・・・」



俺はギルド長とティムさんから受けた話を、ヒナタに伝える。


ヒナタは終始、不思議そうな顔で俺の話を聞いていた。

やがてひとしきり話し終えた後、俺は彼女にどう思う、と尋ねた。


彼女は困惑した表情で答える。


「なにがどう思うなのかが分からない。ランクも上がるし、お金も手に入る。何が悪いの?」


ヒナタから想定通りの回答が返ってきた。

まぁ、ヒナタならそう言うよな。

俺はそう思った。


「いや、なんていうか。漁夫の利って言うか、納得がいかないと言うか・・・こんな形でランクが上がって良いのかなって思うわけだ」


俺は言う。


「・・・<雷帝>は依頼を辞退した」


ヒナタが答える。

うん、その通りだ。

だから契約上は俺が達成者と言う事でも何も問題はない。

問題はないのだが、何かが引っ掛かっている。



「どうしたものかなぁ」



俺はヒナタの正論をド正面から受けることに心が折れ、

再び一人で頭を悩ませた。


ヒナタは『晩秋のファイアウルフ亭』に帰るまでずっと、

受け取るべきとか、考えすぎとか俺を諭していた。



・・・

・・



部屋がノックされたのは、

もう日が沈む時間帯だった。


思い当たる来客も居なかったため、

俺は不思議に思いながら扉を開く。


「・・・回復、したか?」


そこに居たのは、<雷帝>ラフィットであった。



俺はラフィットに促され、外に出る。

ラフィットは迷うことなく、道を進んでいく。

その背中が無言で付いてこいと言っていたので、

俺は大人しく従う事にした。



商業エリアを超え、

居住エリアを超え。


<雷帝>が足を止めたのは、

古い街並みが残る、古跡エリアの端であった。



「ここなら、人にも聞かれまい」



<雷帝>は振り返り、そんな事を言った。

道中で恐らくそんな話になるだろうな、と俺も気付いていた。


「炎龍の件、聞きました」


俺がそんな事を聞くと、<雷帝>は険しい表情になった。


「ティムめ。相変わらず口が軽いやつだ」


<雷帝>はやれやれと言った様子で、ため息をついた。


「どうして、あんな事を?金も名誉も、もはや貴方には不要と言う事でしょうか」


俺は尋ねる。

<雷帝>は眉をひそめた。


「・・・そういう訳では無い。あの戦いで、俺は死んでいた。」


<雷帝>が答える。


「最後の場面、俺は既に死を覚悟していた。炎龍の魔法に焼かれる寸前だったんだ。・・・それを救ったのは君だ。過程はどうあれ、最後に炎龍を仕留めたのもな。だからこそ、君が受け取るべきだと判断したのだ」


<雷帝>は言う。





「・・・嘘、ですよね」


俺は言う。

<雷帝>がピクリと反応した。



「なぜ、そう思う?」



雷帝は尋ねた。

俺はその質問をよく考える。



実績と報酬を得るチャンス。

誰も困らない。

嘘ではない。

命を賭けた。



俺がこの件を了承する理由ばかりが頭に浮かぶ。

それなのになぜか俺の心だけは、それを受け入れようとしなかった。

俺はそれをそのまま言葉にした。



「俺もおそらく貴方と同じ気持ちだからです。あの戦いは貴方が居なければ勝てなかった。俺はただ運が良かっただけです。それなのに報酬と、身に余るような実績を得るのは・・・なんていうかその」



「「カッコ悪い」」



俺と<雷帝>の言葉が被る。

俺は驚いて顔を上げる。



「そう思っているのだろう?シンプルに言うと」


<雷帝>はそう言うとニヤリと笑う。

俺は頭の靄がようやく晴れた気がした。


「・・・そう、だ。そうです。その通りだ。カッコ悪いんですよ。単純に」



俺は堰を切ったように話し出す。

自分自身が何に迷っていたのか、言葉が勝手に漏れだした。



「俺は、ただでさえありえないような幸運な事が重なり、魔導士になることが出来ました。ここに居ることが出来るているのは俺自身の力ではないと今でも思っています。それなのに、こんな貴方のおこぼれみたいな形で実績とランクまで手に入れてしまったら。それこそ俺は偽物だ。ハリボテみたいなものです。」



<雷帝>は黙って聞いていた。



「・・・俺は子供の頃から魔導士に憧れていました」


老人になるまで、とは言わなかった。



「俺が憧れた魔導士は、カッコイイ魔導士なんです。人々の希望で、ヒーローで。なんでも解決できるような存在なんです」



<雷帝>が少しだけ笑ったような気がした。



「俺はそうなりたい。何度も諦めようとして、諦められなかった魔導士にようやくなれたのだから、今度こそ夢を叶えたいんです。だから炎龍討伐の名誉は要りません。何度も言いますが、貴方がどう思おうと、あれは貴方の功績だ」



俺は<雷帝>を見る。

<雷帝>も黙って俺を見ていた。


やがて、<雷帝>はバツが悪そうな顔をして、ポリポリと頭をかく。



「・・・自分自身で言うのも変な話だが、俺は魔導士界では偏屈と思われているらしい」


ティムに聞いた、と彼は言った。


「もちろん自覚も多少あったが、今まであまり自分を省みることはなかった。・・・だが今日、君と言う偏屈な男と話して思ったよ。あまり我を通すと生き辛そうだな、と。私も皆にそう思われているのかな」


そう言って、<雷帝>は笑った。



「・・・君は本当に拗らせているな。中々に闇が深そうだ。だが、俺は嫌いじゃない。」



<雷帝>は俺に手を差し出した。



「ギルドは困ると思うが、俺は君の意思を尊重しよう。だが、報酬は受け取らなかったとしても俺からの感謝は変わらん。実は今日呼び出したのは、純粋に君に感謝を伝えたかったからだ。つい本題から外れてしまったがな。・・・俺は君に命を助けられた。ありがとう。あの瞬間、君は確かに俺を救ったヒーローだったよ」




俺は<雷帝>の言葉に鳥肌が立つ。

最高の魔導士からの感謝の言葉。

今の俺にこれ以上の報酬はあり得なかった。



慌てて彼の手を握り返す。



「・・・こちらこそ。Sクラス魔導士の力を間近で見せていただきました」



俺も彼に感謝を伝えた。

心からの感謝。

<雷帝>は素直に受け取ってくれたようだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 格上である人間が辞退した以上受けないと迷惑をかける人間が生まれる。くだらないプライドで飯が食えるなら辞退すればいいだけだ
2019/11/27 04:05 退会済み
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