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第27話 終戦



初めに感じていたのは小さな違和感であった。

魔力の集束の遅れ、放った魔法の方向。

普段は気にならぬほどの僅かなズレ。

だがそれは戦闘を続けるにつれ大きな違いへと変わっていった。



魔法が上手くコントロールできない。



正確無比、無尽蔵と言われた自身の魔力。

それらが自分の意志に従わなくなったと気が付いたのはいつだったか。

戦闘中にそんなことを考える。

ラフィットは炎龍の猛攻に晒されながら、必死で魔法を撃ち返していた。



次第に生まれる視界の霞み、手足の痺れ。

そして時たま呼吸が上手くできなかった。

そうしてラフィットはようやく、自らの身体の異変を確信する。


だが気が付いたときにはもう遅かった。



「・・・ぐっ!」



戦いの最中、全身に虚脱感が現れる。

意思に反して身体に力が入らない。

倒れるな、そう自分の身体に命令するが身体が言う事を聞かない。

ラフィットの膝から一気に力が抜けた。



時間にして1秒以下の短い時間。

その一瞬を、手負いの獣は決して見逃さなかった。

炎龍は勝機を見出し、吠えた。



「グギャアアアアアア!!!!!!」



炎龍は最後の力を振り絞り、

自身の周囲にこれまで最大の魔力を展開する。

同時に、下がりきっていた周囲の温度が一気に上昇する。

炎龍の炎が再び点火された。

先ほどまでの手負いの姿が嘘の様に、

最強種に相応しい威圧感を取り戻す。



「っ!させるかっ!!」


ラフィットは雷撃を操り、

炎龍の魔力の集約を阻もうとする。

あれを撃たせるな。

自分の中のすべてがラフィット自身に警鐘を鳴らしていた。



<ライトニングボルト>



放たれたのは最も得意とする雷魔法。


だがラフィットの意思に反して、

放たれた雷は炎龍ではなく虚空へと向かった。

これまで手足のごとく繊細な操作を行ってきた雷撃は、

すでにラフィットのコントロールを外れてしまっていた。




重なった二つの隙。

だがそれは決死の戦いの中で、

形成を逆転するには十分なミスとなり得た。


脳からの警鐘に反応しようとするが、

ラフィットは全身から力が虚脱し、もはや立っていることも出来なかった。

ラフィットはぼやける視界をなんとか保ちながら、

ただ両足に力を込める。


それが彼の出来る精一杯の事であった。




わずかな時間で、炎龍は魔力の集束を終える。


恐らく炎龍はこの瞬間のために少しずつ魔力を集束していたのだ。

戦闘中の僅かな隙を重ね、

ラフィットに気が付かれぬように。


先ほどまでと違うのは、

纏う炎と同時に、炎龍の全身からバチバチと電流が放出されているという事だ。


炎龍が放つ雷の正体は、ラフィットの撃ち続けた雷魔法。

炎龍はそれらを蓄積し、自らの炎と混ぜることで一つの魔法として融合させて見せた。


恐ろしいことにこの魔物は、

この最後の最後の場面でラフィットの雷を利用し、

枯渇しかけた自らの魔力に加え力としたのだ。


古龍は常にこうして強くなり続ける。

相手の魔法すら喰らい、勝利し続ける。

古龍が最強種と呼ばれる由縁だ。



「・・・Sクラス魔導士は最後の希望。何度負けても立ち上がり、勝ち続けなくてはならない」



ラフィットはダラリと身体を下げ

恨めしそうに古龍を見つめた。

魔力切れにより一気に脱力感が彼を襲う。



――――――――さもなくば人々の希望にはなり得ない。



かつての師の言葉を思い出していた。


俺はこの歳になってもまだ師匠の教えをきちんと守れていないな。


ラフィットはそんなことを考え、自嘲した。





「グギャアアアアアアン!!!!!!」



目の前で息も絶え絶えと言った様子のラフィットを見て、

炎龍は勝利を確信し雄たけびをあげる。

それは獲物に対する称賛の咆哮のようにも聞こえた。


そして炎龍は四肢を大きく広げ、

大地にその身体を据え付ける。

特大の魔法を放つため、自らの身体を砲台と化したのだ。



そして炎龍がゆっくりとラフィットを睨みつけ、

その全身に満ちた魔力を放たんとする。



ここまでか。

ラフィットは観念する。



志半ば。

道途中。

そんな言葉が頭によぎる。



せめて他の魔導士が、こいつを倒してくれることを願おう。

ラフィットは大きく眼を開き、

せめてもの抵抗に炎龍の瞳を睨み返した。



「来い、獣め。魔導士の力がこんなものだとは、思うなよ」



ラフィットは炎龍の魔法を前に、そんな事を呟いた。









次の瞬間、

ラフィットの視界に入ったのは炎龍の魔法の光では無かった。


視界の端を何か黒い影が走り、

炎龍の脚元に潜り込む。


そして、炎龍の()()()()()()を持っていた剣で突き上げる。


ラフィットはそこで冷静さを取り戻す。

影が付いたそこは、古龍の唯一無二の弱点、逆鱗であった。




「ああああああああアアア!!!!!!」



途端に炎龍は今までにないほど苦しみの声をあげる。


集約していた最大の魔力が放散され、

その場で何度もたたらを踏む。


血走る目、

口の端には赤い泡が浮かぶ。

炎龍の身体中から、鮮血と、魔力が噴き出した。



「ギャアアあぁアアアアアアアアああああああああアアア!!!!!!」


炎龍の断末魔の叫び。

優雅さの欠片もない、ただの獣の苦痛の鳴き声。


やがて炎龍は地面に身を倒すと、

何度も痙攣し動きを止めた。




・・・

・・




ヒナタは目の前で起きた状況が理解できなかった。

<雷帝>と炎龍の激闘は、今だかつてないほど壮絶なものだった。


優勢だったはずの<雷帝>が一瞬だけ注意力を失い。

その隙を見逃さず、炎龍がこれまでで最大の魔法を展開した。



我を取り戻した<雷帝>の追撃は炎龍には届かず、

炎龍は高濃度の魔力の集束を完了する。


もはや息も絶え絶えと言った様子の<雷帝>は、

ただ恨めしそうに炎龍を睨んだ。


かの有名なSクラス魔導士<雷帝>でも叶わぬ相手。

ヒナタは自分たちが挑んだ古龍という存在に恐怖を超えて畏敬の念を抱く。

これは自分たちが挑んでいい相手では無かった。

ヒナタはそんなことを考える。



そして炎龍は<雷帝>を葬るため、

集束した全魔力を開放せんとする。


その時、炎龍の脚元に一つの影が走った。

<雷帝>に全神経を集中していた炎龍は、その影の動きに気が付けなかった。



炎龍は忘れていた、

狩人の警戒心が解けるのは、獲物を狩るその瞬間だと言う事を。


影は手に持ったヒナタの大剣を突き上げ、

炎龍の逆鱗を穿つ。


無警戒の体勢で弱点を貫かれた炎龍は、

この世のものとは思えないような断末魔の叫びを上げ、倒れた。


倒れた炎龍に代わりにそこに立っていたのは、

大剣を構えた格好のまま動きを止める仲間の姿だった。



「・・・グレイ?」



ヒナタはそこに立つ男の名を呼ぶ。

ヒナタは目の前で起きた状況が理解できない。



・・・

・・



状況は俺にも理解できなかった。


覚えている最後の光景は、

目の前で輝く炎龍の魔法の光と、

全身を焼き尽くす炎の痛みだけ。

思い出してもぞっとする。


あの瞬間、俺は死んだと確信したのに、

どういうわけか俺は炎龍の脚元で意識を取り戻した。


状況が理解出来ぬまま、

視界の中にヒナタの大剣と、炎龍の逆鱗が写った。


それはもはや条件反射に等しかった。



俺は無我夢中で、大剣を手に取ると、

そのまま炎龍の逆鱗を目掛けて突き刺した。

そして熱い血潮を噴き出して、炎龍は倒れた。




俺は倒れることも出来ぬまま、その場に立ち尽くしていた。



「グレイ」


ヒナタが近づいてくる。


よく見ると彼女の全身もボロボロで、

満身創痍と言ったところだ。

良かった、生きていたんだな。

俺は安心する。



「なんで・・・どうして・・・」



ヒナタは俺に抱き着いた。


その目には涙が浮かんでおり、

信じられないと言った目で俺を見ていた。

よく分からないが、

ヒナタがこんなリアクションを取ると言う事は、

彼女もまた俺が死んだと思っていたという事だろう。



なぜ俺は生きている。

そんな疑問が頭を埋め尽くす。



その時、俺は衣服の右ポケットに異常な熱さを感じた。

何かが入っている。


俺は動かぬ身体を必死で動かして、

ポケットの中をまさぐる。





中から出てきたのは一枚のコインであった。





コインは丸焦げになったように黒ずんでおり、

ほとんど原型を留めてはいなかった。


唯一分かるのは、コインの表面に描かれた獅子のような紋章。


そのマークを見て、俺はようやく思い出す。

図書館で出会った少女。


それはゲームに勝った際に、

俺が唯一手にしていた対価であった。



「・・・それはもしや【逆転のコイン】か?」




別方向から声を掛けられ、俺は驚く。


身体を引き摺りながら近付いてきたのはきたのは、

魔導士ギルドで見かけた、<雷帝>ラフィットであった。




彼が口にした【逆転のコイン】。


その名前には聞き覚えがあった。

たしかボルドーニュの市場で、

あの露天商に偽物を掴まされた品だ。




―――――持ち主に変わって一度だけ、致命傷となるダメージを受けてくれるぞ。



露天商の説明を思い出す。

あの時、彼から買った品は偽物であったが、

まさか、これが本物だとでも言うのだろうか。


実在すれば国宝級の魔道具。

にわかには信じられない。

だが逆に、それ以外今の状況を説明出来るような理由はなかった。


炎龍の魔法が直撃し、なぜ自分が生き伸びることが出来たのか。

それはこのコインのおかげだったのだ。



俺はメイドさんの言葉を思い出す。



―――――過剰な要求は身を滅ぼしますよ。それは我が主の現状における『全財産』と言えます。



たしかにこれが『全財産』と言われても納得だ。

俺はとんでもない物を彼女たちから奪ってしまったらしい。

いつか謝罪をしなくては、とそんなことを考えた。



そんな事を考える俺に、<雷帝>が視線を向けた。


「お前・・・いや、」


<雷帝>は一瞬躊躇し、そして意を決したように尋ねる。


「・・・君は一体何者だ」


いつか同じような質問をヒナタにもされた事があったな。

俺はそんなことを考えていた。


若返りに続き、甦り。


たしかに俺は一体何者なのだろうと、自嘲する。


だが<雷帝>に真実を話すにはいかず、

俺は炎龍の亡骸の横で、彼への言い訳を必死で考える。



こうして、副ギルド長ティムからの炎龍の討伐依頼は、

ヒナタと、<雷帝>の力を借り、なんとか成功した。



ディケム山岳の空は、すでに夕暮れへと変わりつつあった。



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