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第26話 再戦

 


「グレイ!!」


 ヒナタが叫ぶ。

 普段声を荒げる事などない。


 だが今だけは叫ばずにはいられなかった。


 炎龍の無慈悲な一撃により、

 グレイの身体は一瞬で燃え尽きた。



「グギャアアアアアア!!!!」



 炎龍は勝利を確信したかのように雄たけびをあげる。

 ヒナタは眩暈がして倒れそうになった。

 全身から力が抜ける。



「・・・っ!」



 絶望感と無力感。

 二つの感情に襲われながらもヒナタは膝をつくことはなかった。



 逃げろ。



 グレイを失ったヒナタは、今や逆に冷静に自らのすべきことを考えていた。

 脳が指令を飛ばす。

 自分はこんなところで死ぬわけにはいかない。


 ヒナタはグレイの亡骸を見る。

 黒焦げた身体は炎龍の足元に無残に転がっている。


 逃げろ。


 脳が警鐘を鳴らし続ける。


 出来る事なら彼の身体を回収したい。

 それは叶わぬことをヒナタは理解していた。


 グレイのことなど忘れ、今すぐ逃げるべきだ。

 相手はあの炎龍なのだ。

 切り札が居なくなった今、目の前に勝てる道はない。


 逃げろ。


 ヒナタの思考は、必死でそう命令を出し続けていた。

 だがそれに反してヒナタの身体は動くことはない。


 炎龍が残ったヒナタの存在を思い出したかのようにゆっくりと振り向く。

 炎龍がヒナタを見据える。

 その瞳には怒りの炎が宿ったままだ。


 逃げろ。


 ヒナタの身体がようやく脳の指令に従い後退りをする。


 そうだ、そのまま。

 逃げろ。


 逃げろ。



 その時、ヒナタの視界に入ったのは、

 炎龍がグレイの亡骸を踏みつける光景だった。


 まるでもはや興味を無くしたゴミのように、

 さきほどまで会話していた仲間の身体を足蹴にする。

 それは一瞬のうちにヒナタの中のある記憶をフラッシュバックさせた。


 ダメだ逃げろ。

 逃げろ。

 逃げ―――――


 自分の脳からの指令はもはやヒナタの身体に届かず。

 気が付けばヒナタは炎龍に向け飛び出していた。



「うああああアアアアアアアア!!!」



 怒りに任せ、大剣を振るう。

 力任せで、乱雑な一撃。


 だがその剣撃は初めて炎龍の皮膚を切り裂いた。



「アアアアアアアア!!!!!」



 ヒナタは無我夢中で炎龍を切り続ける。

 普段の流れるような華麗な剣術はそこにはない。

 だがグレイを殺した獣への憎しみがその剣に乗る。

 炎龍の身体から鮮血が飛んだ。



「グギャアアアアアア!!!!!」



 炎龍もヒナタの思わぬ反撃に咆哮をあげる。

 再び魔力を纏う炎龍。


 炎龍は炎の腕を振るいヒナタを攻撃し続ける。

 ヒナタはもはや炎など気にせず、

 肉薄する炎龍の爪だけをギリギリのところで回避しながら、

 大剣を叩き付け続けた。







 だがそれでも。

 炎龍にその怒りが届くことはなかった。


 感情は昂れど、身体の限界はとうに超えている。

 いまやヒナタは全身対内外が重度の火傷に近い状態。

 体力も尽き、もはや生きているのが不思議な状態であった。


 ヒナタはついに膝をつく。


「グギャアアアアアア!!!!!!」


 炎龍は再び吠えた。

 ヒナタは自らの命の終わりを感じる。


 必ず遂げると誓った約束も果たせぬまま。

 絶対的な強者により、希望を断たれる。


 あぁ、なんだ。

 これはあの時と同じじゃないか。


 大きくなったのは身体ばかりで、

 本質的な部分は何も変わることが出来ていなかったのだ。

 ヒナタはそんな事を思い、天を仰いだ。




 その時。




 ヒナタは先ほどまで晴れていたはずの岩山に、

 暗雲が立ち込めているのに気が付く。


 その内に暗雲はさらに色を深め。

 遂にはゴロゴロと唸り声を上げ始めた。


 どうにもおかしい。

 ヒナタがそう思うのと同時に、

 先ほどまで悠然と構えていた炎龍も、

 どこか警戒心を強めているようにみえた。


 そして。


 頭上に広がる雷雲から、

 一筋の雷が落ちた。


 その雷撃は一直線に炎龍の身体を貫き、

 続いてとてつもない轟音がヒナタの耳を引き裂いた。



 ヒナタは目が眩むほどの稲光の中、

 そこに立つローブ姿のシルエットに気が付いた。


 ヒナタはその姿に、一瞬だけ、グレイの姿を重ねる。

 だがそれはすぐに思い違いだと、考え直す。



 グレイではない影は、ヒナタの方を向くと声を掛けた。



「・・・逃げろ。巻き込まれたくなければ、な」



 そこに現れたのは、

 Sクラス魔導士<雷帝>ラフィットであった。



 ・・・

 ・・

 ・



 病床から目を覚ましたラフィットは、

 状況を把握すると、

 自らの不甲斐なさに憤慨した。


 一般人を庇った結果とは言え、

 標的を逃し、街を危険に晒してしまった。


 それはSクラス魔導士としてあってはならない事だとラフィットは思っていた。





「そんな身体でどこに行くんだ」




 再び装備を着込み飛び出そうとするラフィットに、

 副ギルド長のティムが言った。


 ティムは治療所からの一報により、

 業務を放って駆けつけたのだった。



「まだ炎龍は生きている」



 ラフィットは言った。


「その通りだ。・・・だが今は別の魔導士が対応に当たっている。そしてそれが失敗しても、すでに他の魔導士を招集しているところだ。君は安心して―――――」



「Sクラス魔導士とは、人々の希望だ。」



 ラフィットは言った。

 その語気に、ティムは言葉を止める。


「普通の魔導士に解決できない問題、倒せない敵。それらを倒すのがSクラス魔導士なのだ。だからこそ俺たちは負けてはならない。例え負けても、何度でも立ち上がり最後には必ず勝たねばならんのだ。さもなくば―――――」



 ―――――人々の希望にはなり得ない。




 そう言って<雷帝>は再び炎龍の待つ山岳地帯へ走る。




 ティムは誰も居なくなった病室で、

 ラフィットの言葉を思い出していた。



 それはティムとラフィット、

 二人の師である魔導士の最後の言葉であった。



 ・・・

 ・・

 ・




「うおおおおおおっ!!!」


 ラフィットの雷撃が炎龍を貫く。

 鋼の刃も届かない炎龍の肉体を、

 雷が引き裂く。



 上級魔法の連発だ。

 効かないわけがない。



「グギャアアアアアア!!!!!」



 炎龍は雄たけび上げながら、

 いくつも炎弾を吐き続ける。


 まるで<雷帝>の接近を拒むように。

 自らの目の前に炎を吐き続けた。



 押し切れるか。


 ラフィットは先ほどから何度も飛びそうになる意識をつなぎ止めながら、魔法を放ち続けた。



 ラフィットの身体は、

 動き回るのが不思議なほどの重傷を負っていた。


 回復魔法により外傷こそ塞がったものの、

 血も魔力もすべてが枯渇している状態だ。



 だが、彼は決して引こうとはしなかった。



 たとえ魔力が尽きようとも、

 身体が動くうちは喉元に喰らいついてやろうと心に決めていた。



「グギャアア!!!」



 炎龍が苦痛に満ちた鳴き声をあげ始めた。

 明らかに弱っている。



 ようやくだ。

 ラフィットは思う。


 10日以上も追い詰め続け、

 炎龍に片時の休息も与えなかった。

 何度も何度も雷撃を放ち続けた。


 そこまでしなくては勝てない相手。

 ラフィットはつくづく古龍という存在を恐ろしく思う。



 でもそれも、あと一撃。

 逆鱗さえ撃ち抜けば炎龍はその命を終える。


 右脚の内側。

 そこが露出した時が、炎龍の最後だ。







 ヒナタは目の前で繰り広げられる光景に、

 ただ見入っていた。


「・・・綺麗」


 ヒナタはそんなことを呟いた。

 呑気にそんなことを考えていたのではない。

 ヒナタは今や体力切れにより、

 指一本を動かすのも辛い状態であった。


 それでもこの戦いは最後まで見届けたい。

 そう思い、落ちそうになる目蓋を必死で開けていた。


 青い稲妻と、紅い炎。

 その二つが交互に光を放つ。

 それは戦闘ではなく、

 まるで光の精霊たちが踊り狂っているかのように美しかった。



 これが、Sクラス魔導士と古龍の戦い。

 人と魔物、それぞれ越えた存在同士の命の獲り合いであった。



 ・・・

 ・・

 ・



 ラフィットは焦り始めていた。


 あと一歩。

 あと一息。


 先ほどから何度もそう思っている。

 事実、炎龍の恐るべき魔力はもはや底を尽き始めている。


 もはや周囲を焼き尽くすような魔力は炎龍にはない。

 焼くような大気もかなり温度が下がってきたようだ。



 だがそれでも、

 どうしても最後の壁だけが破れなかった。


 炎龍はいまだに右脚の付け根を晒さず。

 そこを穿つような隙を見せない。


 たとえ魔力を失おうとも、

 炎龍に安易に近づけば、

 ラフィットの身体は容易に八つ裂きにされるだろう。


 流石は最強種古龍と言ったところだ。

 ラフィットは炎龍に更に魔法を放ち続ける。



 だが彼は自身の2つの誤算に気が付いてなかった。


 一つ目は自分の身体の事。

 回復魔法ではラフィットの身体は回復しきっていなかった。


 全身の傷は次第にその傷口を開き始める。

 血が滲み、やがて吹き出し。

 確実にラフィットの残り少ない体力を削りつつあった。




 そして二つ目は相対している相手。

 最強種古龍。

 慢心も奢りも侮りも決して出来ない相手。

 一度は事故が起きたが、

 それ以外は万端の準備をして追い詰め続けた。


 ゆえに発生した見落とし。

 もっとも根本的な問題。


 それは最終的には古龍もただの獣に過ぎないという事だ。


 そして、獣は追い詰められた時にこそ牙を剥く。


 ラフィットはそのことに気が付いていなかった。


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